ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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激情の巻 (王女セリア①)

 

ムーンペタの町で起きた、万に一つもないような奇跡の出来事。ハーゴンの

呪いによって犬の姿に変えられていたムーンブルクの王女、セリアが

ラーの鏡の力によって美しい少女に戻った。彼女が生きていると

知ってからこの日までずっとこの瞬間を待ち望んでいたアレンは

粉々になったラーの鏡を放り捨ててセリアのもとに駆けていった。

 

「お、王女!よかった!お怪我はありませんか!私はローレシアの・・・」

 

ところが次の瞬間、アレンは全く予想だにしていなかった事態に見舞われた。

 

 

「・・・・・・ふんっ!」

 

「ぶげぇっ!!・・・あ、あがあぁっ・・・!!」

 

 

なんと王女は手にしていたひのきの棒で近づいてきたアレンの鼻の頭を

叩いてきた。見事に入った一撃だったので、アレンは鼻から出血した

だけでなく、勢いよくその場に倒れた。

 

「い、痛ぇッ!!な・・・何しやがる!」

 

アレンは思わず敬語ではなくなっていた。わけもわからないまま

鋭い痛みと止まらない出血に襲われた鼻を押さえながら怒鳴るように叫んだ。

しかし王女はというと、アレンの気迫に一歩も退かないどころかむしろ

彼よりも激しく怒りを露わにしていた。

 

 

「ふん!何しやがる・・・ですって?自分のしたことをよーく思い返しなさい。

 わたしの体を持ち上げて雄か雌か確かめてやろうとしていたあなた自身の

 下衆な行いをね!元の姿に戻れたらまずはあなたに一発食らわせて

 やろうとず――っとこのときをどんなにか待ち望んでいたことか!」

 

「げっ・・・まだ根に持っていやがったのか・・・!仕方ないだろ、

 あのときはハーゴンの呪いのことなんて何も知らなかったんだ。

 まさか王女だなんてわかるわけが・・・・・・」

 

「あんなくだらない真似をして楽しんでいた方が何を言おうと

 説得力なんてないわ。黙りなさい」

 

まさかの展開にアーサーは慌てて二人の間に割って入った。ただ茫然と

成り行きを見守りそうになっていたが、さすがにまずいと動いた。

 

「・・・王女!確かに彼のあの遊びは褒められたものじゃありません。

 ですが彼はあなたを救うため、その一心で今日まで己の命も惜しまぬ

 覚悟で戦ってきたのです。なのにこの仕打ちはどうかと・・・」

 

「はは・・・あなたも同じよ。わたしのことをどこにでもいる汚い犬と

 しか思わずに近寄らないようにしていたくせに!見る目のないタコの

 せいであのラーの鏡も危うく役立たずに終わるところだったわ!」

 

アレンだけでなくアーサーにまで怒りの矛先は向いていた。いまはひのきの棒で

叩いてきそうにはなかったが、このままだと彼女は収まりそうにない。

アーサーは三人のなかでただ一人冷静だったので、セリアに小声で話しかけた。

 

「セリア王女。あなたの怒りはごもっともです。ですが・・・

 ラーの鏡の光、そしていまの騒ぎのせいで町の人々が我々に

 気がつき始めています。この町の人はあなたのことをよくご存じなのでは?

 これ以上はあなたにとってまずいことになると思われますが・・・」

 

セリアははっとして辺りを見回す。確かに町人たちの視線がこちらに向いていた。

 

 

「・・・・・・お、おほほ!わたしとしたことが・・・!ハーゴンの呪いの

 せいで気が動転してしまって・・・!恥ずかしいことこの上ないですわ!

 ローレル王子、そしてサマル王子・・・わたしを元の姿に戻してくださり

 何とお礼を申し上げたらよいものか・・・」

 

突然の変化にアレンは呆れ顔だった。鼻の傷はアーサーのホイミで治っていた。

 

「・・・今さら白々しいにも程があるぜ。なあアーサー、こいつは

 こういうやつだったのか?すっかり恋心も醒めちまったぜ、一瞬でな」

 

「いや、どちらの姿も彼女だってことだろう。ぼくらだって王である父や

 貴族たちの前では繕った振る舞いをしているだろ?二重人格とか

 仮面を被っているとかではなくて。そういうことにしておこうよ」

 

「ああ・・・そうだな。そういうことにしておいてやるか」

 

 

いつまでもこんな場所にはいられないので、セリアを連れて宿屋へと

向かった。幸いこの日は空き部屋に余裕があったので、三人とも

一つずつ部屋を使えた。セリアは人間として数か月ぶりに屋根のある

寝床を得ることができた。いまは身体を洗いに向かっていて、食事の間には

アレンとアーサーだけがいた。二人で彼女についての話をしている。

 

「しかしあんな棒を持っていたのは予想外だったがそれ以上に

 服を着ていたのも驚きだったぜ。犬のときは裸だったじゃねえか。

 だったら生まれたままの姿で人に戻るのが筋ってものじゃあ・・・」

 

「・・・・・・いや、犬に変えられた瞬間の姿があの状態だったって

 ことだと思うよ。でもこんな話、王女の前ではやめてよ」

 

「わかってるよ。まーた酷い目に遭わされるだろうしな・・・」

 

アレンが自分でもくだらない話だったと思っているとセリアがやってきた。

間一髪だったな、と男二人は苦笑いしながら視線をかわす。セリアは

何か怪しいと感じながらも追及はせずに食事の席に座った。

 

 

「・・・ああ、そうか。あなたにとっては久々の・・・」

 

「ええ。人の食事ですわ。犬の姿でいたときはこの宿屋の方が

 わたしが飢えないようにと日に二度の食事を与えてくださいましたが

 残飯ばかり。ですが何でも口にしないことには生きてこられなかった・・・

 今こうして命があるのも町の皆さんの、そしてあなたたちのおかげですわ」

 

しみじみと語るセリアに対し、アレンは何を言えばいいかわからなかった。

変なことを聞いたらまた怒られるだろう。それならまだいい。彼女の故郷は

ハーゴンの軍勢によって滅ぼされたのだ。嫌な記憶を呼び覚まし、彼女が

泣き悲しみ、心の痛みに苦しむようなことは何としても避けたかった。

無難な言葉を選べるアーサーに任せるべき、と自分を制し大人しくしていた。

アーサーもアレンと同じことに注意していたので、深い話に入ることは

せずに、早々に今後の流れに話題を移行させた。

 

 

「では今日のところはこの宿屋で一泊するとして・・・明日になったら

 さっそくサマルトリアに飛びましょう。幸いなことにルーラですぐに行けます。

 ラーの鏡を手に入れた帰り道で習得できたもので・・・」

 

「・・・サマルトリアに?なぜです?」

 

「我々はムーンブルクの調査という目的でローレシア大陸からやってきました。

 ですからあなたを連れて帰ることが何よりの報告となるでしょう。それに

 あなたにも新たな家が必要です。我がサマルトリアはあなたを歓迎します。

 我々二人はあなたを残してすぐに新たな旅立ちとなりますがサマルトリアには

 私の妹もいます。あなたにとってよき話し相手に・・・」

 

アーサーは自分の国でセリアを保護する旨を伝えたが、これに対し彼女は、

 

「・・・・・・あなたの妹・・・ねぇ。あの子の相手は疲れてしまうわ。

 最後に会ったときもそうだったもの。一体いくつなの、あの子は?」

 

突然素に戻ったような話し方で難色を示した。アーサーの妹サマンサが

気に入らないというのだ。サマンサの精神の幼さをその理由に挙げた。

アーサーとしては愛する妹を否定されたが、怒りはせずに、まあ仕方ないかと

気持ちを切り替えていた。すぐに次の提案を述べる。

 

「わかりました。ではローレシアがよいでしょう。サマルトリアよりも

 平和と安全が保障されています。あなたを受け入れることに異論を

 唱えるような者もいないはずでしょうし・・・ねえ、アレン」

 

「・・・あ、ああ。おれの国か。まあ誰も反対はしないだろうよ」

 

ローレシアであればサマルトリア以上に穏やかな環境でセリアは静養できる。

ルーラでサマルトリアに戻ってから馬車でも借りるか、あとは城の兵士たちに

彼女を任せてローレシアまで送り届けてもらってもいい。姉妹国の王女

なのだから、誰もが彼女を丁寧に扱うだろう。何の心配もなかった。

ところがセリアはまたしても渋い顔に手を当てながら考えるように言う。

 

「・・・ローレシア・・・ムーンブルクほどではないけど確かにいい国ね。

 でもあの城にはローレル王子、あなたの弟がいるでしょう。そう、

 さっき話題に上がったサマンサ王女を強姦しようとした。そんな人が

 いるようなところではちょっと気持ちが休まらないというか・・・」

 

「ん?王女、その話をご存知でしたか。確かこの事件はムーンブルクが

 襲撃されたのとほぼ同じか少し後のことだったかと」

 

「犬になって人と会話が出来なくてもみんなが話していることはわかったわ。

 あなたたちの国がひょっとしたら大変なことになるかもってね。ひとまずは

 問題なく終わりそうだというのも知ってるわ。でもねぇ・・・・・・」

 

 

ここでついに沈黙を守ってきたアレンが怒りを抱きながら立ち上がった。

他の客もいるので声の大きさには注意したが、感情を抑えようとはしなかった。

 

 

「おい・・・わがままもそのへんにしておけよ。お前の言うことは正しい。

 でもおれからすればただの難癖にしか聞こえないんだよ。おれの弟、それも

 問題を起こしたやつだけをあんたに近づけさせないようにすれば済む話だ。

 それくらい簡単なことだ。まあもっとも・・・あいつはどこかの誰かに

 ひどく痛めつけられて下手したら二度と女に近づけないだろうがな」

 

「・・・・・・・・・」

 

どこかの誰かの最有力候補であるアーサーに一度視線を向けながらも

アレンは更に続けた。セリアがローレシア、それにサマルトリア行きを

拒否している理由が彼女の語ったところにはないというのがわかったからだ。

 

「あんたがムーンブルクに愛着を抱き続けているのはわかる。おれだってあんたと

 同じ立場ならこの大陸から離れたくはない。でもな、いつまでもこうしては

 いられないんだよ。この宿屋の金だっておれたちが払っている。後で返せだなんて

 ケチなことを言うつもりはねえが、明日にはここを出なきゃならねえ。

 何も持っていないあんたは人の姿に戻った以上もう犬のように外で寝て起きる、

 そんな生活はできない。今は大人しくおれたちの城のどちらかに世話になれ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「ひとまず今日のところはじっくり休め。明日また冷静に考えろ」

 

 

セリアはその後一言も喋らないまま、自分のぶんの食事を終えると

部屋へ戻ってしまった。残された二人が息を大きくはいた。

 

「・・・ふ――っ・・・。おれは間違ったことは言ってないよな?しかしあいつ

 しっかりと料理は平らげていきやがった。結構食うんだな・・・」

 

「ははは・・・久々においしい食事なんだから仕方ないさ。そしてアレン、

 きみはよく言ってくれた。たぶん彼女はムーンブルクの再興を

 目指しているのだろうけど・・・」

 

「無理だろ。あいつに気を遣って口にはしなかったが、あんな廃墟

 簡単には元には戻らねえ。まして魔物が暴れているうちはな。

 明日になっても駄々をこねているようだったら無理やり連れていくぞ」

 

 

初恋の女性を大事に扱うというよりは、聞き分けのない厄介な相手を

どうにかしようという口調だった。しかしアレンの心の内の彼女を

想う気持ちが完全に失われたわけではなかった。その幸せを願うからこそ

言葉も荒くなってしまったのだ。

 

「・・できればローレシアに来てほしい。アーサー、協力してくれるか」

 

「もちろん。王女があんなことを言ったから、ってわけじゃないけど

 ぼくの妹とは相性が悪そうだからね。そのほうがいいなぁ」

 

二人もまた久々の宿屋での夜だ。早いうちにベッドに入り深い眠りについた。

 

 

 

朝となり、荷物をまとめた二人の前にセリアが現れた。もちろん彼女には

持ち物など何もない。アレンを打ち叩いたひのきの棒だけだ。

 

「・・・おはようございます、王女。我々二人で話し合った結果、あなたには

 ローレシアにしばらく身を置いていただきます。ルーラでひとまず

 サマルトリアに飛びますので、事情を説明した後は我が国の兵士たちが

 あなたを丁寧にローレシアへお連れいたします。最初の数日間は・・・」

 

アーサーが今後の予定について説明をしている途中でセリアが手をあげた。

 

「あの~・・・ちょっとよろしいかしら」

 

「ええ。気になる点は何でもどうぞ。もしかして少し早口でしたか?」

 

「そうじゃないわ。あなたたちに言われて昨日一晩考えさせてもらったわ。

 わたしは今日からどうすべきか。そのことをお話させてもらいたくて」

 

彼女なりにちゃんと決めたことのようだ。決意を秘めた凛とした顔で話し始めた。

 

 

「わたしは・・・あなたたちの旅に同行することに決めました。あなたたちと

 共に邪悪なる神々の使いハーゴンの居城を目指し、邪教の者たちをその教えごと

 この世から消し去る!そのためにご一緒させてもらいます」

 

「・・・・・・・・・はい?」

 

「目の前で父を殺され気を失ったわたしは気がつくと犬にされていました。

 殺しもせずに生き恥を晒させるというその所業、断じて許し難い!

 わたしが受けた屈辱、城の者たちの無念・・・全てを晴らすために!」

 

美しさのなかに宿る憎悪の炎。アレンは知らないふりをして彼女に言う。

 

「・・・おいおい、ちょっと待て。おれたちはムーンブルクの調査、そのために

 旅をしていたんだが。ハーゴンを倒す?大きな話になっているようだが

 どこからそんなことになったんだ?」

 

しかしセリアがアレンを睨みつける。威勢だけはいい狂犬よりもよほど

迫力があり、闘将と呼ばれるアレンですら気圧されるほどだった。

 

 

「わたしは犬のときでも人の会話の内容はわかっていたって教えたはずだわ。

 あなたたちがはじめにこの町に来たときにあなたが確かにその口で

 ハーゴンと邪教の者たちを倒すと言っていたでしょう。それとも

 あなた、まだ若いのにもう自分の語った言葉すら覚えていないのかしら?」

 

「・・・・・・てめえ・・・!だが・・・言う通りだ。おれはローレシアを

 出たときから旅の最終目標は『邪教の徹底的な壊滅』だ。しかしお前なんか

 連れていくわけないだろ。野宿なんかできっこないだろ、お嬢様には」

 

アレンも負けじとセリアに食ってかかるが、彼女は更にその上をいく。

 

「野宿ができない?わたしが今日まで何か月外で過ごしていたと思って?

 あなたたち以上に食べられる植物の種類を知っているし料理の腕だって

 あるという自信もあるわ。全く障害にはならない」

 

「ちっ・・・でもダメだ!女が魔物と戦い続ける旅なんて・・・」

 

「・・・あなた、『勇者伝』の書をちゃんと読んでいないみたいね。

 勇者ロトの仲間にも女性がいたことは多くの証拠からも明らかだわ」

 

アレンは黙ってしまった。彼ほどその書物を読み込んだ人間はいないからだ。

勇者ロトの一行には二人の女性がいた。どちらも決して足手まといではなく、

強力な呪文、柔軟な発想で窮地を救ったこともある重要な戦力だった。

 

「わたしの魔力が侮れないものであることも知っているでしょう?呪文の

 使えないあなたはもちろん、わたしと実際に戦ったテンポイント、

 アーサー王子もじゅうぶん身に染みているものだと・・・」

 

「・・・まあね、油断したつもりはなかったけど、まさかアレンが早々に

 消えてチャンスだと思っていたのにまたしても優勝できないとは予想外だった」

 

「うん、そうそう。ローレシアのトウショウボーイ様はそのとき腹痛だったかしら?」

 

 

ほほほ、と笑うセリアに、とうとうアレンの堪忍袋の緒が切れた。強硬手段に出る。

 

 

「アーサー!これ以上は時間の無駄だ!昨日の打ち合わせ通りいくぜ!」

 

「・・・!そうか、わかった。放っておくと喧嘩になりそうだし仕方ないか」

 

アレンは荷物を全てまとめてからセリアの腕を掴んだ。それとは逆の手で

アーサーの腕を掴み、これで三人同時にルーラで飛ぶ態勢が整った。

 

「・・・ルーラ!行き先はローレシア大陸のサマルトリアだ!」

 

この呪文を実際に使うのは初めてだったが、どうやら成功しそうだ。

キメラの翼を放ったときと同じ感覚に包まれている。一瞬のうちに

サマルトリアに降り立っていることだろう。しかしアーサーの耳に、

 

 

「あら・・・そういうのは・・・残念だけどもう無理だわ」

 

「・・・!?」

 

 

不穏な囁きが入った。そして着地。その景色はというと、

 

「・・・・・・!!アーサー!てめえ失敗したな!?ここは・・・」

 

「いまと同じ・・・場所だ。どうなっているんだろう?」

 

ここはムーンペタ、それもさっきまでと全く同じ地点、宿屋の前だった。

セリアはくすりと笑うと、何が起きたのかわからない二人に対し解説を始めた。

 

「・・・魔力はわたしのほうが上だと言ったはず。昨日の夜あなたたちが

 寝静まった後にこっそりとルーラのための結界を張らせてもらったわ」

 

「昨日の夜!てっきり傷心のまま部屋に戻ったものとばかり・・・」

 

「・・・そのふりをして機会をうかがってやがったのか。なんて女だ。

 しかしおれたちについてきてハーゴンをその手で倒したいというのは

 本気みたいだな。そこはまあ評価できる・・・が・・・」

 

困った顔をする二人の王子と、彼らを手玉に取ったセリア王女。緑の芝生の上で

華麗な踊りを披露していた『グリーングラスの乙女』の本性に圧倒されていた。

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