ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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青春の巻 (王女セリア③)

 

こっそりと腫れた足の治療をしていたセリアの背後にいたアレンがゆっくりと

彼女の前に歩いてきた。彼女はしまった、と思いつつもすぐに落ち着いて、

 

「・・・何のことかしら?それよりあなた、わたしが用を足すって

 わかっていながらこんなところまで覗きにくるなんて、ローレシアの

 王子として恥ずかしいとは思わないの?まったくあなたは・・・」

 

「行ったっきりなかなか戻ってこないんだから様子を見にくるのは当たり前だろ。

 魔物か野盗に襲われたんじゃないかって心配するだろうが。おれたち男と

 旅をするんだったらこういうことも頭に留めてもらわないとな。

 でも今は違うだろ。話を逸らすなよ」

 

長い距離を歩き、ほとんど立ち止まらずに時には全力疾走、また時には

魔物との戦いもある。町のそばでほとんど動かずに魔物を狩っていた

昨日とは違い、セリアの足に深刻なダメージを与えていた。王女であった

彼女がこんなに歩き、足に負担をかけたことはこれまでなかったからだ。

 

 

「おれは回りくどいのは嫌いだから言うぜ。セリア、諦めろ。

 お前さんじゃこの先どれだけ歩くことになるかわからない旅に

 ついてくるのは無理だ。その足じゃ歩けないだろ。それだけ

 気力があろうが体力は限界だ。もう何もできないだろ」

 

「・・・今日は初めてだったから!これから慣れていくわ!靴だって

 もっと旅にふさわしいものを選ぶし明日からは・・・」

 

「魔物はそんな事情をわかってくれないだろ。おれたちだって

 そんなお前さんをかばいながら戦ったりするのはお断りなんだよ。

 ・・・・・・足だけじゃねえ、全身がだるくて辛いんだろ?」

 

セリアは何も答えずうつむきながら震えている。てっきり涙でも

流しているのだろうとアレンは横から覗きこんだが、そうではなかった。

身体は弱っているというのに目つきは鋭く、沸騰しそうな熱があった。

その憤怒はおそらく彼女に対しこんな仕打ちをした自分に対して

向けられているのだとアレンは心を痛めた。しかし彼女は、

 

 

「わたしのこの怒りは・・・ムーンブルク王家最後の一人として・・・

 この情けない、惨めな姿を晒しているふがいないわたし自身への怒り!」

 

「・・・お前・・・・・・」

 

「お父様たちに会わせる顔もない・・・非力なわたしそのものが・・・

 腹立たしくて許せないのよ―――――っ!」

 

 

激情に任せて立ち上がった。しかしはやる気持ちに身体がついて行かない。

 

「・・・うっ・・・!」

 

足の痛みから倒れかけた。その寸前でアレンが支え、そのまま彼女をおぶった。

 

「・・・このままさっきの場所まで戻るぞ。もうそれだけ歩くのも無理だろ?

 アーサーが荷物ごとルーラでムーンペタまで運んでくれる」

 

「・・・・・・・・・」

 

セリアは自分で歩ける、と抵抗しようと思えばできたかもしれないが、

なぜかその気にはならなかった。アレンの背中の感触に、かつて幼い日の

父と似たような心地よさを感じたからだ。だが、それに甘えることは

自分の旅がこれで終わりだと認める形にもなる。無念の気持ちは抑えきれず、

 

 

「・・・このわたしがこんなところで負けるわけにはいかないの・・・!

 みんなの仇を討って・・・苦しむ魂たちに安らぎを・・・!そして

 ムーンブルクの復活を・・・!わたしは・・・わたしは・・・・・・!」

 

 

このときアレンのほうもセリアに特別な感情を抱いていた。彼女の身体の

感触に、同年代の少女の柔らかさ、そしてか弱さを直に感じ取れた。

そこには思春期の男としての喜びだけではなく、別のものがあった。

 

 

(・・・こいつの身体・・・・・・おれは・・・・・・)

 

 

互いに会話らしい会話はないままアーサーのもとへ戻ってきた。

二人を見ると彼はすぐにルーラの呪文の準備を始めた。

 

「どうやら町に戻ることに異論はないようだね。ルーラ!」

 

 

ムーンペタの町、それも宿屋のそばまで一瞬で帰ってきた。

セリアをすぐに部屋で寝かせてからアレンたちは一階の酒場に下り、

重い空気のなか、彼女の今後について話すことになった。

 

(・・・・・・・・・)

 

二人は全く気がついていなかったが、疲れ果てて眠りについたと思われた

セリアがこっそりと柱の陰から二人の会話を聞こうとしていた。もし自分を

ローレシアやサマルトリアに置いていくという決断を下したなら二人の

荷物を燃やすと脅してやろうか、とも考えていたが、

 

(・・・いいえ、無駄ね。そんなことをしても。駄々をこねる

 聞き分けのない小さな子どもの真似事に過ぎないわ)

 

 

 

「・・・アレン、明日からはサマルトリアへの旅になるのは間違いないね?

 彼女を連れていってそこであとはぼくの父たちに任せる。きみの希望通り

 ローレシアに彼女がこれから暮らせていけるようにうまく誘導してみるよ」

 

サマル王はよくこの優秀な息子にいいように操られる。おそらく成功するだろう。

 

「今日の様子なら彼女も文句は言わないだろう。普段より速く歩いたり走ったり

 多少意地悪なところはあったけれど、これから先のことを考えたら・・・」

 

昨日の時点ではこうなるために二人で作戦を練り、それは果たされようとしている。

ところが、いまになってアレンの心は大きく動かされていた。アーサーの

言葉を手で遮ると、水を一気に飲み干してから決意に満ちた様子で語った。

 

 

 

「・・・いや、おれはあいつを連れていくことに決めた。ハーゴン討伐のための

 旅に・・・だ!おれはこの二日の試験、あいつを『合格』にする!」

 

「・・・!?そ、それは・・・?あんなにきみは反対していたのに」

 

「あいつを背負っているとき・・・そのとき考えが変わった。あいつを

 いっしょに連れていかなきゃならない、強く感じたんだ」

 

アレンの突然の心変わりにアーサーは注意深く耳を傾けた。女好きのアレンが

セリアを背負ったときに得た手触りとかが理由だなんて言うような空気ではなかった。

彼女のためを思い自ら嫌われ役になろうとまでした彼の結論の理由が知りたかった。

 

 

「・・・あいつの身体は・・・とっても細かった。まさに『女の子』のものだ。

 あんなに繊細で注意深く扱わなきゃいけない、か弱い身体だ。とてもこれからの

 終わりの見えない旅の仲間になんかできない。そう思った。思っていた!」

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

柱の向こうでセリアもアレンの言葉を聞いている。アレンの決断のわけを。

 

「だけど・・・だからこそ、あいつの心は強い!おれたち二人のどちらよりも!

 もしおれがあいつと同じ立場だったとしたらあれほどの勇敢な気持ちに

 なれただろうか。戦いの訓練も全然したことねえってのに、愛する人たちの

 魂の安らぎ、そしてムーンブルクの誇りを取り戻すために強い覚悟で

 自らを奮い立たせている・・・お前想像してみろ、自分だけが魔物に襲われた

 サマルトリアでただ一人生き残ったとしてあいつみたいになれるか」

 

「・・・・・・無理だね。絶望に沈んだまま気力を失っているだろう。

 剣の訓練を積んではいるけれど、自分の無力さに気落ちしたまま何も

 できないね。彼女のように立ち上がるなんてとてもとても・・・」

 

「だろ?弱いように見えて、実は一番強いんだ。これ以上ない戦力だ。

 それにあいつの幸せがどうとか悩んでいたが・・・いまはやりたいように

 やらせてやる、それが最高の幸せになると思ってな。もし途中で帰りたいとか

 どこかの男の妻になって平穏に暮らしたいって言ってもおれは構わない。

 そうなったときのために旅の途中、おれはあいつを全力で守る、そう決めた。

 小さな傷一つすらつけさせない!それなら問題はねえだろう」

 

 

(・・・・・・ア、アレン王子・・・・・・)

 

アレンの熱い言葉に胸を打たれていたのはセリアだった。足の痛みや屈辱にも

決して涙を流さなかった彼女だが、いま、気がつくと一筋の涙が頬を伝っていた。

アーサーもアレンの話に頷き、異論はないような顔をしていた。ところが、

このあと話は思わぬ方向へと流れていった。

 

 

「・・・わかった、いいだろう。明日からは三人旅だ。文句はない」

 

「そうこなくっちゃな。まああの女のことだ、いろいろ問題は出てくるさ。

 でもおれとお前だってそれを乗り越えてこうして今がある。きっと・・・」

 

「ああ、意見の相違はあるだろうね。だから中心となるリーダーを決めよう。

 そしてそれはアレン、きみ以外にはいない!」

 

三人となったことで、旅のリーダーが必要だとアーサーは言う。しかもすぐに

その座にアレンが就くようにと力強く指をさしてきた。自分を高く評価された

アレンは当然悪い気はしない。照れ隠しに声も大きくなった。

 

「・・・おれ以外にいない、か!わかっているじゃないか!じゃあ遠慮なく

 やらせてもらうぜ!だが安心しろ、独裁者になるつもりはねえ。

 お前たちの希望もちゃんと最大限考慮したうえでリーダーとして・・・」

 

「それは助かる。きみにとってもこれは予行練習だ。ちゃんとやってくれないと。

 将来ローレシアの王になったならばたった二人じゃない、もっと大勢のことを考えて

 その人たちの上に立たなくちゃいけないんだ。簡単じゃないぞ」

 

アレンの顔も再び引き締まった。仲間たちの命を預かるのだから責任は重大だ。

一国の王が間違った判断を下せば多くの国民が不幸になるように、アレンが

一つ失敗しただけで取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 

「だからアレン、きみがぼくたちの旅のリーダーとなることに

 条件をつけさせてほしい。成功するために必要なことだ」

 

「・・・条件?お前からおれを推薦しておいてそんなものを出すのか?」

 

「ああ。ここは譲れない。きみがリーダーとして正しい道を歩むために

 障害となりかねないもの、そのどれかをいまここで断ってほしい。

 『酒』、『女性』、そして『特殊な薬草』のいずれかを」

 

その三つともアレンには欠かせないものだった。しかしそれらが障害になる

可能性がある、とアーサーは言う。いずれも節度を守らないと大変なことになるのだ。

 

 

まずは酒、これはすでにアーサーが散々苦労させられている。アレンは酔うと

なかなか面倒くさい。普段から感情をむき出しにする彼だが、その比ではない。

怒りも憂いもすべて吐き出し、将来王となったときに思わぬ失言、または

酔った勢いで自分でも訳の分からないうちに過ちを犯す可能性が十分にあった。

 

次に女性。身を滅ぼしかねない一番の要因かもしれない。どんなに賢い王でも

その誘惑に屈し愚かな行動に導かれる。アレンを陥れようとする敵が

色仕掛けにきたとき、もともと女好きな彼は、日々常に強い意志を持って

いなければ簡単にその罠にかかるだろう。人一倍注意が必要だった。

 

最後に特殊な薬草。薬草には身体の傷を癒すものだけでも数多くの種類があり、

アレンたち冒険者は長い旅に出る前にしっかり学んでおかなければいけなかったが、

それとは別に、精神を興奮させる薬草もあった。嗜好品として用いられることも

多く、用量をわきまえないと健康を害するおそれがあった。アレンもこの薬草の

愛好者であり、年齢の割には量が多い、と自他共に認めるほどだ。

 

 

「・・・くそぉ~・・・。どいつもおれの人生を彩るのに欠かせないものばかり!

 だが確かにおれの破滅につながりそうだ・・・」

 

「もし嫌だというのならそれでもいいよ。でもリーダーの話は白紙、今のままだ。

 今のまま、ということはセリアを連れていくっていうのもなしだ」

 

(・・・ちょ、ちょっと!?余計なこと言ってるんじゃないわよ!せっかく

 決まりかけていたのにやっぱりやめたってことになったら・・・!)

 

セリアは突然の展開に動揺させられたが、アレンの答えは早かった。

 

 

「そうだなァ。薬草はやめらんねーな。頭が抜群に冴えるからな。あと女、

 あれはおれが付き合いたくなくてもどうせ向こうから勝手に寄って

 きちまうからな・・・。こればっかりは仕方ないだろ。酒をやめる」

 

「おっ・・・結構あっさりとしてるね。もっと葛藤するものだと思ったよ」

 

「そうしなきゃセリアを連れていけないっていうんじゃ仕方ないな。

 だったら旅の間はおれは一切飲まない。それでいいか?」

 

あっさりと酒を捨てた。それだけセリアのことを大事に思っている証拠だ。

 

 

(・・・ふん、なかなかいいところあるじゃない。見直したわ・・・)

 

アレンへの評価が上がっていた。しかしそれ以上に彼女を驚かせたのは、

 

「・・・・・・」

 

(あっ!アーサーのあの顔・・・!いろいろと言葉を並べてはいたけど

 最初からこれが狙いで・・・!)

 

酒をやめると聞いたアーサーはアレンには隠していたが、確かに笑っていた。

リーダーや将来王となったときがどうとか、セリアを連れていくいかないという

話も含めて、全てはアレンからこの誓いを勝ち取るためのものに過ぎなかったのだ。

アレンが女と薬草を、ましてセリアを捨てる選択がないことを知っていたのだ。

彼の悪癖を一つ排除して、自分が楽をするためのいわば誘導だった。

 

(・・・あれは要注意だわ。彼のペースに操られないようにしなきゃ。

 そう思うと単純馬鹿なぶんアレン王子のほうが簡単そうね・・・)

 

 

ならば今日を最後にしばしの別れだとアレンは名残惜しそうにぶどう酒を

口に含める。彼は根が真っすぐなのでセリアのようにアーサーの裏を

考えることはなかったが、そのぶん別の事柄を彼に迫った。

 

「・・・しかし不公平だな。いくらリーダーとはいえおれだけ我慢ってのは」

 

「・・・・・・と、いうと?」

 

「お前も何か断てよ。そうでないと平等じゃねえだろ?」

 

確かにね、とアーサーは頭を何回か指で叩いた後、こちらもすぐに答えを出した。

 

「わかった。ならばぼくはきみがやめられないと言った二つを避けよう。

 どんなに言い寄られても女性とは遊ばないし、あの薬草は吸わない」

 

「・・・む・・・そうか。ならわかった、互いに制約があったほうが

 ハーゴンをぶちのめした後の楽しみも数倍ってわけだ。それにしても

 明日の朝が楽しみだぜ。きっとあいつ泣いて喜ぶぜ。ローレシアに

 連れていかれるものと思っているだろうからな・・・」

 

 

(・・・・・・ぜんぶ聞いちゃってるわけだけどどうしようかしら。わざとらしく

 跳ね上がって喜んでみせたほうがいいのか、隠れて見ていたのを告白するのが

 いいのか・・・。まあいいわ、とりあえず明日の準備をしておきましょっと)

 

 

いよいよ新しい旅が始まる。偉大なる勇者の末裔が三人引き寄せられるように集い、

同じ志のもと世界の平和を取り戻すために果てしなき世界へ飛び立つ。

ここからがほんとうの長い旅の始まりだった。

 

 

 

 

 

とある神殿の最上階、何者かがひとり、水晶で何かを見ている。そこには

ムーンペタの宿屋で談笑している二人の少年、それを死角から眺めている

一人の少女が映っていた。それを確かめるとその者は数回頷いてから、

 

「・・・ふむ・・・予想通りこうなったか。彼らはやはり特別か」

 

彼らの奇跡を当然のことのように納得しながら見つめていたが、後ろから

現れた別の男はセリアの姿を見ると驚き、目の色を変えて近づいてきた。

 

「こ、これは・・・!?ムーンブルクの!元の姿で、しかも五体満足で

 あのように!まさかあなた様の呪いが解かれたと・・・!」

 

「きみにはそれ以外にどう見えるんだ?その通りだろうに」

 

平然としている水晶の主に対し、更に激しく迫るその男。どうやら立場は

下であるようで、言葉は敬語のままだったが、声は大きくなっていた。

 

 

「ですからあのとき私が命を奪っておくままに任せていただければよかったものを!

 あなた様はそれを制され、あの者を卑しむべき犬とされました。ですが今や

 それが仇となり勇者の子孫たちがあのように一つとなり・・・!あなた様は何を

 お考えなのですか!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「お教えください!偉大なる大神官、ハーゴン様っ!!」

 

 

ハーゴンと呼ばれたその者は何も答えない。言うならそれが答えだった。

全てを伝える必要はない。大人しく従っていればそれでよいのだと。

 

 

「・・・・・・わかり・・・ました。いつか明らかにされることを願っています。

 では私はこれで失礼いたします。出過ぎた真似を・・・お許しください」

 

「ん・・・別に何も気にしてはいないから謝る必要はないよ」

 

 

男が出ていってから、ハーゴンは再び一人となり、水晶のなかを見つめ続けていた。

 

 

「・・・ふふ・・・さすがはあの勇者ロトの末裔たち。二人なら厳しかったが

 三人揃えばここまで来ることもできるだろう。わたしのためにも

 それくらいしてもらわないと困るというもの・・・面白くなってきた」

 

 

その言葉の真意を知るのはハーゴン一人だけだった。その力あるしもべたちも

誰もハーゴンが真に目指しているものを理解していなかった。

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