「ようやく到着・・・っと。こいつが風の塔か。確かに・・・」
「魔物たちの巣になっているわね。狙いは風のマント、そしてやつらの殲滅よ!」
ムーンペタを出てから数日、三人は風の塔と呼ばれる塔の前に立っている。
かつてはムーンブルク城のものであったこの塔も使われなくなって久しい。
すっかり魔物たちが住み着き、外の森や山岳地帯以上にその気配に満ちていた。
「・・・で、その風のマントはやっぱり頂上までいかないとだめなのかな?」
アーサーは八階建てのこの塔を見上げながらセリアに尋ねる。このようなとき
お宝は一番深くに眠っているというのが昔からのよくある話だからだ。
しかしセリアは首を横に振る。今回はどうやら違うようだ。
「いいえ、最上階は見張りのために使われていたから大勢の人が出入りしていた。
だからそんなところに重要な品物を置くはずがない、そう聞いているわ。
でもどこにあるのか・・・そこまでは伝えられていないけど」
「ちぇっ、そこが一番大事だろうが!地道に探さねえと・・・」
長い道のりを歩き風の塔までやってきたはいいが、まだ終わりは遠そうだ。目的の品を
手にするために果たしてどれほど時間がかかり、体力を使い、魔物たちと
戦いを重ねたらよいのか・・・。塔に入る前にリーダーであるアレンが二人に言う。
「いいか、長期戦は確実だ。魔物どもは見逃してなんかやるつもりはないが
力は温存して戦えよ。特にお前たちの魔力は調子に乗ってガンガン使うと
すぐに尽きちまう。だから注意しないといけないぜ、特にお前!」
「・・・・・・わたし?」
「お前しかいねえだろ。お前は魔力がなくなっちまったら何もできねえ。
しかも魔物の姿を見ると熱くなるんだからな。しっかりやれよ」
「・・・・・・・・・」
セリアはアレンを一瞬だけ睨むような目つきだったが、すぐに視線を外し
何事もなかったかのように前を向いた。
(・・・おい、大丈夫か、あいつ?)
(さあ・・・大人しく引き下がったのが逆に何かありそうで)
(そうだな。でも安心しろ。おれがどうにかするさ)
目の前で魔物たちに自分の全てを奪われたセリアは、恐怖や悲嘆ではなく
憤怒と憎悪という感情に満たされていた。これまでの戦闘中にも、
冷静さを保ちながらも時々それらを抑えきれないのが明らかだった。
すでに動かない魔物相手に執拗なまでのとどめを刺したり、アレン以上に
魔物の群れの殲滅にこだわり、逃げ惑う魔物をもバギの餌食としていた。
(そうか。きみがそう言うなら安心だ。彼女のことは任せたよ)
(ああ。あんなのでも目の前で死なれたら気分悪いからな。魔力がなくなって
役に立たないお荷物になられるのも困る、ただそれだけが理由だがな・・・)
セリアの暴走を懸念しながらも風の塔に足を踏み入れた。初めこそ不気味すぎるほど
静かだったが、やがて部外者の侵入をよしとしないこの塔の住人がアレンたちを
排除するために集う。その気配は三人も察していたので、ここで足を止めた。
「・・・隠れていても殺気でバレバレだぜ。そろそろだな。準備はいいか?」
「うん。なかなかの数だと思うけど、あれくらいなら問題はないだろうね。
ただ、一階からこれだけのお出迎えとなると骨が折れそうだねぇ」
二人はそれぞれ武器を構える。痺れを切らして襲いかかってくる魔物たちを
迎え撃つのが狙いだ。ムカデやねずみだけならそこまで慎重策を
とらなくてもいいのかもしれないが、頭のいい魔術師が魔物たちを指揮し、
隊列を組んでいたり思ってもみない場所に伏兵を仕込んでいるかもしれない。
飛び込みたくなるのを我慢して獣たちが本能に屈して姿を現すのを待った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アレンたちは当然動かないが、魔物側も出てこない。やはりどこかに罠があるのか。
この根比べは予想よりも長引きそうだと思われたとき、一番初めに動いたのは・・・。
「・・・ふん、くだらないわ。揃いも揃ってばかみたいににらみ合いとはね」
「セリア!前に出たらだめだ!きみならわかるだろう、いまはじっと・・・」
「このままいつまでも立っているつもり?こんなの・・・こうすればいいのよっ!」
セリアは魔力を解き放ち、バギの呪文を唱えた。それも一度ではなく、
あらゆる方向に向かって幾度も、しかも普段以上の威力での乱れ打ちだ。
柱や壁に隠れている敵たちをも飲み込み、断末魔や悲鳴がこだまする。
「ギャアアアア――――――ッ!!」
「くそっ!!まさか・・・!魔物ども、こうなったら一斉に・・・ギャオ!」
魔物たちを統制していた魔術師すらそれに飲み込まれた。無数の叫び声、
バギの呪文がもたらす嵐の轟音が異常事態を知らせ、別のフロア、また二階からも
魔物たちが次々と現れた。静かなる我慢比べの空気は急変し、大きな戦いの始まりだ。
「てめえくそ女――――ッ!いま大人しくしてろっていうのに加え・・・
初めは温存しろという約束まで破りやがったな!何考えてんだ!?」
アレンの怒鳴りつけにもセリアは飄々としている。悪いことをしたなどとは
全く思っていない素振りだ。むしろ笑みを浮かべながらアレンに返答する。
「あら、あなたも心の内ではこれを望んでいたのではないかしら?
勢いと馬鹿力だけが取り柄なのに黙って棒立ちだなんていやだったでしょう?」
「ちょっとセリア!こんなときにあまり刺激するような言葉を・・・!」
アーサーが慌てて二人の仲裁に入ろうとする。しかし、それは必要なかった。
彼はてっきりアレンがセリアの痛烈な発言に怒りを増し加えているものとばかり
思っていたが、アレンの反応はそれとは全く違っていたからだ。
「・・・・・・くそ女・・・てめえの口の悪さはともかく、確かに言う通りだ!
目が覚めたぜ、一応感謝しておく!危うくおれらしくないやり方をするところだった!
闘将ボーイであるおれの武器は・・・確かにこの燃える思いと勢いだ―――っ!!」
塔に入る前は、セリアが前のめりになったら自分が止めると言っていたのに、なんと
いっしょになって突撃していったではないか。共になって敵対する魔物たちを
まさに粉砕していく。まだ一階だというのに惜しげもなく全力を出す。
彼もまた熱くなる人間だった。冷静に場を収めるなど最初から無理だった。
アーサーは二人に出遅れながらも、こうなることは目に見えていた。
「・・・やっぱりね。作戦も何もない・・・か。ぼくもやるしかなくなった。
でもこれじゃ風のマントの眠るところまで辿り着くなんて・・・」
戦闘は激しさを増していた。上の階から際限なく魔物の援軍が現れる。
だが戦いの主導権は渡さない。姿が見えるとすぐにセリアが聖なる刃で
邪悪な獣たちを切り裂き、それを逃れてもアレンが剣で一刀両断する。
その激闘に真っ先に限界を迎えたのはアレンたちでも魔物たちでもなかった。
それに最初に気がついたのは、誰よりも冷静なアーサーだったことが
アレンたちにとってとても幸運だった。
「・・・・・・!!これは・・・!?二人とも!大変だ!」
「どうしたアーサ―――っ!?ピンチなのか!いま助けに行くぞオォ――――!」
「いや、違う!危ないのはぼくじゃない!この塔そのものだ!」
セリアのバギが主な原因だったが、すでに古くなっていたこの塔の柱や外壁は
塔が建てられて以来起きたことのなかった大きな戦いに耐えられなかった。
ところどころ崩れ始め、もう間もなく完全に崩壊する。三人は魔物との
戦いを打ち切り脱出を図ったが出口には遠い。
「・・・くそっ、やっぱり後先考えずに熱くなったのはまずかったか!」
「・・・・・・!!」
魔物たちとの共倒れを覚悟せざるをえなかったが、アーサーは二人を手早く
自分のそばに寄せると、やはり急いで呪文を唱え始めた。
「だめよ!ルーラじゃ!ここは天井が・・・」
緊急避難といえばルーラの呪文だが、この塔では無力。とはいえアーサーが
詠唱していたのはその魔法ではない。彼自身初めて使う新しいもので、
「今すぐここから出るよ!ちゃんとつかまっているんだ!リレミト!」
洞窟や塔から一瞬で外に戻る呪文『リレミト』。すでに塔は崩れ上の階から
足場が落下してきている。ルーラのときのように身体が移されている感覚は
あるが、果たして間に合うのか――。だがいまはアーサーに頼るしかない。
そして目の前が白くなる。次に目が開けたとき、そこはどこなのか。
「・・・・・・ぐ・・・ここは・・・・・・アーサー!セリア!」
アレンが目を覚ましたが、仲間の姿が見えない。彼は再び声を大にして、
「アーサァ―――ッ!!セリア――――ッ!!返事をしろ――――!!」
すると、横になっていた彼の頭上から探し求めていた者たちの声が聞こえた。
「・・・ぼくたちは最初からここにいるよ。気がついていなかったのか?」
「仕方ないわよ。まだ寝ぼけているのだもの、この男は」
すでに二人とも立ち上がっていて、ようやく意識を取り戻したアレンを見下ろしていた。
いつまでお昼寝気分なんだ、そんな冷ややかな視線にも思え、アレンは気まずそうに
服についた土の汚れなどを落とすと、自らも身体を起こした。それから改めて
辺りを見ると、風の塔は無残にも瓦礫の山となっていた。
「・・・これは酷いな。どうやっても修復とかは無理だな」
「よく助かったよ。これに懲りたらもうあんな真似はやめてほしいね。
言ったそばからあれじゃあ命が何個あれば足りるのやら・・・」
三人はどうにか助かった。間一髪で巻き込まれずに済んだが、他二人の
暴走行為のせいで自らも危うかったアーサーは珍しく責めるような口調だった。
「これで風のマントなんかもう・・・待てよ、逆にこれは・・・!」
しかしアーサーはすぐに瓦礫に向かって走り出す。少しだけ探しただけで
すぐにいくつかの宝箱が見つかった。それらを集めて持ってきて、
二人のいるところで一つずつ開けた。空っぽのものもあったが、
三つ目の宝箱のなかに、その宝はしっかりと守られていた。
「・・・・・・こんなことってあるのか・・・」
アーサーは風のマントを手にしていた。塔が崩壊したおかげで探索の手間が
省け、瓦礫を漁るだけでそれを得てしまったのだ。それを見たアレンとセリアは
先程までとは一転して誇らしげな顔をしていた。
「どうだ、これがおれたちの『近道』だよ。おれたちは若いんだ、力に
満ち溢れている。やっぱり慎重とか万全なんて言葉は似合わないわな」
「ええ。それにこんな場所に時間をかけてはいられないもの。常に全力、
前向きな気持ちが生んだ結果でしょうね」
もう好きに言ってくれとアーサーは風のマントを放るようにしてアレンに渡した。
あんな無謀な行動が何回もいい結果をもたらすはずがない。これで味を占めて
この先二人はずっと無茶を通しはしないかとアーサーは頭を抱えたが、
(・・・いや、普通の人間なら論外であっても、選ばれし勇者の血が流れる、
それも特別に精霊ルビスさまの加護を受けた者であれば・・・か?
時には勇気を出して危険な橋を渡らないと世界の平和なんて勝ち取れない。
そのとき普通を超えた聖なる力で後押し・・・されるというのかな?)
アレンがラーの鏡を手に入れるときに彼を導いた眩しい光、これも人のものではない
力が働いたのだとアーサーは考える。そのときも常識的に考えたら愚かで
身投げにも等しい行動が正解だったのだ。
「・・・でも何回もうまくいくはずはない。いずれは・・・・・・」
三人は一息入れてからルーラの呪文でムーンペタに戻ることにした。
目の前には風の塔と呼ばれていた建造物の成れの果て。
「・・・よかったのか?魔物の手からこの塔を取り戻したかったんじゃ・・・」
「構わないわ。どうせしばらく使われていなかったのだから。この塔だって
魔物どもの道連れとして役目を全うできたことをわたしたちに感謝しているわ」
セリアは自分の国の伝統ある塔の歴史を自らの手で終わらせたことに全く
罪悪感も後悔も抱いていない。それよりも魔物たちを数多く倒せたことに
心から満足している様子だった。彼女を見ながらアレンは小声でアーサーと話す。
(おっかねー女だぜ。おれ以上に強引で乱暴だ・・・)
(でもきみとの相性はいいようだけどね。ぼく以上に)
(馬鹿言うな。おれが女に求めるのは守ってやりたいっていう気持ちに
させてくれることなのに、あれじゃあ近寄るのも危険じゃねえか。
あいつを将来嫁に貰うやつが心底気の毒だ。よっぽどの物好きか
見た目に騙されたかしねえとそんなやつは出てこないとは思うが・・・)
アレンは突然慌てて話すのをやめた。セリアが近づいてくるのが見えたからだ。
そんな彼に、アーサーはくすりと小さく笑いながら一言だけ、
「・・・でも、きみは彼女を守ってあげていたじゃないか。それも、あんな
乱戦のなか、完璧に。きみのことだから黙っているつもりだったのだろうけど
後ろにいたぼくにはぜんぶわかっている。彼女には言わないでおくよ」
ホイミの呪文を唱えてからアーサーはアレンのもとを離れ、自分の荷物を
まとめに向かった。アレンが二人、特にセリアには見えないように隠していた
傷が回復した。
「・・・・・・お見通しってわけかよ。おれのやってることもほんとうの気持ちも」
「あら、二人で何を話していたの?もしかしてお邪魔したかしら。
もしかしてわたしに聞かれたくない話でも?」
「・・・さあな。大したことじゃない。帰るぜ、こんなところにもう用はねえだろ」
一方的にこの場を切り上げ、アーサーのルーラでムーンペタに戻った。
さすがに今日は三人とも宿屋で熟睡した。風の塔までの道のりは長く、
魔物との戦いも激しかったからだ。とはいえ、次の日からはもっと過酷な
冒険が待ち構えていることを彼らも知っている。今回の旅程度で弱音を
吐いてはいられなかった。