大国ローレシアの支配下にある地、その一部の国土と支配権を与えられている
姉妹国『サマルトリア』。ローレシアの初代国王ブライアンがその死の前に
妻や僕たちに命じた通り、彼の二番目の息子のための国だった。武力では
ローレシアが大きく勝っているが、サマルトリアのほうが商業が栄え、
平和で豊かな国となり、その力において強くなり続けた。
そのサマルトリアの王子、彼の名は『テンポイント』。ローレシア同様
王位を継承する際に代々定められている『サマルトリア王』となる。
『サマル王』と呼ばれることが多く、一般にもそれで通っていた。
彼は生まれたときからとても美しく精悍な顔つきで、輝かしい未来を
約束されたと感じた父が『十点満点』だと思い名付けられた。
時が過ぎ成長しても彼は人々から『流星の貴公子』という異名で
呼ばれるほど優れた美少年となり、更に華麗な剣の腕前を誇っていた。
しかしローレシアなども含めて行われた剣術大会ではどうしても優勝が
できなかった。ローレシアの王子、『トウショウボーイ』ことローレルには
腕力で押し切られることが多く、とくに彼は相性の悪い相手だった。
テンポイントはトウショウボーイには勝てない、多くの者がそれを知りながら、
『テンポイント―――っ!今度こそ頼むぞ!いつかライバルに勝ってくれ―――っ!』
『貴公子さま―――!こっち向いて―――――っ!!』
人々の人気はローレルを凌ぐほどだった。サマル本人も、どうやったら同い年の
好敵手に勝てるのか深く考えたこともあったが、どのような作戦を考え、
相手の隙を狙おうとしても、どうやっても及ばなかった。自分も彼も
ローレシアの偉大なる建国者ブライアンと同じ代の子孫であるはずなのに
この差の理由は何だ、と思い悩まされた。
「テンポイントよ、次の集まりでの決議の件だが・・・」
「はい、問題ないかと。細かい点は後でどうにでもなります」
彼がローレルに勝っていたのは、その知性だった。事あるごとに国王である
父を支え、先見の明や俯瞰力という点では既に父を超えているという声もあった。
この国では主要な人間全員が賛成しなければ決められない重大な決議があるのだが、
そのうちの一人でもあった。ローレルと同じ王子という身分でありながら、
ローレルよりもずっと政治に関わり、人々の信頼と尊敬を得ていた。
そんな彼でも自分の国への不満、というより懸念はあった。サマルトリアは
経済的には豊かな国となり、ローレシアとは違い日々の食事にも困っている
貧しく飢えた者はほとんどいない。しかし彼は思った。この国の人々は
富んでいるが、心はだんだんと貧しくなってしまったと。問題が起きたら
すぐに金で解決し、人よりも物を大切にする社会になりつつあると。
「ローレシアと同じく・・・ぼくたちの国も進む道を間違えたってことか。
まあこれまでこうしてきたのだから今さらどうなるってわけでもないけどね」
ローレルは自分の力で国を変えようという熱き心があった。しかしサマルには
それがない。劇的な変化は不可能、無理だと達観していた。だから父や
貴族たちと衝突することもなく、何かを意見することもなかった。
しかし彼もただ時の流れに身を任せるつもりはなかった。ローレルのように
流れに逆らおうとは考えていない。それは無駄だと思っているからだ。
むしろ全てを捨てて旅立つのもいいと考えていた。祖国も立場も投げ捨てて。
テンポイント・・・サマルは現状を変えたいとは思わなかった。変わるのは
自分だ。それでも妥協するのではなく、自分を貫いたまま。そのためには
遠い地へ旅にでも出よう、とその機会をじっと待っていた。とはいえ、
自分がほんとうに長い長い、しかも最終的に帰らぬ旅になろうとは
思ってもみなかっただろう。
サマル王子にとって旅立ちのきっかけは、ローレルと同じく、姉妹国
ムーンブルクが魔物の軍勢によって襲撃され、壊滅したことだった。
サマルトリアとしてはどう動くべきか国王はなかなか決めきれずにいた。
ここでテンポイントは立ち上がった。そして父に進言した。
「・・・父上。ここは私が参りましょう。おそらくはローレシアでも
彼・・・闘将ボーイと呼ばれるあの王子が自らムーンブルクへ向かうため
もう既に国を発っているかもしれません。私たちも遅れをとるべきでは
ないでしょう。評判を落とすことになりかねないからです」
「お、おお!そうだな、息子よ。しかしローレシアといえば・・・・・・」
ローレシアとサマルトリアでは現在、ちょっとした揉め事が起きていた。
対処を間違えると大事になるかもしれない事態に国王はじめ要人たちは
慎重に対応を検討していた。王子も当然その件に関して話し合いをする一人で
あったので、全てを把握したうえでこの提案を申し出たのだ。
「ええ。今のうちに彼と行動を共にすることで緊張を解く助けになれば」
「なるほど・・・さすがはテンポイント。ではまずは勇者の泉へ向かうのだ。
このようなときではあるが一応は先祖代々の習慣に従うべきだろう。
ムーンブルクへの旅のための腕試しにもなる。やってもらうぞ。
それからローレル王子と合流するといい。もし行き違いになった場合でも、
わしのほうからも王子を一人でムーンブルクへは行かせないようにするからな」
「旅立ちの許可を感謝します。では、私が戻るまでローレシアとの一件に
ついての全てを凍結していただくとよろしいかと・・・」
王はサマル王子の言葉にただ頷くばかりだ。『勇者の泉』に向かうことに
なった以外は全てサマルの思惑通りに事は流れていった。そして旅支度を
早々に終え、水を一杯だけ飲んでから行くか、と考えていると、
誰かが彼のもとに走ってきた。それは彼の妹、『サマンサ』王女だった。
「・・・おにいちゃん!」
サマンサは勢いよく彼に向かって飛び込み、抱きついてきた。彼が妹の頭を
優しく撫でてやると、彼女は幸せそうに笑った。そして愛する兄に何かを渡す。
「はいっ、これあげる、おにいちゃん!勇者の泉に行くんでしょう?十六さい、
だもんね~。さみしいけれど、ちゃんといい子で待ってるからね!
おにいちゃんもこれをつかってがんばってね!」
「・・・・・・おお、立派な剣に盾じゃないか。助かるよ、ありがとう」
サマルが受け取った剣と盾、それは紙で作られたおもちゃだった。しかも
お世辞にも立派な出来とは言えない。これはサマンサの手作りだった。
サマルの妹サマンサは十四歳。兄と同様素晴らしい器量の持ち主で、
その美貌はこの国では競える女はいないほどだった。それだけならよかった。
「えへへ~。おにいちゃん、今日はこれからお花の絵をかくんだ。
おにいちゃんが帰ってきたら見せてあげるからね」
「そうか、楽しみだな。無事に帰ってくるべき理由が増えたよ」
そう、サマンサは十四歳だ。なのに話す言葉や思考といったものはまだ幼い
子どものままだ。その原因は国の医者たちにもわからないが、彼女は病気だった。
身体はどこもおかしくない。むしろ誰もが羨む容姿だ。問題は脳だった。
よって彼女のことを『失敗』だと言う者も多く、もしサマルに不測の事態が
起きたときにとても彼女では代わりは無理だと人々を悩ませた。城のなかで
彼女と好き好んで接する人間は皆無に等しかった。しかしただ一人その兄、
サマルは違った。彼女の幼稚さに、純粋無垢な清さを見ていたからだ。
サマルトリアでは人々の心が貧しくなっていると彼は常日頃から憂いていたが、
まさに自分の利益の為なら隣人や親しい友人、親やその子どもが互いに騙し合う
世界にあって、サマンサは一切の汚れもなく、彼の心を癒していた。
(・・・もう少し大人になってくれればじゅうぶん代わりは務まるはずだ。
案外ふとした拍子に治ってしまうかもしれないからな。そうなれば
誰もサマンサを退ける理由はない。そして安心してぼくも
旅立てる、というわけか・・・・・・)
「・・・じゃあ行ってくる。まずは勇者の泉で身を清めないと。その意味や
効力に関しては疑問も多いけれど・・・決まりだし仕方ないか」
「気をつけてね、おにいちゃん!はやく帰ってきてね――!」
変わりゆく祖国を思いながらも、自らが去ることで新たな道筋を開かんと
旅立ったテンポイント。華麗なる流星の貴公子はその旅のなかでこれまでにない
多くの挫折と屈辱を味わいながらもただ一瞬、ライバルである東のローレルに
代わって太陽となるときがやってくる。しかし彼の旅路の果てに待っていたもの、
雪の世界でのその残酷なる運命を誰が言い当てることができたであろうか。
泣くな、人々よ。朝はもうやって来ないが、サマルトリアでは今日も
美しい流れ星が世界のどこよりも眩しく輝くだろう。