朝、アレンたちは宿を出るとすぐにルプガナの港へと向かった。この先さらに未知の
土地へ旅をするためにはどうすればよいかを今日は人々に聞くつもりでいたが、
多くの船を目にすれば情報を集めずとも答えは出た。船旅だ。さっそく船を
手に入れるためにこの港で一番の権力を持つ老人のもとへ行き、事情を簡単に
説明したが、アレンたちの言うことになど聞く耳を持たない様子だ。
「・・・いくら頼まれてもだめだな。よそ者には船を貸さないという風習があるのでな」
「ただで、とは言っていない。金は払うよ。借りた日数に応じて必ず後で支払う。
前払い金も用意する。用が済んだらちゃんとこの港に無事に返す!」
その後もアレンが何を言おうがついには黙ってしまい、応じる気のないことを示した。
しかもこの老人がいる以上ほかの者たちから船を入手することもできないようだ。
仕方なく諦め、外をぶらぶらと歩くしかなかった。
「ちぇっ、頑固な爺さんだな。魔物たちのせいで満足に海に出られないせいで
余ってる船なんかたくさんあるって話なのによ!どうしたものかな。
まあ爺さんの気が変わるまで気長に説得を続けて待つしかないか?」
「きっとあんなこと言って値段を吊り上げようとしているんだわ!こうなったら
勝手にやらせてもらいましょう!あの船なんか・・・どうかしら?
どうせしばらく誰も使っていないみたいだし・・・」
「・・・・・・・・・」
具体的にどうする、とは言っていない。しかしセリアが何を言おうとしているかはわかる。
誇り高き勇者たちの末裔として何をするにしてもその名に恥じないようにしたいという
アレンと、魔物たちを殲滅させるためなら方法などどうでもいいとどす黒い復讐の
炎を燃やすセリア。また互いの主張をぶつけ合う言い争いが始まるのか、と
アーサーは構えていたが、意外なことに二人は彼のほうを向くと、
「・・・アーサー、お前はどうだ?お前はこれからどう進むべきだと思っている?
どんな状況であっても誇りを抱き続けるか、もしくは犬のような醜さを露わにするのか」
「この男のように来ないかもしれない好機を延々待つのか!それともわたしのように
自らの手で道を開くのか!あなたはどういう考えを持っているのかしら!?」
なぜかアーサーに結論を求めてきた。どちらに同意するのか迫ってくる。
少しだけ悩む素振りを見せたが彼が出した結論は、どちらの味方にも敵にもならない、だ。
「・・・ぼくが思うに・・・ラーの鏡の発見に風のマントでの飛行。どうにも
ならないと思えるような状況でも常に不思議な力によって導かれてきた」
「・・・・・・は?」
「だから無理に盗もうとしなくても必要であれば船は手に入るはずだよ。その結果船が
ダメだったとしたら、それは別の方法で先へ進めっていうお告げじゃないのかな。
でもただ待ち続けるのも賢明じゃない。できる限りのことをしつつ・・・だ」
アーサーは町の外れを指さした。もう使われていないであろう船が何隻も見られた。
「廃船を再利用してみよう。捨てられてそんなに日が経っていない船もあるはずだ。
そんな船だったらどうしようが勝手だろうからね。もしそれすらあの老人が
邪魔をするようなら・・・」
「わたしたちの正体を知っているうえで足止めしてくるとなったら邪教の手先って
いうことで確定ね。遠慮なく叩きのめせるわ!」
ひとまずは老人と根気強く交渉を続けることはせず、船を盗んだりもしない。
修理できそうな廃船を探すために人のほとんどいない町の隅へと向かうと
思わぬ場面に遭遇した。
「だ・・・誰か――――っ!!」
「ゲへへ・・・誰も来やしねえよ!こんな寂れた場所にのこのこ一人で・・・」
「大人しく食わせろっ!!小娘――――っ!!」
若い女性が襲われている。まだ声しか聞こえない段階では、町のどうしようもない
男たちが複数人で女性を囲んで襲うつもりなのかとアレンたちは全力で駆けた。
確かにこの町にはそういう男たちがいた。脅威を増した魔物たちのせいで職を失い、
その後は仕事もせずに酒を飲み迷惑行為を続けている者たちだ。昨日もアレンたちが
前にいるにもかかわらずセリアを強引に誘おうとした上半身裸の男がいたほどだ。
「何してやがる!汚いゴミどもが、おれたちが来たからには・・・!」
なんと、アレンたちとそんなに年が変わらないであろう女性を襲っていたのは
二匹の魔物だった。空中を飛び、脅しを加えながら楽しんでいるようだった。
しかしその遊びが災いし、アレンたちに気がつかれてしまった。間一髪
助かった女性はすぐに目の前のアレンに勢いよくすがり、抱きつくような形になった。
「・・・おっ!!うおっ!!」
「助かりましたわ!この辺りの清掃をしていたら魔物が・・・」
女性がアレンのもとに向かったので、アーサーとセリアが二匹の魔物と対峙する。
「ケケケ、お前たちも死にたいようだなぁ、その目は。オレたち『グレムリン』が
そのへんのザコどもとは全く違う実力を持つことをお前たち愚か者は・・・」
そのうちの一匹が空から見下ろすように、余裕たっぷりに語る。なかなかの知能が
あるようで、アーサーたちにもしっかりと聞き取れるほどに人の言葉を使いこなす。
だが、そんなことに感心しているほどセリアは甘くなかった。グレムリンたちが
まだ身構える前にひそかにバギの準備を進めていて、皆が気がついたときにはもう
いつでも発動可能な状態に仕上げていた。
「お前たちはその女よりも美味くなさそうだなあ。だが味を変えるにはいいだろう。
骨も皮も、目玉や脳味噌までたっぷりと食らいつくして・・・・・・あっ!!」
「おっと、もう遅いわ。まだ戦いが始まっていないとでも勘違いしていたみたいね」
真空の刃を回避できなかったグレムリンたちを直撃し、かなりの痛手を与えたようだ。
「ゲゲゲ・・・!狡いマネを・・・オレたちを怒らせてしまったようだなっ!!」
彼らは怒りに任せて接近してくるものかと思われたが、一定の距離を保ったままだ。
その理由はすぐにわかった。彼らは炎を吐くことができるからだ。離れていても
安全圏から確実に相手にダメージを与えられる必勝の戦法だった。
「どうだぁ~っ!生きたまま焼け爛れろォォッ!!」
この時点で彼らは炎を吐いてくる魔物とは初遭遇だった。しかしそのような武器を持つ
魔物がいるということは歴史の書などから学んでいたので全くの無警戒ではなかった。
そして、ギラの呪文で炎を飛ばしてくる魔物とはもう実際に何度も戦っていたため
対策もできた。アーサーもギラを唱えることで対抗し炎を相殺させる。
「・・・よし!炎の勢いは互角だ。こっちに飛んでくることはない」
「ちっ・・・生意気なやつめ。だがこっちの炎は無限に吐き続けることができるのに
対してお前のほうはいずれ限界が来るだろうなァ!魔力切れがよォ~・・・」
「魔力切れ?そんな長期戦にはならないわ。このまま一気に押し切れる!」
セリアは攻撃の手を緩めず、バギの嵐がグレムリンたちを優勢にさせない。
アーサーのギラも防御の役目から次第に攻め手となり、二匹の悪魔を追いつめていく。
知能が高いぶん自分たちに後がないことを察したグレムリンのうちの一匹が
もはや戦いの勝利を諦め急降下してきた。それもアーサーとセリアのもとにではない。
「くそが・・・!こうなったらそこの女だけでも殺す!」
はじめに襲っていた女性へターゲットを定めた。だがいまはアレンが共にいる。
「アレン、一匹そっちに行ったぞ!とどめをさしてやれ!」
「・・・・・・・・・」
ところがアレンは珍しく反応が遅れている。集中力を欠いているのか、ぼーっとしている
ようだ。無力な女性がそばにいるというのに、どこか心ここにあらずという様子だ。
「・・・アレン!?おい!どうしたんだ!?」
「ちっ・・・あの助平男・・・!さっさと剣を構えなさい!このぼけ――――っ!!」
セリアの一喝にようやくアレンははっとした。捨て身になったグレムリンが
間合いまで入り込んできていた。並の人間であれば焦ってしまいますます
窮地に追いやられるものだが流石はアレン、自らの失態で招いた危機も
抜群の身体能力と反応ですぐに鋼鉄の剣を振りぬき、一閃した。
「ゲヒャァァア~・・・・・・」
ずるずるっと真っ二つになり、力なく地面に肉塊が落ちていった。
「・・・ああ、ありがとうございます!!なんと見事な剣さばきで・・・!」
「礼なんてしなくていいわ。この男のせいで危ないところだったのよ。せっかく
助かったというのにとんでもない護衛がいたものね。というのもこの男は・・・」
「ちっ・・・酷い言い方だな。それよりもう一匹はどうしたんだよ」
アレンはセリアが余計なことを言う前に話題を逸らそうとした。確かに一匹は
仕留めたが、二匹いたうちのもう一匹の姿がどこにもない。
「・・・逃げたみたいだ。だいぶ痛めつけたけれどあっちは空を飛べるんだ。
もう追っても無駄だろうね」
「皆さん・・・ほんとうに何とお礼を申し上げたらよいか・・・!そうです、
わたしの家に来てください。些細なおもてなしくらいはさせてください!」
それまでアレンの背にべったりとくっついていた女性が離れ、三人を
自らの家に招こうとする。好意を無下にするわけにもいかず、その後を
ついていった。アレンはまださっきの失敗とまでは呼べない自らの緩みを
気にしているのか元気がなかったが、セリアは容赦なかった。
「あら、残念そうね。そんなにあの人と密着していた時間が終わっちゃって
悔しいのかしら。さすがは女好きで知られるローレシアの王子様ですこと。
魔物にやられる寸前までさぞかし感触や匂いを堪能なされていたのでしょう?」
危うく不意を突かれるところだったアレンを馬鹿にしているのか、それとも女性に
気をとられていた彼に怒りを抱いているのか。その表情や声の調子だけでは
セリアの本心はわからなかったが、突然の敬うような言葉遣いが逆に怖い。
「でもあの様子じゃああなたのどんな要求にだって何でも応じてくれそうね。
あなたのことだからだいたい予想はつくけどね」
「・・・・・・」
アレンはセリアに何も答えない。その後歩きながら助けた女性からもいろいろと
話しかけられたが、どこか返事がぎこちない。それを見たアーサーは事を察した。
アレンの不調の理由は女性に夢中だったから、というよりは・・・。
「・・・アレン、きみは女性であれば誰でも拒まない極度の女好きだと
認識していたけれど・・・どうやら違うみたいだね」
「・・・・・・・・・」
「自分と同じくらいの年齢の人とは・・・話すのも慣れていないとみえる。どうだろう?」
アーサーの推察は当たっていた。アレンは自分よりやや年上か年下の女性相手には
問題なく接することができるのだが、実は同世代の女性とはこれまでほとんど
会話すらしていなかったため、慣れていないのだ。情けなくも緊張してしまう。
「でも意外だったなぁ。経験豊富だと思っていた。それにしてもどうして?」
アレンはここでも何も返答できなかった。言えるはずもない。かつてセリアに
片思いしていたとき、彼女への純粋な清い愛を貫こうと、誰に頼まれたわけでもなく
自分自身に制約を課し、己や彼女と同じ年代の女性とは必要以上に親しく
していなかった。セリアがラダトームの第三王子と婚約したと聞かされ
初恋が破れた後も無意識のうちにそれを続けていた。ローレシアの城内に
そのような女性が偶然いなかったのも影響し、『女に目がない』と評判になった
以降も変わることはなく今日に至っていた。
「・・・うふふっ!きょ、驚愕の事実の発覚ね!笑いが止まらないわ!まさか
虚勢を張っていたなんて!さっきもデレデレしていたっていうよりは
ドキドキしていたせいで固まっていた・・・!あー可笑しい!」
セリアは普段にも増して愉快そうに笑っていた。アレンはぴくぴくと怒りを
堪えていたが、やはりずっと口を閉ざしたままだった。
(くそっ・・・誰のせいだと・・・!とはいえここでは沈黙が一番賢明だぜ。
今はもう何を言ったってあの女のオモチャにされちまう・・・)
「大人の男のふりをしながら実は背伸びしているだけの子どものようね。
ふふふ、もうこれからは無理しないでわたしたちの後ろに隠れているのが
いいんじゃない?この旅はあなたには刺激が強いようだから」
なおもアレンを攻撃するセリアを見て、アーサーはあることを感じていた。
それが自分の考えすぎか、それとも・・・。彼女に直接聞いてみることにした。
「・・・セリア、何だかやけにうれしそうだね。そんなに彼の女性経験が
浅かったことがきみにとって面白かったのかい?もしくは・・・・・・
アレンが清い青年であったのを心のどこかで安堵していたり・・・とか?」
アーサーは核心を突いたつもりでいたが、セリアのほうはピンとこない顔で、
「・・・・・・?何が言いたいの?意味がよくわからないのだけれど・・・」
本気でわかっていない様子だった。アーサーはごめんごめん、と謝りながら
何でもなかったことにして話を終わらせた。
(・・・気にしすぎなぼくの思い過ごしか?ほんとうにあれ以上もあれ以下もなかった、
ということか。それか・・・まだ彼女に自覚がないかのどちらかか。今の様子を
見る限りじゃあ、どちらとも言えないが・・・)
アレンたちが女性の後に続いているのをじっと見ている影があった。もう遠くへ
逃亡してしまったと思われていたグレムリンの生き残りが機会を待っていた。
そしていまアレンたちはまさにこれ以上なく気が緩み油断しているではないか。
「・・・ゲヘ、ゲヘヘ・・・!相棒の・・・かたき!いまなら三人まとめて・・・」
強襲を決行しようと空高く飛び上がって勢いをつけようとしたそのときだった。
「・・・・・・ギラッ!!」 「ギラ!」
「ガヘッ!!が・・・あああ?」
背後から襲うつもりが、なんと自らの後方から炎の球が二発やってくるとは
誰が予想できただろうか。もちろん全く無警戒であったので、グレムリンは
わけもわからぬまま絶命した。黒焦げに焼きあがったその悪魔を倒したのは、
「まさかゴミ捨てにきたらこんなことになったなんて・・・物騒だなぁ」
「・・・危ないところだった。まあ彼らならどうにかできただろうが」
邪教の祈祷師でありながらアーサーの勧めに応じ、店で下働きをしている
テイタニヤとディアマンテだった。アーサーと対面したときには戦闘に
ならなかったので披露する機会のなかったギラがここで炸裂した。
二人もまだ呪文の扱いに慣れてはいないが、背後から敵を討つには十分だった。
アーサーにひとまず借りを返した形になった。
「・・・・・・しかし・・・なあ、ここまでうまく話が進むってありえるか?
あの人がまさか今朝の爺さんの孫だったなんて、物語でもちょっと出来過ぎだ」
「確かに。魔物との戦闘も含めて一連の流れの全てが大掛かりなお芝居だったようにも
思えるわ。孫娘を助けてくれたお礼に少人数用のなかでは一番いい船を、
しかも貸すんじゃなくて提供するって・・・ま、結果がよければ何でもいいけれど」
気がついたときには念願の船がただで手に入った。しかもその途中で魔物に
襲われていた女性を助けることができた。確かにアーサーが言った通り、
必要であれば特別な力が自分たちを導いてくれるようだ。そのアーサーはというと、
さっそく船の様子を見に行き、調整を進めている。当初予定していた、廃船を
航海に耐えられるようにする仕事に比べたら大した作業量でもないだろう。
なぜアーサーが船に精通しているのかというと、彼がもともと将来的には
国を離れ世界を旅したいという夢を抱いていたからだ。見知らぬ土地へ
帰らぬ旅をするならば船以外はありえない。公には知られていないが、
すでに着々と準備を進めていて、ローレシアの港に自分の船を持っているほどだ。
しかしその船はほんとうに一人か二人までしか乗れないので今回の旅では
使えない。それにアーサーが国の金ではなく自分の金で用意したもので、
いま譲られた船に比べると大きく見劣りするレベルでしかなかった。
「・・・そう思うとあいつもラダトームのブライアン様の血を継いでいるって
わかるよな。あの方も海と船を愛していた。だからおれたちの国が生まれたんだ」
「ラダトーム・・・そういえば気になることを言っていた人がいたわね」
情報を集めていた際にラダトーム、つまりアレフガルドの大陸から来たという
兵士がいたことを思い出した。彼はアレフガルドの衰退を嘆いていた。近頃では
ラダトームの王すら行方知れずになってしまったという噂まで流れているらしい。
「おれたちみんなの祖先・・・つまりは勇者ロトの地だ。しかもこの町から
一番近いのはアレフガルドだって言うじゃねえか。最初の目的地は・・・」
「決まりってわけね。ついにわたしたちの新しい冒険が始まるのね。海の上なら
砂漠よりは全然マシだと思うけれど・・・だいじょうぶかしら・・・」
「・・・珍しく弱音か?心配する必要なんて全然ないだろ。おれたちには・・・」
アレンが言う前に、それを裏付け信用させる証が二人に目に見える形で現れた。
ロトの紋章の形をした二人の手のアザがそれぞれ青と赤の輝きを放った。
今後も彼らを見守り、力を与えるという確かな意思を感じ取った。
「・・・・・・この光・・・!凄いわ、きれいで、それでいて暖かい・・・!」
「なっ、余計なことを考えなくたっていいって思えるだろう?」
やがてその光が小さくなったころ、アーサーも戻ってきて出発の準備が整った。
船を手に入れ世界が一気に広がった彼らがはじめに目指すのはアレフガルドの大陸、
特にその中心ラダトームだ。勇者ロトの子孫として是非とも立ち寄るべきだと
アレンは幼い少年のように目を輝かせ、期待に胸を膨らませていた。
「・・・無事出航するみたいだね。よかった~・・・」
「まあわたしたちにはあいつらの今後は全く関係のない話だ。とはいえ
今のうちにテンポイントに借りを返せたのはよかったがな」
アレンたちが船に乗り込む様子を遠くから見つめていたテイタニヤとディアマンテは、
彼らの姿が小さくなってから自分たちの働く店に向かおうと考えていた。
だが、彼女たちに一度聞いたら忘れられない声がその足を止めた。
「・・・そうか、魔物たちを倒し彼らを送り出した・・・それが君たちの
望み、そして実行したことか。全てを見させてもらった」
アーサーが警告していた二人に対する制裁。それは思ったよりも早かった。
総帥ハーゴン自らやってきて、決着をつけるつもりのようだ。