「そこのお兄サ~ン、寄ってかな~い?いまならいい娘と一晩じゅう遊べるわよ?」
「見ない顔だねお兄サン!旅人かい?ラダトームに来たならうちの宿に来なくちゃ!
お兄サンくらいの歳の娘もいるから楽しんでもらえますって!さあさあ!」
ラダトームの町を歩いていると、次から次へと際限なく声をかけられる。
中にはアレンの腕を掴んで店へと誘う者もいた。それをどうにか振りほどき、
アーサーとセリアと共に人の少ない場所まで駆け抜けてから息を切らして座り込む。
「・・・売春宿・・・か・・・!娼婦たちがたくさんいるってわけか・・・」
そういえば肌の露出の覆い服を着た女性が町には多いな、とアレンははじめから
不思議に思いながらも鼻の下を伸ばしていた。こんな理由だったとは。アーサーも
これには参った、という顔をしていた。
「ラダトーム・・・衰退しているとは知っていたけれど道徳的にかなりまずいね。
それにぼくたちくらいの女の子もいるだって?国民が貧しい証拠だ。
親に売られたかそうしないと食べていけないってことだろう」
セリアはというと、この町の有様、それに通りかかる町人や兵士からのいやらしい
視線が自分に向いていることにいら立ちを隠せず、ついにそれは爆発し、
「アレン!アーサー!いつまでこんな不快で不潔なところにいるの!?
そんなにあなたたちはわたしを娼婦か見せ物にでもさせたいのかしら!」
「・・・いや、そういうことじゃねえよ・・・おれだって」
「もう結構よ!早くお城に向かいましょう!先代の竜王との約束、それにわたしの
婚約のことを確かめたらもう用はないでしょう!?」
返事を聞くのも待たずに町を出て城へと歩いていく。アレンたちは何も持たないで
去っていこうとするセリアの後を、荷物をまとめて慌てて追った。
「くそっ、てめえの荷物くらい持てよな。まあそれはいいとして、まさかラダトームが
ここまで落ちぶれちまっていたとはな・・・。娼婦の女の子たちに罪はねえ。
でも早く町からいなくなりたいってのも仕方ねえけどな。あいつの身体を
じろじろ見やがっていたあの兵士、おれだって金槌でぶちのめしてやりたかったぜ」
アレンは新たに購入した金槌をぶんぶんと振り回し、不愉快そうに話していた。
脇にいた自分でもセリアへの男たちの視線は気がついていた。彼女本人は
もっとそれを感じ取り、いやな思いをしていただろう。一方、アーサーは
アレンの言葉を聞くと、くすくすと笑いがこぼれだしていた。
「・・・何だよ、笑うような話じゃねえだろ」
「いや、違うよ。やっぱりきみたちは似ている、そう思っただけだよ」
武器屋の店主の言葉と同じく、アレンはアーサーの発言の真意がつかめずにいた。
「確かにセリアは自分への男たちの下衆な視線がいやだったろうね。でもそれ以上に
きみの視線が不快だったのさ。だからあんなに機嫌が悪いんだよ」
「・・・おれ?おれはあいつをそんな目では・・・」
「まだ理解できないかな?きみが町の女の子たちを見ていた視線のことだよ。
セリアがわからないはずがないじゃないか。きみたちは面倒くさいね」
アレンは何も言えなくなってしまい、顔を背けたままアーサーの前に出るしかなかった。
セリアの気持ちはともかく、自分自身のことはもうごまかせなくなってきていた。
三人はラダトームの町を足早に出て、城の前までやってきていた。兵士たちが門を
守っているので、今度は自分たちの身分を明かすことにした。
「・・・突然ですが王様とお会いしたいと思いまして。実は我々は・・・」
王族である証明を見せると、兵士たちは目を丸くして見るからに慌てた様子で、
「こ、これはローレシアの・・・!それにサマルトリア、さらにはムーンブルク!
しょ、少々お待ち下され!すぐに準備いたしますので・・・!」
疑うこともせずに城のなかへと駆けていった。もし自分たちが勇者の末裔を騙った
悪行者だったらどうするつもりだったのかと心配してしまったが、この程度で
国が滅びるようなら数百年もの歴史を築けているはずがないだろう。
「ローレル殿!どうやら王は支度に時間がかかっている模様で・・・もうしばらく
お待ちを!その間城内でくつろいでいただければと・・・」
「・・・ならそうさせてもらおうかな。悪いのはこっちなんだから気にしなくても
いい。いきなり来ちまったらそりゃあ王様たちだって準備もできないさ。
だから大層なもてなしとか食事なんていらないんだ。ほんの短い時間話せれば・・・」
いかに急に訪問したとはいえ何をここまでもたついているのか。兵士たちの会話で
そのわけが明らかになった。
「・・・早く王をお連れするんだ!どうせ道具屋かどこかにいるはずだ!」
「まったく・・・!だからあの王には苦労させられるんだ!」
ルプガナにいた兵士の言葉やラダトームの町での人々のうわさ話を思い返せば、
ラダトームの王は邪教の侵攻を恐れて城から逃げ出し、町のどこかで一般人を
装っていると言われていた。まさかそんな話があるものかと冗談のように
受け流していたが、どうやら事実だったらしい。その情けなさに脱力する。
「とんだ王様がいたものね。わざわざ会う気も失せてくるわ・・・」
「まあね。でもせっかく呼んでくれているんだ。ゆっくり待とうよ」
王の用意が整うまでの間アレンたちは城の部屋で待機することになったので、
兵士たちにより城内へ通された。ラダトーム城の内部はというと、
「・・・こりゃあすげえ。竜王城のホクトボーイの部屋・・・いや、多分
ローレシア以上だぜ。これだけ豪華な建物は生まれて初めて見る」
「金と銀、それに銅をふんだんに用いた壁に柱に・・・床は全部大理石か!
まさにこの世の贅の限りを尽くしたって感じだね」
「しかも兵士たちの数も多いわ。隙がほとんどない。なるほど、これなら
侵入者が紛れ込んでも撃退に時間はかからないわね」
ラダトームの町のくたびれた様子から、城もあまりよい状態ではないかと
予想していただけに、自分たちの国よりも遥かに立派で贅沢なのは想定外で、
それに強固な守りで固められた城だった。要人を招くための部屋に
案内されたが、そこもやはり中途半端なものは一切ない華やかな造りだった。
最高級の安らぎを与える品々だと紹介されたが、逆に落ち着かなかった。
「・・・しかしラダトームはけっこう金持ってるんだなァ。印象が変わったぜ」
「・・・・・・・・・」
待たされること二時間弱、ようやく王が見つかり、全ての準備も整ったようで
アレンたちは玉座の間へと向かう。扉を守る兵士がアレンたちに気がつくと
二人掛かりで扉を開けた。これほどまでに警護を固めてもなお、普段は町のなかに
身を隠しているというのだから余程の臆病者か用心深い性格なのかのどちらかだ。
その王だが、宝石を散りばめた王冠と上等な布で身を飾り、とても日頃は
職務を放棄し逃げ惑っているという話が信じられない威厳ある姿だった。
「・・・偉大なる勇者ロトの末裔であり勇敢な三人の戦人よ、はるばる遠い
ラダトームまでよくぞ帰ってこられた!あなた方にとってラダトームは
先祖代々の故郷も同然、どうか気のすむまでゆっくりと滞在していただけたらよい」
王はへりくだった態度で三人を迎えた。この国がローレシアやサマルトリアに比べ
国力に劣るという現状が関係しているのかもしれない。もしくはラダトームすなわち
勇者ロトの国であるということでその子孫である彼らを手厚くもてなす気なのか。
アレンたちが望めば大抵の要求は受け入れられそうだが、それが目的ではない。
「・・・それはありがたいお言葉。ですが私たちはすぐにも新たな地へ旅立たなければ
なりません。本日は・・・」
アレンは要件を手短に話そうとしたが、王の隣にいる二人の青年に視線が移った。
「おお、そうだ、紹介が遅れてまことに申し訳ない。順番が違ってしまいましたな。
この二人はわしの息子こっちは長子『マジェスティ』、もう一人は『マカヒキ』。
すでに国の重要な仕事の多くを任せて二人とも成功を収めているのですよ。
わっはっは、過ぎた親バカかもしれませんがな・・・」
ラダトームの王子、マジェスティとマカヒキ。確かに二人とも王と同じく
高価な服装を着こなしている。しかしどこか頼りなさそうな、将来国を
支配する者としては足りない印象を受けた。
(・・・こいつらなら竜王のホクトボーイのほうが断然格上と見たぜ。いや、
おれの弟たちのほうがまだ王としてやっていけそうな感じだな)
(よほど恵まれた環境で育ってきたのだろう。ちょっとした苦難を乗り越える
力や根性もなさそうだ。他人事ではあるけれど心配だな)
(わたしたちよりほんのちょっと年上・・・かしらね。それにしては
腹が出ているわ。自分では何一つしない男たちである証拠ね)
珍しく三人の考えが一致しているかと思えばいずれも無礼な感想だった。
しかしその推察は実のところ当たっていた。三人の考えは正しかった。
ラダトーム王の言葉は謙遜でもなくその通りで、親の贔屓目なだけだった。
「・・・わたしたちは今日は大切な話のために参りました。わたしはムーンブルクの
王女セリア。ムーンブルク城で起きた惨劇はもうラダトームにも知られている
ことでしょう。それで、わたしと第三王子様の婚約のことなのですが・・・」
セリアとしては婚約をなかったことにしてもらいたい。ラダトーム側も同じようで、
「うむ・・・実に心が痛む、あってはならないことだった。いまあなたが
それどころではないというのもわかっている。話はなしに致しましょう」
それを聞きセリアはこっそり右手を握って、よし、と呟いた。期待通りの展開だ。
アレンもほっとしたが同時に小さな憤りも覚え、隣にいたアーサーに小声で話す。
「・・・確かにこれでよかったんだけども何だか腹がたたねえか?もともと
こいつらがムーンブルクの金とか力が目当てでしかなかったのがはっきり
したんだからよ。価値がなくなったら用無しってか?ムカつくぜ」
「まあそんなものさ。きみものんびりしていると知らないうちに婚約者が
決められているかもしれないから用心したほうがいいよ?」
アーサーは冗談で返したが、ここでまた一つの謎が浮かんできた。衰退している
ラダトームがムーンブルクの力を借りるためにこの話を取りつけたとは聞いていた。
セリア一人のみが王の実子であり、男子がいないムーンブルクに第三王子を
養子に近い形で出したところで、マジェスティとマカヒキの二人がいる以上
もともと彼は自分の国では王になれる見込みはないのだ。皆にとって利があった。
(・・・だからラダトームはよほど金に困っているのかと思っていた。確かに
町は寂れていたけれどこの城を見ればそうではないと誰でもわかる。
軍もしっかりとしていたし、竜王たちが脅威とは思えない。ならどうして
ムーンブルクとの更に深い関係が必要だったのか?ぼくら遠くの者にまで
よくない評判が広まるのはわかっていたはずなのに)
アーサーは目を閉じて考えてみたが、それは無駄なことだと気がつくとすぐにやめた。
セリアの婚約は両者合意のもと、消えたのだ。ならばもう頭を使うのは意味がない。
その労力はまた別のところに取っておくのが賢明だ。
「ところで・・・その第三王子は不在で?」
「もう戻りますよ。おっ・・・噂をすれば」
アレンたちの背後から一人の青年が現れた。二人の兄とは違い引き締まった体と
力強さを秘めた目つき。そして世に数人いるかどうかという美男子だった。
その美しい顔だちに異性であるセリアだけでなくアレンたちまでも思わず
じっと見つめてしまうほどだった。彼は衣服だけでなく歩く動作から
発する声の質まで全てが高貴であり、まさに完璧なのだということが
たった一分足らずの彼の登場の間にはっきりとわかった。
「・・・後ろからのご挨拶となってしまい申し訳ありません。精霊ルビス様に
愛されし勇者ロトの血をひく、世界でも特別な存在である皆様に
知っていただくほどの者ではありませんが、私の名は『ダイヤモンド』。
このラダトームの第三王子であり、いずれムーンブルクに・・・・・・」
ダイヤモンドは城の者から話を聞いていたのだろう。アレンたち、特に自らの
婚約相手であるセリアに興味津々のようだ。彼もセリア同様、相手の顔も知らず
話を決められてしまったのだから無理もない。そんな彼に父は、
「そのことなのだが・・・ダイヤモンドよ、お前とセリア様の婚約はたったいま
なくなった。お前も報告により知っているだろう、ムーンブルクのことは。
あちらこちらに振り回してしまいすまないことをしたが・・・」
ラダトーム王は、詳しい説明はせずに結果だけを短く告げた。詳細に関しては
アレンたちが去った後に語るつもりなのだろう。まさかセリアのいる前で
ムーンブルクに利用価値がなくなったから取りやめにしたなどと言える
はずはない。ダイヤモンドもそのことはじゅうぶん理解しているはずだろう。
ところが彼は、父の言葉を聞くと憤慨しながらそのもとに近づいていった。
「父上!そのご決断はよくありません、お待ちいただきたい!どうか撤回を!」
「・・・・・・む!?しかし・・・」
「父上、それに隣にいる兄上たちは少しも恥ずかしいとは思われないのですか。
ムーンブルクからの見返りのみを求め、それが手に入らないとなればすぐに
背を向けようとする、これが歴史と栄光に満ちたラダトーム王朝の
することなのですか!?我らが困窮するムーンブルクに助けを差し伸べようとは
全くお考えにならないのでしょうか!なんと嘆かわしいことか!」
(よーし、その通りじゃねえか。もっと言ってやれ!お前の言うことが正しい!)
父や兄相手でも義に燃えた彼は止まらなかった。アレンもローレシアで幾度も
身分の高い者や国王である父と衝突した経験があるため、ダイヤモンドの
行為を心のなかで称賛し、応援していた。しかしここで我に返った。
(・・・ん?でもこいつ・・・婚約破棄に待ったとか言ってやがったな。
こいつの意見が通っちまったら・・・・・・)
アレンが気がつくよりも早く、ダイヤモンドはセリアの前で膝をつき、彼女の手を取る。
「セリア王女、気分を害させてしまったことをどう謝罪すればよいのか私には
言葉が見つかりません。ですがこんな私たちをあなたに許していただけるので
あるのなら・・・あなたの望むどのようなことでも致しましょう!」
「・・・何も気にしてはいませんわ。どうかお顔をあげてください。これからも
世界のために共に支え合い、平和な関係を築いてゆけるのであれば・・・」
セリアの示した寛大さに感動したのか、ダイヤモンドの顔に力強さが戻り、
彼女の手をいっそう強く握りしめながら弾んだ声で喜びを隠さなかった。
「何という深い慈愛の精神・・・!まるで女神のようなお方だ・・・!」
「・・・あらやだ、そんな大げさな・・・照れてしまいますわ」
「セリア様、私たちは互いの国、そして親の都合で結ばれ、また離されそうに
なった者同士・・・こうしてお会いするのも今日が初めてです。
私はもっとあなたのことを知りたい。落ち着いた場所でお話がしたいのです。
さあ、私の部屋に来てください。アレフガルドで一番のぶどう酒とパン型の菓子が
用意されています。さあ、こちらに・・・」
「え、そ、そんな・・・まあ少しだけなら・・・・・・」
ダイヤモンドに押し切られる形でセリアは連れられていく。アレンはしばらく
茫然と二人のやりとり、そして去っていく後ろ姿を眺めていたが、玉座の間から
二人が出ていってしばらくたってから急に形相を変え、
「・・・ちょ、ちょっと待った――――――っ!!」
今更だった。すでに叫び声すら二人には聞こえないほど距離が離れてしまっていた。
代わりに彼に反応したのは王だった。アレンを何とかなだめようとする。
「まあまあ、ローレル殿。あとは当人たちに任せようではありませんか。我々が
邪魔をしてはいけない。どうです、あなた方の先祖であり世界の英雄でもある
勇者ロトの地であるラダトーム城を少し散歩でもしませんか?歴史に詳しい
学者でも同行させますゆえ」
「・・・・・・結構!別にいい!」
まだアレンは落ちついていないようだ。今度はこれまで黙っていたアーサーが、
「・・・まあきみはそういうのはいらないよね。ほら、お金」
「・・・・・・?どうしておれに突然金を渡す?いま、ここで・・・」
「どうせセリアたちは時間がかかる。このお金で町の女性たちと遊んできたら
どうかなって思ってね。今ならセリアにバレることなく楽しめるよ」
アレンはそれを聞くともらった金を握りしめた。葛藤があったからだ。ラダトームの
娼婦たちの器量のよさは気になっていたからだ。セリアがいた手前、それらの店に
興味が無いかのように見せていたが、行ってみたいという気持ちは残っていた。
しかしここで、じゃあそうするなどと言ってこの場から離れることなどできるものか。
すると、王はアレンに対し、更なるもてなしを提案した。
「いえいえ、それには及びません。あの溜まり場の女どもは汚れたごみに過ぎません。
どうしてローレル殿ほどのお方が獣や虫けらと寝なければいけないのでしょうか」
「・・・・・・そんな言い方は・・・」
「我々のための側女がこの城には何人もおります。その者がローレル殿をもてなします。
いまだ男を知らない若き処女の者を用意いたします。あとはそこの兵があなたを
案内します。どうぞお楽しみください」
王の言葉が終わると、アレンはそのまま連れられて行く。セリアと同じように、
断り切れずに言われるがまま、といった感じだった。
「・・・ところであなたはいかがなさいますか?」
「じゃあ城の見物でもさせてもらいますよ。のんびりと見たいから学者さんは
要りません。そうだ、高いところからの景色とかも眺めてみたいかな・・・」
「おお、そうですか。念のため護衛の兵士を一人つけましょう。決して邪魔は
しないように言っておきますよ」
アーサーはマカヒキとの会話の後、兵士一人を連れて王の間を出た。自由に見て回って
構わないようで、牢屋や王族の私室などを除けばどこへ行くのも勝手らしい。
(・・・アレンがどうするか楽しみだ。とはいえこれは彼の問題、手出しは
できないな。正念場だぞ、アレン)