ラダトーム城で王との謁見を終えたときには、三人はばらばらになっていた。
まずセリアが婚約相手である第三王子ダイヤモンドに部屋に招かれ、アレンは
王のはからいにより城の側女のもてなしを受けることになった。残された
アーサーは護衛の兵士一人と共に特にあてもない城内見物をしていた。
王から彼の邪魔をしないようにと言われていたためか、アーサーと一定の距離を
保ったまま会話もしていなかった兵士がしばらくしてからようやく口を開いた。
「・・・どうです、この城は。勇者ロトの時代よりも更に強く、華やかさに満ちています」
「さあね。ぼくにはわからない。ロトの時代と比べてみるにしても、もう遠い昔
なのだから誰にもやりようがないよ」
「いいえ、確かにそのときよりも城壁や高台は堅固で、金と銀、それに貴重な石に
彩られています。ラダトーム王国の力を表していると思われませんか」
アーサーの顔つきが変わる。最初は誇らしげに自慢をしているだけだと思ったが、
だんだんとそうではないと気づかされたからだ。どこか本心から言っているようには
聞こえないその言葉。この兵士は訳ありだと、鋭い彼は早くも見破った。
「ん、その言い方は・・・まさかきみはそのときからこの城にいたとでも?
確かそんな賢者たちがラダトームにはいたというからね。竜王の侵攻で
命を落としたって話だけど、一人か二人は生き残っているかもしれないし。
きみはその賢者か?・・・いや、違うな。肌がまだ若い」
自分の言葉にこの兵士がどう返してくるかが知りたかった。これに反応がなければ
また別の話題で心を揺さぶりにいくだけだ。何かしらには食いつくだろう。
作戦を練っていたアーサーだが、予想よりも大幅に早く狙い通りのことが起きた。
「・・・この国は変わった。チャンスは幾度もあったのだ。しかし今や・・・。
お前はラダトームの町に行ってきたか?あの町を見て何を思う。魔物たちの
様子を見たか?それに何を感じる。華やかさの裏の現実を理解したか?」
急に様子が変わった。ラダトームの鎧に身を包むも、やはり普通の兵士ではないようだ。
そして長く喋らせたことで、この兵士に関しての新たな情報も得た。
「・・・その声、中性的ではあるけどもきみは女性だな?」
「・・・・・・それがどうした、問題はないだろう」
「ああ。そこはね。問題なのは、きみがモンスター人間だということだ」
ルプガナの祈祷師たちや現竜王であるホクトボーイと接しているうちに、
モンスター人間と呼ばれる種族の独特の声を判断できるようになっていた
アーサーは、すぐにそれを問い詰めた。もし間違ったとしても全く構わない。
むしろ勘と読みが当たってしまったほうが厄介事になるだろう。
「・・・ほう、大したものだ。よく瞬時に見抜いた、その通りだよ」
アーサーは正しかった。この兵士はモンスター人間、ただのラダトーム兵ではない。
彼女がいつからこうしているのかはわからない。長い間人間社会に溶け込んで
普通の生活を送っているのか、それとも何らかの目的のためについ最近になって
ラダトームに潜入し機会をうかがっているのか。また、もし彼女の上に誰かが
いるとしたなら、それは竜王か、もしくは邪教の総帥なのか。もしそれをアーサーが
順番に聞いていったところで答えるつもりなどないはずなので、質問を変えた。
「じゃあきみはラダトームの生まれってことになるのかな」
いまのラダトームを嘆くかのような言い方を思いだし、そこから尋ねてみた。すると、
「・・・私は生まれたときから『スライム』だった。しかしこの身体となって
今に至る。人間たちがラダトームと呼ぶこの地方こそ私の故郷だ。昔は・・・」
モンスター人間という種についてアーサーもすでにだいぶ理解できていた。ルプガナの
二人のように人から転生する者もいれば、いま目の前にいる兵士みたいに魔物から
変わる者もいる。だからそのことに関してはもう聞く必要はないと結論した。
元がスライムであればおそらく大した脅威ではないだろう。彼女もまたその話
ではなく、ラダトームの過去について長い話を続けている。どうやら相当昔から
存在しているようで、アーサーの持つ歴史の書の裏付けとなる事実、逆にそれらに
書かれていないか捻じ曲げられて伝えられていた出来事の真実を語ってくれた。
「興味深い話の数々・・・感謝してもしきれない。あとはそうだね・・・・・・
百年前のこと、つまり竜王を倒したブライアン様について知っているかな?」
竜王殺しの彼について聞くことで、彼女が竜王軍かそうでないかを探ってみた。
ブライアンを忌々しく思うようなところを出さなければ竜王とは無関係だろう。
昔からいると彼女自身が言っているのだ、百年前の因縁は水に流そうなどという
ホクトボーイをはじめとした新しい世代の考えは持ち合わせていないはずなのだ。
一方、ブライアンに関して聞かれた彼女は懐かしむようにして語り始めた。
「ふむ・・・そうだな、あれは文句のつけようがない男だった。勇者ロトの
生まれ変わりだったかどうかは別にして、まさにロトの名を継ぐにふさわしい、
全てにおいて偉大な者だ。お前たちもそう教えられているのだろう?」
「おっしゃる通り。きみは・・・いや、きみとか呼ぶと失礼だな。あなたは
ブライアン様と何らかの形で接触したことは?」
「残念だがなかった。私は竜王とは関わりがなかったので遠くから彼の活躍を
眺めているだけだった。しかしそれでもよくわかったよ、あれは世界を変える
男の剣さばきだとね。ロト以来の大物の登場であることに異論の余地はなかった。
その後あまり長くは生きられなかったようだが遺したものは多い。この城にも
ブライアンの伝説の書がたくさんある。そこに案内するか?」
いまだ顔も全て兜で覆ったままの彼女ではあったが、ブライアンについて語った
そのときの表情はきっと穏やかなものだっただろう、アーサーはそれがわかった。
これでアーサーは大まかな結論を下すことができた。彼女は敵でも味方でもない。
ただ実力がなかったからなのかもしれないが、ブライアンの仲間にはならなかったが
彼と戦いもしなかったことがそれを明らかにしている。この時代でもそれは変わった
ようには思えない。ロトの末裔にも新たな竜王軍にも決して害となる存在には
ならないだろう。ならばこのまま放っておいてもよさそうだ。
「いや、また別の機会にする。それより、もうぼくから離れてもいいよ。あとは
ここでずっと眺めを満喫したら戻るだけだから。王様たちにばれないように
どこかで休憩でもしていればいい」
「おお、それは助かる。実はちょっとした用事があったんだ。ではこれで失礼する。
またどこかで会う機会があるかもしれないが・・・・・・」
「ああ。きみの正体についてはわからないふりをする、ここで会ったこともだ」
アーサーはラダトームの城の高いところからの景色を楽しむために彼女から
背を向けた。それが別れの合図だ。兵士はアーサーを残して戻っていった。
「・・・なあ、いまの・・・うちにあんなやついたか?」
「さあ?最近王は兵の数を増やして軍を強化しておられる。一々覚えていられるか」
その兵士を知っている人間は、実はこの城に誰もいなかった。いまさっき話をした
アーサーがおそらく一番だろう。その彼でさえも、僅かなことしか知らないのだ。
「・・・そう、今のうちにちゃんとラダトームの城を、またここから見える眺めを
味わっておくのが賢明だ。勇者たちの伝説とは違い、形あるものは必ずいずれは
崩壊し、消えてなくなる。それが明日なのか遠い未来なのかお前たちには
わからないことなのだから」
ぽつりと呟く不穏な言葉も、誰の耳にも届くことはなかった。
アレンはというと、王族のための側女、それもまだ一度も男と寝たことがないという
最高級の処女のもとに案内されていた。やがて城のやや外れたところにある部屋の
前に着くと、邪魔者は去ると言わんばかりに彼だけがそこに残された。
「・・・こ、この扉を開けたらいいんだな・・・・・・?」
アレンの心拍は魔物との命をかけた戦闘、それもかなり激しい戦いのときと同じほどに
多くなっていた。女好きで知られる彼でも、まだ『男』になってはいなかった。
それが今日、今からついに『初体験』をするときが迫っていたからだ。
「・・・失礼する!」
アレンが扉を力強く開けると、その部屋には豪華な浴槽と大きなベッドがあった。
そのベッドに座る乙女は、赤く長い髪の美しく小さな顔をしていて、それでいて
光るドレスに包まれた身体は多くの女性が憧れるような体つきだった。
アレンもごくりとつばを飲み込んだ。先ほどのラダトームの第三王子ダイヤモンドが
世界に数人しかいない美男子なら、こちらは世界に一人いるかいないかの美女だった。
「ローレシアのローレル様・・・本日はまことによい天気でございますね」
「あ・・・ああ。いや、おれのことはアレンと呼んでくれ。あまり畏まらないで
楽にしてくれよ」
アレンは自らもとても緊張していたが、相手だって隠しているだけで自分以上に
緊張し恐れているに違いないと考えた。この女性だって初めてなのだし、しかも
万が一何かを失敗し、それが王たちに知られたら命を失うかもしれないのだ。
まずは隣に、しかし少し離れて座り、会話をすることにした。
「・・・あんたはラダトームの生まれなのか?それとも別のどこかから?」
「ええ。私だけでなくこの城の女たちは皆そうだと言っていますよ。何せ今や
アレフガルドはラダトーム以外の大きな町や村はなくなってしまったのですから。
あとは村とも呼べない孤立した小さな集落がいくつかあるだけなのです」
アレフガルドが衰退しているのは知っていたが、これほどまでとは、とアレンは驚く。
「本当かよ!?じゃあ魔の島の一番近くにあったという『リムルダール』も、
天国のような温泉がある村『マイラ』ももうないのか!くそっ・・・
ラダトームのあとで行ってみたかったのになあ・・・・・・」
寂しい話であったが、それも全てアレンたちの地が繁栄したためにそうなったのだ。
ローレシアは栄え、故にアレフガルドは衰えていく。複雑な気持ちだった。
「そして残ったラダトームも町はあの有様で・・・。多くの女が娼婦として
その日食べていくための金を稼がなければいけません。そう思えば私たちの
ように、売られたとはいえ城に招かれた女は幸せ者だと言えるでしょう」
よそからの旅人、また富を得ている商人や兵士たちのための多くの売春宿。
加えてこの乙女のような、王族の楽しみのために連れてこられた女性たち。
アレンは話を聞くうちに怒りが湧いてきたが、それはすぐにかき消される。
「・・・さあ、参りましょうか。もうそろそろ・・・」
「へ・・・?参る?どこへ?」
「お身体を洗いましょう。まずは汚れを落とし、それから・・・・・・」
アレンが怒りとは違った感情で顔を真っ赤にする。この女性はいまにも
そのドレスを脱いでしまいそうだ。アレンの興奮は最高潮に達していた。
ところが、彼は共に向かおうとはせず、座ったまま声を出していた。
「・・・ま、待った!あんた・・・あんたはこれでいいのか!?」
「これでいいのか・・・はい、それはどのような意味で・・・?」
「あんたにだってほんとうに愛する人がいるんじゃないのか!?なのにいま
おれに『初めて』を捧げちまっていいのかよ!そりゃあおれだってあんたなら
文句はない、でも・・・こういうのは違う、そう思うんだ!あんたは・・・」
少しでも曲がったことは許せない闘将ボーイと言われていた彼の熱意が欲望に
打ち勝った。その場から動こうとせず、これから先の行為に移ることを拒んだ。
それを見ると側女はくすりと笑って一言、
「・・・ふふ、よくわかった気がします。ルビスがこの地を捨ててあなたたちを
選んだのかが。確かにあの勇者ロトの子孫です、あなたは」
「・・・・・・?」
「あなた自らがそれを証明しました。ならばもうこの部屋に用はないはずです。
私に気にせずにあなたの願うところに向かうのがよいでしょう」
「お、おお・・・しかし・・・」
部屋の扉を開けて、アレンに出ていくように促す。彼もここに来て絶世の美女を
抱く機会を逸したことを惜しんでなどいないが、王によって自分をもてなすように
言われていたのにあっさりと帰らせては彼女の立場が危ういからだ。だが、
それでも一度決めたことだ。意を決し、頭を数秒間深く下げて礼をしてから
勢いよく体勢を起こすと、どこかへ向けて走り去っていった。
アレンがいなくなって少しすると、その部屋に一人の兵士が入ってきた。
それに気がつくと、側女は背筋を伸ばすどころか、逆に両腕を伸ばして
リラックスするようにベッドに腰かけた。兵士のほうはというと、
まずは兜を外すと床に放り投げ、続いて鎧をも軽々と脱いだ。
その兵士こそ、アーサーと共にいた、元スライムのモンスター人間だった。
「ふ―――っ、疲れた。うまい演技だったな、『ポリー』。かつてはスライムベス、
いまは私の相棒であるプリティー・ポリー。しかし心配だった。もし彼が
己の欲のままに飛びかかってきたらどうするつもりだったんだ?」
「そうなってもいくらでもやりようはあるよ。ラリホーにマヌーサ、傷つけなくても
無力化できる呪文なんてたくさんあるんだから。あなたこそその鎧は?
『キンツェム』、あなたのほうこそいつも無理をするんだから」
「ん・・・これか。そのへんの兵士をぶちのめして奪い取った。ここの兵士は
まさにラダトームの城と同じだ。どれだけ外面を繕っても実のところ脆い。
そんな屑ども相手に無理も何もないだろうに、お前こそ心配性だな」
この二人は共にこの日になってラダトーム城に潜入していた。キンツェムは
兵士の鎧と兜を奪ってなりすまし、ポリーのほうは本来アレンに与えられる
はずだった側女に十分すぎる金を渡してからこっそりと彼女を逃がした。
非常に大勢の奴隷女たちがいるので、一人入れ替わったところで誰も気に
留めなかったのだ。部屋の扉を閉じると彼女たちは室内に備えられていた食物や酒を
物色し始め、一通り済ませてからポリーが皿にきれいに並べ始めた。
「行動するとしたら夜・・・だからもう食べておかなくちゃね」
「ああ。あのお方が私たちに望んでおられることも夜になればはっきりするだろう。
私たちはあのお方・・・ハーゴン様のご意志のままに動くだけだ」
なんと、彼女たちはハーゴンの手先だった。しかし彼女たちですら、
まだラダトームで何をすべきか知らされてはいないのだ。
「ここからなら竜王の城どころかその先まで見えるぞ・・・あっ!!」
アーサーは場所を次々と変え、一番眺めのいいポイントを探していた。すると、
城内を走っている男の姿が小さく見えた。遠くからでも彼を見間違えるわけがない。
それは遠い故郷からここまで旅を続けてきた親友なのだ。
(・・・アレン、きみが目指している場所は一つしかないだろう。セリアと
ダイヤモンド王子がいる部屋を手当たり次第に探しているといったところだね。
きみの熱心さが届くことを願っているよ)
アレンがセリアとダイヤモンドの仲が深まるのを阻止できるかどうか、それが
今回のラダトームでの冒険の大きな山場、最高潮だとアーサーは考えていた。
しかし彼は、いや、ほとんどすべての息ある者はわかっていない。いまラダトームには
多くの勢力が集結し、この国が大きく変わるかもしれないということを。
勇者ロトの末裔たち、ラダトームの王族、それに竜王軍、果てはハーゴンのしもべ。
果たして誰の思惑通り事は進み、誰が最後に勝利を手にして笑うのか。