ローレシアの城の牢獄で『悪霊の神々』により力を授けられ、仲間の囚人たちを
殺害したうえに兵士たちをも襲った、自称地獄の使い。しかし彼はアレンたちと
戦おうとしたところで突然乱入してきた邪教の神官によって打ち倒された。
その神官は美しい女性であったが、確かな威圧感や鋭い目つきに気圧されそうになる。
「・・・あんたは邪教の神官なんだろ!?どうして仲間であるはずのこいつを殺した!」
アレンが叫んだ。神官はというと、足元の地獄の使いの死体を汚れたもののように
眺めていた。心から彼のことを嫌悪しているようだった。
「このような者が好き勝手に振る舞っていたら私たちの、何よりもっと大事な・・・
あの者の名の汚れとなるわ。人間であったときから死罪に定められるほどの悪事を
良心の咎めなど一切なく繰り返し続け、なおもそれを増し加えようとしていた
こんな男に生きる価値などない。まさかあなたたちはそう考えてはいないと?」
「いいえ、あなたの言うとおりね。わたしたちも殺すつもりでいたわ。でも
あなたはその男一人処刑するためにわざわざここまで来たのではないでしょう?」
セリアは戦う姿勢を崩していない。ムーンブルクに攻め込んできたハーゴンの軍勢の
なかでも自分の父を殺した憎き敵と同じ格好をしているのだ。いかに正論を
述べていたとしても気を許せるわけがないのだ。女性のほうも不敵に笑い、
「ええ、もちろん。理解が早くて助かるわ。この男をはじめとしたこの世に必要の
ない連中をいくら打ち殺そうがどうでもいい。むしろ積極的にやってほしいと
思うほどね。しかしあなたたちが私の大事なあの者に危害を加えようと
するのなら見過ごしてはおけない、そのためにここへ来た!」
二回も口にした『大事なあの者』とはハーゴンのことなのか、それとも邪悪なる
神々のことなのか。どちらであろうとアレンたち、もっと言うなら人類にとって
敵であることに変わりはない。戦わなくてはならないようだ。いつものように
素早さがあり、好戦的なセリアが真っ先に攻撃を仕掛けに前へ出た。敵が
地獄の使いを背後から殺したときに使われた剣はまだその死体に突き刺さったままで、
武器がないいま、先制攻撃をするにはこれ以上ないチャンスだった。
「まずはこっちからいかせてもらうわ!バギ――――ッ!!」
邪教のなかでも特に高い位にいる『悪魔神官』相手に果敢に攻めていった。だが、
「・・・・・・・・・」
「・・・うっ・・・!効いていない?ならもう一度っ!!」
バギによる攻撃の手を緩めなかったが、たまに聖なる刃が届いていてもほとんど
効果的なダメージにはなっていないようだ。魔法への耐性が高いのだろう。
ならばラリホーも効かないのかもしれないとナイフを手に持ったが、
「・・・・・・呪文による直接的な攻撃が効かないと思ったらあなたができることは
他の二人による武器での攻めに任せること!ならばどうしてせっかく覚えたであろう
『ルカナン』の呪文でそれを補助しようとしないのか!」
「あぐっ!!」
ナイフを叩き落とされた。その勢いで部屋の隅まで追いやられるほどに強力な
一撃で、手の感覚がなくなってしまっていた。
「全てを自分で決めようとしてはならない!たとえ自分の手で決着をつけたい
相手がいたとしても、あなたを守る者を信じるべき。そう、あなたが僅かに
手を痛めただけで怒りに燃えているその闘将を!」
「うおおおおおお―――――っ!!」
セリアが攻撃を受けたことでアレンは激しい感情に身を任せ悪魔神官に
襲いかかった。金槌ではなく鋼鉄の剣で斬りつけにかかったが、大振りに
なったせいか容易く見切られ、かわされてしまった。
「くっ・・・!!見かけによらず早い動きだぜ!」
「私が素早く動けるのはすでにわかっていなければいけなかったこと。なのに
あなたは怒りに身を包み襲ってきただけ。確かに勇者ロトやブライアンも
大切な人を傷つけられた怒りを大きな力に変えたりもしていたが、基本的には
冷静に敵を見極め、その弱点や動きの癖を探って勝利を掴んでいた!」
セリアのナイフに続き、アレンの剣までも強引に手から落とし、武器を失わせた。
「・・・・・・!この女・・・なかなか力もある!」
「あなたは呪文が使えないのなら、やるべきことはむしろ多いと思わなくては
ならない!一足早く敵の能力と特徴を理解し仲間たちに教えること!
それが先頭に立ち仲間の命を預かるリーダーとしての役目でしょうに!」
セリアとは違い、鍛えられた体躯を持つアレン相手には容赦せずに蹴りを放ち、
アレンはセリアとは逆の壁に叩きつけられてしまう。まさかの一発で沈んだ。
(・・・あの子の命を狙う勇者ロトの子孫たち・・・その力はどれほどのものかと
思っていたけれど、これならもう数年は放っておいてもいいのかもしれないわ。
けれども人間は短い時間で劇的に成長することもある。それだけは警戒すべき
かしら。今は私が呪文を使う必要すらなかった相手とはいえそこだけは・・・)
ここで悪魔神官の女性は思いだした。三人目がどこかへいなくなっていることに。
アレンを相手に熱弁していた隙に視界から完全に消えていたのだ。
「・・・確か・・・サマルトリアの王子。彼は剣技も魔法もそれなりに
使えると聞いてはいるけれど、他二人と違い危険度はかなり低く・・・」
冷静にアーサーを探そうとした悪魔神官に向かって正面から何かが投擲された。
この牢屋のろうそくだった。思わずそちらを見ると、人影が一つ。
「これはいったい何の真似なのかしら。服を汚して嫌がらせ・・・」
だがそれはアーサーではない。先ほどまで放置されていた地獄の使いの死体だった。
そしてそれに気がついた瞬間に、全く思ってもみなかった方向からたいまつが
投げつけられた。僅かに火が燃え移り、それを消そうと対処に追われていると、
「これで逆転だ――――――っ!!」
「・・・!!まさか真上から・・・!!これは・・・・・・」
アーサーが天井からロトの剣を悪魔神官の脳天に突き刺す狙いで降ってきた。
アレンとセリアのように正面から向かっていっても勝ち目がないと考え
このような奇策に出たのだ。自身が二人に劣っていると認めたからこそだ。
あの二人が負けるほどの相手だ。自分はこれしかないという騙し討ちだった。
(なるほど・・・力なき者であるからこそ至る素晴らしい攻撃方法!
もしかしたらあの子が興味があると言っていたのはこの王子のことかも
しれないわ。注意すべきものがないぶん見落としていたわ)
もう少しで一撃必殺の攻撃が決まるかと思われた。しかし悪魔神官は
すぐにアーサーが罠に使った地獄の使いの死体を拾い、盾代わりに
アーサーの攻撃を受け止めてみせた。狙いが外れ、彼の着地も失敗した。
「ぐっ・・・あと一歩だったというのに・・・!」
「・・・あなたのやり方は三人のなかで一番可能性があった。でも惜しいのは
最後の決め手に他の二人のような破壊力ある攻撃が出せなかったこと!
純粋な力が足りないというのは・・・実に哀しい」
「・・・・・・・・・」
「戦ってみてわかったわ。あなたたちはまだまだ脅威となるレベルには・・・・・・」
三人を相手に完勝した悪魔神官だが、無傷というわけではなかった。セリアのバギは
何発かは命中していたうえ、かわしたと思っていたアレンの剣も、その風圧だけで
傷を負わされていた。これなら数年もしないうちに逆転も十分ありえるという、
ロトの血をひく若者たちの素質の高さを思い知らされていた。
「くそ~っ・・・これだけ楽勝ならとどめをさす必要もねえってか。
教えろ!おれたちが今度あんたに会ったとき勝てるようになるためには
どうしたらいい!」
「・・・強くなりなさい!三人での連携を強化するのも大事であるし、それぞれ
個々においても修行を重ねなさい!互いに切磋琢磨するもよし、魔物たちを相手に
腕を磨くもよし、一度旅の歩みを止め鍛え直さねば命に関わると警告しましょう!」
悪魔神官はほんの少しだけ、注視しなければわからないほどの笑みを浮かべながら
姿が透明になっていく。このままローレシアからいなくなるつもりのようだ。
アレンはどうにか引き留めようと思ったが、よく考えたらこの悪魔神官は
自分たちと戦っただけで牢屋の惨劇には無関係だ。犯人である男を殺害したが
もともと死に定められていた囚人であったので問うべき罪はない。
完全に消える寸前、彼女は再びアレンたちへの言葉を口にした。
「もう一度言うわ、もっと強くなりなさい!このままではあの悪霊の神々相手にすら
敵わず・・・この私『トシフジ』、そして・・・あの子『ウオッカ』には到底
勝てはしない!この世界を救いたければ力をさらに磨くこと、それしかない!」
そしてその残り香すらなくなったかと思うと、彼女がいたところに
一本の杖が落ちていた。ただの杖ではない、強力な魔力が秘められていた。
「落とし物かしら?だったら案外余裕がなかったのかもね、あっちも」
「・・・そうかな?でも敵であるぼくたちに施しを与えるわけもないし・・・
特に呪われてはいないようだ。しかもこれだけの造り、大きな店に持っていけば
破格の値段で買い取ってくれるだろうね。でも売るのは勿体ない気もする」
アーサーとセリアがその杖について論じ合っているのを、魔力がないために
蚊帳の外だったアレンは遠くから見つめていて、あれを使えば自分にも
魔法による攻撃のようなものができるのではないかと思いつつも、
(・・・いや、駄目だ駄目だ!そんな楽をするような戦い方は!雑魚相手なら
そのほうが早く戦いを片づけられるかもしれないがさっきのような本物の
強者と戦うなら・・・おれ自身の地力と腕力、剣の腕をもっと精錬しないと!)
悪魔神官に言われた通り、これからしばらくは修行をしなければならないと
固く決意していた。世界を回りつつ紋章やロトの装備を探しながら実戦で
腕を磨くのと同時に、どこかで本格的に一度足を止めて己を鍛える必要が
三人ともある、アレンはそう結論した。
やがて兵士たちが駆けつけ、この騒動の後始末を始めた。死体を片づけ、
散らばった血や肉の清掃も行っていた。魔物や他国との大きな戦いが
長年起きていないローレシアであるので、屈強な兵士たちでもこの光景に
吐き気を催す者も多かった。この地獄絵図を作り出した張本人は邪教の
悪魔神官によって既に殺されていたが、余計な混乱を招かないために
彼は狂気のままに囚人たちを殺害した後自分で命を絶ったことにした。
「・・・うーむ、大変なときに来てしまったものだな。わしらもこれから
対応に追われるだろうし、そなたらともっと語り合いたかったのだが・・・」
「父上、私たちはまだこの旅の最大の目標を果たせてはいません。
今回の事件の背後にいるのもハーゴン率いる邪教の者たち!彼らの
崇拝する神ごとこの世から除き去り、勝利の凱旋に戻ってきたとき、
そのときこそ皆で心行くまで平和を楽しみながら・・・」
「おお、そうだな。ではこれを渡しておこう。いまのそなたの顔つきなら
これを持つにふさわしいと認めよう!受け取るがよい。必ずや役に立つはずだ」
王が息子アレンに手渡したものは『ロトのしるし』と呼ばれる、ムーンブルクの
ラーの鏡以上の価値を誇る国宝だった。勇者ロトがその旅路のなかで手に入れた
品であることは同じだが、このロトのしるしは精霊ルビスから直接授けられたと
言われており、そのことが他の何物をも凌いで貴重な宝とされていた。
「こ、このような・・・!何と重い荷を与えられたことでしょう。ですが
必ずこのしるしに恥じないよう歩み続けると、天と地に誓います」
そのためにももっと強くならないといけない、アレンは改めてそう感じた。
しばらく旅を中断し、本腰を入れて修行に励みたかったが、一刻も早く
復讐を果たしたいセリアは賛成しなかった。
「・・・いやよ、今まで通り先を目指す道中で魔物を倒しながら腕を磨けば
いいじゃない。足を止める必要なんてないわ」
「でもお前、このままじゃあさっきみたいな強敵に勝てないぜ。見逃して
もらったからよかったようなもの、殺されていてもおかしくなかったんだぜ」
「だからといってこのローレシアにも邪教の影響は侵食しているのよ!
悠長に構えていたらそれこそやつらの思い通り!進むしかないわ!」
話し合いが徐々に口論に変わっていき、ますます方向性が見えてこなくなった。
そこでアーサーは二人の間に入り、一応の解決策を提示した。
「うーん・・・だったらサマルトリアに行こう。とりあえずすぐに全員が
レベルアップできる保証がある。強くなれるよ、約束しよう」
「・・・・・・本当か?お前の故郷にどんな秘密が眠っていやがるってんだ?
でもとりあえずはその誘いに乗っかるぜ。お前がそこまで言うのなら楽しみだ。
それにお前も一回国に帰っておかなくちゃいけないだろうしな・・・」
アレンはアーサーの提案に応じた。セリアもこれには反対しなかった。
「サマルトリアに行くだけならそう時間もかからないし、すぐに強化されるって
いうのなら多少危険でもそれに賭けてみるのも悪くないわね」
三人がサマルトリアに向かうことを決めると、ローレシアは彼らのために
馬車を用意した。せめて少しでも体を休めてほしいという気持ちからだった。
この辺りは魔物の脅威がほとんどないので馬車も安全に進むことができた。
「わたしたちが旅してきたところだったら馬なんてすぐに襲われていたでしょうね」
「ローレシアはまた以前のように穏やかになりつつあるね。でもその裏では
あんな薄暗い牢屋から危うくもっと大事件になるところだった。大国ですら
これだ。ぼくらが知らないだけで壊滅的な打撃を受けた地はもっとあるのかも・・・」
セリアとアーサーが真剣な話をしていたときアレンはというと、いつも先頭で
二人を守らなくては、という張りつめた気がこの穏やかなひとときのせいで
一気に緩んだのか、物思いに耽っていた。強くなった自分の姿を妄想していた。
旅も終盤、アレンはローレシアの牢獄で手も足も出なかった悪魔神官の女と再び
対峙することになる。いまは一対一で戦わなくてはならない状況だ。
しかし闘将アレンは怯まず、ついに力で押し切り、雪辱を果たした!
『ぐっ・・・!まさかたったこれほどの間にこんなに強くなっていたとは・・・』
『・・・守るものがあるからだ。おれの家族を、大切な人を、国を・・・そして
この世界を守る!これがおれの力の源だ!』
高らかに勝利宣言をすると、悪魔神官は座ったまま下を向く。命乞いはせずに、
『・・・・・・さあ、殺せ。とどめをさすといい。どの道私はもはや用無し、
戻ったところでハーゴン様によって殺される。ならば私を倒した男に・・・』
全てを諦めたような態度だった。しかしアレンは彼女の手を取ると、
『あんたは殺さない。あんた・・・いや、あなたはもう敵じゃないからだ』
『血迷ったことを・・・・・・』
『一回の失敗で容赦なく切り捨てる邪教なんかあなたのほうから捨てるんだ、
おれのところに来い!そしておれの妻になれ!おれは将来の国王だ、何人も
妻を抱えることにはなるだろうが・・・それでもあなたに『本当の愛』を
教えてやる自信はある。さあ、おれと新しい人生を生きるんだ!』
『・・・・・・・・・!!』
何も言わずにアレンに抱きつく。邪教の神々ではなくアレンをこれから先の生涯の
自分の主人とする意志の表れだった。アレンは彼女の頭を優しく撫でてやり・・・
「ふふふ・・・・・・へへ・・・・・・」
「ねえ、この男はさっきからどうしたのかしら?気味の悪い笑顔で」
「さあ・・・牢屋での戦いのとき頭を打ったのかもしれない。いつも頑張りすぎて
いるくらいだしそっとしておいてあげようよ。しばらく経ってもこのまま
だとしたらどうにかしなきゃいけないけど・・・」
馬車は何事もなく進み、三人ものどかな空気にうとうとしながら時は流れていった。
「そういえばあの悪魔神官・・・『トシフジ』とか名乗っていたね。去り際に
言っていたもう一つの名前・・・『ウオッカ』って誰のことだろう?」
「知るかよ。仲間の名前じゃねえのか?いずれどこかで会って戦うかも
しれねえが向こうから名乗り出ない限り知らない間に倒しちまうかもな」
「ええ。興味が無いわ。狙うのはハーゴンの首ただ一つ!ハーゴンが倒れたなら
その信者どもは勝手に散っていくでしょうしね。いまはそれよりも・・・」
論じても仕方のない話よりも眠りの世界に入ることを三人は選んだ。
サマルトリアに到着するまで彼らは馬車のなかで寝息をたてていた。