三人を乗せた馬車がサマルトリアに到着した。三人は背伸びやあくびをしながら
降りていった。するとアーサーは馬車の御者に対して礼をすると、
「ありがとう。快適な道中だった。もうローレシアに戻って構わないよ」
馬車ごと帰っていいと言う。アレンはわからない、といった顔だった。
「おいアーサー、こいつは残ってもらったほうがいいだろ。船はローレシアに
置いてきたまんまなんだぜ。帰りは歩いて帰るのか?」
「・・・ばかね、アーサーはもうルーラのための結界をローレシアに仕込んで
いるのよ。だから帰りは馬車は不要・・・そうでしょう?」
ばか呼ばわりされたことでムッとした顔になるアレンと、わたしの読みは
正しいでしょ、と得意気に話しているセリア。アーサーは笑みを浮かべて、
「・・・半分正解だね。ルーラに関わりがあることは当たっている。でも
ローレシアに結界は用意していない。だからいまルーラを唱えたら
果たしてどこへ行くやら・・・また竜王の城にでもいっちゃうかな?」
「ええ!?だったらやっぱり馬車を帰したらだめじゃない」
「まあこれからわかるよ。ぼくの期待通り事が運んでいたならば、だけどね」
三人はサマルトリアの町を素通りし、城、それも玉座へ一直線に歩く。
「まずはお前の親父さん・・・国王に挨拶に行かなくちゃな」
「そうなるね。その後ぼくらのレベルアップのための・・・・・・」
城内は静かだったが、突然それを切り裂くような足音が響いて、迫ってきていた。
ばたばたばた、と聞こえてきたかと思ったらそれはもうすぐそばに来ていて・・・。
「おにいちゃ―――んっ!おかえり――――っ!!」
「うわっ!!」
「おにいちゃん!会いたかった・・・!げんきでよかった!わたしもげんきだよ!」
アーサーの妹サマンサだった。走ってきた勢いで彼を押し倒し、頬をすり寄せている。
「おにいちゃん!わたし、おにいちゃんのいないあいだ、がんばったんだよ!見て見て!」
「あ、ああ・・・じゃあ見せてもらおうかな・・・・・・」
アーサーは彼女の部屋に強引に連れていかれてしまった。その場に残された
アレンとセリアは嵐の訪れにいまだ呆気にとられていた。そこにアーサーの
信頼する二人の男女、カブラヤとガビーが来て、アレンとセリアに頭を下げると
サマルトリア王の待つ王の間へと案内した。
「・・・戻ってこねえな、あいつ。仕方ない、二人で行くか・・・」
「でも息子抜きっていうのはちゃんと説明しないと、旅の途中で戦死したとか
変な誤解を与えそうね。あなたたちのほうからうまく言ってくれると助かるわ」
アレンとセリアはサマルトリア王のもとに通された。一番大事なアーサーが
いないのでカブラヤとガビーがアーサーの不在の理由について王に説明する。
それからアレンがローレシアでしたのと同じような話をここでも語った。
「相変わらずあの愚図めが・・・まあいい、息子とは後でじっくりと話をしよう。
しかしよいことだ、こうしてロトの子孫が一つのところに集まることは!」
あの愚図、というのはサマンサのことだろう。この王がアーサーと違って
出来の悪いサマンサを快く思っていないことはアレンも知っている。
一言文句を言ってやりたくなる気持ちを抑えていた。父を失ったセリアも、
父親が実の娘を相手にそのような言葉を吐いたことに苛立ちを覚えたが、
ここで噛みついたところで何の得もない。アレンと共に黙っていた。
二人が一言も発さないせいで、王はますます自らの言葉を続けていた。
「そう、ロトの子孫が真の意味で一つになるべきなのだ!ローレル王子、
以前話したことを覚えておられるか!サマンサをそなたの妻にという
我ら親子の提案を!」
「ん・・・・・・!?あ、そういえばそんな話・・・冗談じゃなかったのか」
「それにセリア王女もおられるのであればちょうどいい、王女はアーサーと
共になるのがよい!ムーンブルク復興のための資金提供は惜しまんぞ!」
王は上機嫌だったがアレンとセリアからすれば、最近ずっとこんな話ばっかりだと
うんざりさせられていた。アレンは思い切って『自分には決めた相手がいる』と
言ってやろうかとも考えていた。もちろんその名前は伏すが、断固とした
答えをしないとサマル王からは会うたびにこの話題を持ちかけられる気がしたからだ。
「・・・そのことですが、実は・・・」
「王様、申し訳ありませんが、いまはのんびりと腰を据えたり嫁いだりしている
ときではないのです。わたしには果たさなければならない使命があります。
それを完遂しない限りは全くそのような気にはなれないのです」
「むむ・・・その通りだ。呑気なことを言ってこちらこそすまなかった」
セリアがお手本とも言えるような返答をして王を納得させていた。
(・・・・・・おっと、危ねえ。勝手に自爆するところだった)
王のもとを去り、アーサーと合流するためサマンサの部屋に入る。相変わらず
サマンサは見ていると不安になるほどアーサーにべったりだった。もし彼女が
年齢に比べて極端に心が幼い病気であると知らなければ実の兄妹だという事実が
逆に動揺させられるだろう。それだけサマンサはアーサーが好きだったのだ。
「・・・邪魔したか?もう少し外を回ってくるか・・・」
「そうね。一度出直しましょうか」
「いや、待ってよ二人とも!邪魔じゃないよ、ちょうどいいところに来たんだって!」
アーサーは二人を引き留め、席に座るように促した。
「朗報だよ!サマンサのおかげでさっそくぼくとセリアの呪文は強化される!
これなら苦しい修行はいらない、ほんの少しの工夫でレベルアップだ!」
「え、ほんとうに!?さ、さっそくその秘密を・・・」
アーサーはサマンサから呪文の書を渡される。これは彼が旅立つ前に妹に
解き明かすように頼んでいたものだったが、この数十年、有名な学者や
賢者であっても内容を理解できずにお手上げとなり、誰も見向きも
しなくなっていた書だ。セリアもちらっと横目で書かれている内容を
眺めてみたが、ほんの少しわかるだけでそれ以上は何もできそうになかった。
それがどうしてサマンサなんかに解読できるのかが最大の謎だったが、
「まあいいじゃねぇか。で、これからどんな呪文が使えるようになるんだ!?」
「完全に過去のものとなった呪文の復活だったり全く新しい呪文の発明は効率が
悪すぎるし難しいんでね、いまぼくたちが使える呪文の底上げ・・・
というよりはその呪文のレベルを古代のもの、本来の高さにまで戻すんだ」
勇者ロトとゾーマの死闘が終わった後、世界は数百年も平和を楽しんだために
戦いのための魔法の技術は人の世界でも魔物の世界でも失われていき、やがて
再び使い始めてもそれはロトやそれ以前の世代と比べて劣化した呪文に
なってしまっていた。それらに本来の輝きを取り戻させるのだとアーサーは言う。
「そうだね・・・まずは・・・セリア、アレンに『ルカナン』を唱えてみてくれ」
「ルカナン・・・?ええ、わかったわ。久々だけど・・・ルカナン!」
セリアはこのルカナンという呪文を習得してはいたが、魔物相手にあまり使っては
こなかった。敵の守備力を下げ、武器による攻撃を通しやすくするための魔法
なのだがその効果はあまり目に見えたものではなく、ルカナンを唱えるくらいなら
バギで直接攻撃したほうが早く魔物たちを倒せるので、好戦的なセリアはそちらを
選び、ルカナンなどたまに忘れないように唱えてみるだけだった。
「・・・おっ、来た来た。ちょっとばかし身体の力が抜けた気がするぜ。
でもせいぜい一割程度ってところだな。タホドラキーの群れからくらった
こともあったが全然痛くなかったし、この呪文はハズレだろ・・・」
「そこで・・・セリア、今からサマンサがそのルカナンの『真の唱え方』を
してくれるからそれをまねてやってみるんだ。サマンサ、頼んだ」
「わかった!ルカナンだね。えーっと・・・」
アーサーがサマンサの肩の上に手を置いた。すると彼女は言われた通りに
ルカナンの呪文の詠唱を始めた。セリアがしっかりと聞いてみると、
自分のこれまでのルカナンとはほんの僅かに違っていた。発音の違い、
単語の順序が逆・・・など、全神経を傾けてようやくわかる違いだった。
たったそれだけで呪文の効力に明らかな変化があるということなのだ。
「・・・・・・・・・こ、これは・・・!いくわ、ルカナン!!」
「なんか違うのか?おれにはさっぱりわからなかったぜ・・・・・・うぐっ!?」
魔法力のないアレンには先ほどとどう違うのか一つも理解できなかったが、
今回のルカナンはアレンの身体からごっそりと身を守る力を奪っていった。
実際に呪文を受けてみて初めて彼も『真の』ルカナンの威力を思い知った。
「・・・う・・・ううっ!こんなに体が重くなるなんて・・・!一割どころ
じゃない、半分は持っていかれた感覚がある!なんて危険な呪文になったんだ!」
「わたしも確かに今までよりも唱えたときの手ごたえが全く違ったわ。
でもほんとうに効果があったのか・・・試してみましょうかしら」
彼女はローレシアの牢屋で拾った杖でアレンの足をばしばしと叩いてみた。
「いてっ!痛えよ!ルカナンに関係なくそこはだめだろ!何の防具も身につけて
いない部分、しかもスネなんか叩くなっての!」
「・・・あら、これはいけなかったわ。じゃあもう一度、今度は・・・」
「もういいだろ!効果があるっておれが保証しているだろうが!」
早くもセリアはほとんど苦労することなく自らの呪文を強化することができた。
これなら短期間でのレベルアップも夢ではなさそうだ。
「そしてサマルトリアの町の外で言っていた件だけど、これもうまくいった。
今日からは旅が全く別物のように楽になる。人によっては味気が無いと
思うかもしれないけれど、きみたちは一刻も早く目的を果たしたいと
言っていたんだ、問題はないだろう」
「アーサー、何の話だ?それが呪文とどう関係が・・・」
「ルーラだよ。これからは一度行った人の住むところならどこへでも自由に
行き先を選べるようになった!ムーンブルク大陸にもアレフガルドにも
すぐに飛んでいけるんだ。しかもあらかじめ結界を張っておけば
ぼくらの船だってついてきてくれる。凄いだろう」
これがアーサーが馬車を帰した理由だった。ローレシアにだってすぐに
戻れるのだ。無駄な時間と労力を省き、そのときの目的に専念できる。
戦いのための呪文だけでなく、快適な旅のための呪文も忘れていなかった。
その後も順調にマヌーサの精度やベホイミの回復量を増加させたところで、
「・・・じゃあそろそろぼくも父上と少し話をしてくるから席を外すよ。
サマンサ、最後にもう一つくらいセリアに魔法を教えてやってほしい」
「・・・わかった!」
アーサーが部屋から去っていき、セリアはサマンサに近づいた。
「そうだわ・・・ならバギを更に強くしたいの!最近一撃じゃ倒れない
魔物も増えてきて、強化できるのならぜひ・・・」
セリアの一番の本命は攻撃呪文バギの威力を高めることだ。ところが、
「・・・・・・う~~ん・・・・・・」
しばらく考えこんでしまったサマンサ。やがて、
「でもこれは・・・セリアさんにはむりだとおもうよ」
「・・・・・・は?無理?あなた、何を基準に・・・」
「むりなものはむり!できないよ、セリアさんじゃね」
屈辱的な言葉にセリアの憤りがサマンサに対して激しく燃え上がった。
この城から出たことがないような彼女に実力不足を指摘されるなど、
セリアにとっては考えられないことだった。手を出したくなる気持ちを
どうにか堪えたが、口のほうは止まらなかった。
「・・・あのね、無理っていうのは・・・あなたとテンポイント、つまり
アーサー王子が結婚するようなことを言うのよ。それは絶対に不可能!
そういうのでなければ無理とか簡単に口にしないでくれるかしら?」
「むりじゃないもん!わたしはあと何年かしたらおにいちゃんと・・・」
「できるわけないでしょう。少しは頭を使いなさい。あなたと彼は兄妹、
それだけでもう終わりじゃないの。完全に道は閉ざされているのよ。
でもいまのわたしに関しては違う!やる前から無理だなんて・・・」
熱くなったセリアの言葉に傷ついたサマンサが机に突っ伏してしまったのを見て
アレンは二人の間に介入しようと割って入った。まずはセリアをなだめようと、
「おい、お前・・・そんな言い方はないんじゃないのか?落ち着けよ」
ところがセリアは全く悪びれず、彼の言うことに耳を傾けないで言葉を続けた。
「サマンサ王女、そういえばわたし、あなたのお父様からアーサー王子との
結婚を勧められていたのを思い出した!とってもいい話ね!彼もきっと
この国のために前向きに考えてくれるはずだわ!」
「・・・・・・・・・そんな、ひどいよ・・・・・・」
ついにサマンサの身体が小刻みに震え始めた。しばらくそのまま顔を上げないので
ここでようやくセリアも大人げない言動を反省することになった。自分と実際の
年齢はあまり変わらないが、精神面においてかなり幼い相手にむきになったのだ。
「・・・謝ったほうがいいと思うぜ。あいつと結婚する気なんてないくせに
この子を追いつめるためにさっきのことを話のネタに使いやがって・・・」
アレンもセリアを糾弾したが、心のなかでは別の不安もあった。ほんとうに
アーサーと結婚したいわけじゃないよな、と聞きたいのを我慢していたのだ。
「・・・・・・そうね、やりすぎたわ。これは完全にわたしが悪かった。
サマンサ王女、ごめんなさい。バギの呪文について聞きたかったからって
あなたにとって酷いことを言ってしまったわ。許して・・・」
このとき、セリアは突然何か恐ろしいものの気配を感じ、硬直してしまった。
頭を伏せて泣いているはずのサマンサから魔物を遥かに凌ぐような殺気で
貫かれたような気がしたからだ。こんな少女から発せられるものではない。
「・・・ひっ!」
「・・・・・・!?どうした!」
しかし次の瞬間にはもうそれは感じられなかった。サマンサは顔を上げたが
普段と何ら変わらないのんびりとした穏やかな顔つきだったからだ。
「・・・いや、何でもないわ。気のせいだったわ」
罪悪感がもたらした錯覚だったと納得し、抱いていた疑念を捨てた。
「・・・お待たせ・・・・・・あれ?」
「あっ!おにいちゃん!」
アーサーが戻ってくると、サマンサは再び満面の笑みを見せた。すぐに愛する
兄に抱きついていたところで、セリアはサマンサが興味のないもののように
放り投げた魔法の書を拾い読んでみた。バギに関する秘密を得ようとした。
だが、これまでの呪文と違いしばらく経ってもコツをつかむことはできずついに、
(・・・確かに無理だわ、今のわたしには!悔しいけれどあの子が正しかった)
それからすぐにサマンサはどこかへ遊びに行くつもりなのかアーサーの手をひいて
部屋から飛び出していってしまいアレンとセリアが残された。二人揃って息を吐き、
椅子に座りこんだ。嵐が去りどっと疲れが襲ってきた。
「ハァ~・・・。お前のせいで大変なことになるかと気が気じゃなかったぜ」
「でもほんとうのことよ。あの子がアーサーと結ばれるのは絶対に
無理だっていうのはね。あなたが貰ってあげたらいいじゃないの」
「・・・・・・お前までそんなことを言うのか。だからいまは・・・」
アレンはここで、さっきまでサマンサが突っ伏していた机に視線が向いた。
「なあ、関係ない話なんだが、あの机さっきからあんな深い傷がついていたか?」
「・・・あら、そうね。十本も・・・・・・気に留めてなかったから最初から
あった傷かどうかはわからないわ」
「そうか。まあどうでもいいことだったな。つい気になっただけだったんだよ」
それ以上話は広がらずに二人の話題は別のことに移っていった。しかしアレンの
直感とセリアが感じていた殺意は決して思い過ごしではなかった。その机の傷は
セリアに攻撃されている最中にサマンサが両手の指によってつけたものだった。
サマンサがセリアの謝罪に応じたのも、決してセリアの言葉によるものではなく、
もうすぐ大好きなアーサーが部屋に戻ってくるという予感がして上機嫌になった
だけだった。よって、もしアーサーがあと数分王の部屋にいたならば
どうなっていたことか―。それに気がついた者は誰一人としていなかった。
「・・・おにいちゃんはあの人と結婚するの?セリアさんと」
「ん・・・?しないよ。彼女に全くそういう気がないのだから。ぼくもね」
「そうだよね!よかった!だっておにいちゃんはわたしと結婚するんだもんね!」
サマンサ自身がもうセリアへのどす黒い感情を捨て、彼女に関してのことも
一切忘れ去ってしまっていた。だから誰も真相を知ることはないのだ。