ハーゴン・・・彼女は生まれたときすでにゾーマの城にいたのだという。その両親は
一切不明で、わかっているのは彼女が魔物と人間との間に生まれたモンスター人間で
あるということだけ。ゾーマもその存在については知っていたようだが干渉
することはなく、彼女の世話はトシフジと呼ばれる女が一から十まで一人で行っていた。
やがてハーゴンが五十年生き、彼女は『失敗』のほうのモンスター人間であることが
明らかになると、ゾーマはハーゴンを城の最も深い部屋に移すよう指示し、決して
城の外には出さないよう彼女の存在を知るごく一部の信頼できるしもべとトシフジに
念を押して命じた。なぜそのようなことを大魔王が指示したのかはもはや知る術は
ないが、ハーゴン自身は監禁されたように感じ、とても不自由な気分になった。
時間は無限にあるのでトシフジやゾーマの部下たちから呪文の講義などを
受けたりもしたが、彼女が望むのは城の外で身体を動かして遊ぶことだった。
そんな彼女の不満を察したか、それとも何もできない者が大魔王の城にいる資格など
ないということなのか、ハーゴンには打倒ゾーマに燃える者たちの『監視』の
仕事が与えられた。水晶の玉が与えられ、アレフガルドに光を取り戻そうと
ゾーマの城を目指す者、またゾーマの存在すら知らないがこの世の悪を
除き去るべく別の世界から旅立った者・・・そんな『勇者たち』の歩みを
眺め、ゾーマの脅威となる者が現れたならばそれを知らせるのが役割だった。
もちろんゾーマの城まで辿り着く者すらほとんどおらず、ハーゴンの退屈な日々は
ますますつまらないものになっていった。この城にいる限り贅を尽くした食事が
日に三度与えられ、完全なる安全が保障されていたが、それは彼女が欲する
ものではなく、どうすればこの現状が変わるのか常に考えていた。
ゾーマが死んでいなくなるのが手っ取り早いのだが、あれはこの世においてこれまでで
最も力があり邪悪な気に満たされた大魔王、何者かに敗れて死ぬなどとは思えない。
おそらくゾーマの後にもそれ以上の魔王は現れないだろう。ハーゴンはまたこれからも
何ら変わらない毎日が続くのだと思いながらその日も水晶を眺めてみた。
そのとき、そこから確かに光が放たれていた。それまで自らこそ世界を救う
勇者であると立ち上がっては荒野に消えていった愚か者たちとは違う眩しい光が
彼女を照らした。それはアレフガルドとは違う世界から、しかも光の主は
まだ十六歳の少年だった。しかしハーゴンは確信した。ゾーマを討つならこの者だと。
そのときから彼女は彼と仲間たちの旅の記録を水晶越しに眺めては事細かに
書き記した。精霊ルビスのように彼に恋心を持ったりはしなかったが、
一種の憧れのようなものを抱いていた。城の地下の奥深くの部屋から出られない
自分もいつか世界を大きく変え、それも光をもたらすような存在になりたいと。
やがてついに待ちわびていた瞬間は到来した。後に勇者ロトと呼ばれ伝説となる
その青年はゾーマの城に乗り込み、ゾーマの力あるしもべたちを打ち倒し、
ついに大魔王をも打ち倒した。歴史的な戦いをその目で見ていたが、ロトの勝利が
決まった瞬間はアレフガルドよりも一足早く自分に朝がやって来たような
晴れ晴れとした感覚だった。しかし隣にいたトシフジやすでに自らの手により
モンスター人間としていたスライムのキンツェムやスライムベスのポリーは
一つの時代が終わったことを静かに悲しみ涙を流していた。特に親しい存在である
彼女たちですらそうなのだ。やはり自分は普通の魔族ではないのだと実感した。
全てが終わってから自由になった彼女が最初にしたことは、この勇者の伝説が
まるで神話のようなものにされないように、また逆に埋没して忘れ去られないように
正確な記録として残すことだった。勇者ロトやその仲間たち当事者から
旅の思い出や当時の心境などを聞くことで裏付けをした。またその強さを彼らに
敗れながらも生き延びた魔族や悪事を働いていた人間からも情報を得た。
こうして生まれたのが『勇者伝 第一章』。いつか第二章が始まるときがくると
予感していたハーゴンの読みは当たり、それから数百年後、ロトの子孫が
竜王を倒した物語が同じように彼女によって書き記されて本の形になった。
「・・・そんな歴史があったとは。きみは自分のことは全く書き記していないんだな」
「ははは、この話を人間にするのは初めてだからね。ま、わたしはロトのおかげで
ほんとうの人生を始められたっていうのも、君たち彼の子孫には無残な死を
遂げてほしくはないという理由だよ。だからさっきわたしが言ったように
アーサー、君は今すぐサマンサと共に遠い地へ逃げてほしいんだ。そう、
残虐非道の三人の邪悪な神々、わたしを裏切った者たちから・・・」
それを聞くとアーサーの目つきが変わった。目の前のハーゴンは彼にとって
もはや倒すべき存在ではない。彼女には何の罪も見いだせなかったからだ。
となると、世界の平和のため真に討伐に向かうべきは『三人の邪悪な神々』か。
「強いのか、その三人は」
「もちろん。君たちといえどもかなり厳しい戦いになるだろう。そしてこれは
言い辛いことだが・・・アーサー、君自身が一番わかっていることだとは思うが
もし命を落とすとしたら一番可能性が高いのは君だ」
愛するアーサーが死ぬという発言にサマンサの表情が不安に満ちたものになる。
そのアーサー本人は落ちついてハーゴンの忠告を聞いていた。この後に続く
彼女の言葉もどのようなものか薄々察しはついていた。
「・・・君は精霊ルビスから愛されていない。その紋章が光ったことはほとんど
ないのだろう?それに剣技、呪文どちらにおいてもとても世界を救う勇者と
呼べる資質はない!トシフジや他の者たちからその報告は受けている。
彼女たちの見る眼は正確だ。もっとも君ほどの者でれば自分の能力が
どのようなものかも理解できていないはずがない。だからわたしは言おう、
今すぐにサマンサと二人、全てを捨てて名も無き地に逃げこめ。それが幸せの道だ」
「おにいちゃん・・・!ウオッカの言う通りだよ!危険な戦いはもうやめて
わたしといっしょにまだ見たことのないところに逃げようよ!そこで毎日
おいしいものをいっぱい食べて、わたしたちの子どもをつくって・・・」
サマンサはすがるように両手をアーサーのもとに伸ばした。しかしその手は
払いのけられ、アーサーはハーゴンを厳しく睨みつけた。
「・・・お、おにいちゃん・・・・・・」
「悪いなサマンサ、それはできない。ぼくはアレンとセリア・・・あの二人を
裏切るようなことはできない。それにルビス様の道を捨て去ることもね」
旅の初め、アーサーはアレンたちほど邪教壊滅の使命感に燃えてはいなかった。
あくまでこの旅は自分がサマルトリアから自然にいなくなるための隠れ蓑の
つもりで、時が来ればハーゴンの本拠地まで辿り着く前に離脱する気もあった。
「ハーゴン、残念だけど二年も旅をしていたらぼくのような人間でも
気が変わるのさ。この時代に選ばれし勇者として与えられた宿命を
受け入れる覚悟はできている。命を落とすこともわかっている。
ぼくのなかのロトの血が目覚めたのさ。だからお前の期待通りにはいかない」
「・・・・・・そうか・・・これは読めなかったな」
「ぼくとあの二人・・・合わせて三人で一人だ。明らかにルビス様の祝福を
受けていないぼくなんかをアレンとセリアはその身体の一部と認めてくれた!
だからそのぼくの命は彼らのために使うまでだ。ぼくたちの絆はサマンサ、
お前への愛よりも固いものになっている。だからここで降りる気はない。
たとえ力が足りないせいでぼくがどこかで死ぬとしてもそのために
アレンとセリアが生き残れるというのなら喜んで・・・ね」
ハーゴンは己の分析が間違っていたことを思い知らされた。ロトの末裔三人を
切り崩すならアーサーが起点になると読んでいたが、すでに彼も他の二人と
同じほど立派な勇者だった。つまり当初の予定通りアーサーとセリアを
結びつけたところで思惑通り事は運ばなかったのだ。
「なるほど・・・・・・たとえ精霊から愛されずともそのご意志のために・・・か。
君は違うと思っていたがやはりあの二人と同じ血であったか・・・・・・」
ハーゴンの望みは絶たれた。しかももっと悪いことに、サマンサが両手で顔を覆い、
「・・・やだ、いやだ・・・おにいちゃん、死んじゃいや・・・・・・」
悲しみのあまり泣き出してしまった。その姿にハーゴンは心を打たれた。
そして彼女の肩に手を置くと、とても安らかな声で安心させるようにこう言った。
「泣かなくてもいい。君の愛するアーサーは・・・わたしが絶対に死なせない」
「・・・・・・ほんとう?だってさっきおにいちゃんは死ぬって・・・」
「約束する。必ず君の待つサマルトリアに彼を生きて帰す。わたしの当初の
目的が果たされなくなったとしても、君との約束は守る」
慈愛に満ちたハーゴンの姿に、アーサーはほんとうに彼女こそ『神の子』で
あってくれたらとさえ願ってしまった。彼女は妹にとってもはや欠かせない存在だ。
その正体がこの時代の魔王、邪教の大神官でさえなければ・・・。ここでアーサーは
一つまだ謎が残っていることを思いだした。これを聞かなくては最終的な結論を
下すことができなかった。このハーゴンが真にどのような者であるかに関して。
「・・・ハーゴン、きみに関しては人の世ではあまりにもその正体を掴むことが
難しい。世界の様々な場所で情報収集をしてきたけれど謎は深まるばかりだった。
だから今日こうしてきみと偶然知り合うことができて、どうにかそれを
探ろうとしてみたけれど・・・ますますわからなくなったよ」
「そうか、わたしのほうは君についてだいたい理解できた」
「・・・だからもう全てを知るのは諦めた。だけど一つ聞いておきたい。
そもそもどうしてきみは世界の頂点に立とうとしたんだ?それによっては
ぼくの今後の動き方ももしかしたら変わるかもしれない。真実を教えてほしい」
『悪霊の神々たち』に妨害されているとはいえ、ハーゴンが魔族の世界だけでなく
全世界の王になろうとしていることは事実だ。その目的をアーサーは知りたかった。
彼女ならほんとうのことを教えてくれるだろう。決してハーゴンの仲間になる気は
ないが、この先の旅の途中、行動の基準になり得るものだからだ。
「いいだろう。隠すことではないし、教えよう。サマンサも聞いてくれ」
アーサーの期待通り、ハーゴンは乗り気で応じてきた。立ち上がり両手を広げ
天に向かって自身の君臨の目的を高らかに語り始めた。
「このわたしが全ての命あるものの王となりその歩みを導こうとした理由、
それは・・・魔族と人間、両者の完全なる和睦と一致のためだ――――っ!
傷つけあうことも損ない合うこともなく、互いに助け合い支え合う理想の世界!」
「人と・・・魔族の!そんなことが・・・」
「その実現のためにわたしは立ち上がった!これは人と魔の両方の血が流れる
わたしだからこそできる仕事であり使命だ!そのために新たな世界には
ふさわしくない邪悪な者たちは裁き、心正しき者たちを救うこと、これこそ
わたしの目指す新たな世をつくるための第一歩だと信じている!」
アーサーは、どうしても知りたかったハーゴンという謎に包まれた人物の
正体がわかった気がした。彼女の抱く夢、またそれを熱く語る表情。
だいたいを理解し、彼が最初に抱いた感想は、『厄介』ということに
他ならなかった。これならいっそのこと邪悪な野心に憑りつかれていた
相手のほうがまだ対処は容易だと思えた。
「すごいね、ウオッカ!そんな世界が実現したら・・・」
「ああ。もう堅固な城壁も門もいらない。外に自由に出て遊べるんだ。
今よりももっと友だちが増える、楽しみだろう?」
このハーゴンは見た目こそそこまで女らしくない大人しそうな少女、歳は
十五歳前後といったところだが、実際は千年近く生きているであろう魔族。
だから外見はすでに美しい成人した女性でありながら心は幼いままだった
サマンサとは真逆だな、とアーサーは思っていた。ところがいま、その認識は
大きく改める必要があった。このハーゴンは・・・・・・。
「・・・・・・幼いな。子どもの考え方だ。何もかもが」
「・・・む?それはどういう意味だ?」
サマンサの友としてその恋や人生を応援しようとするハーゴンの出した数々の案は
まさに寂しがりやなロマンチストそのものだった。彼女の昔話が真実であるという
前提であるが、幼き時ずっとゾーマの城に閉じ込められていたせいで、妄想や
空想に浸る時間が多かったのだろう。そんな彼女の抱く理想は確かに全て
実現すれば素晴らしいと思えるものばかりだが、夢物語に過ぎない。
(普通の人間であればそこで終わる。だけども・・・)
ところがハーゴンにはそれを力ずくで成し遂げられる可能性があった。歴代の
魔王と呼ばれた者たちにははるかに劣っているため、苦労せずにというのは
不可能だが、それでも強引に道を切り開くのはただの人間よりは容易いだろう。
だからこそいまは大人しく見えるが、自身の目的が果たせないとわかったとき、
また大きな壁に阻まれたとき、幼さが残るその純粋な心が暴走しないとは
言い切れない。ハーゴンもサマンサのように非常に危うい存在なのだ。
「・・・そんな世界は実現しないよ。完璧な平和の時代など来ない!」
「ふふ・・・今の世であればそう思うのも無理はない。しかし遠い過去にはそれが
ありえた時代があったのだ。わたしが生まれる前には人と魔物が同じ建物で
共に座って学んでいたという記録の書があった。そして勇者ロトもその旅の仲間に
魔物が一匹いたという事実を君も読んでいないわけではあるまい」
「確かにそうだ、言う通りだよ。ただそれはあくまで遠い過去のことだ。もはや
ぼくたちのこの時代、人と魔物が互いに親しくなることなどできやしない。
むしろますます対立を深めてどちらかが根絶やしにされるまでそれは続くだろう。
そのときまで世には勇者が生まれ、また魔王が生まれては戦いが繰り返されるのさ」
世界を救う者としての使命感に目覚めたとはいえアーサーは旅を始めたときから今まで
ずっと魔物との戦いにおいては柔軟だった。魔物は存在自体が悪で目に入ったもの全てを
逃げていくところを追ってでも殲滅すべしとするアレンやセリアとは違い、殺すべき
ではない、また戦うべきですらない相手を見極めることに重きを置いていた。
それをハーゴンも知っていたので彼ならば自分の理想を理解してくれると信じていたが、
その彼がこのように語ったのだ。わかり合うことは殺し合うことより数倍も骨が折れる。
アーサーも旅の途中幾度も自分のやり方が『ロトの勇者』としてふさわしくないのでは
ないかと悩まされていた。自身の理想に限界を感じ始めていた。
「・・・そうか・・・君ほどの人間であってもそのような結論に達したか」
「ハーゴン、いくらきみがその見た目と同じ若くて未熟な心を持っていたとしても
わかっているだろう、自分の言葉に現実味がないことくらい」
「・・・・・・少なくともこの時代には実現しない、それはわかっているさ。
人と魔族はおろか、人同士、そして魔族同士での争いが絶えないこの時代では
無理だ。わたしの組織の内部ですらわたしに従う者と邪神たちに従う者で
常に緊迫した状態が続いている。これではとても人間との友好など・・・」
うつむいていたハーゴンの鼻から血がぼたぼたと垂れていた。彼女の躍進を
妨げる持病だった。サマンサはすぐにその鼻出血を止めてあげようと動く。
「・・・なんだかかわいそう・・・ウオッカ、泣かないで」
サマンサはハーゴンの鼻血だけではなく、僅かに光る銀色の涙を見逃さなかった。
しかしサマンサがそれらをふき取り、発作が落ち着いたハーゴンの顔は決して
将来を悲観したり夢を諦めてしまったかのようなものではなかった。
「ありがとう、サマンサ。確かにわたしはかわいそうな者かもしれない。でもいま
わたしには確かな希望がある!それは君たち兄妹だ!」
「・・・ぼくたちが?」
「ああ。アーサー、君はサマルトリアのドラキーを、ルプガナの祈祷師二人を、
それぞれ容赦してその命をとらなかった。これはほんの一例で、それだけではない。
そこに君の本質を見た。君は柔軟というよりは・・・優しいのだ」
ハーゴンはアーサーのこれまでの行いを高く評価し、そして褒めた。さらに、
「そしてその妹サマンサ、君と真の友になれたこと!それ以上に言うべきことが
あるだろうか。だからわたしには希望がある。たとえこの時代には無理かも
しれないがいつか同じ志を持つ人間もしくは魔族が現れたときのための
道を備えることができる!それがわたしの見た光だ!」
ハーゴンには時には癒し、時には呪いをもたらす奇跡の力があった。それに加え
強力な呪文も多く使える。しかし彼女は力による強制的な支配を望まなかった。
あくまでそれらは自身の目的を進めるための方法の一つに過ぎず、種族を超えた
真の平和のためには誰もが自らの意志によって動かなければ意味がないと思っていた。
アーサーからすればそれも非現実的でロマンチストな考え方なのだが、この世界にまだ
人の醜さに汚されていない楽園のような場所を探そうとしている自分も同じような
ものではないかと気づかされた。やはりアーサーとハーゴンは似た者同士なのだ。
「・・・そんな君だからこそこれを受け取ってほしい」
ハーゴンは何もないはずの空間から、とあるものを出してみせた。それは・・・。
「これは・・・!紋章じゃないか!どれだけ探しても見つからなかった五つのうちの
最後の一つが・・・。きみが持っていたのなら出てこないわけだ」
「精霊ルビスが認めなくともこのわたしが君たち兄妹を確かに勇者だと認めよう!
実際に勇者ロトをその目で見たわたしであるからその資格ありと言える!
さあ、『命の紋章』よ!」
アーサーの身体にその紋章が刻まれていく。これまで他の二人の仲間には
二つずつ刻まれながらもアーサーには一つもなかった紋章がついに彼のもとにも
引き寄せられるように入っていったのだ。
「凄い・・・おにいちゃん、本物の勇者みたい!そしてウオッカは天使みたい!」
「ははは・・・勇者みたい、じゃなくて勇者なんだよ、君のお兄さんは。
しかしわたしを天使呼ばわりしていたらまたルビスは怒るだろうなぁ」
サマンサは精霊ルビスに対する信仰や畏敬の念をこれっぽっちも抱いていなかった。
自分を含めたその血がルビスによって絶たれようとしていたことを知る前から
この偉大な精霊に対して彼女は何の関心もなかった。
まさかの相手から紋章を授けられたアーサーはというと、何とも複雑な気持ちに
なっていた。アレンたちと同様に己もロトの勇者だと紋章に認められたことは
確かに嬉しかったが、それを助けてくれたのがこれから倒しに行かなくては
ならない相手だったからだ。彼女がほんとうに神の子であればどれほど
よかっただろうか。今日出会ってから何度も感じていたことだった。
「サマンサのこと、興味深い歴史の話、それにこの紋章。感謝すべきことは
多くあるのに・・・恩を仇で返さなくてはいけないのは・・・辛い」
「気に病まなくてもいい。もしそうなったらむしろわたしは君に討たれたい。
そのロトの剣で、他の二人ではなく君がわたしを討ち取るんだ。
わたしは君たちを殺さないが君たちはそうせざるを得ないだろうからね」
サマンサもようやくアーサーとハーゴンの互いの立場がわかったようで、
三人とも黙ってしまった。せっかくわかりあえたはずの三人がやはり
最終的には分かたれなくてはならないからだ。自然と沈黙が続いたが、
それを破ったのはハーゴンだった。確かに希望の光を見いだした彼女は
この現状をそこまで絶望的だとみなしてはいなかった。
「まあこうしていてもつまらない・・・よし、酒でも飲みに行くか!
まだまだ語り合いたいことはあるがこんな雰囲気ではよくない。
二人とも、気がついたらもう太陽が沈んでいたぞ。行こう」
「・・・もうそんなに時間が経っていたのか。夕食の時間か」
「行こうよ、おにいちゃん。わたしお腹すいちゃったよ」
三人は宿屋を出て食事ができる店へと向かった。アーサーは途中で少し咳き込んだが、
口から少しの出血を伴っていた。しかしこの日の朝に比べたらかわいい量だった。
サマンサを心配させないようにそれを隠し通していたが、このときはまだ
事態の深刻さに気がついてはいなかった。後代に語り継がれる悲劇の幕開けだった。