ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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ムーンライトの巻 (世界樹②)

 

アレンとセリアはしびれくらげたちと別れ、ついに純粋な二人旅が始まった。

とはいえこの小さな島ではそれも僅かな時間だろうと思われていた。目的の

品である世界樹の葉を得たならばすぐにキメラの翼で帰還するからだ。

ところが意外と世界樹が見つからず、しかも到着したのがすでに太陽が

沈みかけていたので、気がつくとすっかり暗くなってしまっていた。

 

「おいおい・・・こりゃ参った。もう少しなんだろうが・・・こんな初めての

 場所で暗闇のなかこれ以上進むわけにはいかねぇ。ここで休むぞ!」

 

「ええ。ちょうどいい水場があるわ。これなら身体を洗うこともできる」

 

この島全体が聖なる力で満たされているのか、水は特に清らかな感じがして、

果実もこれまで食べてきたもののなかで最もおいしいと二人の意見が一致した。

これらはただ美味なだけでなく失われた体力が戻ってきていた。

 

「こいつは集めておいてロンダルキアへの旅の道中の食い物にしたいところだが

 何かそうしたらいけないような・・・そんな神々しさすら感じるぜ」

 

「そこまでかしら・・・でも余計に持って帰ったらこのおいしさも癒しも

 なくなってしまう気がするわ。この島だからこそ・・・なのかもしれないわ」

 

アーサーがこの旅を終えた後に行きたいと言っていた、『人の手がまだ及んでいない

楽園のような地』とはこのような場所ではないかと二人は思った。ここでなら

確かに穏やかな暮らしができそうだが・・・。

 

「でもずっと一人じゃいつか飽きるし寂しくなるだろうな」

 

自分はやはりどれだけ汚れていたとしても人の住む地で生きていくほうがいいと

アレンは自分と親友の感覚の違いを感じていた。時々このような静かな島で

癒されるのはいいがずっと暮らすのはどうかと思った。

 

 

やがて食事が終わりセリアは水浴びに向かった。アレンはそのそばで

見張りのために待機していたが、まさかこの島で野盗や魔物は出てこないだろう。

アレンは緊張感なく月の光を眺めていた。

 

「・・・今日は満月か。そういえばアーサーのやつは夜の見張りの時一人で

 星を見ながら酒を飲むのが好きだったな。おれは月のほうがいいな。ハーゴンを

 倒したらおれの酒断ちの約束も終わりだし、またいっしょに・・・」

 

 

そのとき、突然草むらからガサガサと音がした。備えができていなかったアレンは

完全に虚を突かれた形となり、普段以上に慌ててしまった。大声をあげる。

 

「や、やばいっ!魔物だっ!魔物が出たぞ――――っ!!・・・・・・って・・・」

 

すると出てきたのは小さな猪や猿だった。それもオークの仲間やマンドリル族と

いうわけではなく、魔物ではないただの動物に過ぎなかった。普段であれば

冷静に対応していたところだが、こんな小動物相手に驚きの叫びをあげてしまった。

我ながら格好悪い、と顔をしかめたアレンだったが、滅多にない珍しい彼の叫びが

思わぬ展開を生んだ。その声に緊急性を感じたのか、

 

 

「・・・魔物ですって!?それはどこに・・・」

 

セリアがばしゃん、という水の音と共に飛び出してきた。一刻を争うと

思ったようだ。しかしいまの彼女はというと、

 

「・・・・・・・・・!!」

 

一糸まとわぬ姿で、前を隠すものも一切ない。アレンは固まってしまった。

しばらくは何も言うことができず、そこから動くこともできなかった。

 

「・・・・・・?どうしたのかしら・・・魔物は?」

 

「いや・・・驚かせて悪かった。おれの勘違いだった!水浴びに戻ってくれ」

 

 

アレンは顔を背けながら言う。セリアのほうは人騒がせね、とか文句をぶつける

こともなく、わかったわ、とだけ言ってそのまま戻っていった。彼女がいなくなって

数分してから、ようやくアレンの感情は高まっていた。これほど鮮明に、完全に

彼女の裸を見たのは長い旅でも初めてのことだったからである。だがアレンの心を

いま支配していたのは欲情や興奮などではなかった。

 

 

(・・・・・・美しかった・・・・・・まさかこんな気持ちになるとは・・・・・・)

 

その体がアレンにとっては至高の芸術品のように思えたからだ。月の光も手伝い、

神秘的な印象をアレンに与えたのだ。いやらしい目つきでなど見るはずもなかった。

 

精霊ルビスや彼女の生き写しと言われたアレンたちの先祖ローラ。歴史に残る美女と

され、アレンは伝説の存在である彼女たちに崇拝に近い思いを常に抱いていたが、

 

「・・・ルビス様やローラ様ですら・・・あいつほどじゃなかっただろうよ」

 

完全にセリアに魅せられていた。だがその一方で、ある失望を抱くことになった。

 

(しかし・・・おれに裸を見られたってのにあいつは平然としていやがった。

 おれのことを男と思ってないってことか・・・やはりあいつはかつての

 宣言通り生涯誰とも結婚せずに使命に殉ずる気でいるのか・・・)

 

夜の風が急に冷たく感じるようになった。しかし実はセリアのほうも、

 

 

(・・・わたしの体を見たのに何の反応もなかった。興味なんて全くないって

 顔だったわね。わたしのことを女として見てくれてなんかいないのね)

 

彼女なりに思い切った行動をとったのだが、アレンが『神聖さ』ゆえに目立った

反応ができなかったのを、彼が自分に興味が無いと勘違いしてしまった。

またしてもアレンとセリアは僅かなところで結ばれる機会を逸した。

 

 

その後はどこかぎくしゃくとした時間が流れた。それでも会話が全く

途切れてしまうようなことはなく、この日はアレンが寝ずに見張りを

するのでセリアはもう眠ってもよかったはずだが、彼女は起きていた。

 

「・・・おい、もう寝ていいぞ。明日もあるんだぜ」

 

「わたしは・・・平気よ。この程度でへばっているようじゃハーゴンを倒すだなんて

 できっこないもの。必ずこの手で邪教を壊滅させムーンブルクの栄光を復活させる!

 そのためにもっと力を・・・もっと憤りの心を・・・」

 

自らを鼓舞していた。しばらく二人に沈黙が流れたが、やがてアレンは立ち上がると

セリアに背を向け、月を見ながら静かに話を始めた。

 

 

「・・・・・・なあ、セリア。ハーゴンを倒すことはともかく・・・・・・

 ムーンブルクの復興・・・そっちはもう諦めろ。お前が仲間になってから

 一度もあの城には行かなかったが・・・あれはもうだめだ。何十年経とうが

 人の住めるところにはならねえ。どう頑張っても無理なんだよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

返事はなかった。彼女にとって聞きたくない話なのはわかる。激怒させ、殴られても

文句は言えない。しかしアレンは続けた。

 

「お前が女王になったからって誰も臣民がいないんじゃ子どもの遊びと同じだ。

 あの廃墟にお前ひとりが立っていたってそれを国だなんて・・・言えないんだよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

アレンはここで大きく息を吸った。こんな話をしたのはセリアに夢を断念するよう

残酷な言い方で迫りたかったからではない。この先が主要なことだった。

アレンがセリアに言いたかったのはここから、だから彼は呼吸を整えてから言った。

 

 

「だから・・・おれといっしょにローレシアで暮らしてほしい。おれがやがて

 王になったらお前はその隣に座ってくれ。おれと・・・夫婦になってほしい。

 ローレシアじゃない、このおれそのものがお前の新たな故郷になりたい。

 いつでも帰れる、落ち着いていられる寝床でありたい。命の限りお前を守りたい」

 

 

ついに真の思いをぶつけた。彼女からの答えはまだない。聞こえていないはずはない。

アレンはおそるおそる振り返り、セリアの意志を確認しようとした。ところが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・あ?・・・寝て・・・やがる・・・・・・」

 

 

セリアは目を閉じて眠っていた。確かにさっきまでは起きていたはずなのだ。

しかしアレンも彼女を見ないで話をしたのでそれも定かではなく、

もしかしたらもっと前に寝てしまっていたのかもしれない。

 

(・・・どこで寝やがった!?もしムーンブルクはもう無理とかあのあたりで

 眠っちまったのなら最悪だ!おれはただの嫌な野郎じゃねーか!でも

 こいつなら声を荒げておれに反論してくるだろうし・・・やっぱり

 最初から寝ていて聞いてなかった、ということか。だが今になって

 とんでもなく恥ずかしくなってきた!眠ってくれていてよかったか・・・)

 

アレンは月の光に照らされ眠っているセリアの頭に手を優しく添えた。

結局自分の思いは伝わらず、彼女の思いを知ることもできなかった。

 

 

「なあ・・・この美しい月の光よ、教えてくれ。結局おれはこの旅で

 セリアの心にどれだけ近づくことができた?その哀しみや憤りを

 少しでも和らげてやることができたか?おれたちは・・・・・・」

 

アレンもまた眠ってしまった。本来二人とも意識を失うのは危険極まりないが

この島であれば問題なかった。害をもたらすものなど一切ないのだから。

 

 

 

 

翌日、朝になると二人はすぐに世界樹を見つけた。その大樹は一目で見分けがつく。

 

「世界樹・・・やっと会えたわ。昨日のうちに見つけられると思ったのに・・・

 やはり地図はわたしが見るべきだったわ。あなたがまさか地図も読めない

 ばかだったなんてさすがのわたしも予想できなかったもの・・・」

 

「けっ・・・おれのせいじゃないだろうが!どこかの犬女が自慢の嗅覚で

 世界樹まで導いてくれりゃよかったんだ」

 

二人はいつも通り棘のついた言葉で殴り合っていた。そして二人の眼前の

世界樹であるが、確かに特別な力が樹全体から溢れんばかりであったが、

そのなかでもいっそう神々しさを放っていたのはたった一枚の葉だった。

この葉だけが『奇跡の回復』をもたらしてくれるのだと二人はわかったので、

世界樹をむやみやたらに荒らさないという意味でもその葉のみをとった。

こうすることによりまた奇跡の葉が新たに生み出されるのだと願いながら。

 

 

目的を果たすとすぐにキメラの翼を投げてベラヌールに戻り、宿屋で

眠っていたアーサーに世界樹の葉を与え、彼は再び活力を取り戻した。

実はアーサーは自力でハーゴンの呪いを解いていて(さらに言えば、呪いは失敗

していたのである)、この世界樹の葉は彼が密かに隠し持っている。

 

 

再び三人が集まり、ついに最終決戦の地へ向かう朝が来た。誰もそこへ近づこうとは

思わないようにするために厚い鉄格子と命を奪うバリアーによって阻まれていた

旅の扉が一つ。それに飛び込むとほこらに移されたが、すでにそこは岩山を挟んで

ロンダルキアがあるという地点までやってきていた。そのほこらで一息入れるような

ことはせず、すぐに出て先を目指して歩き続ける。

 

「二人とも・・・何事もなかったというけどやっぱりどこか変わったような」

 

「だから報告するようなことは何も・・・ん?お前、その指・・・」

 

アレンはアーサーの左手の薬指に指輪がつけられていたことに気がついた。

すぐに彼の左腕をとり、後ろにいたセリアにもそれを見せた。自分たちが

いない間に看病してくれた町の女性と深い仲になったというのかと。

 

「おいおいおい!お前のほうこそこの数日間で何かあったんじゃないのかよ!

 こんな指輪・・・・・・いや、なんだこの趣味の悪い指輪は・・・」

 

「・・・だろう?だからきみの思っているようなことは全くないよ」

 

 

この指輪こそ、竜王を倒した勇者ブライアンが兄ハヤヒデにより修行のために

入るように言われた洞窟で見つけ、旅に同行していたアマゾンという娘に

あげた『戦士の指輪』だった。アマゾンはその後もそれを大切に持ち続け、

その子どもたちも代々保管し、いま彼女の唯一の子孫であるアーサーの妹

サマンサがベラヌールで別れる寸前にアーサーに渡したものだった。

 

戦士の指輪に関してはハーゴンも『勇者伝』に記録していないうえ、誰も

この出来事は後代に言い伝えていないので詳しく知る者はなかった。

とても婚約指輪にはふさわしくないデザインであるが、二人にとって

大切な誓いの証だった。当然アレンたちには告げるはずもないが。

 

 

「お前が女の子と何かあったなんてことはありえねえか。その指輪じゃあ・・・」

 

「そうね・・・でも贈り物は『形』よりも『気持ち』が大事なのよ」

 

「おっ・・・こいつは驚いた。お前が一番言いそうなのにな。『こんな安物で

 王女であるわたしの気を惹こうだなんて救いようもない愚か者ね』とかな」

 

セリアの言葉にアレンが笑いながら邪魔を入れた。セリアに求婚する男は

数多いだろうが、彼女を満足させる贈り物を差し出せる者などいるかどうか。

アレンも二人旅の終わりに痛感していた。彼女との距離がわからないと。

 

「ハハハ・・・ん・・・ちょっと靴が・・・二人とも先に行ってくれないかな」

 

アーサーがその場に立ち止まり足元を直している。セリアがアレンの隣に

やってきた。ここはロンダルキアのすぐそばなのだ。並んで歩き魔物への

警戒を注意を怠らないつもりでセリアはそうしたとアレンは考えたが、

セリアはアレンのすぐそばまで近づくと、その耳元で小声でささやいた。

 

 

「・・・わたしは嬉しかったわ、あのときのあなたの言葉が。どこにでもある

 安っぽい言葉の数々だったけれど・・・あなたの気持ちが伝わったもの」

 

「・・・な、な・・・・・・お前、起きていたのか・・・・・・」

 

「わたしはこの生涯を邪教の殲滅とムーンブルクの復興のために捧げるつもりで

 いたけれど、あなたの言うこともいいかもって思ってしまったわ。

 あなたみたいな男ならきっとお父様も快く許してくれるでしょうしね」

 

世界樹の島の夜では月の光に照らされていたセリアの顔がいまは太陽のように

赤くなっていた。それがアレンにもうつり、彼もまた真っ赤になる。

 

 

「・・・そのためにも・・・まずは生きてロンダルキアに行かなくちゃな」

 

「行くだけじゃだめよ。目的を果たして無事に帰らないと」

 

 

全く同じ瞬間に二人の緩やかな顔つきが再び戦う勇者の厳しいものに戻った。

せっかく思いが通じ合っても無様に死んでしまっては意味がない。必ず

悲願を果たし共に生還することを誓った。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一方靴を直すために屈んでいたアーサーの足元には赤い血がぼたぼたと垂れていた。

それは彼の口から流れていて、靴がどうこうと言ったのも二人を自分から遠ざけ、

この数日自分を襲っている異常を知られないようにするためだった。

 

「・・・・・・これはハーゴンの呪いではない。だとすればいったい・・・。

 ただ一つ確実に言えることは・・・・・・」

 

 

勇者ロトの末裔である三人は確かに前へ前へと進んでいた。彼らのこの旅は

まさに最高潮を迎えようとしている。その未来が明るく輝きに満ちた栄光か、

何も残らぬ死のどちらかであるかはわからないが、確実に終わりに近づいていた。

 

そして三人が共に同じ結末を見ることはない。その兆しが既にいま明らかにされていた。

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