ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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銀の雨の巻 (サマルトリア)

 

「・・・母上!母上!こちらへ・・・」

 

「まあ・・・アレン、まさかこんなに早く帰ってくるなんて。どうしたのです?」

 

ローレシアの王子、アレンの母。愛する息子の出発の際にいつでも戻ってきていいとは

言っていたが、たったの二日で再び顔を見るというのは全く想定外だった。

息子の性格と根性をよく知っているからこそ驚きで、大きな問題が起きたのではないかと

心配になり部屋から慌てて飛び出したが、アレンは無傷、元気そのものだった。

ただ、彼の後ろにはリリザの町から連れ出した女性とその幼い娘がいた。

 

「あら、その方たちは?ローレシアの住民・・・でもないようですが?」

 

「・・・し――っ・・・もう少しお静かに頼みます、母上。あれだけ偉そうなことを

 言ったくせにもう帰ってきたってばれたら父上や弟たちに何を言われるか・・・。

 実は一度旅を中断したのはこの婦人と娘さんのことで母上にお願いが・・・・・・」

 

 

アレンは事情を説明し、この城で母子を住まわせ、母親のほうには何か仕事を

与えてやってくれないかと頼み始めた。こうなったのは自分の責任だから、と。

 

(・・・こ・・・この方が・・・ローレシアの王子様だったなんて・・・あわわ)

 

「・・・?おかあさん、さっきからへんだよ?つかれたの?」

 

ローレシアで仕事を紹介するからついてきてほしい、とアレンから言われていたが、

まさか城のなかへ通され、しかもこのような展開が待っているなどとは夢にも

思っていなかった。緊張のあまり震えていたが、王妃は彼女を安心させるように言う。

 

「わかりました。ちょうど清掃をする者の人手が足りなかったのです。

 幸いなことに使われていない部屋もありますし・・・今日からさっそく

 住み込みで働いてもらうのがよいでしょう」

 

たったの数時間で話がとんとんと進み、その日のうちにローレシアの城で

暮らせることになったことをどう言葉にしてよいかもわからず、女性は

アレンに、そして王妃にただ何度も何度も頭を下げた。

 

 

後のことは母と城の者に任せたらよいだろうとアレンは出発の準備をした。

今度こそすぐには帰らぬ旅になるだろう。王妃はアレンに優しく語りかけた。

 

 

「・・・アレン、何があろうとも決して動じてはなりません。悪を憎んでも

 人を憎んではいけません。正しい道を進むことを諦めてはなりません。

 不器用なやり方だとしても、正直さを失わずに、あなたらしく生きなさい。

 あなたに言えることはそれだけ・・・いや、ほんとうはもっとあるのですが

 あまり引き留めてもよくありませんからね。さあ、行きなさい。

 ルビス様の平安があなたのうちにありますように・・・」

 

 

ローレシアを建国した勇者ブライアンとその妻がアレフガルドの地からやってきた者で

あるため、アレフガルドで崇められている『精霊ルビス』への信仰はこの国で、

またそれ以外の多くの土地で見られていた。アレンもまた精霊ルビスを重んじ、

むしろ人の倍以上だった。ルビスへの、そして勇者ロトとブライアンへの心酔は。

 

 

「・・・『勇者伝』の書の記録によれば・・・ブライアン様も最初の旅立ちの後に

 すぐにラダトームに帰ってきたんだよな。理由は全然違うけれども偉大なる

 先祖様の足あとを辿っていると思えば決して悪い始まりではない・・・よな」

 

弾む足取りで城を後にした。しかしすぐに、栄光の勇者と自分の違いを

思い知らされた。ブライアンはラダトームに戻り、呪文をいくつか覚えてから

戦いの広野に戻っていったのだ。アレンができることといえば薬草を買い込む

ことだけだ。もうリリザの町には寄れないのだから野宿は確実だ。薬草は

命綱だろう。それはいいのだが、致命的に彼が劣っていること、それは

魔法力が皆無であるということだ。どれだけ修行してもアレンには

呪文を習得するのは無理だという結論が既に出てしまっていた。

 

 

二回目の旅立ち。同じ道を通っているのに前回よりも長く感じられた。

緊張感や興奮が失われ、通常の精神状態に戻ったせいもあるだろう。

ローレシアの魔物たちは夜は比較的穏やかだがそれでも完璧に安全が

保障されていない場所で一人眠らなければいけないのだ。

 

もちろん熟睡などできるはずもなく、何があってもすぐに対処できるように

銅の剣は自らの手に握ったまま眠るのだ。これで疲れなど取れるわけがない。

しかし一日だけならまだどうにかなるが毎日徹夜を試みようとすれば

それこそどこかで命を落とすだろう。魔物との戦いの最中どころか

ただ歩いているだけで不注意によって致命傷を負うか疲労のあまり

死んでしまうことにもなりかねない。どんなに短い時間、浅い眠りで

あろうとも人間にとって睡眠は絶対に欠かせない。神や精霊に愛された

勇者であっても例外はないだろう。

 

 

「ちっ・・・こんなとき『ギラ』でも使えりゃ楽なのにな・・・」

 

大なめくじの群れがアレンの行く手を阻む。一匹か二匹であれば

脅威とはならない魔物も、こうして数を揃えて戦いを挑んでくるなら

厄介だ。無傷で全滅させるのは不可能で、受ける傷が増えていった。

手持ちの薬草の数が目に見えて減っていくのを確認し、またしても彼は、

 

「薬草だけじゃ無理だよな。『ホイミ』で身体を癒せたら・・・うっ!!」

 

ないものねだりを口にしてしまった。思いが集中できていないせいで

大なめくじたちからの反撃に遭い、どうにかもう一度気合いを入れ直して

全て撃退したが、こんなことが何回も続いてはとてもやってはいけない。

 

(フフフ・・・いくら偉大な先祖様のことを大事に思っているからって

 そのせいで先祖様のところへ行くことになっちゃ話になんねえ・・・)

 

自嘲ぎみな笑いが出た。初めて自らに魔力が全くないことを知ったとき、

ならば剣技をさらに磨くだけだと己を奮い立たせたが、いざこうして

旅に出たとき、しかもずっと一人で静かな道を歩き物思いにふける時間が

長くなると、自分がどう足掻いても勇者ロトやブライアンを超えられない、

その事実が彼を悩ませ、苛立たせた。それでもローレシアの勇猛な若き王子、

トウショウ・ボーイはこの程度で打ちのめされるほど弱くはない。

 

 

「・・・おれは目的を果たすまでは・・・決して諦めたり泣いたりするものか。

 おれが人前で情けなく泣くようなことがあれば・・・そのときはこの旅を

 やめてやる。何があろうとも絶対に・・・」

 

 

 

まだ一週間にはなっていないが、もう何日歩き続けただろうか。疲れは

これまでにないほど溜まっていた。体の汚れにも慣れてしまったせいで

水浴びも億劫になっている。以前リリザの町ではアレンがローレシアの王子

だと気がつく者はいなかったが、それは彼の格好が長旅用のもので

あったせいで、アレンのことをよく知った人間が注意深く眺めたならば

案外すぐにわかったかもしれない。しかしいまの彼ではどうだろうか。

 

見た目の悪さよりも生命に直結する問題として、ついにローレシアで

買い込んだ薬草が残り僅かになってしまった。食物や水は道中で

手に入れられる場所があるため問題はないが、上等な薬草は

そう簡単には見つからない。姿形だけ似た人体に毒となる野草もある。

 

もしアレンがこの土地を全く知らない、初めて歩いたなどという旅人であれば

薬草の残り枚数に焦りや不安を覚えただろう。しかし彼はもう幾度も

姉妹国サマルトリアを父たちと訪問したことがある。あと半日もかからない、

数時間程度でサマルトリアへ到着できるだろうという読みがあった。

 

 

「そうそう・・・こいつ!こいつが出てきたらサマルトリアが近いんだ」

 

 

アレンがこいつ、と呼んだのはコウモリのモンスター、『ドラキー』。

人間の血を吸うと言われているが、彼らの食物が他になくならない限り人間相手の

吸血などしないので、被害報告はごく稀だった。よって危険な魔物ではなく、

ドラキーがふわふわと飛んでいればサマルトリアのそばまでやってきた、

それを知るいい目印になっていた。体調が万全であれば狩りに行くところだが、

いまはその余裕はない。深追いして反撃される恐れもあったからだ。彼らの

巣の近くまで足を踏み入れてしまうと、さすがのアレンでも対処できない数で

囲まれ、そのまま物言わぬ餌とされるだろう。

 

「・・・お前らの相手は今度たっぷりしてやるからな。そのムカつくにやけた面も

 とりあえずいまのところは勘弁しておく。いまのところは、だけどな・・・」

 

 

アレンの弟、プレス・トウコウがサマルトリアの王女サマンサに無理やり手を出そうと

した事件のせいでローレシアに対する感情が悪くなっているに違いない都市へ

入るのは気が引けたが、これ以上の野宿は無理だ。何を言われようが厳しい視線を

向けられようが死ぬよりはずっとましだ。最低限の清潔さのために汚れをある程度

落とし、到着するとすぐに宿屋へ直行した。そしてベッドに飛び込むと、

数分もしないうちに眠りの世界へと落ちていった。幸せそうな寝顔だった。

 

 

翌日、綺麗さっぱりとした彼の姿があった。髪を洗い、身体の隅々まで磨き、

久々にちゃんとした食事を楽しんだ。昨日までとは別人のように活力を得て、

ローレシアの王子ローレルだと誰もがわかる状態を取り戻した。それは

同時に、サマルトリアでも有名人である自分の正体を明らかにする行為だった。

正直なところ気分が乗らないが、サマルトリアまで来たのだから国王に

顔を見せないわけにはいかないだろう。そして王子、テンポイントにも。

このような情勢であるから彼らに会いたくないわけではなく、アレンは

もともとテンポイントのことを好ましく思っていなかったのだ。

 

 

(・・・おれはどうにもあいつを好きになれねえんだよな。何回も剣術大会で

 戦っているから『永遠のライバル』だとか『TT(『トウショウボーイ』と

 『テンポイント』)対決だ』とか言われてるが毎回おれが勝っている。

 正直ライバルだなんて思っていない。それなのに同列に扱いやがる。

 しかもあいつのほうが女の子たちにチヤホヤされるしよォ~っ・・・!

 おれに寄ってくるやつらといえば・・・・・・)

 

『やったなボーイ!そしてありがとう。たっぷり儲けさせてもらったぜ!

 素人や女どもが応援半分にテンポイントに賭けやがるからお前の倍率が

 うまいことうまいこと・・・へへへ、その調子でまた頼むぜ』

 

『人気は向こうだが実力なら明らかにローレル、お前だよ。あ、いやいや・・・

 別にお前が不人気って言いたいわけじゃないからな。テンポイントが特別なんだ』

 

(・・・まるでおれがモテないみたいな言い方を・・・。おれだって百年前なら

 きっと大人気だったはずさ。今の女の好みはおかしいんだ)

 

アレンがもう一つサマルトリアの王子を気に入らない理由がある。彼が魔法力を持ち、

しかも自分と同い年ながら既に城での重要な集まりに参加し政治を動かしている、

それを耳にしていたからだ。まるで彼が頭脳派で自分が体力馬鹿のような気がして

劣等感を感じてしまっていた。もちろんアレンのほうが優れている点も数多く

あるのだが、自分に出来ないことを羨ましく思うのは仕方のないことだった。

 

 

「・・・おお、これはローレシアの・・・!ようこそサマルトリアの城へ!

 さあ、ぜひ我らの王にお会いになってください。不要かもしれませんが

 王のもとまで案内いたしますので、どうぞ私の後ろに・・・」

 

「・・・・・・あ、ああ。よろしく頼む」

 

アレンにとって意外だったのは、町の人々も城内の者たちも、緊張関係が続いている

ローレシアの王子である自分に対して物腰が柔らかく、友好的だということだ。

こちらではあまり問題になっていないのか?と多少気が楽になったところで

サマルトリアの国王、『サマル王』の前へ通された。年に数度も顔を合わせる

間柄だ。くだけた感じにはならないが、互いに慣れているので空気は軽かった。

 

 

「これはローレル王子!よくぞ参られた!そなたもやはり旅立っていたのか!」

 

「そなた『も』・・・というのは?そういえば王子は今日は・・・」

 

「うむ、すでに旅立ち、今ごろは勇者の泉で身を清めているはずだろう。

 そなたも勇者ロト、それにブライアンの血をひく者であれば泉に

 向かうべきだと思う。その途中で我が息子と出会ったならばそなたの

 仲間にしてやってほしいのだ。ムーンブルクの様子を確かめるための旅、

 一人よりは二人のほうがずっと安全で理にかなっておる。我が愛する長子

 テンポイント・・・またの名を『アーサー』という自慢の息子だ。助けになる」

 

アレンのなかでテンポイントは自ら動くような人間だとは思わなかったので、

誰かに言われたか、もしくは何らかの純粋ではない考えゆえに城を出たのでは

ないかと疑っていた。しかし勇者の泉には行きたいともともと願っていたので

王子は別として、自分もこれからその地へ向かうことに決めた。

 

「ありがとうございます。ではそのように・・・・・・」

 

片膝をつき深々と一礼し、立ち上がってからもう一度頭を下げて退室しようとした。

するとサマル王は彼を引き留め、これまでとは変わった口調で尋ね始めた。

 

 

「・・・ところで・・・例の事件だが・・・ローレシアではどうなっている?」

 

例の事件、間違いなくアレンの弟による暴行未遂の件だ。アレンはまた頭を

深く下げることになってしまった。しかし続く王の言葉は彼の耳を疑わせ、

思わず顔を上げてしまうものだった。

 

「何十万ゴールドくらい・・・かな?今回のことを終わらせるために

 我らが謝罪のために支払うべき額は。王や大臣は何と言っておる?」

 

「・・・はい?こちら・・・ではなくて、サマルトリアが・・・?」

 

「もちろんだ。そなたの弟君プレス・トウコウには酷い怪我と心の傷を

 負わせてしまった。悪いのは全てサマンサと弟君に対して襲いかかった  

 者なのだ。しかしその犯人はもはや見つかりそうもない。だから

 せめてもの謝罪の意を示したい。ローレシアの国王はどのようにお考えか・・・」

 

話す内容はともかく、国王の表情にアレンは何とも言えない不快さと苛立ちを感じた。

アレンは自分の弟だからといって肩入れしない正義感に満ちた男だ。どう考えても

プレス・トウコウが犯した事件なのにどうしてサマルトリアが謝るというのか。

 

「い、いや・・・ちょっと待て・・・いえ、お待ちください。確かに

 そのようなことをのたまう者もローレシアの中にはいます。ですが」

 

「いや、もはやどちらが悪いという議論は続けても無駄なのだ。あまり長引くと

 互いに対する反感が強まり・・・思わぬところから傷口は広がり最終的に戦争に

 なりかねないのだ。些細なことが始まりなのに、歴史のなかではよくある話だ。

 戦争になってしまえば武力において勝るローレシアの前に我らは何もできまい。

 そうなる前に終わりにしたいのだ。我々の誠意をどうか受け取っていただきたい」

 

 

アレンは何も返答しなかったが、はらわたは煮えくり返り、怒りを募らせていた。

王の言っていることは正しい。どちらかが折れるとすれば力のないサマルトリアが

そうするしかない。アレンに対して人々の反応が柔らかかったのもそのためだった。

一国の王子としてそれはわかっている。でも一人の男として、やはり白黒を

はっきりとつけたかった。自分の弟にサマル王、何よりサマンサに謝らせたかった。

なのにその王が、処女である自分の娘が襲われそうになったというのに、

『些細なこと』として片付けようとしていることに憤慨した。

 

国王はアレンの心のなかを全てわかっていた。教え諭すように続けていった。

 

 

「ローレル・・・いや、アレン王子。そなたが義憤を覚えるのは若き男として

 間違ってはいない。だがローレシアの王子、しかも将来は王となる者で

 あるのなら・・・そなたの考えは正しくない」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「問題の解決を曖昧にしたまま金で終わらせようとするのは正義ではない、と

 思っているだろう。しかしわしはそうは考えない。金で解決できることならば

 大金であろうと喜んで使えばよいではないか。多くの血が流れるよりは」

 

アレンはやはり何も言い返せなかった。怒りを堪えるために唇をかみしめていた

先程とは違い、いまは王の国家を治める者としての正論に黙っているしかできない。

 

「戦いとなり人々の血が流されてしまったら・・・もう金ではどうしようもないのだ。

 ローレシアは屈強な軍隊により国を守っているが我らはそうではない。何かあれば

 そなたらに助けを求めなければならない。まして戦うなどできはしない。

 ならばわしとしても今回の件で数十万ゴールドという金で国を、愛する人々を

 守ろうとするのも当然のことではないか。いまはアーサーが出ているため

 我らの間でも結論は先送りになっているが、アーサーが無事に戻り、

 ローレシアの意向を確認したらすぐに決定が下せるだろう」

 

 

アレンは顔を沈めたまま改めて礼をすると、今度こそ王に背を向けて王の間を出た。

自分ではなく相手の言葉が正しいのはわかっている。なのに何かが収まらない。

彼は勇者の泉に向かう前にサマンサ王女に会うことにした。せめて自分が

愚かなことをした弟、それにローレシアとサマルトリアの全ての者に代わって

誠実に謝りたかったからだ。サマンサの部屋に通されると、彼女は本を読んでいた。

もう十四歳になるのに、幼児に読み聞かせるような、文よりも絵が多いものを。

 

 

「・・・こんにちは、王女。久しぶりです・・・・・・おれのこと、覚えてる?」

 

サマンサがぽけーっとしている様子だったので、思い切って聞いてみた。するとやはり、

 

「えーと・・・・・・だれだったっけ。ごめんね、思いだせないや」

 

「あはは・・・だと思ったよ。おれはローレシアの王子、アレンさ。

 今日王女に会いに来たのはこの間の・・・・・・」

 

アレンはプレス・トウコウの件に関して謝罪するつもりだったのだが、どうやら

サマンサはそのこともピンときていないようだ。もう忘れてしまったのか。

彼女が脳の病気だと言われている話はアレンも知っている。そのために

サマルトリアの国内でも蔑まれていて、王女という立場でなければとっくに

追い出されているだろうということも。少しだけ話を続けているうちにアレンは

わかった。きっと彼女は強姦されそうになったことすら気がついていないのだろう。

それは幸せでもあり、また哀しくもある。アレンは冗談半分、本気半分にこう言ってみた。

 

 

「・・・王女、きみが大きくなったらローレシアに来ないか。そしておれと結婚しない?」

 

 

サマンサはやはり間を開けてから、無邪気な笑顔でローレルに返答した。

 

「結婚?う~ん、だめだね。だってわたしはおにいちゃんと結婚するんだもん。

 おにいちゃんはとても強くてやさしいから大好きなんだ~」

 

「・・・・・・・・・そうか、それは残念だ・・・・・・」

 

「あと二、三ねんしたらおにいちゃんのおよめさんになって・・・えーとね、

 それからおにいちゃんの子どもをいっぱいうむんだ。楽しみだなぁ~・・・」

 

 

幸せそうな顔になった彼女はもうアレンと話をする感じではない。アレンはここで

部屋を出た。兄妹で結婚などできない、子どもの作り方も知らない・・・それだけでも

彼女のことを思うと悲しくなってきたが、もっとアレンの心を締めつけたのは、

彼女が愛する兄もおそらくは、彼女を『売った』人間の一人であるだろうということだ。

 

サマルトリアの王子は自分とは違って利口だと聞いている。正義感や怒りに

身を任せて国王である父や重臣たちに逆らい、対立するなどというのはありえない。

好戦的でない彼のことだ、真っ先に金による解決を王に進言した可能性も高い。

サマンサはそれを知ることもなく、兄への報われない愛を抱き続けているのだ。

 

 

この日はもう遅くなってしまったので明日の朝にサマルトリアを出て勇者の泉へ

向かうことにしたアレンは、昨日と同じ部屋に泊まっていた。ただ何となく

窓の外を見ていると、少しずつ雨粒が肉眼でも確認できるようになり、やがて

大雨とまではいかないがなかなかの雨になった。これでは翌日まで

降り続けるかもしれない。なのにアレンはそれを歓迎しているかのようだった。

 

(・・・いいぜ、もっと降りやがれ。おれのかわりに泣いてくれ。

 おれは何があっても涙を流さないって決めたからな。どんどんやってくれ)

 

窓の外には銀の雨が降り続け、一晩じゅう雨音がするなかで彼は眠った。

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