銀世界のロンダルキアに突如現れたほこらのような建物。ハーゴンのしもべである
二人に連れられて中へ入ると、そこは宿付きの教会と似た造りになっていた。
中には神父とシスターが一人ずついて、アレンたちを出迎えた。
「よくぞ来た、伝説の勇者ロトの子孫たち!来るのを待っていたぞ!」
「さあどうぞ、お座りください。いま温かいスープを用意しますから」
二人とも頭を覆う帽子を目が隠れるほど深々とかぶっていたため、その顔を
よく見ることができなかった。だが、アレンとアーサーはその声だけで
すぐに何かを思い出し、急に飛び上がったと思うとアレンはシスターの、
アレンは神父の覆いを取り除き、その素顔を露わにさせた。
「・・・ちょ、ちょっと!急に何をしているのよ!今さら奇行が珍しくもない
アレンはとにかくアーサー、あなたまで・・・」
「ひどい言われ方だな。そうか、お前は知らなかったな。おれはこの
シスターをよーく覚えている。こんな美人はなかなか忘れられないからな」
「なんだ、アレン・・・きみもか!ぼくも神父の格好をしてはいるがほんとうは
全く逆の存在である彼女のことはいまだに引っかかっていたんだ!」
アレンはシスターのことを知っているが神父に関してはセリアと同様誰なのか
知らない。アーサーは神父の正体を自分が会ったことのある者だとわかったが、
シスターのほうは顔を見たところで全くぴんと来なかった。だが、この二人は
いずれも同じ場所でそれぞれアレンとアーサーに接触した者だった。
ばれてしまっては仕方ない、とその二人は言葉や態度を繕うことをやめた。
「久しぶりだな、サマルトリアのアーサー。私を覚えていたか。ラダトーム以来だ」
そう語りかけてくるのは神父のふりをしていた、スライムのモンスター人間、
名前は『キンツェム』。ラダトーム城では兵士に変装し、城内を見て回るアーサーと
しばらく共にいた。そしてもう一人、ラダトーム王族の奴隷女たちに紛れ込み
もう少しでアレンと寝ることになりかねなかった美しい、プリティーな『ポリー』。
黙っていれば男にも見えるキンツェムとは違い、スライムベスのモンスター人間である
彼女は全てにおいてとても女性らしく、世界でもこれほどの美しい女はいなかった。
「・・・しかし驚いた。まさかあんたがハーゴンの使いだったとは・・・」
「ああ、アレンは彼女たちがモンスター人間だということを知らないのか。ぼくは
いまキンツェムと名乗ったこの人がそうであるというのは聞いていたんだ。
ハーゴンによって遣わされていた、というところまでは聞いていなかったけど。
そうか、ラダトームを完全に滅ぼしつくしたのはきみたちか」
アレンたちがこの二人と出会い、その後すぐにラダトーム城から逃亡しなければ
ならなくなったのだが、まだ日付が変わらないうちに、つまりその日の夜に
城は『神の子の使い』を名乗る者によって滅ぼされた。たった二人の、
青と赤の髪の女がそうしたと聞き、アーサーは青髪のキンツェムの犯行であると
確信していた。それでいまもう一人の姿も見ることで完璧に確実なものとなった。
「ふふ・・・青い髪と赤い髪の女か。だったらそこのフレイムとブリザードの
仕業かもしれないぞ?それにもし私たちがやったとしたら・・・どうする?
ラダトームの腐りきった王族どものための復讐をするというのか?」
彼女たちに全く動じた素振りはない。ここで一人取り残されていたセリアが
話の輪に入ってきて、こう言った。
「まさか。わたしはラダトームの王子の一人に危うく強姦されそうになったくらい
だったのだから。あいつらを殺したことに関してはむしろ讃えてあげたいものね」
「それは大変でしたね。大勢の若い女性たちが食い物にされているというのは
私たちも知っていました。だから王たちのそばめとして侵入するのが
容易かったというのは皮肉な話ですが・・・あなたが無事でよかったです」
もともと魔物はもちろんのこと、邪教に身を捧げた人間や獣のようにふるまう
愚かな人間をセリアはアーサー以上に殺すことに躊躇いがない。そのような
人間など彼女にとって魔物と何ら変わらないのだ。まして自分やアレンたちに
国として危害を加えようとした者たちなど死んで当然だと考えていた。
「そう、あれはハーゴン様による正しい裁きだった。あのお方のすることに
間違いなど何一つない。お前たちにもそれを理解してもらえれば・・・」
だが、この言葉がよくなかった。セリアは急に机を力強く叩きつけると、
その顔は憤怒に満ち、怒りの炎はフレイムであるホーリックスの熱気を
遥かに凌ぐものとなった。誰もがその気迫に圧倒され、立ちすくんだ。
「間違いがない・・・?一つあるわ。わたしの故郷ムーンブルク!
ラダトームとは違い何一つ滅ぼされるようなことをしていないのに
ハーゴンは残酷にも壊滅を与えた!わたしはやつを殺すために
わざわざここまでやってきた!邪教の総帥を滅ぼすために!」
「ま・・・待て、落ち着けって。あんたは確かに気の毒だった。だがそれは
あんたたちもうわさで聞いているだろう。邪悪な神々・・・厳密には
神を名乗っている力ある魔物だ。やつらは・・・」
ホーリックスに続き、キンツェムたちも説明を加えた。その内容はすでに
アーサーがハーゴンから直接聞いたものと同じだった。もとはハーゴンに
忠実だった三匹の魔物が、自分たちこそ世を支配する神にふさわしいという
野心のもとにハーゴンを裏切り、いまはハーゴンの名を隠れ蓑にして世に
混乱と破壊をもたらしている。ムーンブルク襲撃もそのうちの一つだった。
「だからお前たちが倒すべきはハーゴン様ではなく三匹の悪霊の神々とその配下!
それをわかってもらうために我々はここでお前たちを待っていた」
しかし、四人のハーゴンのしもべが時間をかけて何を述べてもセリアはそれに応じず、
「いいえ、あなたたちが何を言おうとハーゴンは殺すか生け捕りにして裁判によって
処刑する。結局のところそんな魔物どもの反逆を許し今日に至るまで一向に
事態が悪化しているのはハーゴンに全ての責任があるわ!あなたたちが
それを阻止しようというのならいまここで地獄へ送る!」
「ほーう・・・面白ぇ!こっちもハーゴン様を守るためならお前らなんか・・・」
沸点の低いホーリックスとの間ですぐにも戦いが始まりそうだった。だが、
「待て!私たちは戦わない。いまここで潰し合いが始まり、互いに死人もしくは
戦闘不能となる者が出た場合、喜ぶのはあの神々どもだ!どうして無益な
戦いによってやつらの思い通りのことが起きてよいだろうか!」
ハーゴンのしもべ四人のなかでも一番の力を持つと思われるキンツェムが
それを制し、熱くなっていた二人を遠ざける。セリアのことはそばにいた
アーサーに任せ、自身はホーリックスをはじめとした仲間たちを集めた。
「・・・ちっ!どうして邪魔を・・・キンツェムさん、勝てる相手だぜ!?」
「勝つ負けるは問題ではない。ハーゴン様があの三人には手出しするなと
命じていることを忘れたか。ここは健やかに送り出してやるんだ」
「・・・・・・アーサー一人だけでいいのでは?」
「違うわ、トリプティク。あの三人でなければ決して悪霊の神々に勝てないわ」
ポリーの言葉に皆が大事な真理を思い出した。このときだけではない、歴史が
証明している変わらぬ真理を。『魔王』と呼ばれる存在がこの世に君臨するとき、
それを打ち倒すのは必ず人間、それも選ばれし力を持つ勇者とされた者だ。
「あのゾーマでさえ彼の前にいた『邪神』がいなくなってから本格的に
立ち上がった。竜王はゾーマ亡き後アレフガルドに降り立った。そして
ハーゴン様が本格的に活動を始めたのも竜王が倒れた後だっただろう」
「ああ・・・そうか、あんたたちはそんなときから生きていたっけか。
俺やトリプティクが人間として生まれたのは竜王の死んだあとだぜ?
いまのあの三匹は魔王も同然。ならあいつらに殺してもらおうってことか」
「それにもし彼らがハーゴン様を討とうとしてもそれまでに十分猶予はある。
いざとなればその直前で割って入ることだってできるではないか。
冷静になれ。そのときアーサー以外の二人を打ち殺せばよいだけだ」
一方、アーサーもまた、この場で四人を倒そうとするセリアをなだめていた。
「セリア、気持ちはわかるがいまは無駄に危険に身を晒すのはよくない。
向こうがやるつもりがないというのならこちらも何もせずに去るべきだ」
「でもアーサー!今は何もしなくてもいずれあいつらはわたしたちの・・・」
「だったらそのとき戦ってやればいいさ。世界の平和を妨げるつもりならね」
やはりアーサーも、必要ならば戦うにふさわしい時が必ず来ると説得し、
最終的にセリアも渋々それに応じた。アレンはどこか戦いを回避することに
重きを置きすぎているアーサーに違和感を覚えながらもいつものことかと
深く考えず、二人の分まで荷物をまとめてここから出ていこうとした。
「あの・・・待ってください。せっかくスープができたのに・・・」
するとポリーが彼を呼び止めた。アーサーは美しさと可愛らしさを両方
備え持つ彼女の声に惹かれ、もう少しのんびりしていこうとも考えたが、
やはり彼にとってもはやセリアを凌ぐ女性は現れそうにもなかった。
「いや、そういうわけにもいかねぇよ。セリアの感情も考えたらな。
あいつにとってはあんたらもかたきの一部なんだ。そいつが作った
スープは飲めないな。おれ個人としてはもっとお話ししたかったがな・・・」
「そうですか。それは残念・・・ですがあれをご覧ください」
ポリーが指さした先には旅の扉があった。アレンたちが旅のあいだ何度も
飛び込んだものと変わらないようだった。
「もしどうしても下界に戻らなければいけないときはどうぞお使いください」
「・・・そんなことは万が一にも起こりはしないが感謝する。やはりあんたらは
おれたちの真の敵ではないような・・・いや、その予感が当たることを
願っているぜ」
アレンたちはほこらを出ていった。それを見届けると、ポリーは作ったスープのうちの
一杯を地面に飲ませてしまった。それはアレンに出そうとしていたものだった。
「・・・む、もったいない。あいつらが飲まなくたって私たちが・・・」
「ふふ・・・足りないぶんはいまから作り直すから。中に入りましょう」
ポリーは最後まで誰にも言わなかったが、アレンに用意したスープのみ猛毒を
仕込んでいた。即効性で、キアリーも毒消し草も間に合わず死に至るものだ。
(・・・うふふ、あのアレンにはもうかわいい恋人がいるのに私たち相手に
鼻を伸ばすところがあったらこれを飲ませようと思っていたけれど・・・。
私だってキンツェムがほかの人相手にデレデレしていたら嫌だもの)
実のところ、ポリーの優先順位の一番はほかの三人と違ってハーゴンではなく、
スライムベスとして生まれたときから共にいるキンツェムだった。もしこの先
アレンたちと戦うときが来たら、彼女はハーゴンではなくキンツェムのために
戦うだろう。だからいざというときハーゴンの命令に逆らうとすればいちばん
可能性が高いのはホーリックスではなくこのポリーだろう。
「スープはもういいとして・・・あれ、トリプティクはどこに行った?」
「あいつですか。あいつならちょっとね。あのアーサーを気に入ったようで」
「それは珍しいことだ。感情のない彼女が他者に関心や興味を示すとは・・・」
トリプティクは去っていったアレンたちの後を追い、やがて追いついた。
今さら何の用かと怪しんだが、ほこらに入る前のやり取りから、彼女が
アーサーに好意を抱いているとわかっていたアレンとセリアはにやにやしながら、
「・・・アーサー、おれたちは先に行く。そんなに遠くまではいかないから」
「わたしたちのことは気にしなくていいからちょっとお話していなさい」
気を利かせてアーサーとトリプティクが二人きりでいられるようにした。
残されたアーサーは苦笑いしていたが、トリプティクは彼のもとに近づいてきた。
「えーと・・・まだぼくに何か・・・?」
「・・・さっき私はあなたといると穏やかになると言った。その理由がわかった」
アーサーは彼女の続く言葉にどう返答すべきか迷っていたが、トリプティクは
彼の予想していたものとは全く違うことを語り始めた。
「私たちブリザードは死の匂いにとても敏感。これから殺すことになる者、
逆に自分に死の危機をもたらしかねない者、もうすぐ死ぬ者・・・。
そして私はそういう魂に穏やかさを得られる。つまりあなたは・・・」
「・・・もうすぐ死ぬ・・・ってことか。心当たりはあるよ。ま、その前に
ロンダルキアの魔物の猛攻の前に倒されるかもしれないけどね」
自分を襲う謎の病は確実に死という結果に近づいてきている。それは本人が
いちばんわかっていた。残された時間が限りなく少なくなっている予感があった。
それを死と友達といっても差し支えないブリザードのトリプティクから念を
押されてしまった。避けられない運命なのだろうと覚悟した。
「でもあなたは私のように誰かを恨んだり絶望して死んでいったりはしないはず。
よって人としての命を終えてもブリザードにはならない・・・残念」
「ははは・・・闘争心に優れているわけでもないからフレイムにもなれないかな」
「でももし強い心残りを持っていたなら・・・スカルナイトや腐った死体として
蘇る機会はある。そうなったなら私のもとに来て。どうにかするから」
心残りなら全くないまま死ぬというのは無理だろう。国に残してきた妹サマンサも、
平和な世での船旅も、アレンやセリアの行く末を見守るということも、どうせ
自分は死んでしまうのだからどうでもいいや、というほどアーサーは無責任な
男ではなかった。しかし魔物として復活するのは勇者ロトの力ある子孫として
決してあってはならないことだ。強い意志でそれだけは阻止するだろう。
だが、自らを気遣うトリプティクの手前、一応話には乗った。
「・・・しかしぼくが動く骸骨や死体になったとしてきみは見分けられるのか?」
「・・・・・・だからこれを持っていてほしい」
トリプティクが取り出し、彼に手渡したのは小さな青い花だった。この凍土にも
ごく一部、花が咲く地があるということだった。そこで摘んだ貴重な花を彼に
渡すと、突然の吹雪が視界を遮り、落ち着いた時にはもう彼女はいなかった。
「・・・・・・トリプティク・・・・・・」
その花をアーサーは髪に絡ませた。サマンサが知ったら怒るかもな、と
思いながらも記念にそうしたくなったのだ。