セリアとバズズの戦闘前の睨み合いが続く。バズズは余裕を持って構え、
自分のほうが優位であることをセリアにも示したいようだ。
「ははは、アタイとあんた・・・互いに選ばれし三人のうちの紅一点がこうして
対決することになるとはね。面白い戦いになりそうじゃないの」
「醜い獣のくせに紅一点も何もないわ。身の程を知りなさい。人の言葉が
使えるからって人間と同等などとは思わないことね、汚らわしい魔物が」
セリアは復讐のために過酷な旅を続け、またそれに耐えることができたのだ。
その親玉の一角が目の前にいるのだ。すぐにでも打ち殺して思いを晴らしたい
はずだが、まだ攻撃の態勢に入っていない。落ち着きを失ってはいない。
「アタイのこの外見が気に入らない・・・ならこうしてみるかい?」
バズズは耳慣れない呪文を唱えると人間の若い女の姿に自らを変身させた。
その外見はアレンの幻に現れたミリエラと名乗る女と全く同じであったが、
セリアはもちろんバズズもそのことは知らない。
「・・・外面だけ繕ったところで結局畜生は畜生。自分たちのことを神だとか
言っているようだけどわたしと対等に話せるなんて勘違いをされたら困る。
別に殺してやることに変わりはないのだから戦いやすい姿になりなさい」
「・・・・・・アタイはどっちでもいいけど・・・じゃあそうさせてもら・・・」
セリアの厳しい言葉に僅かに面食らいながらバズズは変身を解こうとした。
そのわずかな隙だった。セリアはすでに用意を終えていた。
「のろまめっ!!イオナズン――――っ!!」
「な・・・・・・!!」
気の緩みを見逃さず、イオナズンでの奇襲が決まった。実はバズズは攻撃呪文に
耐性があり、ノーダメージで凌げることもあった。しかし予想外のタイミングでの
攻撃に準備ができておらず、まともにくらってしまった。
「うう・・・!結構効くわね・・・だけどこの程度でアタイを倒せると・・・」
「心配はいらないわ!まだ始まったばかりよ――――っ!」
バズズが立て直す前にセリアは追撃する。杖での攻撃でバズズの顔面、それも
目のあたりを狙って執拗に何度も叩きつける。バズズは顔を抑えて悶絶した。
「よそ見していると痛い目に遭うわ!こんな風にね!」
「・・・・・・がっ!」
バズズの無防備な右足にナイフを深々と突き刺した。流れるような攻撃だった。
「ぐはっ・・・・・・あの勇者ロトの子孫のくせに不意討ちだなんて・・・卑劣ね!」
「卑劣・・・?生死を賭けた戦いで何を甘いことを。確かにわたしは偉大なる
勇者ロトの末裔、その意志とルビス様の祝福を受け継いで戦っている以上は
ただ勝つだけではなく誇り高い勝ち方をしなければいけないのでしょうね」
「・・・・・・・・・」
「けれども!あの日以来わたしを支配するのは憎しみ!忌むべき魔物を世から
根絶することを願って戦いの毎日を過ごしてきた。それこそわたしたちに
気がついていない魔物を背後から襲撃することもあれば親子を無慈悲にも
引き裂いて殺してやったことももう数えきれないほどに―――っ!」
セリアに迷いはない。魔物たちの親玉バズズを打ち倒すことさえできれば
その過程を選ぶつもりなどないようだ。このまま攻め続けて何もさせずに
バズズを完封しようと猛攻を仕掛けた。しかしこの世代の魔物たちの
頂点であり、神を自称する者は甘くなかった。
「・・・ちっ・・・!」
「あんたこそアタイと対等だと思っちゃ困る。アタイたち三人はあんたらの
信仰するルビスなんかよりもずっと上、神なんだから。生半可な力で
自分のことを神だっていうほどアタイたちはバカじゃないんだよ!」
バズズの魔力がみるみるうちに溜まっていき、早くも発動しようとしている。
それが自身の最高の武器であるイオナズンであると知り、セリアも対抗し、
「思い知れ――――っ!!イオナズン!」 「ならばこちらも―――っ!」
大爆発がぶつかり合い、相殺された。中央でそれが起きたので、二人とも無傷だった。
「・・・やはり簡単にはいかない・・・さすがは人間たちの最後の希望だけある」
「褒めても何も出ないわ。わたしの憤怒の炎はいずれあなたたちを燃やし尽くして
灰にすることは決定している。野心だけが原動力のあなたたちとは・・・」
「・・・・・・はははは、あはははは!なるほど!憤怒ね・・・・・・」
セリアは怒りこそが自分の強さの秘訣だと言う。それを聞いたバズズはなんと
笑い始めた。嘲笑うようではなかったが、セリアにとって不愉快であるのは
変わらなかった。
「何かおかしいかしら。脳みその小さい獣には理解できない世界だったりして?」
「いや・・・馬鹿にしているわけじゃないのよ。アタイとあんたはやっぱり
似ていると感じた。このアタイも原動力は復讐の心。あんたたち人間なら
どんな手を使って殺そうが構いやしない、そう思っているのだから」
バズズの言葉にセリアの動きが止まった。いま攻めるのは得策ではないと
感じたからだ。相手の話が続くなら語らせるに任せて油断を突ける瞬間を
見つけることに神経を集中させることにした。
「アタイもまたあんたと同じさ。親兄弟みんな人間どもに殺されている。
あんたたちの聖地とも言えるラダトームの軍勢に!それを生き延びた仲間も
まさにあんたの国、ムーンブルクの攻撃に遭ってほとんど死んじまった」
ムーンブルクは魔物たちの排除に積極的な国だった。それと同時に実験用、また
家畜のような使い方をするためにマンドリルをはじめとした周辺の魔物を
捕獲していた時期もあった。セリアも幼いころそれを見ていたので知っている。
「ふん・・・それで神になって復讐を果たそうと?」
「はじめはハーゴン・・・神の子のもとでその時を待った。でもハーゴンは
アタイたちの期待していた救い主じゃあなかった。あんたたち人間との
共生とか、互いに協力しあうとか言い出した。だからアタイたち三人は
ハーゴンを見限って裏切り、神になろうと誓ったのさ!」
衰退していく魔族の救世主として希望を置いたハーゴンが自分たちの望み通りの
人物でなかったことで三匹の魔物は悪霊の神々となったのだ。
「・・・ハーゴン・・・そういえばここまでくる途中のほこらであいつの手下どもに
会ったわ。倒すべきは邪悪の神々三人だとか言っていた・・・まあどの道
あんたたちを皆殺しにした後ハーゴンも殺すか生け捕りにするのは決めているけれど」
「神と話しているというのに不敬なのねぇ。ならもうこれ以上論じ合っても無駄、
そうなるか。アタイとあんた、勝ったほうが正しかったということになる!」
報復の連鎖が続く以上、最終的に相手を殲滅させた側が正義として後の世に
語り継がれるのは昔からの常だった。バズズは尖ったツメを光らせセリアを
襲ったが、セリアはギリギリまで引きつけてからひらりと身をかわした。
「なかなかの身のこなしね・・・ならこれはどうだい!?」
「・・・こんなもの!所詮は獣の攻撃―――っ!イオナズ――――ン!」
鋭い牙で噛みつき攻撃だ。しかしこれもうまくかわし、イオナズンを至近距離から
叩きこんだ。実はセリアはみかわしの服を着ることでバズズの直接的な攻撃を
回避するための仕込みを事前に済ませていた。どんな強力な攻撃も当たらなければ
何ということはない。逆襲の一撃を命中させて勝利は確実と思われたが、
「・・・・・・」
「・・・!無傷・・・!」
イオナズンが効かなかったところかこれまでの傷も癒えてしまっていた。
「ベホマ・・・まさかアタイに使えないとでも?」
「ちっ・・・薄汚い獣のくせして芸達者なのね・・・・・・」
「そろそろ認めたほうがいいんじゃない?アタイが汚らわしい獣なんかじゃなくて
あんたがひれ伏して仕えるべき偉大な神だということをね・・・あんたはアタイに
絶対勝てない。体力の差はもちろん、それ以上に大きな違いを見つけた」
バズズはにやりと笑うとセリアを指さす。そして大きな声で指摘する。
「それは決意と覚悟の差!アタイはあんたたち人間を完全なるまでに屈服させ
支配してやるという揺らがぬ信念がある!でもあんたは心から完全に自分が
どうしたいか・・・いまだ定まっていない!そこに決定的な違いを見つけた!」
「苦し紛れの出まかせはやめなさい。わたしにはあの日から変わらぬ誓いがあるわ。
あなたたちをこの地上から根絶やしにして美しい世にする・・・その芯は全く
揺らぐことはない。獣なんかとは違う崇高な使命を持つわたしに何を言うのやら」
「いいや、あんたは復讐に燃える前・・・確かに正反対の人間だった。アタイたちは
神だということを忘れてしまっちゃ困るわ。あんた自身が一番よく知っているはず」
セリアはここで初めてバズズがただの魔物ではないことに気づかされた。彼女の
言う通りだった。あの惨劇までは害のない魔物と共に踊ったり遊んだりしていたのだ。
普段は父の行うことに何も口出しはしないが、これといった被害も出ていないのに
魔物たちの住処を襲撃する計画や、マンドリルの大量捕獲については堂々と反論し、
いまのセリアとは真逆の思考と精神だった。
「・・・そんな甘いことを言っていたときもあった。でも結果的にお父様たちが
正しかったことを思い知ったわ。もはやあのときのわたしはいない―――っ!」
「・・・・・・いいや、あんたはわかっている。もしあの無意味な侵略がなければ
ムーンブルクは滅びることはなかったのではないかってね。そして人の芯というのは
そう簡単には変われない。あれだけ過激派の多かった国のなかで人と魔物の
平和の道を探った『グリーングラスの乙女』・・・。今のあんたの徹底的なやり方は
自分自身をも騙そうとしているに過ぎない。どうにかして心に残る情愛を
打ち消そうと躍起になっているだけのことなのよ」
バズズは糾弾する。セリアのこれまでの旅での大々的な殺戮は心の底からの
ものではないと。ムーンブルクの滅びへの復讐心は確かに正しいものだが、
全く自分たちに落ち度がなく、それが遠い土地の無関係な魔物たちをも
打ち倒す理由にはなっていないことをセリアはわかっているのだが、
怒りや憎しみという感情で無理やりごまかそうとしているということを。
「アタイがその迷いを消してあげる。ねぇ、どうかしら?あんたは実力もあるし、
アタイたちの仲間になりなさいよ。あんたの祖先たちができなかったことを
あんたがやるの!」
「・・・・・・・・・は?」
「あんたの偉大な先祖ラダトームのブライアンは竜王と、ついでにその娘とも
手を結ぶチャンスはあった。なのにそれを蹴ったせいでみんな不幸になった。
そうね、あんたが仲間になってくれたらアタイたちもこれ以上の侵攻はやめる。
ベリアルとアトラス・・・二人もきっと賛成してくれるだろうから」
ずっと自らを奮い立たせてナイフを握り呪文を放ち続けてきた。バズズはどうやら
精神攻撃が得意な魔物であるようだ。その決意を挫けさせそうな言葉を続けるのだ。
「アタイたち真の神の側とハーゴンの側に分裂したときにこっちにはオスの魔物
ばかりが残っちゃってさ、話も通じない野蛮なやつらが多いのさ。あんたのような
話のわかる女が来てくれたらアタイもうれしいってわけ。どう?あんたの仲間たちの
命も保証する。仮にそいつらがアタイたちの敵だとしても・・・だ!」
バズズの誘いをずっと黙ったまま聞いていたセリアだったが、しばらくしてから
くすくす、と笑い始めた。しかしそれは作り笑いであり、自然のものではなかった。
「・・・・・・そんな罠に引っかかるとでも?やっぱりあなたたちは神なんかじゃない、
そのへんの魔物が調子に乗っているに過ぎないだけ。わたしを甘く見すぎているわ。
あなたたちと手を組むだなんて・・・冗談にしても頭が悪すぎだわ」
「ん?アタイは本気だけど。いま言ったでしょ、アタイはただ殺しや略奪を楽しむ
連中とは違うって。そういうのはどうにも好きになれないのよね。あんただって
二年か・・・もっとだっけ?それだけやっても命を、未来を奪うことに慣れた?
あんたは慣れるなんて無理。もうそろそろ楽になるといいじゃない」
「・・・しつこいわね!はっきりさせてあげるわ、これがわたしの答え―――――っ!」
セリアはまたしてもイオナズンを放った。しかしバズズはその軌道から身をかわした。
「呪文に乱れが見えるわ。アタイの言葉は図星だったんじゃない?」
「くっ・・・それ以上喋れなくして・・・・・・」
バズズの首目がけてナイフを投げた。ところがバズズは口を大きく開けると、
なんと歯で受け止めてみせた。そのままナイフをつばと共に吐き出すと、
足で蹴飛ばして遠くへとやってしまった。セリアの攻撃が通らなくなっていた。
「・・・・・・なかなかやるわね。でも・・・これくらいがいいのかもしれないわ。
せっかくの悲願・・・あっさり決めちゃったら拍子抜けだもの。最後には
わたしたち人間が勝つのは昔からの決まり事なのだから少しくらいはあなたたちにも
夢を見させてあげるのも面白いかもしれないわ」
「・・・そう。どうしても意地を張るつもり?ならもういい、わかったわ。
アタイはあんたを倒す。神の子はあんたたちともうまくやれると言っていた。
裏切ったとはいえアタイもその可能性はちょっぴりは信じていた・・・でも
それは叶わない夢だと知った今、現実に生きる!あんたを殺すという現実に!」
バズズの動きがこれまでより速くなった。どうやらこれが彼女の全力のようだ。
みかわしの服の魔力でセリアもどうにか深手を負わずにいたが、だんだんと細かい傷が
目立つようになり、鮮血が飛ぶ。顔をしかめ、痛みも感じるようになってきた。
「くっ・・・・・・逃げ道が!」
「いつまでも追いかけっこはつまらないからね、こうさせてもらった!」
バズズのベギラマにより炎が発生し、セリアの動き回れる範囲が減少していた。
セリアはマヌーサを唱えたがバズズには効かず、仕方なくベホマで傷を癒した。
体力と傷は全快したが、残っている魔力はバズズのほうが圧倒的に上だった。
肉弾戦ではまず勝ち目がないのに呪文勝負となっても分が悪いとなると、セリアは
追い詰められた形になったのだ。起死回生のためにイオナズンを唱えてもそれなりの
確率で無効化されてしまうおそれがあるため、なかなかそれもできなかった。
どうしたらいいか考えているうちにバズズが距離を詰めて迫ってきていた。
「これでわかったかしら。無慈悲な復讐者を装って、それにロトの勇者として
殺しを正当化しようと自分と他人に認めさせようとしてもこれが限界!
その身体と心をいたずらに傷つけ続けているだけのこと――――っ!」
「・・・・・・あぐっ・・・!!」
バズズの吐き出した火炎、セリアは直撃こそ免れたが一瞬視力を奪われ立ち眩んだ。
「さあ・・・もう楽になりなさい。さよなら、グリーングラスの乙女。
あんたとなら話が合うと思ってたのにね―――――っ!!」
まさに痛恨の一撃だった。バズズの鋭いツメどころか腕の半分ほどまでが
セリアの胴体を貫いた。バズズはそれをすぐに引き抜くと、その大きな傷口と
セリアの口から大量の血が流れ出て、糸の切れた操り人形のように沈んだ。