ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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あたいの巻 (バズズ②)

 

バズズの致命的な一撃がセリアの腹部を貫き、戦いは終わったかに思えた。

 

「・・・いや・・・・・・」

 

バズズは気を緩めなかった。セリアの体が僅かに動いたかと思うと、ついには

壁に寄りかかりながら起き上がってきた。戦意はまだ失っていないようだ。

 

「心臓を貫いたつもりだったのに・・・寸前で即死を免れたってわけかい。

 でもアタイの攻撃が強烈なのは身をもってよ~くわかっただろ?」

 

「・・・・・・・・・」

 

どうにか意識と呼吸を集中させてセリアはベホマを唱えた。大きな風穴が徐々に

塞がっていく。これでひとまず死の危機からは脱出した。だがバズズはそれを

無駄な努力と言わんばかりにセリアに対して言葉を続けた。

 

「ベホマだって完璧じゃないんだ。その風穴が開いていたのは子宮のあたり・・・

 痛みは残っているだろうしあれだけの傷だったんだ。万が一ここからどうにか

 生還できたところであんたはもう子供を産める身体じゃなくなった。あのまま

 攻撃をかわさずに死んじまったほうが楽だったと思うけどね、アタイは」

 

傷は回復したが、激しい痛みは消えずにいるので立っているのがやっとだった。

しかも戦いを続行することでバズズから更なる苦痛を与えられることは確実だ。

それでもセリアは戦いをやめない。この根性は最近になって身についたものではなかった。

 

 

「・・・わたしは・・・昔からこんな人間だった!王族として不自由ない暮らしを

 楽しみながら・・・心のどこかで物足りなさを感じていた・・・」

 

「贅沢だねぇ。ないものねだりをするのはどんな種族でも同じか」

 

「どうしても安楽な道に逃げたくない・・・そんな性格なのかも。あの日・・・

 あんたたちに城を襲われ一人生かされて犬にされたときも決して死にたいとは

 思わなかった。何としてでも生き延びて・・・復讐してやろうと誓った!

 どれだけ屈辱を味わおうが苦しかろうが・・・・・・」

 

セリアのロトの紋章の形をしたあざが真っ赤に光り輝き、眩しさのあまりバズズは

目を閉じてしまった。セリアは意識せずにロトの力を目覚めさせている。

 

「この程度のことで・・・わたしの心は折れない――――っ!!」

 

 

力に満たされてすぐにセリアは呪文の詠唱を始めた。いかに覚醒したとはいえ

魔力が有限であることに変わりはない。何発も続けてイオナズンを放てるはずが

ないので、バズズは落ち着いてセリアの動向を注視していた。

 

「くらえ――――っ!!バギ――――っ!!」

 

「ふーん・・・バギ・・・そんな下等な呪文でアタイを・・・」

 

鼻で笑った。ところが、それはバズズのよく知るバギの威力ではなかった。単なる

真空の刃どころではない、巨大な竜巻のようなもので、数倍のパワーだ。

 

「避けられな・・・・・・ギャハッ!!」

 

バズズが吹き飛ばされた。それと同時に体の至るところに鋭い切り傷が入った。

 

「まだまだ――――っ!バギ!」

 

まだ地面に落ちる前に追撃のバギが襲ってくる。着地どころか墜落すら許されずに

バズズは再度宙に舞った。出血も無視できないほどになっていた。

 

「くっ・・・こんな力が・・・。でもアタイだって何度でもベホマで回復して

 仕切り直しできる。こんなもので勝っただなんて思わないことだね!」

 

「ふん、自分で言ったでしょう!ベホマだって完璧じゃないと!受けた傷や

 失った血、痛みや気分の悪さは時間が経たなければ完全には癒されない!」

 

「小癪な~~っ・・・!神であるアタイに向かってそんな口を・・・・・・!」

 

やがてセリアのバギによる連続攻撃が止まった。ようやくバズズは地面に

戻ってきたが、背中から落下する形になり口から血を吐き出した。

 

「・・・・・・ごはっ!!ぐぐぅ~っ・・・」

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

セリアのほうも疲労や傷の痛みにより、満身創痍であるのは両者同じだった。

 

 

「・・・あんたの根性と執念は認めてやるよ。アタイをここまで追い詰めるなんて。

 しばらくは動けそうにない・・・でもあんただって似たようなもの。そんな

 あんたをここから一歩も歩かずに倒せる方法が・・・言わなくてもわかるだろう?」

 

「ええ。わたしも決着をつけるのならこの呪文しかない・・・あなたと全く同じ

 呪文を唱える。そして予感がある。今度は決して相殺されることはない。

 どちらかが致命傷、よくて戦闘不能となるダメージを受けると!」

 

「面白いじゃないの。あんたとアタイ、どちらが上かとうとうわかるってわけだ。

 望む未来のために、それに待っている二人の男たちのために・・・ほんとうに

 アタイたちは似た者同士だった!思いが強いほうが勝つことになる!」

 

そして同時に叫ぶ。これまで幾度も唱えてきたが、全ての力をこめた最高の呪文を。

 

 

「イオナズン!!」 「イオナズン!!」

 

 

二人の間でイオナズンの力が激しくぶつかる。勢い負けしたほうは相手のものに

加え、飲み込まれた自分のイオナズンまでくらうことになるだろう。実際には一瞬の

出来事だったのだが、数十秒に及ぶ力の押し合いに思えた。どちらも自分が勝つと

信じて疑わなかったが、決着は訪れた。

 

「な・・・なんだって・・・・・・!!」

 

セリアのイオナズンが戦いを制し、バズズ目がけて二倍のイオナズンが襲いかかった。

 

「・・・げはっ・・・!!」

 

 

全身が焼け焦がれた無残な姿のバズズが倒れている。ベホマを唱えないということは、

敗北を認めたという表れだろう。セリアはゆっくりとバズズのもとに近づいた。

まだ息はあるようで、放っておけばそのうち回復してしまいそうなのが魔族の

最高位に立つ魔物の恐ろしい生命力の証明だった。死んだふりからの奇襲に備え

セリアは反撃用の杖を手に持ちバズズのすぐそばに立った。するとバズズは両手を

広げ、攻撃する意思がないことを示しながらセリアを見て口を開いた。

 

「・・・ア・・・アハハ。最後の最後・・・迷いを断ち切ったのはあんたのほうだった。

 それが勝敗を分ける決め手に・・・」

 

「迷い?あなたにもそんなものがあったと?」

 

「・・・こんなことならあのとき・・・ムーンブルクを滅ぼしたときあんたを

 殺しておけば負けることも、いや・・・ここまで来られることもなかったのに。

 でも・・・不思議なことにこのことに関してはアタイは迷いも後悔もない・・・。

 あのムーンブルクでただ一人アタイたち魔物との・・・共存と友好の道を

 探していた心優しい女の子を殺すなんて・・・アタイにはできなかった・・・」

 

どういうことなのか、と顔色を変えるセリアを見ながらバズズはそのときを思い出す。

 

 

 

『まさか君と再び意見が合う日がくるとは思わなかった。このムーンブルクを

 滅ぼすことは仕方ないとしても・・・救いたい命があると君が言うのか。

 わたしはとにかく君の二人の仲間とその手下どもは同意するのか?』

 

『・・・アタイもアトラスよりはマシとはいえそんなに頭はよくねぇから・・・

 うまくいく方法はわからねぇ。だからあんたに頼む!あいつらの目を盗んで

 こうして会いに来たんだ・・・。あんただってあの子が殺されるのを黙って

 見ていられるやつじゃないだろ!?あいつらはどうにかするから知恵をくれ!』

 

『・・・・・・わかった。それならばよい方法がある。だがわたしにとっては彼女が

 生きていることは希望となるが君にとってはもしかすると破滅と死をもたらす、

 そのような決定になるかもしれないが構わないのだな?』

 

『ああ。それでいい。ま、アタイは死なないけどね。神なんだから』

 

バズズはこのとき、自分たちが裏切った神の子・ハーゴンと密かに会っていたことや

ロトの末裔についてその命を救うように彼女と組んでいたことが明らかになった場合に

仲間たちによって処刑される恐れがある、そう警告されているのだと思った。

まさか復讐の鬼として復活したセリアの手により倒されるなどとは考えもしなかった。

 

セリアを犬に変え、惨めな姿のまま生かしてやろうというのはハーゴンが用意した

方便であり、その場でセリアが殺されないようにするためにはそれしかなかった。

やがて彼女を救うためにやってくる『勇者』を信じての作戦だった。

 

 

 

「・・・あはっ・・・あのまま神の子に忠実でいたら・・・きっとあんたやあんたの

 仲間たちとも戦わずに・・・仲良くなれたのに・・・。だからアタイの後悔は

 ムーンブルクのときよりずっと前にアタイたちの救い主を裏切ったこと・・・。

 この地上で誰よりも愛と憐れみに満ちた平和を求める神の子を・・・・・・」

 

「救い主・・・ハーゴンのことね」

 

「あんたはアタイと同じ失敗はするな!もし自分が間違っていると思ったら

 そこで立ち止まって・・・ハーゴンと手を取り合う。決して恥ずかしいことじゃ

 ないんだから・・・意地にならないでほしい。でも真の悪を相手にしたなら

 絶対に躊躇うな!そして諦めるな。そうでないと・・・せっかくあんたを助け、

 そしてあんたと全力を出して戦って負けたアタイが悲しくなっちまうから・・・」

 

バズズは笑っていた。確かにセリアに関しては後悔など何一つないという笑顔だった。

 

 

「さあ・・・とどめをさしな。あんたの大事な人たちを奪った憎い相手に」

 

セリアの手から魔力がばちばちと溢れる。しかしすぐにそれは彼女の内に戻っていく。

 

「・・・決着はついたわ。もうあなたを殺す意味はない。終わりよ」

 

倒した魔物の息の根を止めずに生かしておく、セリアにとって初めてのことだった。

魔族と邪教に関わるいかなるものには徹底的な滅びを与えてきたセリアが、

倒すべき最後の敵のうちの一人を相手にそのような決定を下したのだ。しかし

バズズはそれをよしとしなかった。安らかな笑みから一変し厳しい顔つきになると、

 

「・・・・・・甘い。そんな考えじゃこれから生きていけないわ。絶対に躊躇うなと

 言ったばかりじゃないの・・・。それじゃあどの道死ぬしかないわね」

 

場の空気が張り詰めたものになる。セリアはバズズの口が動いていることに気がついた。

 

「・・・・・・メ・・・メガン・・・・・・」

 

「ハァ―――――っ!!」

 

バズズの自爆呪文メガンテが発動する寸前でセリアの雷の杖が間に合った。

天からの裁きがバズズを撃ち抜き、とどめの一撃となった。

 

「ガハッ・・・・・・そ、それでいいのよ。アタイと同じ失敗をしたくなければ・・・」

 

「・・・・・・」

 

セリアは何とも複雑な気持ちだった。これまで自分の命と引き換えにしてでも

殺してやりたいと思っていた仇敵を生かしておきたいと思ったことも、せっかく

その気持ちが芽生えたのに結果として殺さなくてはならなかったことも。

 

 

「最後に一つ・・・あんたとアタイは似ているって言ったけど違うところがある。

 あんたは誰の目から見ても文句ない美少女。でもアタイは・・・デビルロードの

 一族のなかでもちっとも美人じゃなかった。鼻も低い、足も短い・・・・・・

 どちらかと言えばブスなほう・・・そこは全然違ったわ・・・あ・・・あははは!」

 

「・・・最初に言ったでしょう。あなたたちは所詮獣だと。だから器量や容姿なんか

 見分けがつかない。唯一わかるとしたら・・・その心だけ。だからあなたは

 決して不細工なんかじゃない。確かに美しい・・・そう、わたしよりも」

 

「・・・・・・う、うれしいことを言って・・・くれるじゃない。ありがとう・・・」

 

 

バズズはセリアに感謝の言葉を口にしながら息絶えた。セリアは気がつくと自分が

涙を流していることに気がついた。魔物たちのために泣くというのも初めてだった。

まだ開いていたバズズの両目を優しく閉じると、セリアは静かに立ち上がった。

 

「・・・・・・さて、行かなくちゃ。まだ終わったわけじゃないんだから・・・」

 

セリアは自身の直感に従い階段を降りて行った。そこではちょうどいま、アトラスとの

死闘を終え、やはり倒した敵の死を悲しむアレンが休息に入ろうとしているところだった。

 

 

 

 

アレンとセリアが幻の世界に誘われていたころ、アーサーはというと目の前に

一匹の牛魔人がいる部屋にいた。ロンダルキアでも最高の実力を持ち、一番の

難敵だと感じさせられたアークデーモンの中でも段違いの強さを誇るその魔物は、

この時代の魔族の最高峰、三人の神々のなかでも最も格上である者だった。

 

「・・・お前が悪霊の神々のうちの一人か。ぼくの仲間たちをどこへやった?」

 

「やつらか。あの二人ならオレが創り出した幻影の世を満喫しているだろう。

 都合のいい世界で永遠に彷徨い続けているはずだ。仮に抜け出したとしても

 オレの仲間であるアトラスとバズズに殺されちまうんだがな・・・」

 

魔物はにやりとわらった。するとアーサーもまた笑みを見せる。

 

「なるほど、なら二人は無事で済みそうだ。しかしどうしてこのぼくには

 幻を見せずに直接お前が戦う?案外ぼくは夢に溺れたかもしれないのに」

 

「ふはは、この力を使うのにもエネルギーが必要なのだ。きさまなんかそれを

 使うまでもないということよ。あくまで警戒しているのはあの二人。

 きさまは精霊ルビスからの祝福を受けられない惨めな男、そんなやつを

 相手にこのベリアルさまが負けることなど絶対にないのだからな」

 

魔族最強の男ベリアル。アーサーを敵とすらみなしていない。

 

「オレにはハーゴンですら何もできんのだ。ロトの勇者の落ちこぼれが、それもたった

 一人でどうにかできると思うな。オレは神の子とは違い正真正銘の神なのだからな。

 この世界のすべてを手にして頂点に立つ男に殺されることを光栄に思え」

 

「・・・・・・・・・」

 

アーサーはベリアルと視線を合わさない。何を考えているのか読み取れず、

ベリアルの脅しに屈して委縮しているようにも見えるが、密かに不意討ちを

仕掛けようとしているとも考えられる。ベリアルはアーサーの口元と剣に

警戒した。いかにアーサーが相手の隙を突こうが剣での攻撃の威力は

アレンに遠く及ばず、呪文もセリアに比べたらベリアルに脅威となるものはない。

 

(しかし問題なのは奇襲を成功されることだ。このオレに一撃入れたことで

 やつが調子に乗るのはよくない。オレとしても予想外のダメージを受けると

 戦術が崩れる。どんな弱小な敵の攻撃であろうと潰す、それが真の強者!)

 

アーサーは隼の剣に手を伸ばした。力が足りないのなら速さでベリアルを

出し抜こうという考えなのだろう。ベリアルはこれならば問題がないと判断した。

 

(・・・あれでは大した攻撃にはならない。ならばあえて接近を許してやって

 オレもこの拳で戦ってやるのがいいだろう。呪文であれば距離を置いたが・・・

 あの貧弱な剣で向かってくるのならそのまま受けてやろうじゃないか!

 さあ来い!お前の全身の骨を残らず砕いてやるぞ・・・・・・)

 

 

ベリアルの読みは大きく外れた。アーサーはなんと隼の剣を放り捨て、背中から

また別の剣、光の剣を取り出した。しかもそれで斬りかかってくるのではなく、

ベリアルの前でぶん、ぶんと振るうだけだったが、それには大きな意味があった。

 

「・・・ぐっ・・・これは・・・!ま、幻か!マヌーサのような・・・!」

 

ベリアルは幻に包まれた。アーサーがマヌーサを使えないと知っていたのが

仇となり、予想外の出来事にベリアルの心が僅かに乱れた瞬間だった。

 

 

「・・・・・・ザラキ」

 

「・・・うがっ・・・・・・がは」

 

 

魂が弱り、揺らいでいるときこそザラキの呪文の本領発揮だった。本来ならば

効くはずもないベリアル相手に見事に決まり、苦しみ悶えながらベリアルは倒れた。

 


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