ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

64 / 79
自己中心主義者の巻 (ベリアル②)

 

この時代の魔族の頂点、ベリアルを倒したアーサー。直前までは自分のほうが敵に

倒されるものと思っていただけに、アーサー本人も勝因のわからない逆転劇だった。

ベリアルの魂に隙は無かった。なのにザラキの呪文が発動する瞬間に彼はひどく

動揺し、マヌーサの幻による最初の奇襲のとき以上に即死呪文の餌食となってしまった。

 

(まさかルビス様の介入・・・そんなわけないか。ハーゴンがどうにかしたというのも

 考え難い。ベリアルが勝手に何かに心を奪われていた。いったい何が・・・)

 

「・・・う・・・うぐぐっ・・・・・・」

 

するとここで死んでしまったと思われたベリアルの苦しみに満ちた声が聞こえた。

だが反撃の気力も生命力も尽きてしまっているようだ。勝負は決したのだ。

 

 

「まさかこのオレが・・・お、お前のような人間に負けるとは・・・。

 これで我らの野望も終わり・・・・・・お前たちの勝ちというわけか・・・」

 

「・・・なぜ・・・なぜ勝負を焦った?お前とぼくの実力差は歴然、じっくりと

 戦闘を展開すればよかったのに。ぼくの身体のことも知っていたはず」

 

ここでベリアルは笑った。すると彼のその口からは血が流れていた。ザラキによる

決着であったので、いま吐血する理由が普通ならわからない。しかしこの二人は

よく知っていた。この血は戦闘によるものではないと。

 

「・・・・・・お前もぼくと同じ・・・病を抱えていたのか!それで長い戦いを

 回避したかったと・・・・・・」

 

「ふ・・・アーサー、お前と同じだよ・・・。オレもまた無理をし過ぎた身だ。

 魔族の頂点、そして全ての生きる者を導く神として・・・本来オレはそのような

 器ではなかったのだ。負担をかけた身体はもう限界だった。お前に幻を

 用意しなかったのも、三人分の幻の世を造ってしまうと戦いのための体力と魔力が

 なくなってしまうから・・・しょせんオレはその程度の男だったのだ・・・」

 

アーサーには彼の言う言葉が痛いほど身に染みた。まるで自分を見ているようだった。

ルビスに愛されず、また魔力と剣術において仲間たちに劣りながらもどうにか

ここまでついてきたが、アーサーもやはり自分の終わりが近いことを悟っていた。

 

「だが・・・どうしてもオレは自分が生きているうちに魔族の時代が到来するのを

 この目で見たかった。神の子ハーゴンが王となる日を待てなかった。やつらは

 数百年単位で物事を進めようとしていたが・・・オレには時間がなかった」

 

「そういうことだったのか。ならもう一つ・・・勝負が決まった瞬間だ。あそこで

 ぼくはやられたと思った。ところがお前は何かに気をとられ・・・魂が揺らいだ。

 それは何だったんだ?最後に教えてくれないか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ベリアルは黙っていた。ところが、そのうち彼の目からは溢れるほどの涙が零れ、

 

「・・・うっ・・・ううっ・・・うおおおぉぉぉ~~~っ・・・・・・!!」

 

激しく泣き始めてしまった。思わぬ号泣にアーサーは驚いてしまったが、

ベリアルがその理由を語ると、アーサーの表情から緊張が消えた。

 

 

「あ・・・あのとき・・・この下で・・・お前の仲間とオレの仲間の戦いの・・・

 決着が同時についた・・・!オ・・・オレの二人のかけがえのない親友・・・

 バズズとアトラスは・・・・・・死んでしまったのだ・・・っ!」

 

アーサーにとっては朗報だった。ベリアルは真実を語っている。仲間を信じてはいたが、

実際に生き残ったことが明らかになると心が穏やかになった。しかしベリアルの

悲痛な様子に、アーサーは笑顔にはなれなかった。

 

「オレが・・・オレがあいつらを殺してしまった・・・。オレの自分勝手な欲、

 早く新たな時代が見たいというものに二人を巻き込んで・・・。神の真似事など

 しなければお前たちがロンダルキアに来ることもなかったのに・・・・・・!」

 

もし自分がこのベリアルの立場だったらどうだろう。やはりハーゴンを裏切って

自らの手で世界を変えようとしたのではないか。もし戦いの最高潮で親友の戦死を

知ったならどうだろう。とても平常心ではいられなかったはずだ。アーサーは

病のこともあり、ベリアルに奇妙な親近感を覚えていたが、それも無理はない。

魔物に感情移入することなど無縁だったアレンやセリアでさえこの僅か前、

敵であったアトラス、バズズと自分は似た者同士であり、少し何かが狂えば

倒れていたのは自分だったと認め、またその死を悼んだからだ。

 

 

「・・・・・・」

 

「今ならわかる。きっと・・・ハーゴンはオレたちに手が出せなかったのではない。

 あえてオレたちに自由に行動させていたのだ。最後まで悔い改めて元の関係に

 戻るように勧めていたからな・・・。お前たち人間にだけじゃない、こんなオレにも

 ハーゴン・・・愛情深きあの者はどうにかして和解しようとしていたのだ。

 その救いの手を・・・オレは親友と、それに多くの同胞たちから奪ってしまった。

 オレは・・・地獄に落ちて当然の男だ。邪教により世界を混乱させた報いだ・・・」

 

心底己の歩みを後悔していた。自分の死を悲しんでいる様子は一切ないが、大切な

二人の親友と数えきれない魔物たちを結果的に死なせてしまったことを悔やんでいた。

すると、そのベリアルの手をアーサーは力強く掴んだ。そしてこう言った。

 

「・・・いや、きみは自分で言うような自己中心主義者ではない。自分のためじゃない、

 きっと仲間たちのためにその新しい世が見たかったんだろう?人間によって迫害された

 きみたちだ。野望や征服欲ではなく、きみには正義や平和を愛する心があった」

 

「・・・・・・ア、アーサー・・・・・・」

 

ベリアルは自らがハーゴンに代わりロンダルキアの長となった日を思い出した。

自らについてきた者たちを前に演説したあの日、熱に満ちていたときのことを。

 

 

『お前たち!我らの手で明日を勝ち取るのだ!いいか、もう二度と我らが悲しみの涙を

 流さず、暗闇にいるかのような絶望を味わうことのない未来だ。そのような未来など

 オレはもう求めない。そんな明日ならば来ないで世界が終わったほうがよいからだ!』

 

『うおおおお――――っ!!ベリアル!ベリアル!』

 

『オレはこの苦しみが続くこの世を認めん!必ずや皆で平安に暮らせる日々を・・・』

 

 

「フフ・・・それでも大勢の者たちの運命を狂わせた。だから最後に願うことと

 いえば、せめてオレのせいで死んだすべての命がオレとは違い地の底で永久に

 苦しみに遭うなどということがないように・・・それだけだ。しかし地獄で

 ずっと一人というのも寂しいがまあ・・・仕方あるまい」

 

「いや、それなら心配ない。ぼくもまた近いうちにそこへ行くからだ」

 

「・・・・・・?それは・・・・・・」

 

アーサーは天井を見上げながら言う。彼もまた自分の歩みを悔いるかのようだった。

 

「ぼくには必ず無事に帰ると約束した人間が一人だけいてね。だから大人しく待って

 いてほしいと言っていたけれども・・・どうやらそれは無理みたいだ。おそらくぼくも

 この地で命を終えることになるだろう。自分の身体なんだ、よくわかっている」

 

マルゼンスキー家から引き取られた、妹サマンサ。彼女への裏切り行為は

許されるものではないとアーサーは自らをすでに断罪していた。

 

「だからほんの少しだけ待っていてくれ。地獄でじっくり語り合おうじゃないか。

 互いの失敗談や誇れる仲間たちの自慢話なんかを飽きるまで。もし地獄で

 かつてきみたちを迫害した連中がいたら二人でそいつらに二回目の死を与えて

 やるのも面白そうだ。だからそんなに不安になる必要もないさ」

 

「アーサー・・・・・・。ふ、ふふふ。オレの完敗だな。たとえ戦いの途中で

 自分と同族だとわかったとしてもオレにはそんな言葉と優しさは出ない。

 だからこそ惜しいな。お前とハーゴンが共になれば魔族も人間が手をつなぎ、

 必ずや争いのない喜びに満ちた世の中となっただろうに・・・・・・」

 

 

ベリアルの頬を再び涙が伝う。同時に、彼の命が終わろうとしていた。

 

「・・・お前に頼みがある。もしすべてが終わったときお前がまだ生きていたなら

 オレと・・・バズズとベリアル、三人の遺体を一つのところに集めてほしい。

 手のかかった埋葬などしなくていい。ただ同じところに置いてくれるだけで。

 お前ならば受けてくれる・・・そうだろう?」

 

「・・・もちろんだ。もしかしたらぼくらがきみたちのようになっていたかもしれない。

 それを考えたらそのくらいのことはするさ。きみたちは邪神なんかじゃなかったからな」

 

「ふふ・・・いま初めてハーゴンの予言を覆してやった。ハーゴンはオレに言った。

 もし間違った歩みを続けるなら、『生まれてこなかったほうがよかったと言える

 終わりを迎えることになる』と・・・。野望が打ち砕かれ何もかも失い失意のまま

 死んでいくはずなのに・・・不思議とそんな気分にはならないのだ。オレは

 お前たち三人のなかで・・・アーサー、お前と戦えてよかった・・・・・・」

 

最後にベリアルは笑いを浮かべていた。彼のためにアーサーもまたそれに応えた。

 

「・・・・・・では先に逝っている。なるべくゆっくりしてこい」

 

「ああ。また会おう。地獄のおいしい酒を探して待っていてくれ」

 

 

ベリアルはこの世からいなくなった。しかし永遠の別れではないことをアーサーは

信じている。彼のいる場所にもうしばらくすれば自分も向かうと思っているからだ。

 

「・・・さて・・・これでぼくたちがすべきことはあと僅か・・・・・・ぐっ!!」

 

アーサーは立ち上がった。アレンたちを待つのではなく、一人でこの神殿の

さらに上を目指そうと歩き始めた。だが、その第一歩を踏み出した瞬間、彼の

全身を激しい痙攣が襲い、これまでにない頭痛や吐き気、また内臓の異常に

その場に倒れ、大量の血を吐いた。目を開けているはずなのに何も見えない。

 

「こ・・・こんなときに・・・・・・か!ベ、ベリアル・・・どうやらきみの

 ところへは思ったよりもずっと・・・早くに行くことに・・・・・・なった」

 

アーサーは意識を失い動けなくなった。魔物たちはもういないが、このままでは

彼は死ぬだけだ。だが、そこに何者かが近づいてくると、アーサーを抱えて

ゆっくりと歩きだし、階段を上っていった。自分よりも大きなアーサーの身体を

軽々と運ぶのは、他でもないこの神殿の主だった。

 

 

「・・・・・・テンポイント・・・アーサー」

 

ハーゴンは彼の青ざめた顔と血にまみれた口の周りを見ながら、彼に何が

起きているかをすぐに理解した。悲しみに満たされたが、取り乱すことも

悲痛に押しつぶされることもなく、ただゆっくりと最上階へ向かった。

 

 

 

 

「・・・・・・むむ・・・ここは・・・?そうか、ぼくは死んだのか」

 

「何を言っている。まあハーゴン様が助けを差し伸べなければそうなっていたが」

 

アーサーは目を覚ました。すると、最初に目に入ったのはハーゴンの忠実なしもべ、

モンスター人間のキンツェムだった。アーサーが生きていたことを確認し、

彼女はその場にいた者たちに合図を送る。他にそこにいたのはキンツェムの相棒の

ポリー、それにハーゴンとその側近トシフジだけだった。いよいよこの旅の

真の最後の目的地に変な形ではあったがたどり着いたのだ、とアーサーは感じた。

倒すべき敵たちはもういない。あとはハーゴンをどうすべきか、その問題を

解決せずに死ぬのかと思っていただけに、まだ命があったことに彼は安堵した。

 

「ふふ・・・アーサー、かなりの重傷だったな。ベリアルは強かったか?」

 

「・・・もちろん。だけど彼に関してきみに伝えたいことがある。彼は決して

 きみに完全なる反逆をしたわけではなかった。ずっと心のどこかできみと

 道を違えたことを後悔していたはずだ。きみのことを一貫して神の子と呼んでいた」

 

「・・・わかっている。それでも君が彼を倒したことは間違っていない。

 こうなることは避けられなかったからだ。それはわたしの力不足であり、

 また彼ら自身の責任なのだから君たちが心を痛める必要などない」

 

一見ただの少女にしか見えない、しかし実のところ力ある魔物たちが口を揃えて

神の子と呼び畏れる存在。ベリアルは死の間際、自分がハーゴンを超えたと

思っていたがそうではなく、自分たちが悔い改めて身を転じるための機会を

与えるために沈黙していたに過ぎないことを認めていた。

 

「きみのほうは調子がいいみたいだね、ハーゴン。以前会った時よりも体調が

 優れているようだ。回復しつつあるというのはほんとうだったのか」

 

「それでも完璧には戻り切れていないがね。いまだに鼻からの出血とそれによる

 呼吸困難はときどきある。だからあのときあと五年か十年は君たちがここに

 来ないことを願うと言ったが・・・いよいよ終わりが到来したようだ。

 君はどうする?いまのわたしと君、どうやら勝機は五分と五分・・・だな」

 

場に緊張が走る。ここで戦うというのか。トシフジたちはハーゴンを守ろうと

身構える。しかし当の二人は噴き出すようにして笑うだけだった。

 

 

「ははは!それはないだろう。そんなことをしたらサマンサに怒られる。

 いかにぼくのことが大好きでも親友であるきみを倒してしまったのでは」

 

「確かに。ふふふふ・・・仮に生き残ってもあの子に殺されてしまうな。

 弁明する間もなくあの巨大な炎に飲み込まれ骨すらも残らないだろう」

 

この二人にそこまで言わせるサマンサとは何者なのだろうと他の者たちは顔を

見合わせた。そんな力ある人間がまだこの世にいるのかという気持ちからだった。

 

 

「そういうわけだ。みんな、後はじっくり見届けようではないか。アーサー、君も。

 君の二人の友たちも無事に回復しこちらへ向かってくる。しかし彼らには最後の

 試練が残っている。果たしてそれを無事に乗り切ることができるかを見よう!」

 

ハーゴンが水晶に力をこめると、そこには一人の悪魔神官が映し出されていた。

彼が仮面を外すと、アーサーはすぐにそれに反応し、彼の名を口にした。

 

「この男・・・!クライム・・・カイザー!間違いない・・・生きていたのか!」

 

「・・・?ええ、その通りですが・・・知っていたのですか?」

 

「こいつはかつてサマルトリアに来ていた!どこかの城の皇帝を名乗っていたが、

 邪教の人間だった!そして・・・ぼくの初めての殺人の相手だ!」

 

アーサーはローレシア大陸の湖の洞窟にいた邪教の魔術師、彼は正真正銘の人間で

あったのだが、もはや洗脳を解く方法はないと判断すると躊躇わずに殺害した。

何も言えないアレンに対し、アーサーは人を殺したのは初めてじゃない、そう言って

今後もアレンが手を出せない人間相手の戦闘を自分が引き受けた。その彼が

まだ十代になったばかりのとき、『クライムカイザー』はサマルトリアに降り立った。

 

 

 

 

『・・・さて、後々私の崇拝する神々の脅威となりかねないロトの子孫を除くために

 やって来たはいいが・・・あれならば放っておいても構わないか?』

 

クライムはアーサーを一目見ただけで彼を見逃しても支障はないと思い始めた。

アーサーからは何ら力を感じ取れず、平凡な子供の一人に過ぎなかったからだ。

世界を救おうとかいう正義感や意志も弱かったで、歴代のロトの血を継ぎながらも

勇者としての資質はなかった王たちのようなものなのだろうと判断した。

 

『うむ、ならばローレシアに向かおう。王子ローレル・・・アレンとも呼ばれている

 少年はこの国の者とは違い闘将とか呼ばれているようだからな。いずれ成長し

 精霊ルビスの力に満たされるだろう。そうなる前に私がその芽を断つ!』

 

この時点でクライムは邪教の狂信者ではあるがまだ普通の人間だった。強力な呪文や

並外れた身体能力はなく、毒薬とナイフによって暗殺を試みていた。アーサーに

興味を失った彼がローレシアへ向かおうとしたが、ここで大きな何かを彼は感じた。

 

『こ・・・この気配は!まさか・・・あの娘が秘めた力だというのか!?』

 

アーサーの妹サマンサ。彼女はすでに規格外ともいえる魔力を手にしていた。

城の者たちは彼女を恐れ隔離していたため呪文の習得は遅れていたが、

無意識のうちにその魔力を放出させていた。すぐに除かねば、クライムは動いた。

 

『あれ・・・あなた、だれ?おにいちゃんがどこにいるかしらない?』

 

『・・・これはこれは、美しい王女。私は遠い国の皇帝クライムと申します。

 お近づきのしるしにジュースでもどうぞ。さあ・・・』

 

毒を塗ったグラスを手渡した。ところが無色である液体が突然赤く光りだし、

それを見たサマンサが何かをつぶやくと再び透明に戻った。それから口をつけて

飲み始めると、即効性の毒はすでに取り除かれていたのだろう。何事もなく

おいしそうにサマンサは飲み続けた。いくつかの呪文を教わるまでもなく

自分の身を守るために彼女は自在に操り、クライムの企みを砕いたのだ。

 

これは予想以上であり、確実に神々を滅ぼす存在になりかねないと戦慄した

クライムはもはやなりふり構ってはいられないと今度はナイフを取り出した。

ここですぐに刺してしまえばどうなっていたかわからないが、クライムの

心の邪悪さ、醜き悪癖がそれを邪魔した。サマンサを見て、恐怖を覚えながらも

彼は情欲を抱いていた。何も知らない幼子を犯すのが彼の趣味だったからだ。

 

『ぐふふ、殺す前にたっぷりと楽しんでおこう。頭のほうは弱いようだがその

 体はじゅうぶん私を満足させてくれそうだ。服は・・・むしろこのままがいいか』

 

周りに人は誰もいない。鈍いサマンサでもさすがに目の前の男が自分に危害を

加えようとしていることはわかっていた。だが彼女に不安は全くなかった。

 

『・・・・・・』

 

『そうそう、いい子だ。そのまま大人しくしていればよいのだ・・・』

 

サマンサの腰に手を伸ばそうとした瞬間だった。彼の指だけがぽとりと地に落ちた。

 

『あがっ・・・・・・!はっ!!』

 

いま何が起きているのかをクライムが把握する前に、彼の視界は暗くなった。

指が落とされた直後、彼の顔面に斜め十字に傷が入った。クライムとしては

鋭い風が吹いたような感覚だったが、すぐに顔からも血が噴き出し、倒れた。

 

『・・・サマンサ!怪我はなかったか!?この男は・・・』

 

『だいじょうぶだよ~、おにいちゃんがきてくれるってわかってたから』

 

クライムは呼吸をしていなかった。だが事を大きくしたくないこの国が自分のした

殺人もこの男の死体も隠し通すだろう。アーサーはその心配はしていなかった。

アーサーが懸念したのは、サマンサのような十歳にもなっていない者すら邪教は

命を狙ってくるということ、そしてもう一つ・・・。

 

 

『ありがとうおにいちゃん・・・・・・えいっ!』

 

『・・・・・・・・・!!』

 

サマンサは愛する兄へ口づけをすると、えへへ、と笑いながらその場でくるくると

回ってみせた。このときからもう彼女のアーサーへの愛は普通の兄妹愛ではなかった。

アーサーもそれをわかっていて、どうにか自分への愛情を捨てさせようと思ったが、

このままでは自分もサマンサに惹かれて取り返しがつかなくなるのでは・・・。

そのような不安を抱えながらアーサーは成長し、実際にそうなっていった。

 

 

クライムは町のはずれにある、身分の低い者たちや犯罪者たちの遺体を投げ入れる

大きな穴に捨てられた。しかしそれがサマルトリアの失敗であり、彼がどうしたことか

再び命を得て魔物として復活し、ハーゴンと悪霊の神々のすぐそばで復讐の機会を

うかがっていることを知るすべを失った。彼はアーサーだけでなく、自分たちに

対抗する者すべては死に処されるべきであると人間であったころから固く思い定めて

いたので、三人の神たちよりもはるかに残忍で悪辣な行いを今日まで続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。