ドラゴンクエストⅡ 大空と大地の中で   作:O江原K

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神殺しの勇者の巻 (シドー③)

 

破壊の神シドーはロトの剣を受け入れたアレンによって倒された。その奇跡を

ハーゴンも称え、拍手をしながら彼に近づいてきた。

 

「素晴らしい!さすがは精霊ルビスに愛されたこの時代の勇者だ!」

 

「魔族のお前に褒められてもな・・・まあ悪い気はしねぇけど」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。そんな君には歴史に残る勇者の称号を

 このハーゴンが与えようではないか。それだけのことをやってのけたのだから」

 

ハーゴンは一冊の本を取り出し、そこからアレンに大層な二つ名を授けるつもりらしい。

それを見たセリアは彼女を止めようとした。この状況で彼に与えられるべき名は

一つしかなく、しかしその名は軽々しく扱うべきものではなかったからだ。いかに

セリアが愛するアレンとはいえ勝手に名乗ることは許されないものだ。

 

「・・・どうした?なぜわたしを妨げようとしている?」

 

「あなたには何の権限もないはずよ。勇者『ロト』というのは・・・」

 

「ああ、なるほど。勘違いをしているのか。それなら確かに君の言う通りだ。

 ロトという名をわたしがどうこうはできないな。かつては多くの勇者に

 授けられた名だというが、いまや大魔王ゾーマを倒すという歴史上かつてない

 偉業を成し遂げた男にのみ当てはまる。君たちのよく知る勇者ロトだ。

 つまり、別の名前があるのだ。わたしが生まれる前にやはり邪神と呼ばれる

 存在を打ち倒したとか言う勇者の名前を彼に・・・そう思ったのだ」

 

これから先、いかに世界を救う活躍をしたとしてもロトと呼ばれる者はいないだろう。

アレンもロトの子孫、またはロトの力を継ぐ者、そう語り継がれていくに違いない。

よってハーゴンが授けようとしたのは、また別の偉大な活躍を残した者の名だった。

 

「そんなやつがいたのか!おれたちの教えられている歴史はロトの時代から。

 それよりも前の勇者・・・とにかく聞かせるだけ聞かせてくれ、その名前を!

 受け入れるかどうかはおれが決める。まずは・・・」

 

アレンは興味津々だった。ロトにも元々親によって名づけられた名前があった。

だが今や人類史上最悪の大魔王を倒した救い主ロトとして後代に名が残っている。

自分もこの先、未来に永久に残るほどの称号を得られるのかと思うと気がはやる。

 

「ああ・・・だがそれなのだが・・・・・・」

 

「何だよ、勿体ぶらずに教えろよ。あんたのほうから持ちかけた話だぜ?」

 

「・・・とりあえず見てもらえればわかる。この一文・・・ここにその名が

 記されている。これだけなら君も書かれている文字はわかるはずだ」

 

アレンはハーゴンの指さす箇所を見た。すると、確かに読むことはできた。だが、

 

 

「これは・・・声に出して言うと・・・『もよもと』と読むのか?」

 

「いや、違う。二文字目を『よ』とは読まない。だがわたしにも読めない」

 

邪神を倒し世界を救った勇者、その名は『もょもと』と記録されていた。

複数の箇所でその名が記されているのでこれが正しいのだろう。しかしそれを

正確に読むことはハーゴンさえもできなかった。何やらおかしなことになっていると

アーサーにセリア、ハーゴンの仲間たちも皆で見てみたがやはり解決に至らず、

 

「・・・もよもと・・・?そう読む以外ないような・・・」

 

「おれと同じ間違いをするなよ。当時の人間は発音できたのかもしれねぇが・・・」

 

口にできない上にあまり格好のよくない名前にアレンのテンションは下がっていった。

 

 

「そういえばこの勇者は・・・『大きな災厄が起きた年、11の年に現れ、人々に希望を

 与えた男であるため『イレブン』とも呼ばれ、また『オルフェーヴル』という異名も

 あった・・・という記録も残っていたな」

 

「だったらそっちを先に言えよ!数百倍もいい名前じゃねーか!何だよ、もよもとって!」

 

「アレン、読み方が違うわ」

 

「もういいだろそれは!あーあ、くっだらねぇ時間だった!やっぱりおれは顔も知らん、

 ロトよりも前の時代の大昔のやつの名前なんかいらねぇ!早く宴を始めようぜ」

 

酒と料理の準備はすでに進められていた。ハーゴンの側近である悪魔神官の姿をした

トシフジがその仕事をしていたが、用なしとなった書物を片づけるために近づいてきた。

 

「おお・・・すまない。しまっておいてもらえるかな」

 

「ええ。それにしても古いものを・・・勇者もょもとの伝説の本とは」

 

ハーゴンからそれを受け取ると再び自分の作業に戻っていった。そのときは誰も

何も言わなかったが、しばらくしてからはっとして皆で顔を見合わせた。

 

「・・・・・・さっき・・・さらりと言ってたよな?トシフジ様」

 

「・・・あ、ああ・・・トシフジとかいう女・・・ローレシアの牢屋で

 戦った時からただ者じゃないとはわかっていたが・・・何者なんだ?」

 

とはいえもはや『もょもと』のこと自体が皆にとってどうでもいい話になっていたので

それ以上は追及するのはやめにした。アレンたち三人にとってはハーゴンの側近が

いつから生きているかなどというのは更に意味のない話だったからだ。今日は

夜通し宴会を行い、明日の昼には下界に帰るという予定を定めていた。

 

 

「さあ、おれたちも何か手伝おうぜ。食器とかどこに置いてあるんだ?」

 

「わたしたちは客よ。座って待っていればいいじゃない。あいつらに・・・」

 

何でもない一瞬のはずだった。しかしセリアは突然の悪寒を覚えた。アレンほど

浮かれておらず、アーサーよりも体調が万全だったからか、彼女だけが気がついた。

振り返りはしなかった。だが体が勝手に動いていた。

 

 

「・・・・・・アレンっ!危ないっ!」

 

 

「―――――――――――――――ッ!!!!!!」

 

 

アーサーとハーゴンたちがそれを察したとき、すでにアレンとセリアは床を

転がっていた。赤い血が宙を舞い、また地面に流れている。それは全て

セリアの頭部からのものだった。アレンはすぐに憎き敵の名を叫んだ。

 

「シドォォォォおおおおお――――――――!!!」

 

倒したはずの破壊神がいた。傷は塞がっており、完全復活していた。

 

 

「・・・シドー・・・!!生きていたのか・・・ベホマか!?」

 

「大変なことになったな・・・やはりやつは神だった、ということか・・・」

 

アレンに斬られた後、静かにベホマを唱え完全に回復するまで息を殺して

そのときを待っていたシドーは、確かに笑っているように見えた。

 

「・・・セリア!お前・・・!くそ、誰かこいつに回復呪文を!セリア、

 どうしておれをかばったんだ・・・おれにはロトの兜もあったのに・・・」

 

「い・・・いいえ、あいつは一撃であなたを・・・仕留める気でいた!ね、狙いは

 あなただった・・・だからわたしもまだ生きている・・・死んでしまうような

 傷ではないわ。でも・・・少ししんどいけど。体が勝手に動いてしまったわ。

 あなたでなければあの怪物は倒せない・・・あ、あとは任せたわ・・・・・・」

 

「セリア・・・・・・セリア―――――ッ!!」

 

決着をアレンに託しセリアは意識を手放した。死んではいないようだが、すぐに

回復呪文を唱えなければ同じことだ。アレンの叫びに、すぐにトシフジが駆けつけ、

セリアを寝かせるとベホマ、いやそれ以上の呪文を唱え始めた。傷がみるみる

塞がり出血も止まったが、目を覚ますのはしばらく後になるだろう。負傷を癒しても

すぐには動けないのはアレンも幾度も経験しているのでわかっていた。

 

 

「クソ野郎が――――っ!!今度こそ死ね―――――っ!!」

 

激しい憤怒に己を包み、ロトの剣を構え突進していった。全身から光るルビスの加護の

証も輝き、青い光の眩しさは増し続けたままシドーにぶつかった。

 

「――――――ッ!」

 

「完璧な一撃だ――――――っ!!シドー!もう一度お前は・・・・・・」

 

これで再び破壊神を地獄へ送った、アレンにはその確信があった。シドーの

胴体には先ほどよりも深い傷が入った。しかしシドーは倒れる気配が全くなかった。

 

「・・・バ、バカな・・・・・・!」

 

「まさかさっきまでは遊んでいたというのか!?それとも姿こそ変わらないように

 見えるがかつての竜王のように何かが変化したと・・・!」

 

その推察は正しく、シドーはすぐには反撃してこなかった。なんと指先が光り、

 

「―――――――・・・・・・」

 

「こ、こ、こいつ!呪文を!スクルトに・・・まずい!ルカナンまで・・・」

 

これまで一切使用しなかった呪文を二つ唱えてきた。そして大きく息を吸い込む。

 

「―――――――――――――――!!!」

 

「うぐおおおおォォォォォおおぉぉお」

 

炎を吐き出してきた。その威力はこれまでで一番のものであり、これが本気だった。

ロトの防具で身を守るアレンですら至近距離では大ダメージを受け、遠くにいた

アーサーたちも無傷ではいられないほどの熱だった。もう破壊の神に接近することは

できなくなった。一番の実力者アレンを倒したことでシドーは上機嫌になったのか、

もしくはもはや戦う必要性を感じなくなったのか・・・彼らに背を向けると壁を破壊し、

窓をも壊して神殿から飛び出し空をぐるぐると飛行し始めた。

 

 

「ぐ・・・あいつ・・・これからどうするつもりでいやがる・・・?」

 

「やつは破壊の神だ。いまは遊んでいるが我々を確実に殺しに来るだろう。

 そしてこの世界の全てを破壊するまで止まらない・・・さっきと答えは

 同じだ。やつの単純で明確な欲求は何も変わりはしない」

 

キンツェムは淡々とアレンに語る。しかしハーゴンのしもべでは最も強い彼女ですら

震えている。アレンも回復を待たねばならない。その絶望のなかで一人、立ち上がる

男がいた。シドーと戦うために、彼は出ていく決意を固めた。

 

 

「・・・ぼくが時間を稼ごう。その間にアレンは傷を癒してもらうんだ。そして

 下界に避難しろ。万全の態勢で迎え撃て。やつが来るまでにできる限りの

 兵力を整えるんだ。そのための特別な力が必ず与えられるはずだから」

 

「アーサー!だ、だがお前・・・」

 

アーサーが破壊神の足止め役を買って出た。死ぬ気か、と誰もが口にしようと

したとき、彼に続いて歩き出したのはハーゴンだった。彼女は笑いながら言った。

 

「賢い君らしくもないなアーサー。やつは空中にいるのにどうやって戦うんだ?

 わたしの力でそばまで行かないと話にならない。共に行こうではないか。

 うむ・・・あの火山なんかいいな。シドーに最も接近して戦えるぞ」

 

「・・・ハーゴン!あんたまで・・・」

 

「アレン、これが正しい責任の取り方だ。もしさっき自ら命を断ってしまったら

 できなかった。よく見ておきなさい、真に責任を果たすとはこういうことだ」

 

ハーゴンの仲間たちは何も言えなかった。ただ深刻な顔をしているしかできない。

そんななか、ハーゴンはキンツェムに近づくと彼女の肩に手を置いてこう言った。

 

「キンツェム、わたしにもしものことが起こった場合・・・わたしの愛する者たちを

 導き牧する務めは・・・あなたに任せた」

 

「そ、そんな!ハーゴン様・・・私のような者がそのような・・・」

 

「何を言っている。ゾーマによって支配された乱世のアレフガルド大陸、場所は

 ラダトーム。そんな状況でまだモンスター人間にもなっていない、ただの

 スライムでありながら人間や魔王軍相手に・・・54戦54勝だったか。

 自分と親友ポリーの命をかけた戦いで勝利を続けた無敵の勇者だろう。

 わたしの代わりとなれるのはあなたしかいない。頼まれてくれるな」

 

「・・・・・・ハーゴン様・・・・・・わかりました」

 

キンツェムに自分の持つ全てと仲間たちを委ね、彼女もついに受け入れた。

これでやり残したことはないとハーゴンがアーサーの後を追おうとした。すると、

 

「ハーゴン・・・いや、ウオッカ!行ってはだめ!」

 

トシフジが叫んだ。二人でいるときにのみ使う、ウオッカと言う名でハーゴンを呼ぶ。

 

「あなたを死なせるわけにはいかない!もしあなたが死ぬようなことがあれば・・・」

 

その瞳からは大粒の涙が溢れていた。二人の位置は離れていたのでハーゴンを

力づくで止めることはできない。もしそうしたとしてもハーゴンの決意は

揺らがないだろう。現にトシフジの涙にもハーゴンの足は先へと進んでいた。

 

「・・・死ぬとは限らないさ。せっかく料理を用意してくれたんだ。最近珍しい

 ごちそうじゃないか。ここからでも見えている、あれを食べに帰ってくるさ」

 

「ウオッカ!待って、私はあなたに話さなくてはならないことが・・・!」

 

「そうか・・・気になるな。ならなおさら戻ってこないといけないな。いまは

 聞いている時間はない。行こう、テンポイント!シドーのすぐそばまで

 一瞬で向かえる空間を用意した。二人でやればかなり時間が作れるぞ」

 

哀願も届かず、ハーゴンとアーサーの前に旅の扉が現れた。そのなかに入ることで

シドーと戦える位置にある火山まで数秒で到着できる。アレンもどうにかアーサーを

止めたかったが、体が動かない。できることといえばやはり叫ぶだけだった。

 

「アーサー!絶対に生きて帰って来い!ヤバいと思ったらすぐに逃げろ!

 あと、間違ってもあの呪文は使うな。自分を犠牲にするなんて考えは持つなよ!」

 

あの呪文、それはメガンテのことだった。命と引き換えに相手を道連れにする呪文だ。

 

「わかっている。ぼくだって死にたいわけじゃない。それにあの破壊の神に

 メガンテが効くとは思えない。もちろんザラキも。だからほんとうにただ

 時間を稼ぐだけだ。そのぶん深追いはしない、約束するよ」

 

「信じてるぜ・・・ならこいつを持って行け!」

 

アレンは力を振り絞り、ロトの剣をアーサーに投げた。これで戦えということだ。

アレンはまだアーサーにルビスの祝福がないことを知らなかったので、彼にも

必ずロトの剣による覚醒があると思っていた。アーサー自身はすでに諦めていたが、

それでもこの土壇場でもしかしたら・・・それを期待して剣を受け取った。

 

「ありがとう。じゃあ・・・行ってくる。セリアにもよろしく伝えてくれ」

 

 

アーサーとハーゴンは振り返らずに旅の扉に並んで立ち、姿を消した。

一方トシフジはまだ顔に手を当てて泣き崩れていた。

 

「・・・トシフジ様・・・ついにあの事実を告げられなかったのですね」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おいおい、何だその事実っていうのは。お前たちは知っているのか?」

 

アレン、それとつい数十年前にフレイムとブリザードから転生した二人は

古くからのハーゴンの仲間であるキンツェムとポリーに迫った。ポリーが

トシフジに小声で何かをつぶやくと、トシフジは顔を押さえたまま小さく

頷いた。話してもいい、そういう意味だった。

 

 

「・・・わかりました。ではお教えしましょう。トシフジ様はハーゴン様が

 生まれたときからずっとその世話役、そして側近としてそのそばにいました。

 ですが実はこの方は・・・この方こそハーゴン様の母であられるのです!

 なぜハーゴン様が『神の子』と呼ばれるのか、それもお話ししなくては

 ならないでしょう。確かに誰もが認める神の子であるからです」

 


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