サマルトリアの王子、アーサーと無事に出会い、この日はリリザの宿で一泊してから
翌日二人で旅立つことになった。酒が入り、今日は夜まで語り合うぞとアレンは
意気込んでいたが、酒に酔って早々に眠ってしまったので、アーサーによって
部屋まで運ばれることになってしまった。
(・・・飲むスピードがハイペースだったな。これじゃあ明日はだめか?)
アレンを担ぎながら、この様子では明日の出発は厳しいかとアーサーは
頭のなかで計画を練り直していた。彼はというと、アレンをベッドに
寝かせ終えるとまた一階に戻り、一人で酒を飲み続けていた。彼はいくら
飲んでも酔わない人間だったからだ。
(今日のところは何も起きずに終わったが・・・明日からはそうもいかないだろうな)
朝となった。どうせ今日は少なくとも午前中は出発できないだろうとアーサーは
のんびりとしていたが、突然彼の部屋の扉がノックもなしに開けられた。
昨日の宿屋の扉のときと同じような、下手したら扉が壊れてしまうほどの勢い
だったので、これはもうあの男しかいないだろうとすぐにわかった。
確認すると案の定で、そこにはすでに準備を完璧に終えたアレンが立っていた。
「・・・おはよう。ずいぶんと早いね。酔いもすっかり抜けているみたいで・・・」
「当たり前だろ!おれは絶対に翌日まで持っていかないからな。それよりお前は
だらしねえな。やけにのんびりじゃねぇか。早く支度しろよな」
「・・・さすがは『トウショウボーイ』・・・大したものだね。
急いで終わらせるからもう少し待ってもらえると助かるな」
朝のかなり早い時間に宿屋を出ることになった。昨日あれだけ飲んだのに
二人ともしっかりとした足取りで、体調や気分の悪さは全く感じ取れない。
この大陸を統治する二つの城のそれぞれの王子ともあればこんなところまで
大物であるのか、と人々を驚かせた。アレンの正体はすでに昨日のうちに
町中に知れ渡っていたので、もう誰も彼へ厳しい視線を向けたりせず、
彼へ敵対的な態度を取った人々が恥じ入ることになった。
サマルトリアまでの道を二人並んで歩く。きっと早いうちから何かあるあろうな、と
懸念していたアーサーの予感通り、町を出て早々にアレンが足を止めて問い詰めてきた。
「・・・そういえばお前・・・昨日は深く考えなかったけど、お前はあの町で
自分がサマルトリアの王子だと明かしていたみたいだな。宿の金はそれでも
ちゃんと払ったみたいだが・・・おれはあんまりいいとは思えないな」
「・・・・・・?どうして?別にいいじゃないか。言ったところで」
「いいや、ダメだ。いまはおれたちはただの旅人なんだ。王子であるせいで
変な遠慮をさせたり特別扱いを受けたり・・・嫌なんだよ、おれは。
ローレシア大陸を離れたらもうやめろよな」
「うーん・・・そのときの状況次第で判断していいと思うけど。
現にきみはあの町で自分が王子だと言わなかったせいで大変なことに
なっていたじゃないか。どうしてすぐに名乗らなかったんだ?」
次期国王の座を捨てることになっても構わない覚悟で、あくまで一人の男として
巨悪を倒すために旅立ったアレンにとって、自らの注意にアーサーが平然と
顔色一つ変えず返答してくるのが気に入らず、ますます口調は荒くなっていった。
「ついでに言うとな、おれはこれも気に入らねえんだ!くそ!」
アレンはリリザの町で揃えることができる最高の武具で身を包んでいた。
武器は鎖鎌を手にし、魔物の種類に応じてこれまでの銅の剣と使いわけが
できるようになっていた。それまで着ていた皮の鎧を下取りに出し、
新たに鎖かたびらを装備し、武器を持たない手には皮の盾までもがあった。
アーサーも鎖鎌がナイフであること以外はアレンと同じ装備で
守りを固めていたので、大なめくじやドラキー程度の攻撃では
彼らを脅かすことはできない。しかしアレンは不満を露わにしている。
「気に入らなかったのかい?ぼく・・・というよりサマルトリアの金で
装備を揃えたことが。そんなに嫌なら引き返して戻してくる?
まだ間に合うと思うけど」
「・・・いや、それはいい。ありがたくもらうさ。でもな・・・これからは
おれたちが稼いだ金だけを使いたいんだ。いつまでもお互いの国の金に
支えられたくないんだ!おれがどんな思いで50ゴールドとポンコツだけを
手にして城を出たか・・・・・・」
あくまで自らの力で事を成し遂げたいアレンと、利用できるものはなんでも
利用すればいいというアーサーの考えは相容れなかった。どちらかが折れなければ
ならないが、アレンが素直に引き下がる男ではないのはアーサーもわかっている。
しかしアーサーも自分が合理的だと思うことをアレンの意地のためにやめると
いうのは難しい。二人旅の現実を思い知ることになっていた。
二人の違いが決定的に明らかになったのが、魔物との戦闘のときだ。
もともとアレンはアーサーがほとんど戦わずに勇者の泉を抜けたという
情報を聞いていたので、剣術大会などで実力を知ってはいたが彼に対する
疑念は強かった。もしや彼は魔物を恐れて逃げ回っているのではないかと。
とはいえこの辺りで試しておくほかない。避けられない戦いが起き、
「・・・おれはこっちの幽霊をやっつける!お前はドラキーどもを!」
「わかった。うーむ・・・三匹か・・・・・・」
あえて逃れられない状況にアーサーを置いてみた。自身は苦戦しているふりをし、
介入ができないように見せかけて幽霊と戦いつつアーサーのやり方を眺めていた。
すると彼の戦いはアレンが思っていたものとは真逆だった。逃避のために
後退したりせず、むしろドラキーたちとの距離を詰めていく。そして
彼らの目を観察し始めたのだ。思わず焦れたのはドラキーのほうで、
アーサーが特に注視していた一匹が飛びかかってきた。そこを逃さなかった。
聖なるナイフで一撃。その華麗な動きは何度も戦った強豪テンポイント
そのものだった。とっくに幽霊を倒し終えたアレンは両手を叩く。
「おおっ、さすがだな!流星の貴公子だとか女どもから呼ばれている
だけはある!その調子で残りの二匹も・・・・・・」
驚くべきことに、アーサーは何もしようとしない。じっと様子を見ているだけだ。
やがて生き残った二匹は逃げていき、山奥へと飛び去って戻ってこなかった。
そう、彼は魔物から逃げていたのではなく、逃がしていたのだ。
「・・・・・・お・・・オイオイオイ!逃げちまったぞ!何してる!?」
「最初の一匹はいかにもぼくらを食べてやろうって目つきだったからやった。
でもあとは違った。逆にぼくらを恐れていたし、放っておいたら勝手に
逃げただろ?間違って人の行き来するところに出てきちゃったんだろうな」
「そんな保証はどこにもないだろ!お前は魔物の気持ちや言葉がわかるってのか!?
これでハーゴンを倒しに行くだなんて・・・ふざけてるだろ!」
アーサーの胸ぐらに掴みかかろうとしたが、さすがにまずいと思い留まった。
しかし魔物に憐れみを示すなどアレンの正義からすれば考えられないことだ。
こんな男とどうやって邪教を壊滅させることができるだろうか、とアレンは
天を仰いだが、逆にアーサーのほうが驚いたような顔で尋ねてきた。
「・・・ハーゴンを倒す・・・?ぼくらの旅はムーンブルクの様子を
調べてそれを持ち帰って報告することだろ?」
二人で顔を見つめ合い、互いにぽかんとした表情になった。
どうやら根本的なところからずれていたらしい。
「え・・・あっ、そうだった。確かにそうだ。表向きはそうだ。
だがおれはそのムーンブルクがやられた原因だと断定された
邪教の連中を一人残らずぶっ倒してやるためにローレシアを出た!
お前は何だ。まさかただムーンブルクの調査に行くために
旅行気分でサマルトリアを出たんじゃ・・・」
「まあ・・・ぼくにも確かに理由はほかにある。隠すこともないか。
早めに話しておいたほうがいいかもしれないね。きみほど大層な
目的はないけども・・・」
熱く思いを語ったアレンとは違いアーサーはさらっと話してしまうつもりらしい。
せっかくだし聞いてやろうかとアレンは構えていたが、それも肩透かしとなり、
「・・・あっ、サマルトリアに着いちゃった。この話は後にしよう」
アレンは思わず転びそうになってしまった。マイペースなアーサーに
振り回されている。アレンも己を貫く気持ちが強いが、無意識の男のほうが
結局勝るというのか。頭を掻きながら彼の後ろについてサマルトリアに入った。
サマルトリアでは国王にローレシアの意向を伝える用事がある。アレンの弟
プレス・トウコウのせいで緊張が走っていた両国の関係もこれで
一段落しそうだ。すぐに王の間に向かい、サマルトリア王と対面した。
「おお、我が息子よ、無事にローレシアのローレル王子と合流できたようだな!
して・・・どうなった?ローレシアとの交渉は・・・」
「父上、ローレシアは我々が思っていたよりもずっと素晴らしい国です。
今回の件を平和裏のうちに終わらせるために謝罪したいということでした。
それに関しての国王の手紙もローレル王子が・・・・・・」
サマル王もほっとしたような様子で、張っていた気が抜けているのが目に見えた。
多額の賠償金で戦争を回避しようとしていたくらいなのだ。ローレシア側から
非を認め関係の修復に動いてくれるというのはこれ以上なくありがたい話だった。
重荷が降り、アレンに対しても明らかに接し方が変わっていた。
「ははは・・・よかったよかった、もとは同じ勇者ブライアンを祖先とする我ら、
何かあっては偉大なる先祖に合わせる顔がない・・・ほっとしたわい。
しかしローレル王子の弟君は変わっておる。まさかあんな出来損ない・・・
いや、サマンサなんぞを欲するとは。何なら友好の証に弟君の許嫁として
くれてやってもいいわい。そうだろう?息子よ。わっはっはっは・・・・・・」
アレンはこのとき、アーサーが一瞬ではあったが非常に不快そうな顔つきを
しているのを見逃さなかった。これだけでも、この親子がサマンサという少女に
関して全く違った扱いをしていることがわかる。
(・・・実の親子でもこれだからな。同じ先祖を持つだけのおれとアーサーの
意見が合わないのも当然か。これが現実なんだよな・・・。でもこの親父よりは
おれはアーサーに共感できるぜ。普通だったら自分の娘を襲ったやつの
嫁になんかやりはしないだろうに・・・どうかしてやがる)
アーサーはすぐにいつも通りの穏やかな表情になり父に対して、また
アレンにも問いかけるかのように提案を始めた。
「・・・父上、それでしたら・・・このローレル王子こそふさわしいのでは?
彼であれば文句なし、完璧でしょう」
「お、おお!確かにそうだな!それは最高だ!ローレル王子、どうかのう?」
「え・・・お、おれ!?いや・・・ハハハハ・・・・・・」
どうにか笑ってごまかしたが、下手をするとこの場で婚約させられてしまいそうな
勢いでサマルトリアの父子がアレンを押しこもうとしてきた。こんなところで
息ぴったりなのかよ、とアレンは呆れにも近い感情を抱いていた。
「うーむ・・・ではこの話はまた改めて、だな・・・。では息子よ、
ローレル王子と共にムーンブルクまでの道のりを・・・」
「そのことですが、父上。私はムーンブルクの現状を確かめた後も王子と
世界を旅したいと思っております。ですからしばらくは戻れません。
彼はムーンブルクの視察程度のためにローレシアを出たのではないのですから、
私もその力となることが最善だと判断しました」
アーサーは突然の宣言で父を、そしてアレンを驚かせた。特にアレンにとっては、
彼は自分の旅の真の最終目標を知っている数少ない人間だ。自分と旅を続けると
いうのはハーゴンを倒し邪教を崩壊させるという果てなき冒険に付き合うということを
アーサーが表明したのだ。もちろんサマル王は動揺し、返答できずにいたが、
「父上、私たちが並んで歩き世界を旅すること、それは両国の関係が完全に
平和なものとなった事実を多くの人々に教える最高の手段です。我が
サマルトリアの威信を示すためにも必要不可欠なのです」
「うーむ・・・しかしいまそなたが長い間留守にしては・・・・・・」
あくまでほんとうの目的は話さない。巧みに、しかし力強く父を説得する。
彼の言葉に王は頷き続け、やがてとうとう長期の不在を認めさせてしまった。
「・・・よし、そなたほどの者がそこまで言うのならそれが正しいのだろう!
ローレル王子、遥かなる旅路になるかもしれぬが・・・息子を頼みましたぞ!」
優秀な息子の言いなりで、時にはいいように操られているという噂もあった
サマル王だが、どうやら嘘ではないようだ。このアーサーという男には
自分も用心しなければ、とアレンに改めて教える一幕だった。
用を終えればサマルトリアを発ち、早く先を目指さなければならない。
自分たちの国の厄介ごとも解決しひとまず安心できたところで、ここからが
ほんとうの冒険の始まりだ。王の間から出て、城をも離れようとしていたときだった。
二人の後ろから誰かが走ってきていた。振り返ると、王女サマンサがもうすでに
彼らのそばまで迫っていた。かなりの全力疾走であったはずなのに全く彼女の
息は切れておらず、汗もかいていなかった。
「おにいちゃん!さっき聞いたよ。とてもなが~いぼうけんにでるんだよね?
だったらわたしもいっしょにつれていってよ!いいでしょ?」
「・・・お前はだめだよ。今回はいつものような旅とは違うんだ。
大人しくサマルトリアで待っていてくれ」
「そんな!やだやだ!わたしもいく!おにいちゃんと会えないのはやだー!!」
思った通りの反応だった。アーサーにしがみつき駄々をこねており、彼女を
どうにかしないと出発させてくれなさそうだ。アーサーは深く息をつくと、
「・・・サマンサ、もしお前まで旅に出たら誰が『あれ』の研究を続けるんだ?
ぼくはちゃんと時々帰ってくる。そのときお前がいくつかあれを見つけてくれれば
と~~~ってもうれしいんだけどなぁ。もっとサマンサを好きになるのになぁ」
「そう!?それならわかった!さみしいけれどやっておくからね!!これの続きを!」
サマンサがこれ、と言って取り出した本は、おそらくは古代呪文の謎について
書かれている古い本で、魔法力のあるなしに関わらずアレンにはとても読めない。
ローレシアの学者たちが似たような本を前に頭を抱え、ついに解読を
断念してしまったことも知っている。しかしこの兄妹の会話の様子では、
アーサーはともかくサマンサまでもがこの難解極まりなさそうな本を
読み進めることに苦労していない。幼児向けの絵本を読んでいた彼女が。
「じゃあ・・・もう行くから。お前も元気でな」
「うん・・・・・・待ってる。おにいちゃん・・・・・・」
何はともあれ全てがアーサーの計算通り、望み通りに進んでいる。父を操り
妹を納得させた。アレンが個人的には好きではなくできれば避けたい事柄の一つ、
細かい心理戦、『駆け引き』がこの先必要なときにはアーサーは頼れるだろう。
しかし天才的な読みをもってしても、予想外の展開までは対処できなかった。
「おにいちゃん!んっ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・!!」
サマンサは兄への別れの口づけをした。だが、それは普通のものではない。
かなり深く、しかもアーサーが離そうとしても決して離れない吸いつきで、
数十秒は続いていただろうか。大人のキスにしてもあまりにも情熱的で、
ようやく満足して愛する兄との口づけを終えた彼女から数滴の唾液が地に落ちた。
「・・・ぷはぁっ・・・・・・。えへへ、がんばってね!」
「・・・・・・・・あ、ああ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
それからしばらくアレンとアーサーは互いに何も言わないまま並んで歩いていたが、
サマルトリアから出て少ししてから、沈黙を嫌がったのかアーサーが口を開く。
「・・・どうだい、ぼくの妹サマンサは。美人だろ?きみの伴侶に」
「いや・・・実は前に冗談半分ではあるが求婚したんだよ、あの子にな」
アーサーはそれを聞くと両手を広げて感心したような顔で、
「ほーっ、それは素晴らしい。さすがは燃える情熱の男トウショウボーイこと
アレン!それなら話は早いじゃないか・・・」
「・・・断られたよ。それにさっきのあんなものを見せつけられてどうして
おれの嫁になるっていうんだ。馬鹿言うな。お前こそどうだ?」
「・・・・・・それこそ馬鹿なことを。あれは妹だよ。もっと無理だろう」
それはそうだ、とアレンは苦笑いしながら話を終えようとしたが、
まだとても重要で気になることを聞き忘れているのを思い出した。
「どうしてあんなに妹に好かれているんだ?何かしたのか?」
「さあ・・・さっぱりわからない。どうしてぼくなのか・・・」
「いや、あの子だけじゃねぇ!そもそもお前はなんでそんなに若い女たちからの
人気があるんだ!絶対に何かあるはずなんだ。教えろ、この野郎!」
「だから知らないって言ってるだろう。勝手に寄ってきて・・・・・・」
残酷な現実に不快になりながらもアレンは先を目指す。故国のことは
もう心配する必要はない。ムーンブルクへ向けて歩みを続けた。