高らかに勝利を宣言するはずの舞台でアレンは涙ながらに自分はシドーに勝利できず、
アーサーが命と引き換えに世界を救ったのだと語った。感情のままの行為だったが、
実のところ生き残ったアレンとセリアを助けるものになった。英雄として過度に
神格化され、人として生きることを許されなくなる可能性があったがそれを打ち消した。
破壊神より強い男として恐れられることも、二人を倒せば自分が世界で最強だという
野心ある者たちから命を狙われることもこれでなくなった。
「へへ・・・ルビスのババア、思惑が外れたってわけだ。アレンもセリアもあいつの
操り人形を卒業して生きていけるんだな。いい結果になったじゃないか」
フレイムのホーリックスが敵対するルビスの失敗を見て笑った。すでに世界各地と
アレンのつながりは途絶えていた。彼の予想外の言葉を述べ期待に背いたせいで
精霊が奇跡を中止したのか、それともこれ以上悲しみの姿を晒してやりたくないという
思いからであったのかはわからないが、勇者の演説は終わった。一方ハーゴンは
しばらくじっと目を閉じたまま何も喋らなかったが、ここで口を開いた。
「・・・そうだな、彼が失われたということ以外は全てよい結果だった。そして
誰もが痛みを被った。それなのにわたしだけが無責任でいられるはずもない。
最後に彼と共にいたのはわたしなのだからな・・・」
その手にはナイフと同じほど鋭利な剃刀があった。ハーゴンはそれを自らの
顔に近づけていく。それを見たアレンとセリアは大きな声で制止しようとした。
「やめろ!お前が死ぬ意味なんてない!誰もお前のせいだなんて思っちゃいない!」
「そうよ、アーサーだってあなたの命を守るために・・・!」
しかしハーゴンの手の動きは止まらない。彼女の仲間たちがどうにかしようにも
間に合わない位置にいた。だが、その刃は最初から喉元に向けられたものではなかった。
なんと自身の頭に当てると、そのままよく手入れされた黒髪を静かに剃り始めた。
「・・・な・・・!?何をやっているんだ!?」
「ハ・・・ハーゴン様!」
アレンはもちろん、他の誰もその行動が理解できずただ眺めているしかできなかった。
やがてとうとうその頭から全ての髪が完全になくなってしまうまで見届けていた。
これがハーゴンのアーサーが死んだことへの自身の思いの清算だった。
「・・・・・・あ、あなたは・・・なんということを!」
「わたしもあのとき彼と共に命を賭す覚悟でいた。しかしわたしだけが生き延びた。
ならば自ら死ぬだなんてことは確かにできない。とはいえこれくらいのことは
させていただいた。わたしの気が済まないのでな」
「ああ・・・おれたちは別にお前たちを責めちゃいない。しかし見事につるっつるだな」
ハーゴンとその仲間たちはモンスター人間であり、寿命がない存在だ。だからこそ
最初にある程度身体や強さが完成してしまえばそれ以降の成長や変化が非常に遅く、
彼女の髪の毛が元通りになるのはいつのことになるのかわからなかった。
「これではとても人前に出られない。まして世界の頂点に立つなど考えられない。
少なくともきみたちの活躍する時代は余程のことがない限りわたしたちが
行動を起こすことはないだろう。さあ、正義の心を持つ人間には耐えがたい
環境であるロンダルキアにいる必要はもうないはずだ。故郷へ帰るといい。
きみたちの指定する地に戻れるようになっている・・・」
旅の扉が現れた。この白銀の世界ともお別れだ。世界に平和をもたらすという使命を
果たしたいま、ルビスの特別な加護も失われていくだろう。魔族もしくは邪悪な
意思に支配された人間以外は長く留まることはできないロンダルキアにこれ以上
アレンとセリアが残ることは厳しかった。放置していた荷物を回収して二人は
旅の扉の前に立った。すでにどこへ向かうか、意見はまとまっていた。
「アレン、大勢の者がきみを待つローレシアに向かうことを望むか。それともセリア、
廃墟の城の前で勝利の報告をすることを願うか。または世界の各地を巡るために
どこかの海辺の町で船旅を始めるか・・・どうする?」
「そうだな・・・世界地図にしるしをつけた。このあたりに頼む」
「・・・ふむ、何かあっただろうか、そんなところに。しかしその希望を
叶えよう。ではお別れだ、勇者ロトの子孫たち。できることならその旅の
終わりにもう一度お会いしたいものだ・・・」
「あら、わたしたちとしては・・・できればもう会いたくはないけれどね」
ハーゴンたちと生きている間に再び会うということは、世界に大変な事態が
起きている証だ。心底彼女らを憎み二度と顔を見たくないというわけでは
ないのだが、少なくともこのような騒乱の日々は二度と味わいたくなかった。
視界が歪み、だんだんと景色が変わっていった。そこは何でもないただの草原だった。
ハーゴンがここに何があっただろうか、と首を傾げる地だけあった。しかもアレンと
セリアにとっても訪れたことがあるかどうかわからないような場所だった。
「なかなか見通しはいいところのようだな・・・とりあえず北へ向かうか」
「魔物たちは・・・すでに襲ってこないようだから快適な旅になりそうね」
邪神たちの影響から解放された魔物たちは人間を襲うことはなくなっていた。
好戦的な魔物たちはすでに最後の戦いの際にシドーによって召喚された魔物の群れと
共に返り討ちに遭い倒されている。この地に残されたのは無害な魔物だけだ。
百年前ラダトームがそのような魔物を迫害したことが悪霊の神々となった三体の
魔物たちが立ち上がった原因であり、ロンダルキアの一団や竜王の城の軍など
いつ人間たち相手に攻勢を仕掛けてもおかしくない者たちを生んだのだ。
この平和を守ることがハーゴン、そしてアーサーの望みであり、アレンとセリアは
先頭に立って世界を導いていかなければならない立場にあった。しかしいまの
二人はあてもなく歩き、ローレシアとは全く逆へと旅を続けていた。
「・・・おお、村があったぜ。きっとどの王国の管轄にもないような村だ」
「ならちょうどいいわね。さっそく向かいましょう」
名前も知らない小さな村に入ると、村人たちは二人を温かく歓迎した。
「おお・・・よくぞこんな村にお越しになられました。久々の旅のお方ですわい。
宿はありませぬが誰も住んでいない小屋ならこちらに・・・さあさあ」
「魔物たちが急におとなしくなったのですじゃ。これからはあなたたちのような
旅人も昔のように増えることじゃろう。噂ではどこか遠い国の王子様たちが
世界を滅ぼそうとする魔物を倒したという話じゃが・・・」
このような村ではアレンとセリアの顔も知られていない。二人の狙い通りだった。
自分たちがただの旅の人間であるとみなす、そんな地を望んでいたのだ。
「ええ・・・おれたちも話では聞いていますが詳しくは知りません」
「そうですか・・・さあ、小屋に案内しましょう。掃除はされていますから・・・」
名前を聞かれても偽名を名乗り、適当な名前の町を語り、そこから来たと説明した。
万が一『アレンとセリア』という名に何かを察する者がいるとよくないからだ。
正体が明らかにされないままならば気を楽にして滞在できるというものだ。
「なかなかいい場所だぜ。どうやら温泉もあるみたいだしな」
「畑を耕す人が多いようだから、少しお手伝いすれば食べ物をわけてもらえそうね」
地図で見る限りこの辺りは世界の最北だ。しかしロンダルキアで極寒を経験した
二人にとっては寒さは問題にならなかった。夕方になると仕事を終えた男たちは
集まり合い、酒を飲みながら互いに力比べを始めていた。その騒ぎ方はまるで
祭りのようだったが、世界の危機についてもよくわかっていない村人ばかりで
あるため、特別なことではなかったようだ。
「・・・面白そうじゃない。あなたも参加してきたら?」
「いや、遠慮するよ。相手にならねぇだろ。それに・・・酒もな」
アーサーとの約束だった断酒を、アレンは今後も、その生涯の間続けようと
思い定めていた。邪教討伐までの誓いのはずだったが、アーサーの遺した手紙には
アレンが酒で失敗することを心配しているような文面があった。それに、酒を
飲まないという行為を続けることで自分とアーサーの繋がりが自分の命の日の限り
切れないものとしたかったのが大きな理由だった。ハーゴンが髪を剃ったように、
アレンは酒から離れることでアーサーを自分の中に残したかったのだ。
「おい、旅人の兄ちゃん!ちょうどいい、俺と勝負しろ!」
この村の男たちのなかで最も力が強く、今日も連戦連勝の大男がアレンを見つけ
対戦相手に指名した。しかし魔物たちとの戦いを経たアレンにとってはあまりにも
格下の男だ。騒ぎを起こさないためにも予定通りそこから離れようとした。
「兄ちゃんが勝ったら俺の家の食いモン全部やるぜ!水も酒も、ついでに金もだ!」
「いや・・・その、おれはいいです、疲れてますから・・・」
「なんだァ・・・じゃあ不戦敗ってことでいいな!?だったら俺の勝ちってことで
商品をもらうぜ!おい、お前たち!」
アレンとセリアの周りを十人程度の男たちが囲んだ。酒臭い者ばかりで、ヘラヘラと
笑っていた。徐々に二人との距離を詰め始める。
「俺が勝ったらその姉ちゃんをもらうつもりだったんだ。この村にはこんな美人は
いねぇからなァ!へへへ・・・強い男のそばにいたほうが女は幸せだろ?」
セリアを連れて行こうと男の一人が手を伸ばした。しかしアレンはそれを払いのけた。
戦う理由が生まれたいま、彼の顔は燃える闘将のようだった。このような者たちが
セリアに触れることすら許し難く、アレンは戦いの舞台に立った。
「・・・わかった、やろう。で、決まりは?」
「簡単だ!この円のなかでぶつかりあう!足以外が地面に触れるか円から少しでも
出たほうの負けだ!小細工無用のいい力比べだろう!よし、始めるぜ!」
完全に不意を突く形で巨漢の男はアレンに突進し、大きく反応が遅れたアレン。
一撃で円の外へ突き飛ばせるという自信が男にはあった。しかしアレンの体は
大岩のように全く動かない。いくら押してもちっとも動かないのだった。
「・・・そ、そんな馬鹿な!こいつ・・・どんな筋力だ!」
「・・・・・・・・・」
アレンは中腰になって押してくる男の頭を上から全力で叩いた。すると男は瞬時に
地に沈み、顔面の骨と歯が粉々に砕けた。とはいえ全身が土にめり込んでいるため
人々が男の悲惨な顔を見ることはなかった。その前にセリアが密かに呟いて、
「・・・ベホマ!まったく・・・わたしのために熱くなってくれるのは
うれしいけれどもう少し加減ができないのかしらね・・・」
回復呪文を唱えていたので、男が意識を取り戻して顔を引き抜くと、まったくの
無傷だった。あまりに一瞬でアレンが決着をつけたため、実際には何が起きたか
誰も説明できなかった。男が足を滑らせてしまい、たまたま地面が緩くなっている
ところに沈んだためにこうなったのだ、と言う者もいれば、この力比べに不思議な
技術を持ち込んでアレンが勝利したのだと主張する者たちもいた。やがて彼ら同士で
意見が分かれ論争が始まったのでアレンとセリアはそこから去っていった。
「・・・あ、あいつ・・・何だったんだ?」
アレンに敗れた男だけがその強さに恐れおののいていた。アレンたちがいなくなって
しまったため、自分の家のほぼすべてを持っていかれることはなさそうだが、
その安堵よりもアレンの力に動揺し、震えていた。すると彼のもとに若い男が
近づき、片腕だけで巨体を起き上がらせた。そして皆に聞かれないように彼だけに言う。
「お前もその肌で感じたか。やつが相手では百回やってもお前は絶対に勝てん」
「あ・・・あなたは!あいつらのことを知っているのですか!」
「フフフ・・・少し近づいてみるさ。お前の無念を晴らせるかは知らないがな」
この日必要なものを手に入れ、アレンとセリアは貸し出された小屋に帰ってきた。
するとすでに一人、アレンたちとそこまで年齢の変わらない男が座っていた。彼こそ
この村一の力自慢よりも更に強いと誰もが知っている村の若き長だった。
「・・・おい、お前は誰だ。さっきのやつらの仲間か?」
「自己紹介しよう。オレの名はバルク。この最北の村の長だ。あの雑魚どもが
お前たちを不快にさせたことは謝りたい。だがお前たちにも責められるべき点が
ある。己の素性に関して偽りを語っているということのためだ」
「・・・・・・何を言っているのかわからないわ」
「とぼけるのはよせ。実はオレは村長という立場ではあるが滅多に村にはいないんだ。
村の作物や民芸品を売りに行くのはオレ以外にはできないことでな。特に魔物が
暴れ始めたころからは村から出ることすら他のやつらには危険すぎる。だがオレなら
遠い町や他国にも行ける。売買を終えたら帰りはキメラの翼ですぐだからな」
バルクと名乗る男はこの北の村からたびたび南下し、場合によっては遠い他国にも
行けるほどの実力者だった。辺鄙な地方から中央へと幾度も旅をしているという
彼の言葉に、アレンとセリアは嫌な予感がした。それを尋ねる前にバルクのほうから、
「なあ、ローレシアのアレン王子にムーンブルクのセリア王女。あんたたちの話は
人の多いところでなら誰もが噂にしていた。何でも勇者ロトの子孫で、この世界を
救うとかいう壮大な旅をしているそうだな。それがどうしていまこんな村にいる?
魔物たちが急に大人しくなったのと関係があるのか?おい、教えてもらおうか」
バルクの眼光は鋭かった。彼としては、大国の次期国王であるアレンがわざわざ
こんな小さな村にやってきたことを手放しに喜べる立場ではなかったからだ。
人間を襲う魔物がいなくなったとなれば、魔物相手に戦っていた軍隊はこれからは
他国への力として用いられる。防衛であり、そして侵略。ローレシアの軍が
攻めてきたらさすがにバルク一人ではどうしようもない。この村を支配したところで
あまり意味はないだろうが、村人が皆奴隷として連れていかれる可能性はある。
魔物がいなくなった世では数年もすれば人間の国家同士で世界の覇者の座を賭けた
戦争が行われるのは歴史上幾度も起きた事実であり、そのための準備をしているの
ではないかとバルクは睨んでいた。返答次第ではアレンとセリアを倒す覚悟だった。