凡庸
ローレシアの、いや・・・世界を治めることになるであろう者たちを祝う宴が
続いている。その祭りのなかにこのわたしハーゴンが密かにいることを知ったら
人々はどう反応するだろうか。おそらくは何も恐れないだろう。わたしが何を
しようとアレンとセリア、世界を救った彼らならば必ずやハーゴンを倒してくれると
信頼し、二人もそれに応えるだろう。仲間たちがいないわたしなど簡単に倒すはずだ。
わたしには予感がある。魔族の力ある者、邪悪なる神や魔王が滅びた後の人間の世の
平和は長続きしないが、今回はどうやら数百年は続きそうだ。わたしの時代が終わり
新たな魔王が台頭するまでの間、人間同士で争い合う気配を感じなかったからだ。
かつてゾーマの城で生まれ育ったわたしは、ゾーマを崇拝し彼亡き後は自分がその遺志を
成し遂げると誓った者たち数人を知っている。それぞれがそれぞれの方法で世界を
闇に導こうとするだろうが、誰が最初に立ち上がるとしてもやはりこれから先数百年は
要すると予測される。わたしが人間と接することもそれまではないであろう。
だから今日はその最後に、どうしても会わなくてはならない親友のもとに来るために
ロンダルキアを離れ、共に来ると言う仲間たちを制して一人でここまで足を運んだ。
新しい王の誕生や若き二人の結婚の祝いにはそれほど興味はなかった。一応一通り
見届けはしたが、いまは城の外、海の近くの寂しい場所にいる。おそらくそろそろ
わたしの魔力に導かれて彼女は姿を現すはずだろう。他に誰もいない静かなここで
なければわたしは彼女と話をすることはできないからだ。
「・・・あれ?ウオッカだ。何かがあると思って来てみたら・・・」
「来たようだね、サマンサ。そこに座るといい。ちょっと話がしたくてね」
わたしのことを別名、いや本名というのが正しいのかもしれないがそれはいいとして、
ウオッカと呼ぶのはごく限られた者たちだけだ。人間ではこのサマンサしかいない。
夜の海を見ながら二人で並んで座った。わたしは要件をすぐに伝えることにした。
「サマンサ、今日は君にある特別な招待をするために来た。君が王族としてあの式典に
来ているのは知っていたが他の人間に聞かれるとよくないからね」
「・・・特別な招待?」
「わたしたちといっしょにロンダルキアで暮らさないか?モンスター人間として
永遠の命をも君が望むならば与えよう。君の最愛の兄アーサー、テンポイントと
呼ばれた流星の貴公子は死んだ。彼がいない今この世界は君にとっては生き辛い
苦しいものだ。だからいま、わたしとロンダルキアに旅立とうではないか!
アーサーを生きて帰らせるという約束を果たせなかった罪を少しずつでも
償っていけたらと思ってね・・・しばらく考える時間は与えよう」
サマンサはわたしの言葉の意味が理解できなかったのかきょとんとしていた。しかし
しばらくしてからわたしとの距離を詰め、彼女にとって最も大事なことを尋ねてきた。
「・・・ロンダルキア・・・おにいちゃんはいまそこにいるの?」
「いや・・・彼はもういない。思い出の品もアレンたちが持って帰った」
「だったらやめる。それよりウオッカ、おにいちゃんがどこにいるか知らない?」
兄を失った割には平然としていると思ったが、いまだに彼の死を受け入れていないのか。
誰に何と言われても事実を受け入れることを脳が拒み続けているのか。いや、違う。
他の誰も、アレンたちや神や精霊ですら読み違えるとしてもわたしにはわかる。サマンサは
壊れてなどいない。何らかの感覚でそれを掴んでいるのだ。アーサーが死んではおらず、
文字通り生き続けているということを。何という人間なのだろうとわたしは驚嘆した。
『・・・・・・!こ、これは・・・・・・遺体は残っていたのか・・・。しっかりと
探したはずだったが・・・いや・・・待て!微かに聞こえるぞ、呼吸の音が!』
わたしは確かにアーサーが破壊神を倒した後に彼が力尽き、火口へと消えていったのを
目にした。僅かな希望を持ち彼を捜索したが見つからず、すでに溶解して消えてしまったと
結論し、アレンたちに伝えた。彼らがロンダルキアを去って三日後だった。アーサーの
ために墓を作ろうとその最期を迎えた場所にもう一度向かったときだ。何度も調べた
はずのところに彼は横たわっていて、しかも酷い重傷であるのに生きていた。大急ぎで
神殿に連れて帰り、仲間たちと共に回復呪文を唱え続けた末に意識を取り戻したのだ。
『・・・・・・・・・ここは・・・・・・』
『お・・・おおっ!目を開けた!ハーゴン様!』
『何という奇跡だ・・・!あれほどの傷を負いながら生還するとは!』
わたしたちは彼の生命力が奇跡の復活を呼んだのだと歓喜したが、そうではなかった。
『いや・・・ぼくは死んでいた。確かに死んだんだ。それから後のことだった。
眩しい光の中に一本の道があった。死後の世界へと続く道だろうと思ったよ。
でもそこから・・・ウオッカ、きみよりも幼い少女が一人こっちへ歩いてきたんだ』
ここから先の彼の話は信じがたいものであった。わたしの仲間たち数人もこれはきっと
生死の境目で見た幻覚だと言った。しかしわたしはこれが真実であると思っている。
『・・・きみは誰だ?ぼくを迎えに来たというのか?』
『わたし?わたしの名前はシドー。さっきまで遊んだのにもう忘れちゃった?
あ・・・そうか、この姿じゃわかんないか。でもわたしはさっきまであなたと
遊んでいたシドーだよ。寝起きとはいえあそこまで楽しませてくれるなんてね』
『・・・シドー!き、きみは確かにこのぼくが殺したはず・・・!』
『うふふ、神は死なないよ。あの悪霊の神々とは違う、本物の神は死なないんだよ。
それにあなた、力尽きる前にわたしに復活の玉をくれたでしょ。あれのおかげで
思っていたよりも早く回復できたんだ。だからちょっとしたご褒美をあげる』
シドーと名乗る少女の両手が光ると、アーサーの全身にその光が乗り移ったという。
『こ、これは・・・!空っぽになったはずの力が戻ってきたようだ・・・!』
『あなたの生命力だよ、それは。あなたの体を蝕む病気はもう治せないけど、
そうだね・・・あと一年か二年は生きられるようになったよ。しかも死んじゃう
瞬間までほとんど痛みや苦しみはないから、好きなように生きていけるよ』
アーサーが極限状態で敵であるはずのシドーに示した優しさが破壊神に癒しの奇跡を
行うよう動かしたのだ。そこで彼の意識は途絶え、次に目覚めたのはわたしたちの前
であった、とのことだ。とにかく彼が生き返ったことは紛れもない事実だった。
その病についても聞き、彼をモンスター人間として転生させることでどうにかできると
考えたが、それは失敗した。どうやら精霊や神の加護を受けた者にはわたしの力は
及ばないらしい。これまでに不死の命を授けた命はただの魔物か平凡な人間たちであり、
アーサーはシドーの言葉を信じるならばどの道あと少しの寿命であるということだ。
『・・・・・・あんたはこれからどうするんだ?いや、まずは早く帰ってあいつらに
追いつきな。きっと泣いて喜ぶだろうよ。死んだと思っていたのに生きていたと
あればな!さあ、そこの旅の扉から・・・』
『いや・・・それはしない。ぼくはやはりここで死んだことにする。せっかく
生き返ったところで長くは持たないのだからまたみんなを悲しませてしまう。
だったらぬか喜びさせたくないし、このまま消えるよ。そうだね、一年も
あれば船旅が楽しめる。平和な世を何の制約も使命もなしに一人で気楽に
旅をする・・・すでに死んでいることになっているのだからどこで倒れようが
勝手の自由な冒険だ。だからきみたちも誰に聞かれても何も言わないでほしい』
彼は淡々としていた。シドーから与えられた『おまけ』のような命を受け入れ、
邪教討伐の旅を始める前からの夢であった船での気ままな一人旅を始めると語り
皆を驚かせた。聞くところによるとどうやら何事もなく使命を果たせたとしても
国を捨てて失踪し、人の手で汚れていない楽園のような地を探しに行くつもり
だったとのことだ。とはいえ彼は一度目の死の直前、このロンダルキアをはじめとした
大空や大地を見たことで『楽園』に対する見方が変わり、それはもう目的ではないと
わたしに言った。あてのない、帰らない旅に向かう準備を始めた。
『ハーゴン・・・いや、ウオッカ。後のこと・・・といってもただ一つだけ
頼みたいことがある。世界で最も知恵を持つ賢いきみのやり方で、サマンサを
最善の方法で幸せに導いてほしい。きみはサマンサの親友なんだからぼくが
わざわざお願いしなくてもいいのかもしれないけれど』
『・・・だったらわたしに任せるのではなく君がどうにかするべきだ。彼女は
ようやく新たな人生を歩み始めた・・・君によって希望を得たからだ。
その旅とやらにサマンサを連れていくことは考えていないのか?』
『・・・ぼくは長くない。もし途中でぼくが死んだらきっとサマンサは何も
食べなくなってぼくの後を追うだろう。そんな死に方はさせられない。だから
きみに頼んでいるんだ。うまくやってくれると信じているよ』
あの笑顔で両手を掴まれたら断るわけにもいかなかった。加えてわたしの書く
『勇者伝』の記録も、この世代の人間が生きているうちは破壊神との戦いで
王子アーサーは命を落としたとするように頼まれた。あのまま火山で死んでいても
特に何を成すでもなくどこかの海で野垂れ死ぬのも差はない。それに関しては
快諾したが、問題はサマンサだ。わたしたちとロンダルキアで暮らすことを
よしとせず、アーサーが生きていると疑わない。さて、どうしたものか。
「・・・彼・・・アーサーがどこにいるかだって?わたしたちみんなの心の
なかにいるさ。わたしたちが彼を忘れない限り彼は生き続ける。先ほど
アレンが祝いの時、人々の前で力強くそう述べていたではないか」
「・・・・・・?それで、おにいちゃんはどこにいるのかな?」
やはりだめか。わたしとしてもサマンサはロンダルキアに連れて帰りたかった。
共に笑い、学び、成長していく日々を過ごしたかったが、それは叶わないようだ。
ならばわたしは一つの質問をしてからサマンサの幸せのために奇跡の力を使おう。
もはや人の世に関わることはないであろうわたしの最後の奇跡になるだろう。
「サマンサ、実は君がアーサーといられるのはとても短い時間なんだ。しかも
過酷な条件の下、待っているのは悲しみだけだ。わたしと来れば永久に楽園の
ような地で苦しみを知らずに生きていける。それでも気持ちは変わらないか?」
「うん。わたしにとっての楽園は・・・おにいちゃんといる場所だから。
あとどれくらいかはわからないけれど・・・いっしょに生きて、そして
いっしょにいなくなるよ。きっと幸せな気持ちで死ねると思うんだ」
一切の迷いがなかった。それだけ聞けばじゅうぶんだ。わたしはサマンサの
肩に力強く手を置いて、自然に出た笑顔で彼女の決定を祝福した。
「・・・よく言った!それでこそわたしの親友、わたしの初恋だ!」
わたしはアーサーとサマンサの関係そのものに恋をしていた。彼らを愛しているからこそ、
彼らには二人で幸福を得てほしかった。そのための協力は惜しまないと誓ったのだ。
どうせ二人のどちらかは裏切ることになるのならわたしの思いを優先してやろう。
アーサーには悪いが、わたしは一隻の小さな船を指さした。するとその船のそばから
たくさんの花火が打ち上げられ、夜空を彩った。アレンとセリアを祝うものだった。
「きれいな花火だろう?あれを仕込んだのは他でもないアーサーだ。式典には
姿を現さなかったが旅の仲間である二人の今後の成功を願ってから出発したいと
わたしに言ってきた。それまでこの付近に人を近づけるなというのもね。
だからもう間もなく・・・いや、すでに旅立ちは始まったようだ。
船が動き始めている。一人で誰にも知られずに消えていくつもりらしい」
「・・・・・・!!そんな・・・どうしてわたしを置いて・・・!」
「まあそのへんはあとで彼に聞いてほしい。いまから君をあの船のなかに
一瞬で移す。そうだな、食料を入れる樽が並んだあたりに」
すぐに見つかっては船から降ろされるかもしれない。しかしある程度陸から離れて
サマンサを見たならばアーサーも折れるだろう。彼だってサマンサを一人の女として
愛しているのだ。サマンサのためにひっそりと消えゆく決意をしたが、それは
正しくない考えだったと気がつき彼女を受け入れることだろう。
「ありがとう、ウオッカ!じゃあさっそくお願い!しばらくしたらまた会おうね!
わたしとおにいちゃん、それにわたしたちの子どもといっしょに・・・」
「ああ、そうだった・・・。君たちとしたように君たちの子孫とも酒を飲んで
語らい合いたいとベラヌールの町でわたし自身がそう言った。だから安心
するといい。君たちがどこへ向かおうとわたしもまた共にいるからだ」
別れの抱擁を交わした。わたしたちに涙はなかった。おそらくもうサマンサを、
そしてアーサーと会うことはないとわたしは知っている。水晶を使って彼らの
船旅の様子を追うこともしないと決めている。だからその姿を見ることも
これが最後になるのだが寂しさや悲しさは不思議なことに一切なかった。
「・・・さあ、行け!サマンサ!マルゼンスキー家の末裔でありロトの血を継ぎながら
悲運の宿命のうちに育った者よ!君の愛する流星の貴公子テンポイント、その真の名を
アーサーという君の最愛の兄・・・いや、夫と二人でどこまでも!」
わたしの目の前からサマンサが消えた。アーサーが乗った船へと飛んでいったのだ。
これでわたしのなすべきことは終わった。アーサーはサマンサの今後に関しては
わたしに託したが、アレンやセリア、さらに言えばこの世界については一言も
触れなかった。彼らへの信頼の表れであり、わたしたちが何もしなくても正しい
道を歩み平和を築き上げていくと確信していたのでそうできたのだろう。
『僕は世界を救うとかいう旅を始めてしばらくたっても、これは課された使命であって
本番は自分で望んだ旅のほうだと思っていた。真の喜びや楽しみ、感動を得られるのは
そちらだと・・・けど今は違う。アレンとセリアとの数々の冒険の思い出はあまりにも
胸を熱くさせるものばかりで・・・この先一人でどんな発見をしたとしてもそれは
凡庸なものとしか思えないだろう。あれほどの経験はもうできないんだ』
アーサーがわたしと別れる前、ぽつりと語った言葉だ。ルビスに愛されなかったとはいえ
彼は立派な勇者の一人、わたしからすれば最も偉大な勇者だった。その勇者としての
日々に比べたらこの先は凡庸か・・・なるほど、その気持ちはわたしにもよくわかる。
「帰ろう・・・わたしの親友たち、そして母の待つロンダルキアへ」
持病の鼻出血が落ち着き、親友である仲間たちやわたしの母であると打ち明けてくれた
トシフジと平和なロンダルキアで穏やかに暮らす。明日からのわたしの先行きは明るい。
けれども世界をどうにかしようと駆け回り、思い通りにならないことや数多くの裏切りに
苦悩したこの百年間に比べたら・・・やはりおそらくは凡庸な毎日が待っているだろう。
声を大きくして喜ぶような幸せも、涙が止まらないような不幸もない。世界の支配に
失敗した魔王は二度とその座に返り咲くことはない。わたしの手でわたしが目指した
世界を実現させられなくなり、他の魔王の野望に手出しもできない。人知れず
ロンダルキアの地でいつまでも変わらない日々を過ごすだけだ。
「・・・・・・・・・だが・・・まあいいか、そんな人生も」
『こうして、再び平和が訪れたのでした!』と書き終え、わたしはペンを置いた。
新たな国王たちのような世界の注目を浴びながら生き続けるのも、ほんの僅かの瞬間だけ
眩しく輝いて消えていく二人も、闇の中で静かに過ごすのも全て価値のある人生だ。
いまだ賑やかな城と夜の海に向かって進み小さくなっていく船を見てそう感じた。