どうして女性たちの人気が高いのか、せっかく恥を忍んでアーサーに聞いたというのに
『勝手に寄ってくる』と言われその後しばらくアレンは黙っているしかなかった。
(くっそォ~・・・。おれのほうが強いのになァ~っ・・・。まあおれだって
それなりにモテる。でもこいつはなぜあんなに・・・。この旅の間に
その秘訣を盗んでやるぜ。シラを切ってはいるが必ず・・・・・・)
アレンははっと我に返った。オレは阿呆か、と。何のためにアーサーと二人
旅を始めたというのか。ムーンブルクの現状を確認するのはもちろん、
最終的な目標は邪教の総帥ハーゴンを倒すことではなかったのか。
己の目的を見失わないように両の頬を軽く叩いた。アーサーは不思議そうに
アレンのことを眺めているだけだった。
「・・・危ないところだった。この目的だけは忘れちゃいけないよな。
ん、そうだ、旅立った理由で思い出した。そういや答えを聞いてなかったな。
アーサー、お前はどうしてサマルトリアを出てこんな旅へ?おれと違って
城で重要な仕事をしてるんだから気楽な立場じゃないだろう。それに
あの妹を置いて長い間帰らないなんて・・・よければ教えてくれよ」
もともとアーサーはアレンに隠すつもりなどなく、サマルトリアに到着した
タイミングのせいで話す機会を逸していただけだ。すぐに答えは返ってきた。
とはいえ雰囲気は真剣そのもの、軽い話ではないのだとわかった。
「そうだね。ぼくの妹・・・サマンサを次の王にするためかな」
「・・・は?」
「王女であるはずなのにサマンサの置かれている境遇は決していいものじゃない。
きみもサマルトリアでじゅうぶんわかってくれただろう?誰も何もできないように
ぼくは『カブラヤ』さんに『ガビー』さんという信頼できる二人の男女を
護衛として残していく必要があるほどだ。サマンサは不当に扱われている。
でも国王になる人間であれば、もしくは実際に国王になればそれも終わるだろう」
サマンサが兄を愛しているように、アーサーも妹を愛している。
もっとも、アーサーのほうは純粋な兄妹愛であり、血の繋がった者同士では
禁じられた感情を抱いているサマンサとは全く異なっていたのだが。
「サマンサ・・・あの子は病気だろう」
「原因がわからない。でもそれ故に突然治ってしまうことだってあるかもしれない。
何かのきっかけがあれば・・・」
妹がこの先もサマルトリアで平穏に生きていくために自らの王権を
譲るというのだ。大した自己犠牲だとアレンは驚かされたが、
それを知ってか知らずか、アーサーは一転して力を抜いて話を続けた。
「・・・まあ、ここまでだったらあいつのためって感じだけどそれだけじゃ
ないんだよね。ぼく自身が将来王になることにあんまり興味がないんだ。
むしろ何でもない旅人としていろんなところに行きたい。この世界はもう
勇者ロトやその子孫たちが夢見たような地ではなくなっている気がする。
きみはそれを自分の手で変えようとしているみたいだけどぼくは違う、
それは無理だと思っている。だから全く新しい、まだ汚れていない地を
探してみたいんだ。まあ・・・これも無理な夢かもしれないけどね」
「・・・・・・意外だな。あれだけ国の政治に関わっているうえにリリザでは
王子の立場を隠しもしなかったお前がそんな願いを持っていたとはなァ。
そうか、サマルトリア王子、次期国王でいるうちは与えられた地位を全うするが
そこから離れてしまえば気楽な旅人か。しかし許されるか?そんなこと」
「それはうまくやるさ。だからこそサマンサが王になってもらわないと困る。
最近思うようになった。もしかしたらぼくが甘やかしすぎたせいでサマンサの
精神は子どものままなんじゃないかってね。だからぼくがサマルトリアを
去ることでようやくほんとうのぼくの人生もサマンサの人生も始まるんだ」
話し方こそ楽にしていたが内容は全くそうではない。アレンも考えさせられた。
確かにアレンも王の座に固執していない。だから正義感に任せてこんな旅に
出られたというもの。しかし『ほんとうの人生が始まる』だなんていうことは
これまで全然思いもしていなかった。だったらいまをそれにしてもいい。
約束された未来を蹴ってまだ見たことのない土地を目指すのだ。半分意地のような
ものだったが、それでも自分の燃えたぎる気持ちを抑えられはしなかった。
最終的な願いこそ全く違うものの、アーサーとはかなり長く旅の仲間で
いられそうだ、考えても答えの出ない事柄が多いなかで、アレンは
それだけは確信していた。さすがにハーゴンの待つ敵の本拠地まで
ついてきてくれるかは微妙だが、彼の言う汚れていない地を見つけるまでは
共に旅ができると思っていた。アーサーもアレンに似たような気持ちを抱いていた。
自分一人では目的を果たすのは困難だが、自分がどうやっても勝てない強者
アレンがいれば旅はずっと楽になる。結果的にアレンが目指す場所まで
同行することも悪くはないと考えていた。
「・・・しかし、どんな理想や夢を抱いていようがそれを実現するための
チカラがなくっちゃあ無駄だ・・・そう思うだろう?」
「ああ。だからここに来たんだよね。いい判断だと思うよ」
二人はムーンブルク大陸へ向かうための『ローラの門』と呼ばれる場所ではなく
ローレシア大陸の西の端の湖の洞窟にやって来ていた。彼らが寄り道して
この洞窟に足を運んだ理由は『腕試し』だった。ローレシアの城から遠く離れた
西方には兵士たちもほとんど来ないため、この大陸で最も魔物たちが
野放しにされている危険な地方だった。数十年もその状態が続いていたので、
住み着いている魔物たちの強さもローレシア近辺とは段違いであり、
サマルトリアや勇者の泉のそばにいるものと比べてもレベルが高い。
間違っても一般人が観光や商売のために向かう場所ではなかったのだ。
「この洞窟の魔物たち相手に負けるようじゃおれたちの旅は失敗だ。
一番奥まで行って帰ってくる・・・それができないようならな」
「うーん、ぼく一人だったら苦労しただろうね。でも二人なら・・・か。
今後の旅を占うには絶好の洞窟だ。早速入ろうよ」
怖れることなく洞窟へ入った二人を待ち受けていたのはやはり魔物の群れだった。
『大ねずみ』や『キングコブラ』、ここまでの道のりで戦ってきた魔物に加え、
アイアンアントと似てはいるが違う種類の蟻の魔物も彼らの行く手を阻んだ。
「あれは・・・『軍隊アリ』だ。本で読んだことがある。二匹か・・・」
「そうか。弱そうだな。とっとと片づけちまおうぜ?」
アレンは鎖鎌をヒュンヒュンと振り回す仕草を見せたが、アーサーはそれを制し、
「いや・・・ここは逃げよう。まだ洞窟に入ったばかりだ。消耗できない」
戦わずにこの場を去ろうと言う。アレンは納得できなかったが、確かに
あんな非力な魔物を虐殺したところで大した経験にもならないだろう。
ここはアーサーの提案に従って蟻たちの隙を突いて先へと進んだ。
「・・・今回はお前の言う通りにした。だがずっと逃げているわけにはいかねえぞ。
ここで倒さなかったせいで帰り道に思わぬ痛手を食らうかもしれねえな」
「そうかもね。だけどぼくがここで逃走するべきだと言ったのはこれまでとは
ちょっと違うんだ。こっそり背後を見てごらん。いや・・・見なくてもいいか」
アーサーの言葉の意味はすぐにわかることになる。アレンたちの後方、
つまりさっきまで軍隊アリと対峙していたあたりから大量の足音が聞こえる。
間違いなく仲間だ。蟻たちが援軍を呼んだのだ。もう二十匹はいるだろう。
「・・・うげっ!!そういうことか・・・。確かに戦うのは骨が折れそうだ。
しかもあの蟻がワラワラと湧いてきやがったら・・・気持ち悪いな・・・」
「ああ。でも危険が去れば解散するみたいだ。また元の餌集めの仕事に
戻っていくらしい。弱そうだからってあまりからかわないほうが
いいってことなんだ。もちろん戦わなくちゃいけないときもあるだろうけど」
魔の力によって巨大化したり凶暴さをむき出しにしている魔物たちは
当然見ていて気分がいいものではない。毒を持っていたり集団で群れていたり、
また血走った目やぼたぼたと涎を垂らしているその姿は誰もが避けたいものだ。
そんなときアレンたちの目の前に現れた魔物は彼らにとって癒しとなった。
ふわふわと宙に浮く触手を持ったスライム。命知らずにもたった一匹でやってきた。
「・・・おおっ・・・!!こいつはおれも知っている!『ホイミスライム』だ!」
「コブラやねずみ・・・蟻ばっかり見てきたしね・・・少し心が落ち着いたよ。
でもきみのその様子・・・どうやら戦うつもりだね。まあ好きにしなよ」
どんな外見でも魔物は魔物、遠慮なく狩ろうとアレンは攻撃を加えた。
しかし一撃では倒しきれない。体力もただのスライムの数倍はある。
するとホイミスライムはホイミを唱え自らの傷を一瞬で回復させてしまった。
「ちっ・・・!アーサーのホイミはありがたいが敵が使うとムカつくぜ~っ・・・。
こうなりゃ手加減はなしだ!次こそ決めてやるぜ―――――っ!」
アレンは何とか倒してやろうと攻撃を続ける。しかしどうやっても倒せない。
ダメージを与えてもすぐにホイミによって回復されてしまう。数分間、
延々とこのやり取りを続け、ようやくアレンは一人ではホイミスライムを
倒せないと諦めがついた。いまの実力では足りない。疲れだけが残って
その場に座り込むとホイミスライムはどこかへと逃げ去ってしまった。
「・・・残念だったね。ほら、きみの水筒だ」
「すまねえな・・・いや、ちょっと待て!お前が加勢してくれりゃあ・・・」
ずっと戦いを眺めたままだったアーサーに文句を言った。二人なら勝てたのだ。
「・・・ははは、ごめんごめん。でもあれは単独で出てきても何の害もない
魔物だからね。そんな魔物に意地になっていたら先が持たないよ?
きみの攻撃力はぼくとは比べ物にならないほど素晴らしい。だからあんなのを
相手にしていないで、たとえば・・・あれを倒すために使ってほしいな」
彼らの視線の先にはまたおなじみの蟻がいた。まだこちらに気がついていない。
だが戦いを好んでいないアーサーが不意討ちをしろというのだ。何かある。
「あの蟻かァ~?さっきのやつだろ?お前が手を出すなって言っただろ。
それとも奇襲なら仲間を呼ばれる心配もないってか。卑怯な真似をしている
みたいで何だかいやだなァ・・・気が乗らねえよ」
「違うよ。あれは軍隊アリじゃない。暗いからわかりづらいけどよく見れば
色が違うんだ。魔力で覆われている証、つまり『ラリホーアント』なんだよ。
『ラリホー』・・・即座に眠らされてしまう危険な魔法を使うんだ。
不意討ちだろうが見つけしだい潰しておかないといけない。ぼくじゃあ
あれを倒すのに何回この聖なるナイフで刺せばいいか・・・。でもきみなら
今度こそ一撃で打ち倒せる。気づかれないうちにやっちゃおう」
「おれは魔法は使えないがラリホーくらい知ってるぜ。馬鹿にするなよ。
しかし一番人をなめてるのは蟻のくせにそんな呪文を使う野郎だな」
アレンは息を潜め、接近する。そしてラリホーアントがアレンの姿を
目にしたとき、そのときにはすでに体が真っ二つにされていた後だった。
「よ―――――しっ!!今のはいい手応えだった!この洞窟で一番
用心しなけりゃいけないのはいまの蟻か?この調子でいくぜ!」
洞窟の奥深くに進むにつれて魔物たちとの戦いも激しさを増す。ラリホーアントの
魔法やキングコブラの毒を回避しても、ダメージが蓄積されていってしまう。
そんなとき役立つのがアーサーのホイミだった。すぐに傷は塞がり失われていた
血液が体の中で再び流れ出す。アレンたちの二人での戦い方は固まりつつあった。
「つまり・・・おれが魔物どもをひたすら蹴散らす。お前は後ろでおれを回復し、
おれが倒せなかった死にぞこないにとどめを刺してくれればいい。
ホイミが使えるお前に倒れられたら危ないからな。前はおれに任せろ」
「頼もしいね。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。でもぼくが
できることは他にもあるよ。さっきも見ていただろう?」
アーサーが胸を張るようにして主張した『さっき』のこととは、珍しく
アレンの攻撃もあまり通らないような固い殻で身を守る『よろいムカデ』と
遭遇したときだった。その守備力だけでなく攻撃力も脅威であり、
何にも増してそのうじゃうじゃと動かされる数多の足が生理的に受け付けない。
『あの蟻がいちばん手強いんじゃねえのかよ!次から次へとヤバいやつが
出てきやがるな。まあ時間さえかければこんなやつ・・・』
『・・・いや、ここはすぐに終わらせよう!焼き払え、ギラ!』
アーサーが素早く詠唱すると、炎の渦がよろいムカデを襲い一瞬で
丸焼きにした。これまで苦戦していたのが嘘のように、すぐに片づけた。
『おおおっ!!これがギラか!こいつはいい。お前の最大の武器だな!』
『ははは、ありがとう。でも魔力には限界がある。だからホイミのことを
考えるとギラはそう乱発できない。やっぱりきみの攻撃が重要だ』
アレンとアーサーのコンビは思っていたよりも早く息の合った戦いの
やり方を見つけていた。相性の良さなのだろう。役割分担が早々に
決まり、戦闘中も動きやすい。二人での戦い方のコツを早々に掴んだ。
「案外簡単だったな!もうそろそろ最奥部だろ?あとは来た道を戻るだけ!
おれたちはもうローレシア大陸では無敵だ!これで堂々とムーンブルクへ
行ける。魔力はまだ大丈夫か?」
「半分以上はあるね。心配しなくてもよさそうだ。薬草や毒消し草だって
まず尽きそうにない。ここは一息入れずに一気に行こうか!」
二人とも確かな手応えと自信を感じていた。腕試しは大成功だ。
実力を確認するにはもう十分ではあったがとりあえずはこの洞窟の
一番深くに何があるのかを見てから帰ることに決めた。誰も寄りつかない
こんな場所だ。ここまで潜った人間はいないだろう。別にどんな勲章が
得られるわけではないが、心の内の誇りとしたかったのだ。
「おれたちが湖の洞窟を最初に制覇した男だ!まあ・・・これまで何人が
挑戦したかって話だが・・・とにかくおれたちだ!」
「宝探しや力試しをしようと命知らずが何人か大陸の西へ行ったっきり帰って
こないって聞いてはいるよ。途中で魔物に食われたかもしれないけれどね」
魔物たちが最も多かったエリアは脱した。会話をしながら奥へと進む
余裕もあった。そしておそらく洞窟の最も奥深くと思われるところが見えた。
勇者の泉とは違い、不思議な番人がいるわけでも神聖な空間に
導かれたりもしなかった。やはりここはただの魔物たちの住みかだ。
だが古びた箱があり、何かが入っているようだ。アレンは息をのんだ。
「もしかしたら古代に何者かが隠した宝かもしれないな・・・」
果たして何が秘められているのか、ゆっくりとその箱を開けた。期待に
胸が膨らんだが、そこには何も入っていなかった。空っぽだった。
アーサーも後ろから覗きこんでみたが空箱だと判断した。宝目当てに
ここまで来たのではないが、騙された気分になったアレンは激怒した。
「クソッ!どこのどいつだ!こんなくだらねぇ真似しやがった暇人は!」
「・・・落ち着きなよ。とっくに誰かが中身を持っていったのかもしれない。
でもそうなると一番乗りはぼくたちじゃないってことになるか・・・」
「だったらもっと腹が立つぜ!箱ごと持っていきやがれ!くそ―――っ!!」
怒りに任せて箱を放り投げた。ごつごつとした岩の壁に激しくぶつかり、
箱は粉々になってしまった。アレンの怪力もあるが、箱自体がかなり
ぼろぼろになって朽ちかけていたのも原因だろう。
「お――っ・・・。派手にやったねぇ」
「ヘッ・・・ざまあみろってところだ。ん・・・?」
アレンは自分の足もとが何かによって光り輝いているのに気がついた。
それを拾いあげてみると、銀で作られた小さな鍵だった。先ほどまでは
その存在がわからなかった。もしかするとこの鍵は・・・。
「あの箱に入っていたのに小さすぎて気がつかなかったんだね」
アーサーのその一言に尽きた。箱を持ち上げたときに隅から落ちたのだろう。
この鍵が何の役にたつのかはわからないが、ずっと箱のなかで保管
されていたため状態はよく、いまでもその鍵に合う鍵穴さえあれば
ちゃんと扉を開けてくれるはずだ。アレンは一応持って帰ることにした。
「せっかく見つけたんだ。腰にでもぶら下げておくぜ」
「落とさないようにしないとね。もしかしたらどこかで使えるかもよ?」
「どこかで使う~?おれは別に泥棒をしたいわけじゃないからなァ。
夜這いをするために使ったりもしない。あくまでこの洞窟を
制覇した証として・・・・・・」
二人は休息を入れずに地上へ向けて帰り始めた。洞窟内にしっかり道しるべを
つけておいたので、来た道を迷わずに戻ることができた。洞窟内で散々
強さを見せつけてきた彼らに挑もうとする魔物はもう稀で、ほとんど戦闘を
することなく進んでいた。
「ちっ、これじゃあもうここで訓練はできないか。みんな逃げちまう」
「いいじゃないか。戦わずに勝利を手にしたってことなんだから・・・・・・」
戦いがないせいで静かだった。だから二人は気がついた。その不気味な声に。
「・・・・・・・・・さまよ・・・・・・ゴン・・・さま・・・」
「・・・誰かいるみたいだ。どうする・・・無視する?」
「いや、行く。魔物の声ってわけじゃなさそうだからな。こんな場所で
何かやってるなんて普通じゃないだろ。こっそりと近づくぞ」
入るための道も狭い小さな空間、声はそこから聞こえてくる。アレンたちが
どうにか身をよじらせて中に入ると、一人の仮面を被った男が祭壇を前に
身をかがめ、熱心な祈りを捧げていた。