レティから逃げ切った霊夢は、森の中へと隠れていた。
「いっ……つつ」
「魔理沙、目が覚めたのね?」
すると森に入ってから数分と経たず、魔理沙は目を覚ました。
「あ、ああ……」
「熱も下がったみたいだし……良かった」
苦渋の末、チルノを置いてきた。それが功を奏した――それが真実で、変わらない結果なわけだが――。
「……チルノは?」
目を覚ました魔理沙は辺りを見渡し、先程までいたはずのチルノがいないことに気付く。
魔理沙は聞くが、霊夢は答えない。いや、答えられない。チルノ自ら提案したものの、それを甘んじて受け入れ、チルノを見捨てて逃げてきただなんて、言えるはずもない。
「そうか……」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた霊夢を見て、魔理沙はなんとなく察する。
「まぁ、そっちの方が賢明だと思うぜ? 私達じゃ、足でまといになるだけだったろうし」
霊夢をフォローした一言。のつもりだったが、霊夢の琴線に触れてしまう。
「足手まといになるからって、私達じゃ力不足だからって……チルノを見捨ててもいいって言うの!?」
珍しく、声を荒らげ魔理沙に突っかかる。
突っかかることが珍しいことではなく、『怒る』ことが霊夢にとっては珍しいことだった。
常に飄々として、さほどのことがない限り日常では怒らない。怒ったとしても、皆少し小突かれる程度で済んでいた。
そんな霊夢が怒る理由、それは何時だって『自分以外の誰かが傷付けられた時』だけなのだ。霊夢のそういった面を知っているからか、今この瞬間だけは、少しだけ魔理沙も頭にきた。
「じゃあ何か? 今からチルノのところまで戻って三人ともお陀仏になりに行くか?」
「お陀仏になるかどうかは分からないじゃない!」
「霊夢! ハッキリしろ! お前がしたいのは、チルノの邪魔をすることか? 違うだろ、チルノを助けたいんだよな? それだったら、黙って此処で待っておく方が賢明なことぐらい。分かるはずだ」
「それは、分かってる……けど。だからって……」
「霊夢、私達は『人間』だ。『妖怪』でも『妖精』でも無いんだ。私達にあの妖怪の『寒気』を封じる術は無い。それなら、チルノを信じて待つ。それしかできることは無い」
「……ッ、もういい! 魔理沙になんと言われようと私は行く!」
「あっ、おい待て! 霊夢!!」
チルノの危険。それだけが先行し後先考えずに動いてしまう霊夢を、魔理沙は追いかけ止めようとする。が――一瞬、景色が揺れたと思えば。
「霊――ッ……なん、だと?」
そこに森はなく、静かに流れる川と佇む一軒家。そこから顔を覗かせたのは――
「ふぁぁぁぁ……もう朝かぁ」
八雲藍の式神である化け猫『橙』だった。
◆ ◆ ◆
魔理沙の言い分は正しい。だが、納得はできない。
自然を操るという強大な力に立ち向かえるほど、霊夢達人間は強く出来てはいない。それは霊夢自身がこれまでで身をもって体感してきた事だ。出過ぎた杭は打たれないように、高くそびえ立つ杭を打つ術を、霊夢は持たない。
だけど、そうだとしても、博麗の巫女が退いていい理由は無い。無いのだが――
「……最悪」
自分に対しての感情が顕著にあらわれる。
魔理沙の言い分も、自分の感情も良くわかる。よくわかるが故に、取捨選択が出来ない。捨てた方の被害も、拾うべき者も、選べず、霊夢の時間だけが経過する。
そんな時、
「あら、霊夢。こんな所に何か用でもあるのかしら?」
霊夢の悩む姿を傍から見ていた咲夜が、現れる。
「……ああ、咲夜。さっきぶりね。もう子守りはしなくていいの?」
「子守り?」
神社で見た光景を思い出し、霊夢はレミリアのことを訊くが、咲夜は不思議そうな目をして、一言。
「子供って妹様のこと?」
その一言を受けて霊夢は、一瞬だけ考えを巡らせ、震えた――。
嫌な汗が、霊夢の背中を伝う。
時が止まったように張り詰める空気。
ただの冗談であって欲しいと望んでしまう。
訊きたくない質問を、体が勝手に訊いてしまう。
「妹様……って、違うわよレミリアよレミリア・スカーレット」
「レミリア……スカーレット?」
何か、幻想郷に起こりはじめている。それだけが理解出来て、それ以外は何も理解らない。それが善となるのか悪となるのか、まだ誰にも分からない。
この異変の首謀者にさえも――
「それは、誰のことかしら?」