場面は変わり、森の奥深く、もしかすると山かもしれないその場所で、
魔理沙は絶体絶命の危機に陥っていた。
気づいた時には既に遅く、魔理沙の周りを三人の妖怪が取り囲む。
魔理沙は何故こんなことになったのか、おぼつかない頭を回転させ、ほんの数十分前のことを思い出した。
◆ ◆ ◆
(あれは……八雲の式神――橙か?)
咄嗟に近くの茂みに隠れた魔理沙は、草陰から橙の様子を伺う。
橙が居たことや、一軒家、魔理沙の周りにいつの間にか群がっている猫を見る限り、ここは『マヨヒガ』で間違いないだろうと考える。
しかし、そうだとしたら一つの疑問が浮かび上がる。
(私がこのマヨヒガから出る方法って、何があるんだ?)
橙を倒す、出口を探す、方法は多々あるだろうが、正解は一つしかない。
子供のような体躯に、のほほんとした緩い表情。何も考えずに見れば少女。だが、その実態は化け猫であり。『人を驚かせる能力』と『妖術を扱う能力』を持っている。それでいて好戦的な妖怪なのだ。見つかってしまうと、厄介なことになるのは目に見えている。
つまり正解は『橙に見つからないようにマヨヒガの出口を探す』こと。
幸い、今の橙は朝の体操がてら川を泳ぐ魚を狙ってい、捕らえようとしていた。
(今のうちに――)
五感全てを魚に向けている橙を見て、今がチャンスだと魔理沙は早足で草むらを駆け抜ける。だが、
「〜〜♪ 今日はひっさしぶりの休暇ー」
進む先に影が現れ、魔理沙はその足を止める。誰なのかは分からないが多分、いや十中八九。こんな所に嬉嬉として鼻歌交じりでやって来る者は一人しかいない。
橙の保護者にして庇護者。本当の意味でのモンスターペアレント。『八雲藍』
(な、なんであんなバケモノに遭わなくちゃあならないんだ!?)
自分のタイミングの悪さを恨む魔理沙だったが、そんな時魔理沙の脳裏に電流が走る。
(仕方ない……ッ。一か八か飛び出るしか――)
橙だけならまだしも、藍まで来てしまえば、魔理沙が見つかるのも時間の問題だろう。
その瞬間、自体は最悪の展開を迎えることになる。一歩としてゴールに近付けてない魔理沙と、スタート地点で敵を発見出来た橙と藍。攻めと守りの平等さが一切存在しない、アンフェアーな勝負が始まってしまう。
それなら、まだ見つかってない今の内に最高速度でこの森を突っ切っていこうかと考える。
しかし、またもや魔理沙の動きを止めるコトが起きる。
突然、橙の家(?)の上空に、亀裂が入る。その亀裂は割れて、空間ができる。そこから見えたのは、無数の目。
(あ、あれは――そんな、まさかッ!)
開いた『隙間』から現れたのは――『八雲紫』
『八雲藍』とは一線を画す。モンスターなんて言葉では片付けられぬ、更なる『バケモノ』
八雲藍どころか、その主人の紫までやって来てしまったら、逃げられる可能性が無くなってしまう。
魔理沙はそのことについてどう思っているのか、予想していた最悪の斜め上を行く展開に驚愕を、畏怖の念を抱いただろうか。
否。魔理沙の意識は、八雲紫の現れた『隙間』の中。
気絶しているであろう『レミリア・スカーレット』が、横たわっていることに意識を集中させていた。
レミリアを最後に見たのは今日。博麗神社の境内。そこで雪遊びをしているレミリア達を横目に、異変解決に飛び立った時だった。
そこから何があったのかは知らないが、今ここにいる理由を考えてみる。
もしもの話で予想を立てるとすると、紫もしくはレミリアが戦いを挑み……その結果。レミリアは敗北し、ここまで連れてこられた?
(だとしたら、なぜ勝負を挑む? あんな楽しそうに雪遊びしてたじゃないか……それをやめてまで出向く『理由』が何かあった?)
情報の足りなすぎる中、それでも今の状況を理解しようと必死に頭を働かせる魔理沙、だったが、一瞬で、魔理沙の隠れていた草むらが、疾風に刈り取られる。
「ッ――!?」
既に魔理沙がここに居ることを感知していた紫は、手に持っていた日傘を振るった。
そうして、奇しくも対面してしまう。
妖怪三人と魔法使い一人が。
圧倒的不利な魔理沙だが、驚愕することを刹那に止め、紫に向き直る。
一瞬でも気を抜けない。気を抜くとたちまちに相手の攻撃が面前に迫ってくることだろう。
だが、紫にそのような気配は無く、魔理沙を一瞥すると、レミリアを抱えあげ藍に渡す
「藍、式とコレを連れて帰ってなさい」
その姿には一切の緊張感を感じない。
自然体で、それなのに溢れんばかりにプレッシャーが魔理沙を襲う。
その重圧に耐えきれず、士気が潰れてしまう直前に逃げ出すべきだった。
しかし、もう遅い
「待て」
気がつけば、魔理沙は待ったをかけていた。
その理由は魔理沙にも分からない。
ただ、こじつけのようなものを言うのなら、体が勝手に動いてしまったとしか言いようがない。
細胞が訴える。『戦え』と。
最悪の悪癖に半ば呆れて、苦笑いを浮かべる魔理沙だったが、この悪癖のおかげで、単刀直入に切り込める。そんなところに、少しだけ好感を持っていた。
「レミリアは返してもらうぜッ!」
三人の妖怪に囲まれて、絶体絶命のピンチに陥っている魔理沙だが、決して勝つ確証があった訳では無い。ただ、ここで退くことは不可能だと悟っただけなのだ。
そしてそれならば、退き、逃げて敗北するぐらいなら、決死で立ち向かい死んでやろうとしたのだ。
悪癖。いつもは表に出さないだけで、魔理沙のプライドは幻想郷でも一、二を争うほどに高い。そのうえ、好奇心が旺盛なのだから、始末が悪い。
ふつふつと湧き上がる感情を逆手にとって、魔理沙はこのプレッシャーの中、何とか待ったをかけたのだった。
「レミリアは返してもらうぜッ!」
そうして、臨戦態勢をとる魔理沙だったが、紫はまだ動こうとしない。立ち尽くし、こちらを静観し続けていた。
そんな紫が唯一、動かしたのは目だけ。
紫が目配せをすると、藍が何かを察したかのように、前に出る。
紫は暗に言っていた。私が出るまでもない――と。
魔理沙もそれには気づいている。だが、怒りは無い、それもそのはず、本当にそうなのだから。
紫が本気を出せば、魔理沙に万一の勝ち目もない。悔しくはあるが、遊んでくれている今の間に、勝負を決するしかないのだ。
「そっちがそう来るなら、こっちは本気でいかせてもらうだけだぜ……!」
何もせずに、負けることは許されない。故に、どんな相手にも全力で挑む魔理沙。
そんな魔理沙の気迫のようなものに気圧され、生まれたての子鹿のようにぷるぷると橙は震える。
刹那――
「『アルティメットブディスト』」
「え――――っ!!?」
軽い攻撃から、もしくは魔理沙に先手を譲る等――予想していた魔理沙だったのだが、藍の掌から飛び出してきたのは、予想していたような『遊び』の一撃では無い。殺意のこもった本気の攻撃。殺意を直前で感じとれ、少なからず防御できた……が、それでも魔理沙に与えられたダメージは大きい。
そこに言葉は無い、だが怒りはある。
目で、気迫で、攻撃で、ありとあらゆる意思を伝えられる手段を用いて、怒りを魔理沙にぶつけていた。
主人である紫すら引いてしまう意志、こうなってしまえば、紫にすら藍を止める術は無い。藍とって橙の平穏を脅かすものは極刑に値するのだから。
だが、弾き飛ばされた魔理沙の身体には、痛みではなく、電流が走っていた。
(……見つけたぜ、突破口!!)
元から、正攻法で勝とうだなんて思ってもいない。逆に、卑怯に不意打ちを喰らわせたところで負けてしまうかもしれない。
それでも、自分の全てを賭けられるような作戦は一つしか思いつかなかった。
(きっついぜ……私の体が持てばいいが――)
そう思いながらも、魔理沙は箒を傾かせる。
方向転換を交えながら飛ぶ魔理沙は、藍にミニ八卦炉を向け、力を込める。
藍は、そんな力を込める魔理沙を黙って見ていた。ミニ八卦炉の射線上に、藍の背後には橙がいたから。藍が魔理沙の魔法を避ければ、その魔法は突き抜けて、橙に到達する。
避けなければ……直接魔理沙を抑えに行けば――いや、駄目だ距離が開き過ぎている。
それなら橙を、あの場から移動させれば――それは、敵の思うつぼだろう。
普通なら、軽く詰んでいる。
普通なら――
「『マスタァァァーーーースパーーーークッ!!』」
だが、あくまでも『幻想郷最強の式神』であることに変わりはない。この程度の魔法、かき消すことは簡単なのだ。
手をかざし、マスタースパークを音もなく静かに消すが、何かおかしい。威力が弱すぎる。これでは自分はおろか、橙に届かないだろう。
つまり、これで終わりではない。
見てみれば、先程までいたはずの場所に魔理沙がいない。
刹那、藍の面前にミニ八卦炉がかざされる。
力を溜め込んでいたミニ八卦炉。
少量のパワーしか放出していない魔理沙。
詰められた距離。
これらが意味することは一つ。
「もう遅い、喰らえッ『 マスタァァァーーーースパーーーークッ!!』」
今度の今度こそ、全力が飛び出す――と思われたが、
魔理沙のミニ八卦炉はポスンと音を立て煙を吹き出した。
「はっ?」
その煙は、ミニ八卦炉が『壊れた』ことを示すと同時に、魔理沙の『危険』が最高潮に達したことを告げていた。
使えなくなった『魔法』ゼロ距離に佇む『敵』
……魔理沙は考える。この窮地を脱する方法を。
しかし、どれだけ考えようと思いつかない。
(やっぱ、無傷じゃあ――勝てないよな)
再び、藍の攻撃が魔理沙の身体を弾く。
先程とは違って、魔理沙も全力で防御したのだが、それでも受けてしまう大きなダメージ。
(痛っ……)
天と地ほどの差がある敵に、真っ向から攻撃を仕掛けるのは無謀だと。魔理沙は勿論理解している。
その上、ミニ八卦炉まで壊れてしまって、もうなす術がない。
(そう、思わせられたら――勝ちッ!)
魔理沙の魔法は、常に道具と共に使われている。空を飛ぶ時には箒を、魔法を使う時にはミニ八卦炉を、それらを組み合わせて使う魔法だってある。だが、箒やミニ八卦炉。これらが無いと魔理沙は魔法が使えない……という訳でもない。
ただ便利だったから、自身の魔法と馴染むものだったから、使っていただけで、そこにメリットやデメリットがあった訳では無い。
(この思い込み……唯一と言っていいほどの『弱点』を最大限についてやるッ!)
藍の一撃を耐え切った魔理沙は弱々しく声を上げながら、藍に殴りかかろうとする。
そうして接近したまま、絶好の機会が訪れた時。魔理沙の手が開かれる、
「騙されたなッ! ミニ八卦炉がなくったって、魔法は使えるんだぜ! 『マスタースパークッ!!』」
完全に虚をつけた。この至近距離、全力のマスタースパークならば、流石に気絶程度には持って行けるだろう。
魔理沙はそう確信していたのだが、
「知っていたさ……魔法が使えることぐらい」
瞬間、開かれた魔理沙の手は藍によって再び閉じられる。
「それに、そんな魔法は私には効かないよ」
予想していた以上の力に、何もかも崩れ去る。事実、魔理沙の手に溜まっている全力が、藍に完璧に抑え込まれていた。
「ッ……だからって、ここで引き下がれるかよッ!」
苦し紛れの一発。
魔理沙の拳が藍の顔面に叩き込まれる。
しかしこれを何事も無かったかのように、魔理沙の腕を掴み上げると、地上めがけて投げつける。
「ッ――!!」
加速し、地上に叩きつけられそうになるが、森ということが幸いし、草木がクッション替わりになり、致命傷は負わなかった。
「痛っつ……」
それでも痛む節々を抑えながら空を見上げ、敵を確認する魔理沙。
川のせせらぎが何故だか激しく聞こえる。
(…………ここまでか)
数瞬、敗北を受け入れようとしてしまった魔理沙だったが、異様に激しい川のせせらぎに身体を起こす。
「……あ」
『元から正攻法で勝とうだなんて思ってもいない』
まだ自分の全力を出しただけなのに、なんで諦めているのだろうか。運が無かっただなんて力が及ばなかっただなんて、後からいくらでも言える。だが今じゃない。
まだ、まだ何かを見落としていないか?
考えろ、勝つ為に。
考えろ、生きる為に。
考えろ、考えろ、考えろ!
「『ブレイジングスタァーーーーッ!』」
再三と、空に飛び上がり戦いに挑む。
しかし、今度は藍の前にではなく、橙の目の前に。
その行動を受けて、藍はもう一度沸騰し、最高速度で向かって飛んでくる。
「ははっ」
そうやって向かってくる藍を見て、口角を吊り上げ笑う魔理沙。
その手に握られていたのは、先程飛び立つ前に捕まえた『川魚』
「お前ら二人とも、遥か彼方まで飛んでいけェェーーーーッ!!」
藍がやってくるその前に、魔理沙はその『川魚』を投げ飛ばす。
瞬間、橙の目は星が輝き、歓喜をあげながら魚めがけて飛んで行った。それに続くように、橙とは反対方向に魔理沙は飛んで行く。
「ちぇ、ちぇん!?」
一瞬のことに戸惑う藍だったが、憎むべき敵か愛猫かのどちらを追いかけるべきか、即決で。
「ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
愛猫を追いかけ、マッハで飛んで行った。
「……ふっ、やれやれだぜ」
ソニックブームに煽られる帽子を抑えながら、魔理沙は呟いた。
四苦八苦しながらもぎ取った王への挑戦権。
「最終ラウンドだ……紫、テメーはこの霧雨魔理沙が直々にぶちのめすッ!」
魔理沙は今、最高に調子に乗っていた。
「『マスタースパークッ!!』」
「『――四重結界』」
魔理沙対紫の戦いは熾烈を極めていた。
相手の一挙手一投足を先読みし、最適解の攻撃を仕掛ける。
今の状況が魔理沙は精一杯なのに対して、紫は余力を残していてなお、魔理沙の更に上を行く。
(ダメだダメだダメだ! 真っ向から戦ったら、ぶちのめす以前の問題じゃねえか!!)
ぶちのめす宣言から三分で、魔理沙の意思は覆る。それもそのはずである。魔理沙自身だって思ってもいなかった。
よもや、ここまでの差があったとは――
この三分間。常に全力の魔法を使い続けた。移動に、攻撃に、防御に、だが。魔理沙の攻撃は一発として敵に被弾しない。それに、魔理沙も今気がついたことだが――紫はこの魔理沙の全開で撃ち出される魔法群を前にして、その場から一歩たりとも動いていなかった。
(やばい……ヤバい)
どうしようもなく、逃げることすら叶わない、絶望的な状況で、追い詰められているはずの魔理沙は、
笑った。
その笑みには自嘲がほんの少しだけ含まれている。
それ以外に魔理沙にある感情は『自信』と『好奇心』この二つだった。
自分より何段階も強い敵に自分の全身全霊の一撃がどこまで通用するのかという『好奇心』
そして『自信』は、初めて使う攻撃なのに、何故かふつふつと湧き上がってくるのだった。
「……このままじゃ、埒が明かないから――この魔法で終わらせてやるぜ」
全身の力を抜く――刹那、魔理沙の居た地点に突風が吹いたかと思えば、魔理沙の姿が消えていた。
「速さは重さ……いや、速度は重さだっけ? とにかく『ブレイジングスター』」
そして、魔理沙はいつの間にか紫の背後に立っていた。
「初速はこんなもんだが――まだまだ速くなる」
また、魔理沙の姿は突風とともに消える。
『ブレイジングスター』は移動の際に度々使われる魔法だったが、これをもし攻撃に使えばどうなるだろう。高速度をはじき出す、魔理沙の使う中で最速の魔法を、一点集中して攻撃に使うと、最強の矛となり盾となる。
加速された状態でぶつかる。単純な攻撃であれど、破壊力ははかりしれない。更にその速度は時間すら置き去りにしてしまうほどに疾い。敵の攻撃はカスリすらしない。
と、魔理沙の理論上はこうなるはずだった。しかし、現実は大いに違い――
「目一杯楽しんだかしら?」
突然、景色のブレが止まり、鮮明に映し出されていく最中、気付く。魔理沙の腕が紫に掴まれている。
外れない囚われの腕を見て、魔理沙は息を呑む。再びやって来た絶望的な状況で、どんな攻撃がこようとも、耐える覚悟を決めたその時、紫が動いた。
「スピードに目が追いつけていない。一対一ならまだしも、二人で戦うことになったら、味方すら傷つかせかねない。それに、移動に魔力を注ぎ込み過ぎて、肝心の攻撃に重さが無い」
魔理沙はあっけらかんと紫を眺めていた。まさかつらつらと自分の最強魔法の欠点を目の前で言われるとは思わなかったから。
だが、次第に湧いてくる屈辱的な感情。
「『マスターーッ」
苦し紛れの抵抗として、マスタースパークを撃つことも敵わず、両手とも紫に捉えられる。
「こんなアナタでも、器となり得るかもしれないわ」
その声を最後に、魔理沙の意識は途切れた。
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