それは、不思議な光景だった。
鋼鉄によって囲まれた室内には似合いそうもないオシャレなベッドが、無惨に引き裂かれていたり、ぬいぐるみの首がもげていたり、時計が割れていたり、高級そうな家具たちがバラバラに破壊されていた。
「……なんだ、これ……てか」
破壊され尽くしている室内よりも魔理沙の目に止まったのは……そんな部屋の中心に立ち尽くしている、少女だった。
赤い服に金髪の髪、何より不思議なのが、背中から飛び出している二つの枝のようなもの。その枝の所々に宝石のようなものがついていて、なおのこと魔理沙の目をひいた。
その不思議な少女が魔理沙をじっと見つめて、一言
「……だぁれ?」
意外に普通の反応で、魔理沙は安心した。
「私の名前は霧雨魔理沙。ただの魔法使いだ」
とりあえず自己紹介をして、壁に寄りかかる魔理沙。
「それで、お前は誰だ? ここで何してたんだ?」
「わたし、フランドール……ここにずっといるの」
ここにずっといる……ということは、さっきまで叫んでいた声の正体はフランドールで、暴れていたのはフランドール自身ということになる。
あんな絶叫する理由があったのか、魔理沙には理解し難いものがあったが、落ち着いて話を続ける。
「ここにずっといるって……飽きないのか?」
部屋にはベッドにぬいぐるみに人形と、全て破壊されている。
破壊される前だったとしても、この部屋で遊ぶのは魔理沙では五分が限界だった。
「……たまにお姉様が新しいおもちゃを持ってきてくれるから」
「おもちゃ………………ぇ」
言葉に詰まってしまう魔理沙。その理由は部屋の奥にぽつんと置いてあった『骸骨』のせいだった。それは頭部のみだったが、探せばもっとあるかもしれない。すごく綺麗で、何の匂いもしない。故にそこら辺で売ってると言われても疑わないような綺麗さだった。だが、その骸骨は確実に生きていたと感じさせる、謎のリアリティがあった、骸骨自体が喋りかけてくるようなリアリティが。
(やべぇ所に来ちまったみたいだぜ……)
先程までのテンションの落差で恐れが生まれたのか、魔理沙の足は震え、壁から離れるとすぐにへたりこんでしまいそうだった。
しかし、すぐに別の感情が押し寄せてきて、魔理沙の震えは消えて無くなる。
「……フラン、いくらおもちゃを貰おうといつかは飽きちまうだろ?」
その別の感情、『好奇心』が最高点に達した魔理沙は誰にも抑えることは出来ない。
「それだったら私と、とびっきり楽しいことしようぜ!」
そう言って、魔理沙はミニ八卦炉を上に掲げると、
「『マスタースパーークッ!!』」
地上までの空間を穿つマスタースパークを放った。
「さぁ、楽しい楽しいごっこ遊びの始まりだぜッ!!」
紅魔館上空にやってきた魔理沙とフランドール。上空まで飛行するあいだに、最低限の自己紹介を終わらせた。
そして二人は適当な距離を離れて、お互いに向き合っている。
「それじゃーフラン。いつでもいいからかかってこいよ!」
適当な、というのは数十メートル程の距離である。
その間であれば、いくら吸血鬼であれどフランドールの攻撃を躱しきれるだろうと思っていたから、だったが。
「なッ――!」
一瞬、それよりも早いであろう時間で、魔理沙の懐まで詰め寄るフランドール。魔理沙はなんとか箒での防御に成功するが、次はどうなるか分からない。
(ウッソだろぉ? 吸血鬼ってこんな速いのか……だぜ)
その瞬間、魔理沙に今の今まであったフランドールの印象が全て塗り替えられる。
『幼稚』『子供』『無邪気』その全ては塗り替えられ、『吸血鬼』という単語だけが残った。
(純真無垢な『吸血鬼』ってわけか……それじゃあこっちも本気で行くぜッ!)
懐からミニ八卦炉を取り出し、魔理沙は魔力を込め始める。しかしその一、二秒という間に、
「あれ、フランどこにいった――」
フランドールは既に魔理沙の隣から、はるか百数メートル上空まで飛び上がっていた。
目を凝らしても、フランドールなのか区別がつかないような距離なのに、その距離でも良く見える、爛々とした紅い光。フランドールの魔法が、
「『スターーーーボウブレイクッ!!!』」
轟音と共に炸裂し、魔理沙に向かって一直線でやってくる
「フラン……そりゃちょっと、とばしすぎだぜ! 『マスタースパークッ!』」
魔理沙も負けじと魔法で相殺させる。しかし、力負けしてしまいスターボウブレイクの残り火が魔理沙を襲う。
「うわっ、ととっ。危ない危ない」
その残り火は紅魔館に落下し色々な箇所を壊している。
魔理沙のマスタースパークですら八割ちょっとしか削れなかったスターボウブレイク。
(……これはマジで気を引き締めていかないといけないぜ)
再三にわたって思い知らされるフランドールの強さに、魔理沙は三度目の正直、今度の今度こそ本気を出した。
そしてまたもや、フランドールは魔理沙の後ろへと回り込み、今度は物理攻撃を仕掛ける。
「今度はこっちだよ魔理沙!」
今まで自分の速さについてこられなかったから、嬉しそうにフランドールは口を開く。
しかし、その攻撃は魔理沙に当たらず、空を斬る。
「なっ……」
フランドールの拳を避け、魔理沙は距離をとらず、フランドールの後ろへと回り込む。
「フラン、お前はもうちょっと戦いってもんを考えた方がいいぜッ!」
そう言いながら、魔理沙は箒でフランドールを攻撃する。魔法で力増ししている箒で殴られたフランドールは、紅魔館の屋根に激突する。
「……私が十メートル一瞬で移動できるわけないだろぉ。魔法も相殺できないっぽいし、近づいてきてくれて助かったんだぜ」
フランドールを吹き飛ばした方向を確認すると、またもやフランドールが魔理沙の目の前に接近してきている。
「なにィ!? まだ早く動けるってのか?!」
再び懐への侵入を許してしまった魔理沙。間一髪フランドールの攻撃を防御することが出来たが、攻撃はまだ終わっていない。
「『スターボウブレイクッ!』」
そんな雄叫びのような声が、どこかから聞こえる。決して目の前にいるフランドールからじゃない。
魔理沙の背後からの、声だった。
「なっ――『ブレイジングスタァーーッ!!』」
前方と背後に敵がいる。それだけを理解し、魔理沙は上空へと逃げる。だが、
「どっちに逃げてもだぁーめ。アハハッ!」
待ち構えていたフランドールに撃墜される。
受け身も何もとれずに、紅魔館の屋根まで叩きつけられる。
(なん…………だと。フランドールが……最低でも二人はいるぜ? いや、もっといると思っていた方がいい……四人から六人、最低でもそれぐらいはいる!)
敵はどんな魔法を使ったのか、もしかすると数人に増える術でも使ったのだろうか、使っていたとしたら、本体を倒すべきなのか、それとも四人とも倒すべきなのか……
(やばいッ……今の攻撃で、頭が――正常な判断もとれそうにねぇッ――くそっ……)
飛び上がろうとも、このままではフランドールに撃ち落とされるだろうし、このままここにいたとしてもフランドールの追撃により再起不能だろう。
(どうしろってんだぜ……? くそっ、霊夢……)
こんなヤバイ時にいつも浮かぶのは霊夢の顔。
敵と対峙して、どんな状況であれ、最良の判断を下していける霊夢に、魔理沙は憧れていたし、尊敬していた……だが、どれだけ努力しても、霊夢のようにはなれなかった。
だから、霊夢に敵わないと知ったその日から、魔理沙は霊夢を追うことをやめた。
(私は私なりの道を行く! 霊夢とは違う勝ち方で! 私になら出来る、私にしか出来ない方法で!!)
魔理沙に与えられた才能は『魔法を使うこと』
「『スターダストレヴァリエッ!!』」
魔理沙の魔法は、大半が星を象られ創られている。
スターダストは『星屑』レヴァリエは『幻想』。その名の通り、星屑達が幻想的に輝きながら敵に向かって飛ぶ。
「……魔理沙? こんなもの、何になるっての?」
魔理沙の魔法を、いともたやすくフランドールは破壊する、が。
その数は、百や千といった数ではない。何十万、何百万といった数が、いっせいに四人のフランドールに襲いかかる。
「こんなものッ! 数あればいいって訳じゃ――」
四つ、八つとフランドールは魔理沙の魔法を破壊していくが、弾幕に隙間は見えない。
弱く小さな魔法の弾が、四人のフランドールを圧倒する。しかしそれは単なる数の暴力……故に、
「そうだよなぁ、やっぱり」
魔理沙はフランドールの背後へと移動していた。
魔理沙の魔法を破壊することに集中していたフランドールは、空高く飛び上がっている魔理沙に気が付かなかった。
「数の暴力ってのはあまり好きじゃあないんだ……だから、私は! 私の魔法はッ!」
魔理沙は四人のフランドールがいる中心に、全員に当たるようにミニ八卦炉で狙いを定める。
次第に強く白く輝いていくミニ八卦炉を見て、危険と判断したフランドールが魔理沙を止めに入る。
「もう遅い、喰らえッ『ファイナルマスターーーースパァーーーーークッ!!』」
輝きは閃光になり、直進してフランドール四人を巻き込み紅魔館を破壊する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
全身全霊を懸けた、一閃の魔法。
それは全てを飲み込み破壊する、力ある限り。
激しい轟音と閃光が反射して、紅魔館一帯を破壊し続ける。
そうして焼け野原へと変わった紅魔館を眺め、魔理沙は一言。
「ふぅ、やっぱ『魔法は力』だぜ」
小難しいことや、緻密な計算の元に繰り出される魔法なんかより、こっちの方が自分のあっているだろうと、あの日に悟ったのだった。
だからこそ出るようなパワーなのかもしれないし、もしかしたら努力の賜物なのかもしれない、しかし結局のところ魔理沙はそんなことを考えることもなく、知る由もないことだろう。
「……さて、霊夢連れて帰ろ――!?」
そう言って、崩れた紅魔館に目を向けた瞬間、背後に『殺気』を感じ、振り返る。
完璧に、魔理沙は油断していた。
背後に近づかれる、今の今まで気が付かなかったのだから。いつからいたのか、もしかして最初っから……攻撃は外れていた?
「……的なことじゃ無いんだろうな『フランドール』!」
魔理沙の背後には、傷だらけになりながらも立ち上がる吸血鬼『フランドール・スカーレット』の姿があった。
「う、ん……ほんとに、わたしは限界……これ以上、飛んでおくことすらできなさそう」
「それなら、休んだ方がいいぜ。ほら」
フランドールを心配して、魔理沙は手を差し伸べるが、その手をフランドールは打ち返す。
そして俯いたままのフランドールに、魔理沙が声をかけようとした時、先にフランドールから声があがる。
「魔理沙も、わたしと遊ぶのは……イヤ?」
質問の意図がわからず、魔理沙は一瞬考え答える。
「そんなことはないぜ? 私もフランと遊ぶのは楽しいさ、けどな……再起不能になっちまったら元も子もねぇだろ?」
魔理沙はあくまで、フランドールの身を心配して言っている。
しかし、フランドールには、ただこじつけのその場しのぎの嘘で誤魔化されている気しかしなかった。いつもの展開で、フランドールは何度も煮え湯を飲まされ続けてきたから、
「みんな……私と遊んだみんながそう言うの、また今度だって、明日になったらまた遊ぼうって……でも、誰も来なかったじゃない!」
聞き覚えのある叫び声が、魔理沙の耳に響く。地下室に行く前、図書室で聞いた微かな声が、鮮明に思い出される。
魔理沙はこの時、あの地下室に転がっていた『骸骨』の本当の意味を知る。
アレは、フランドールの『玩具』……だったもの。魔理沙のような地下室に迷い込んだり、連れ去られたりした人間が、フランドールと遊び、最終的にああなった。
その時のことが故意か過失か、魔理沙に判断することは出来ないが、今のフランドールは確実に後者。過失で、不安定な精神状況から、魔理沙を『破壊』しようとしている。
『忘れる』とは、防衛本能から起こることであり、二度と思い出したくもない辛い出来事は、自己防衛本能により、記憶から抹消される。
過程を忘れてしまえば、フランドールには結果だけが残る。魔理沙の前にフランドールと遊んだ人間は、『逃げようとした』のか『逃げなかった』のか分からないが、結果的にフランドールに殺されている。
(それで、過程を忘れたフランが……最終的に感じることは)
孤独、だけ。
どれだけ過程が優れていようと、結果が望まれていないことなら意味が無い。フランドールに必要なのは『結果』であって『過程』ではない。
「ねぇ魔理沙……わたしと遊ぶのは、いや? 辛い? 怖い? 苦しい? ……嫌?」
震えながら、口を動かすフランドールは、いつの間にか目から涙が溢れ出ていた。
「そんなことないぜ……だけど、私は今のお前と『遊ぼうとは思わない』」
魔理沙の言葉は、フランドールの耳を伝わり脳まで届いた、が意味を理解はしない。しかし、魔理沙の言葉の根底にある結果だけはしっかりと聴き把握した。
『魔理沙はもう私とは遊んでくれない』とだけ。
「魔理沙……との、遊びはさ……今までで一番楽しかったよ……だからッ!」
突然自らの手で自らの首を締め始めたフランドール。そんな光景を前に、魔理沙は驚き戸惑う。
「おいフラン! 何してるんだ!?」
「魔理沙が……言ったから、『遊び』は終わり、これからはふたりの全部賭けて『戦う』んだよ、魔理沙ァ!」
一番楽しかった『遊び』を終わらせ、最高の『戦い』へと昇華させる。
フランドールが行おうとしていること、それは、賭けにすらならない無謀なことだった。
フランドールにとって魔理沙との遊びは今まで生きてきた495年の間で最高の瞬間だった。そんな最高の瞬間を永遠につくるために、フランドールは限界を破壊しようとしている。
しかし、自分の限界を壊せれば、永遠に戦えるかもしれないが、そんなことをしたら身体より大切な部分が次第に崩れていくことだろう。
「やめろ! そんなことしたら……もう、二度と遊べなくなるぜ!?」
なんとか思いとどまらせようと努力する魔理沙だったが、決意してしまったフランドールに、その声は届かない。
数秒と待たずに、聞くに耐えない鈍い音が魔理沙の耳に反響した。
「……あハッ、あはハはハハはッッッ!!」
首が頭を支えれなくなったと同時に、傷だらけだったフランドールの身体は再生する。
『限界』の破壊。それは自分の全力を常に出し続けるということで、常に最高の力を引き出せる。しかし、身体の限界が破壊されたら、精神はどうなるだろうか?
フランドールは、無言で項垂れ、動かない。
「フラン……? どうした?」
そんなフランドールに、魔理沙は不用意に近づく。
フランドールは、この最高の戦いを永遠に続けるつもりでいるというのに――
「フラ――ッ!!」
気が付けば、魔理沙はフランドールから距離を置いていた。
魔理沙が元いた位置は、フランドールの腕が通過している。もし、魔理沙があのままあそこにいれば、ただでは済まなかっただろう。
追撃を防御するため、魔理沙はすぐさま構え直す。その刹那、魔理沙の目にふと、フランドールの腕が映る。
紅く染まっているその腕は、不安定に揺れている。骨は砕け、今も尚血が噴出している。吸血鬼の再生能力でも遅れをとるほどの、破壊能力。それは確かに『限界』を破壊し、強力なパワーを手に入れた。しかし、そんなパワーをフランドールの小さな身体で操りきれるはずもなく……少しずつ、少しずつ、精神が壊れてしまう。
「フラン……もうやめにしようぜ」
そう呟く魔理沙だったが、フランドールに伝わるのは声と意味だけ、その想いは伝わらない。
フランドールにとって大切なのは『やめる』か『やめない』かではなく『殺る』か『殺らない』かのどちらかだけだった。
そんな間にフランドールは魔理沙に追撃を加えようとする。しかし、フランドールの腕は魔理沙に掴まれ、止められる。
「魔理沙? どうしたの……このままだと腕、壊れちゃうよ?」
「腕一本ぐらい、くれてやるぜ……フランドール」
魔理沙がそう言うのなら、フランドールは手に力を込め魔理沙の腕を掴む。
しかし、
「……破壊、出来ない!? なんで、どうして……」
何度力を込めても、魔理沙の腕を掴んでも、破壊されない。
フランドールに掴まれた腕を一瞥し、魔理沙が言う。
「フランドール……お前が限界を破壊したからだよ……」
言葉の意味もなにも理解出来ず、フランドールは魔理沙の顔を見る。その顔はどこか優しげで、フランドールの見たことのない目だった。
「限界を壊して、落ち着いて、どうだ?」
吸血鬼の治癒力があるが故にそこまで大事に至らなかったが、危険なことに変わりはない。
しかし、そんな危険性を秘めているからこそ、限界を破壊したフランドールはその力だけじゃなく、頭脳、精神など全てを一時的に強化した状態。
そんなフランドールはもう不安定な精神状態なんかじゃなく、正常に動作する。安定した精神で魔理沙を見つめていた。
「こんだけ暴れて、まだ足りないってなら相手するぜ?」
「……ううん、もういいや、なんだか疲れちゃった」
フラフラと不安定に空を飛ぶフランドールを抱え、魔理沙が思い出したかのように口を開く。
「そういやあ、フラン。お前ん家瓦礫の山と化してるんだが……あっ、私の家に来るか?」
そう言うと突然、フランドールは魔理沙に抱きつき、
「うんっ!」
大きく頷いた。
この話を書くまで『フォーオブアカインド』を『フォースオブアカインド』って言ってました。
スターウォーズとか見ないんですけどね。ポーカーの時もフォースオブって言ってました。