無題   作:海猿

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紅い月の運命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 時は少し遡り、同じく紅魔館のエントランス。

 

 吸血鬼レミリア・スカーレットの前で、床に膝をつく博麗霊夢の姿があった。

 

「……ふふふ、いつまで経っても学習しない人間ね、アナタが『勝利』することは無いと言っているのに……」

 

 何故、このような状況になっているのか、それは数十分前にもう一度遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢が十六夜咲夜との激闘に勝利したすぐあとのこと、

 

「どちら様、かしら?」

 

 階段の上から、声が聞こえる。

霊夢が声のする方を振り向くと、そこには十歳かそこらの、少女が立っていた。

 身なりは綺麗に整っていて、この紅魔館に似合う服装だった。

 

 普通なら、ただの少女だと誰もが思うだろう。しかし、霊夢はその少女の背後に漂う、謎のオーラを感じ取り、恐怖から一歩下がる。

 

「アンタが、この霧を出してる黒幕ね?」

 

 そう、あの少女こそ、この紅い霧を出している犯人、青い髪に可憐な洋服に身を包んだ、紅い幼き少女『レミリア・スカーレット』だった。

 

 静かに、一段ずつ、階段を降りてくるレミリアに、一瞬たりとも気を抜かない霊夢。

 瞬きもせずに目を見開き、レミリアを見ていた霊夢だが、ふいに何かを感じ取り天井を見上げる。するとそこに、自分の目と鼻の先に落下してきている『銀のナイフ』が、

 

「なーーッ!」

 

 ギリギリでナイフは回避するが、何も見えなかったことに疑問を抱く。そんな動作は見えなかったのに、確実に霊夢の頭上をめがけて投げられている。あと少し反応が遅れたら、そんなことを考えるとゾッとするが、今ゾッとするべき点はそこでは無い。

 今度の今度こそ、なんの動作も見せずに霊夢に攻撃してきたのだ。

 時止めの能力か……そこまで考えて、霊夢は首を左右に振る。今は判断材料が少なすぎる、くだらない固定概念に捕らわれている暇があれば、一刻も早く敵の能力を暴くことに専念するべきだ。

 

 しかし、あれやこれやと思考を巡らせている霊夢の、全てを否定するかのように、レミリアは突然、

 

「スピア・ザ・グングニル……真紅の槍は貴方の運命を貫いたッ!」

 

 突拍子もないことを言い出す。その言葉の真意に霊夢は気付かない、気付くはずもない。

 霊夢を置いて、レミリアは言葉をつなげる。

 

 

「貴方は思慮深い、のね……だからこそ咲夜に『勝利』することが出来た……しかし、だからこそ、私に、このレミリア・スカーレットに『敗北』するッ!」

 

 もう、霊夢が『勝つ』ことは無い。運命によって決定された事には抗うことは出来ない。たとえ神だろうとなんだろうと、『運命』の逆には向かえない。

 

「それが私の『運命を操る程度の能力』」

 

 

 突然、突拍子もなく、レミリアは自分の能力を赤裸々に語る。しかし、霊夢にその話を信じる必要は無い。それに信じたとしても、十中八九『罠』だろう。最初にこう言っておいて、最も重大な場面でミスリードを誘う、わかりやすい罠。

 

 そう、罠だ。そう99%理解していたとしても、霊夢に少なからず存在する『勘』という感覚が、全身を震え上がらせる。

 

 アイツの言っていることは、真実なんじゃあないか――

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 『運命を操る』そんな恐ろしい能力とは裏腹にレミリアの攻撃はひどく単調だった。魔法を辺りに散らしながら霊夢の方に向かって来ている。

 蟻を踏み潰す程度の感覚で、『必ず自分が勝つ』ということを証明しようとしていた。

 

(……かなりヤバイ)

 

 最初の一撃。突然現れたナイフの攻撃からでも、いくらでもレミリアの能力の予想ができる。あれこそレミリアの能力、運命を操る能力でナイフが霊夢の上に落ちる、というような運命を操ればいいわけだ。

 

(つまり、『自分が勝つ』と、運命を操れば良いってわけね……そりゃあ勝てるわけないわー――もし相手が『自分が勝つ』と運命を操ったのなら、ね)

 

 レミリアが勝利するためには、二つの選択肢の中から一つを選べばいい。『自分が勝つ』か『相手が負ける』か、どちらかを確定させれば、必ずレミリアは勝てる――と思っているんじゃないかと霊夢は想像する。

 そして十中八九、あの傲慢に付け上がった態度を見れば二つのうちどちらを選んだかを察することが出来る――そしてそこにこそ勝機が存在する。

 

 今のレミリアのような、圧倒的な力で全てをねじ伏せようとしている者に対して唯一と言ってもいいする勝利方法。それは理詰めの勝利。敵の一挙手一投足を見極め、その都度その都度最高の手を打ち続けるということ。

 誰でもできるような単純な事をするだけ。ただし、練習無しの前知識無しの一発勝負で、そのうえ一度の失敗も許されない。

 背水の陣と言えば聞こえはいいが、実際はただの『無謀』と呼ぶ方がふさわしい。

 

 そんな無謀であるからこそ、霊夢のような何の力も持たないただの巫女が、吸血鬼というバケモノと互角に渡り合えている。やはりこれは『背水の陣』と言えるかもしれない。

 

 

 

 霊夢は器用にレミリアの攻撃を躱しつつ、とある場所に移動する。

 

 しかし、そんな霊夢の行動に痺れを切らしたのか、レミリアの攻撃は勢いを失くし、途端に0になる。それと同時に霊夢は宙を舞い紅魔館の壁へと激突する。一瞬、何が起きたのか理解出来なかったが、次第に広がる痛みと共に自分は攻撃されたのだと理解する。

 

 咲夜のナイフにより傷ついたところから、さらに血が吹き出す。外傷は外傷でひどいことになっているのだろうが、いたるところの骨が砕けていて、内側も中々ひどいことになっているだろう。

 

 悲鳴をあげる体を無理矢理にでも立たせて、レミリアへと向き直る霊夢。

 

(次の一撃に、全てを賭ける……!)

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 無益な殺生は嫌だ。というわけではない、既に紅い絨毯を更に紅く染める必要も無いと思っていたから、『通常なら気絶する程度の攻撃』を仕掛けた、はずだ。

 

――それなのに、なぜあの人間は倒れない?

 

 単純に気になった。そう、ただの気まぐれ。

 単なる気まぐれで、あの何度でも立ち上がる精神の根底にあるものを、一目見たくなった……だけなのに、

 

(人間風情が……吸血鬼に勝ることなど有りは――)

 

 有りはしない、確実な性能差がある相手のはずなのに、足の震えが止まらない。

 

 そりゃあ、手加減を加えて行った攻撃、相手によっては立ち上がることもあるだろう。だが、しかし、それでも、拭えない不確かな感情が、レミリアの心中に渦巻いていた。

 

 

 

 向き直ってきた霊夢を目の前に、手を掲げるレミリア。攻撃を避けるような真似は出来そうもない霊夢に、尚も続くこの感情はまさか、

 

(恐怖……だとでも?)

 

 そんなはずはない、と言い聞かせレミリアは手を霊夢に突き出し、魔法を放つ、その瞬間――

 

 紅魔館の天井を突き破り紅い魔法弾が降り注ぐ。

 次々に降り注ぐ魔法を避けるレミリア。霊夢の方も、ギリギリで避け続けている。

 

(これは、フランの…………ッ!?)

 

 偶然か、その魔法が降り注いだ地点は、先程まで自分が手を突き出していた地点だった。

 

(あの人間……まさか)

 

 妹のフランドールと誰かが上空で戦っているのは知っていた。だがまさか、それすら戦闘に組み込んでくるとは……思ってもいなかった。

 

 

 しかし、ということは、つまり、相手は最大の攻撃を外したということ。非力な人間が、妹の吸血鬼に勝る攻撃を繰り出せるはずもない。だからこそ、この一撃に賭けていたのだろう。

 それならば、あの人間はさぞ絶望していることだろう、表には出さないが心中は悲痛な叫びを上げていることだろう。

 そんな霊夢を煽るように笑みを浮かべながらレミリアは霊夢に近づいていく。そしてふと、霊夢の顔を覗き込み全身に悪寒が走る。

 

(笑って――いる?)

 

 霊夢のその顔は絶望などとは程遠い、勝利を確信したかのような冷徹な笑みだった。

 レミリアと同じく、敵を嘲笑っているその笑みには決定的な違いがある。

片方は『敵の攻撃を避けた』ことによるものから、もう片方は『敵が自分の攻撃が終わったと勘違いしている』ことから――つまり、レミリアが圧倒的不利な状況に立たされているということになる。

 

(どうする……! 無視してこのまま突っ込むか、それとも待って敵の手の内が分かるまで――)

 

 必死に頭を回転させこの不利な状況の打破を目指すレミリアに、霊夢が突然口を開く。

 

「傲慢……」

 

「あ……?」

 

 

 突然の事により、レミリアは思考をやめ、聞き直してしまう。

 

「自分がまだ王者でいるっていうその態度が『傲慢』だって言ってるのよ……アンタはもう『挑戦者』――罠をかいくぐり私を殺せるか、それとも罠の前に崩れ去るか……座して死を待つという選択肢は、既に存在していないのよ!」

 

 その言葉が『挑発』であることは理解している。レミリアを怒らせ、感情のままに行動させるべきの言葉だと分かってはいる。いるが、まるで自分がこのままここに立ち尽くしていれば必ず倒してやれるとでも言っているようで、酷く――酷く――――滑稽だった。

 

 

「ふっ、ふはははははっ! 私が、そんな安い挑発にのるとでも?」 

 

 一瞬、霊夢は顔をしかめる。

 

「私を怒らせてここから動かせたかったんでしょうけど、最悪の結果になったわねぇ〜! 化けの皮は剥がれ、煙に負けていた姿も濃く表れ、隠していた尻尾をもぎ取られたッ!」

 

 俯いている霊夢の顔はもう見ようとも思わない。このまま待っていれば勝手に自滅してくれることだろう。

 にやける顔を戻すことが出来ず、ただぼんやりと霊夢を見ていた。

 そんなレミリアに、霊夢は一言、

 

 

「挑発……? 果たしてそうかしらね?」

 

 顔を上げ、またしてもあの憎たらしい笑みを浮かべていた。

 

「私が言ったのは事実よ、傲慢だって。人間だってだけでとりあえず下に見て、力だけで押し切れると思って……一つだけ教えといてあげるわ! この世界には魔法の力で妖怪を圧倒する魔女とか、マジに拳のみでアンタを倒せるような人間がいるのだから!」

 

「……それは、負け惜しみってやつかしら? 自分以外なら私に勝てるはず……と?」

 

 違うわ。と否定して霊夢はビシッとレミリアに指を向け、

 

「私も勝てる!」

 

 豪語し、その足で地面を蹴り飛ばし、レミリアに向かって一直線に走り出す。

 

「喰らいなさい、博麗三千年の歴史!」

 

 そのままレミリアに向かってドロップキックの体制をとる。

 

「夢想封印(物理)!!」

 

 そう言って喰らわせようとした蹴りを、レミリアは容易く避ける。

 一瞬、何を考えているのか分からなくなるほどに、無為な攻撃だとレミリアは思った。

 

「いったい、どういうつもりなの? 殺されたいのかしら?」

「いいや、私は大真面目よ……この攻撃で決着をつけるッ!!」

 

 そこでようやく、レミリアは霊夢の思惑を察知する。霊夢の両手には何も握られていない。いったい霊夢が持っていた『お祓い棒』はどこへ?

 それは、レミリアの頭上へ行き、お祓い棒は後頭部めがけ、恐ろしい速度で叩き込んでくる。

 

 レミリアから霊夢自身が攻撃してくるという可能性を消し、その後にそれを裏切る捨て身の特攻。見事に作戦にはまり、レミリアの後頭部にはお祓い棒が直撃した。

 

 木から鳴るとは思えないほどの鈍い音が紅魔館中に鳴り響き、レミリアはリタイア

 

 

 

 

 

 ――――かと思われたが、

 

「なるほど……この攻撃は読めなかったわ――」

 

 頭は割れて、血を大量に流しているが、それでもなお倒れはしない、それどころか、割れた頭は急速に治癒され元通りになる。

 

「けど、一つだけ教えといてあげるわ! これがッ! 人間と吸血鬼の圧倒的な差ッ! 変えられない運命なのよッ!!」

 

 レミリアはそう言い放ち、霊夢に詰め寄る。

二人の距離は無いに等しい、手を伸ばせば相手の頭を潰せるほどに近づいていた。

 

 ついに霊夢の勝ちの目は無くなったのだろうか。吸血鬼と向かい合って力比べなんて、勝てるはずもない。

 

 しかし、

 

「まだ、分からないの? 勝負は既に終わっていることをッ!」

 

 霊夢の瞳はまだ、光を失ってはいない、顔は絶望に溺れてはいない。

 目の前にある確かなこと。その一点を見つめてそこに居る。

 

「――はぁ、分かってないようだからもーひとつだけ教えてあげるわよ」

 

 今までの行動は、全て歯車のようなもの。小さなものから大きなものまで、様々な歯車を組み合わせ、設置し導く。

 そうして出来上がる、歯車の集合体こそが圧倒的な力がある敵を討ち滅ぼす唯一といってもいい方法『理詰めの勝利』である。

 

「運命ってのは定まっている命じゃないのよ、自分で運んでくるべき命なのよッ!」

 

 刹那、危機を察知したレミリアは霊夢の首に手を伸ばす。しかし、その手が霊夢の首を抑えることはできず、瞬間にお祓い棒がその手を貫く。

 そしてそのまま、お祓い棒は静止し、レミリアをそこに固定する。

 

「――あ? こんなものどうしたって言うの! すぐに外して――」

 

 お祓い棒を外そうと、手を上下左右縦横無尽に動かすが、お祓い棒がピタリと手の動きについてくる。

 そして、そのままレミリアを腕ごと持ち上げると紅魔館の壁まで飛んでいく。

 

「外れんッ! 何故ッ! こんな棒っキレが――」

 

 そうして、レミリアが壁に固定されたと同時に、何かが弾けた音がして、閃光がレミリアの背中を焼き尽くす。

 

 

「タイミングちょっと遅れたけど……位置は完璧ね……流石、」

 

 そのままレミリアは閃光、もとい魔理沙のファイナルマスタースパークに焼かれるだろうが、霊夢はどうだろうか? 紅魔館を全壊させるほどの威力の魔法が迫ってきていて、無事でいられるのだろうか。

 

 ここまで完璧に相手を読み切り、見事に吸血鬼とその従者から二勝を取った霊夢だったが。一つだけ読み違えていることがあった。

 

 それは、魔理沙の魔法の威力……だった。

 

「えぇ……なにしてんのあいつ」

 

 魔理沙の距離からでもレミリアを戦闘不能には出来るはずなのに、空で戦っている敵にここまでのオーバーキルは不要じゃないかと思う霊夢であった。

 しかし、ことはそんなに単純なことではない。大地は揺れ、紅魔館の天井は崩れはじめている。今すぐに紅魔館から脱出しなければならないのが手に取るようにわかる。しかし、霊夢にその気力、体力は残っていない。

 

 そんな時、

 

「これが貴女の言う、『一手踏み違えた』ということでしょうか」

 

 

 突然背後から聞き覚えのある、瀟洒な声が霊夢の耳を通過した。

 振り返ると、そこにはメイド服に身を包む少女が立っていた。

 『十六夜咲夜』紅魔館のメイド長でレミリア・スカーレットの従者である。彼女は『時間を止められる』……となると、自分どころか、主人のレミリアも連れてこの紅魔館が崩れるより早く脱出出来ることだろう……。もちろん敵である霊夢は置いて、主人と二人で、安全に完璧にこの崩れかけの紅魔館から脱出できるだろう。

 

「ええ、まったくその通りね……」

 

 あと一歩だったのに……完全敗北――のような感情を認めると同時に、霊夢の意識はシャットダウンしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷ややかな感覚を覚え、意識が立ち上がる。

 

(……? 何かバシャバシャと、水がはねるような音が……てか完全に水をかけられてるわね)

 

 水が跳ねる音とともに何者かの声も聞こえてくる。一つは幼そうな子供の声で、もう1つが少し大人びた少女の声。

 

「そーれそーれ! 『全世界ナイトメア!』『全世界ナイトメア!』」

「お、お嬢様……そんなに湖で波を立てると――」

 

「うァッ!? あ、足が……動かない……も……戻れんッ!」

 

 

 ……霊夢に色々と思うところは存在するが、とにかく自分は助かった……というか助けられたのだろう。

 湖の中で馬鹿みたいな一芸を披露している吸血鬼を横目に、霊夢は咲夜に問いかける。

 

 

「一体どーして、私を紅魔館から連れ出したわけ?」

 

 その問を受け取ると、咲夜は数秒考えて、

 

「さぁてね、これも貴女の言う『一手読み違えていた』だけじゃないかしら?」

 

 

 素直になれない二人から、自虐的な笑みが零れる。

 霊夢は立ちあがり体を伸ばすと、湖に片足捕らわれているレミリアを抱えあげ、

 

 

「さーて、帰りましょうか」

 

 

 紅魔館をあとにした。

 

 










 4話に長い時間をかけすぎて、とてつもなく不安なのです。書きたいところまで書ききれるかなー? って
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