二度の人生を得たら世界に怒られ英霊になりました…。   作:チェリオ

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第09話 「シギショアラでの攻防戦 其の参」

 街中だというのに破砕音と銃声が木霊する。

 塗装された地面が粉砕され砂塵が舞い、銃弾が飛び交う。

 赤のキャスターことウィリアム・シェイクスピアは初の聖杯戦争らしい戦いに興奮を禁じえない。

 相手は純白のドレスを着飾った赤毛の女性。

 手にするは大きな機械らしき球状の両手持ちの大槌。

 前髪で隠れてはいるが大きく動くたびに揺れて敵意を剥き出しにした瞳がこちらを捉える。

 

 「ウァアアアアアア!!」

 

 叫び声と共に振り回す一撃は見た目と異なり、一撃で肉体を砕き残骸と変貌させるだけの威力を持っている。

 受け止めるだけでも腕どころか肩ごと持って行かれるだろう。

 ゾクリと興奮交じりの緊張が身体を駆け抜ける。

 

 「まったくもって面白い!」

 

 そう面白い!

 相手の一撃を喰らわず、掠めず、受け止めずの無理難題を突き付けられ、こちらの武装は私が付与した弾丸を装填したスコーピオン(vZ61短機関銃)デザートイーグル(大口径自動拳銃)のみ。

 一応低ランク宝具入りしているとは言え普通に人を撃つような威力は無い。寧ろ打撃武器のような威力しか出ていないようである。スコーピオンの連射に対しては避ける事もせず、当たってもよろけもしない。デザートイーグルの方は威力が高くて直撃すれば痛がっている素振りを見せた事から効果有り。ただ問題は装填数が七発と少ない点だ。

 下手な乱射は避けなければならない。

 装填している余裕など有りはしないのだから。

 

 「しかぁし!勇猛果敢な英雄の如し不屈の精神を持ってして!我が身の危険を顧みずに懐に飛び込めば!」

 

 大きな武器の弱点は何と言っても取り回しの悪さだ。

 ナイフなどと違って振るう動作一つ一つが大きくなり、威力の代償に隙が自ずと生まれてしまう。

 サーヴァントと言えどそれは変わらず、恐ろしい速度ではあるが隙が生まれた。

 恐れることなど一切せずに懐に飛び込んでデザートイーグルに装填されていた残弾四発を叩き込む。

 小さく声を漏らして空気を吐き出させるが、その眼には痛みよりも敵に対する殺意しか映し出されていない。

 危険を察知して後方に飛び退く。

 勘が当たり先ほどまで居た位置を大槌が通り過ぎる。

 最悪だ。

 敵は交戦可能な状態でほぼ無傷。

 対してこちらは有効な攻撃手段は弾切れ。

 振り戻しすとそのまま猛ダッシュでこちらに突っ込んで来る。

 アレだけの力を持って居るのだ。体当たりを受けただけでどうなる事かは想像に易い。

 咄嗟にスコーピオンを構えて敵サーヴァントではなく向かいの建物辺りへと向ける。

 建物の陰より戦いを見つめていた青年がぎょっとした表情を浮かべ慌てるが、そうはさせまいと飛び退いて大槌を振り回し、我が身で受けてでも全弾防ぎきった。

 距離が開いた事でデサートイーグルを口で咥え、弾切れになった弾倉を排出して次の弾倉と入れ替える。この間スコーピオンで数発ずつ牽制して押し止める。

 

 「なるほどなるほど…知性無く暴れ回るバーサーカー(狂戦士)と思いきやマスターを護るだけの理性を持っておられましたか。いやはやこれは何とも面白いですなぁ!!」

 「五月蠅い!!」

 

 横合いからイライラを通り越して怒りを露わにしているジーン・ラムに殴りつけられたシェイクスピアは勢いで書き綴っていた文字の上に線を描いてしまった。

 

 「戦っているのは貴方ではないでしょうに。その口は閉じられないのかしら」 

 「おおおおぉ、何という事だ!吾輩の原稿が…とまぁ読めない事もないですな」

 「貴方は一体何をしているの…」

 「ははは、これは妙なことを。吾輩は作家ですよ。ならばやることなどひとつでしょう!!」

 

 頭を押さえてため息を吐く己がマスターに笑みを浮かべたシェイクスピアは再び戦闘中の両者に視線を移す。

 黒のバーサーカーらしき少女に銃で対抗するサーウェルのゴーレム“モルド”。

 モードレッドそっくりな見た目の割には冷静な対応で今まで凌ぎきっている。

 

 「もう少し暴れ回ると思っていたのですがね。彼女に似て」

 「それ本人に言ったら斬首されますよ?」

 「何を申されますかマスター殿。斬首の前の一撃で座に帰すでしょう」

 

 まったくもってこの方々は私のひ弱を理解出来てないと見える。

 身体能力は一般人とさして変わりなく、戦闘技術に魔術知識も持ち合わせがない。

 つまりスキルやサーヴァントの特性さえなければマスター達と同じ耐久性しかないのです。

 

 「自慢するように言う事じゃないでしょそれ」

 「事実なので仕方がありませんな」

 「あと弾丸を付与したのに効いて無いじゃない」

 「ははははは、酷な事を。あの書く面積が少なく書き辛い円弧に悪戦苦闘して数夜であれだけの数を揃えただけでも大変な作業なのですよ。生前には体験することの無かった作業で面白みはありましたがね」

 「笑っている場合!?このままだとあの子負けるわよ。援護とか出来ないの?」

 「手を貸したいのは山々ですが吾輩に戦闘能力は皆無ですからな。これの扱い方さえ解ればまた話は違ってくるのですが」

 

 手にした銃器を見せるとジーン・ラムは気まずそうに眼を逸らす。

 魔術に長けた魔術師。

 戦闘方法も魔術基本なのでこういう銃を使用することがないらしく、安全装置というのがどれなのかすら解らず凶器と成りし銃器がただの鈍器でしかない現状。

 そもそもこの戦闘からして想定外のものであった。

 敵は一般人を襲う悪鬼羅刹のような行い続けるサーヴァント。

 黒の陣営よりのはぐれアサシンと当たりを付けていたにも関わらず、出会ったのは黒のバーサーカー。

 援軍にモードレッドかサーウェルが駆け付けると思えば街の彼方此方から戦闘音が響き渡っている。

 不意の出会いはどうやら吾輩たちだけでないらしい。

 

 「赤のキャスター様」

 「おぉ、吾輩に御用でしょうか?」

 「キャスター様の弾丸(付与付き)の効果が低く有効打を与えきれません。この場の情勢をひっくり返す、または撤退し得るだけの術をお持ちではありませんか?」

 「ふ~む、あれば使いたいのですが…」

 「そうですか」

 

 返した返答に対して何の感情も乗せずに納得したらしき言葉が漏れた。

 モルドは何かを決意したのか大きく頷き牽制を続けながらこちらをちらっと確認する。

 

 「私の役目は主のマスターの護衛。有効的攻撃手段が見つからないこの状況下では撤退が良いと判断致します」

 「それはそうでしょうな」

 「しかしそうなると御二方を連れての撤退は難しく、成功率も格段に下がります。となれば…」

 「なれば?」

 「主の勝率を上げる為に合流すべく御二方には犠牲、もとい囮になってもらうしか――」

 「おっとお待ちをモルド殿!」

 

 完全に置き去るつもり満々のモルドに制止をかけるシェイクスピア。

 サーヴァントに成ろうが死ぬことは怖いし痛いのはご免被る。それ以上にこの物語(・・)を見届ける前に退場など死ぬより辛く作家として耐え難いものである。

 何としてもそれだけは阻止しようと自身が持っているものを思い返して、一つだけ可能性のある手段を口にする。

 

 「吾輩の宝具であれば撤退することも可能かと」

 「でも貴方の宝具は…」

 

 吾輩の宝具は吾輩が書き綴った物語を対象者の精神に働きかけて体験させる宝具。

 言わば対心宝具とでも申しましょうか。

 どんな相手であろうが吾輩の物語に捕えれるこれならば撤退も容易に行えるはず。

 ただし条件があって、相手の真名が解らなければ使用できないという点。

 この事を話してあるジーンは相手サーヴァントの真名を解き明かさねばならないという難易度の高さを理解している。

 けれどしなければここで終焉を迎えてしまう。

 

 「なにか相手を特定する条件はございませんか?」

 「性別女性、獲物は鈍器、服装は純白のドレス、頭部に機械らしき角と耳当てらしきものを確認」

 

 いろんな作品を知っている知識を総動員させる。

 近しい者は居ても完全に当てはまるものは無し。

 さらに思考を深めていく。

 あの鈍器を扱う様子には何かしらの技術は見受けられない。しかしそれは理性を失いがちなバーサーカーなので確証は得られず今は放置。

 なら機械部分を装着している事で推測できないものか?もしや機械工学で世界に名を記した人物とか?女性科学者に絞るがそれらしい人物が居ない。というか科学者であのような鈍器を振り回す者など思えないのでこれも放置。

 ドレスを着ている事からどこかの王族か貴族の可能性はないか?もしくは純白のドレスから連想するとウェディングドレスがある。ならば結婚に関係すとか願望を抱いていたとか…。

 考えれば考えるだけ当てはまる人物に見当が付かずに時間だけが過ぎて行く。

 せめてもう少しヒントがあれば…。

 

 「まだ掛かりそうですか?」

 「もう暫しお待ちを!考えに考えを重ねておりますが女性で絞るとなると…」

 「女性と認識せぬ方が宜しいかと」

 

 

 ・・・・・・・・・はい?

 

 

 「主より記憶の一部を移されているのでその限りですが、サーヴァントとは実際と物語では性別が異なる事が多々あるのではないでしょうか?」

 

 モルドの一言にシェイクスピアはゆっくりと頷いた。

 サーヴァントと物語では性別が異なる。

 確かにそうだ。

 吾輩ともあろうものが勝手に思い込んで視野を狭めるとは。

 現に近くに良い例(モードレッド)が居たにも関わらずこの体たらく。

 作家としてあるまじき失態だ。

 それに性別を読者に勝手に推測させる手など作家としては在り来たりな手段ではないか。

 性別を無視すると絡まった謎がするりと解けて一人の人物―――否、怪物の名が浮かび上がる。

 流れるように筆を走らせて原稿用紙を文字で埋め尽くして行く。

 

 「まったくもって不甲斐無い。この失態は全力で取り返すと致しましょうか……マスター」

 「良いわ。宝具の解放を許可します」

 「では吾輩が脚本を手掛けた一夜限りの物語!一時ではありますがどうぞご堪能下さい―――フランケンシュタイン」

 

 建物の陰より覗く青年の目が見開いて驚きを露わにした事で予想は確信と変わり、書き綴った原稿用紙が宙を舞いバーサーカーを囲みこんだ。

 吾輩たちからすれば誰も居ない虚空に対して怯え、一歩二歩と後ずさる。

 

 「さぁ、逃げますよ」

 「待ちなさい敵のマスターを倒せば…」

 「戦域を離脱します。ジーン様失礼致します」

 

 このメンバー内の最高戦力であるモルドは跳び上がり、屋根へと降り立つとこちらに進行方向を知らせてそちらへと駆ける。

 相手はサーヴァント出なく魔術師なら自分でも戦えるとジーンは構えるが青年との間でシェイクスピアの宝具に当てられたバーサーカーが今度は暴れ出し、青年に近づくのも困難。

 止むを成しと撤退を選択し、先に逃げ出したシェイクスピアを追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ【碌でも無い師匠】

 

 朝日が昇るよりも早く寝所で目を覚ましたサーウェルは寝ぼけ眼を擦って立ち上がる。

 王専属料理人としての職務が騎士の務めより優先され、王の朝食の支度を行う為に誰よりも早く職務に従事する。

 そもそも騎士は騎士でも嘱託騎士。警備や哨戒任務は元より想定されておらず、有事の際に召集される形での契約。

 半ば無理やりだった気もするが…。

 

 ため息交じりに着替えて支度を整え厨房へ向かう。

 魔術で実験している農園があるがあちらはゴーレム達に任せているし、昨日確認したばかりだからまた今度で良いだろう。

 さて、王の食事はどうするべきか。

 下手に手を抜いたり、乱雑な食事にすると口には出さないけれど表情で訴えかけてくるものだから言われるより心に効く。

 通路を進みながら思考を王の朝食一択に集中し、厨房への扉を開こうとすると甘い花の香りが鼻孔を擽る。

 先ほどより大きく深く長いため息を漏らすと半眼で背後へ振り向く。

 

 そこには澄んだ早朝のような爽やかな微笑みを浮かべた魔術師らしいローブを着た青年に見える老人が軽く手を挙げて居た。

 あの騎士王の剣の指南を施し、王へと導いた稀代の魔術師であり、王に仕える宮廷魔術師。そして私、サーウェルを拾い、育て、魔術を教えた恩師である師匠。

 内部での扱いは散々で王に唯一「そいつ」呼ばわりするほど呆れ、頭を痛めさせられたトラブルメーカーの女好き。王ならば控えめに色事に弱いというのだろうが私ならそうハッキリ表現する。

 

 「何用ですか師匠…」

 

 朝から…いや、朝でなくとも関われば厄介事に巻き込んで来るであろう人物に会いたくはなく、口から出た言葉にはそれらの感情が上乗せされて出てしまった。

 出てしまっても本人も自覚があるのか気にしてないのかそのまま会話を進めようとする。

 

 「勿論あるともさ。そのために会いに来たのだから」

 「せめて時間を考慮して頂きたい……コーヒーで良いなら入れますが?」

 「そうだね。君の聖域(厨房)へ入らせてもらおう。それと砂糖とミルク有り有りで」

 「はいはい」

 

 厨房へと招くと他の騎士達に進めたが不評な焙煎したタンポポコーヒーの小瓶を手に取る。

 何でもコーヒーなる飲み物の代用品なのだとか言っていたがよくこんな苦いのを飲もうと思ったものだ。

 湯を沸かしてタンポポコーヒーの準備をしながら取り置きのスコーンとカスタードクリームを用意する。王にはしっかりしたものを用意するが師匠の場合多少手抜きでもまったく問題ない。

 とりあえず厄介事(師匠)を片付ける為に王の朝食は頭の片隅で考えつつ話は進める。

 

 「で、用とは一体?まさかまたあのコーヒー豆を栽培しろって言われるんじゃあ…」

 「いやいや、アレは君が栽培失敗した時点で諦めたよ。代わりにタンポポの種を渡して栽培を頼んだのだから」

 「というかいきなり豆を生産してくれはないでしょう普通。タンポポはまだ分かりましたけどね。あー、あれ綺麗なわたみたいになって女性陣からそれなりに人気が出てますよ」

 「ほぅ、それは良い事を聞いたよ」

 「………まさかまた女性絡みですか?」

 

 よく分かったねと言わんばかりの笑みを浮かべられて頭を抱えたくなる。

 女性関係での話とはまた厄介なものを―――違うな。女性関係なら巻き込まれるだけで大した被害でないし、巻き沿いを喰らう事も無い。考えようによっては他の厄介事に比べればマシではないか。

 

 「今度の相手が何処の何方かは存じませんが私が出る幕はないと思うのですが?」

 「それがあるんだな。君だからこその出番がね」

 「私だからこそ?」

 「これさ」

 

 渡されたのは一枚のメモ用紙。

 書かれているのは何かのレシピらしいが…。

 

 「なんですまかろんってのは?」

 「さぁ?」

 「おい」

 「だって見た(・・)だけでどういうものかは分からないんだから」

 「これを作れと?それを女性にプレゼントするんですか?」

 「そう言う事。出来れば早急に頼みたいな」

 

 何度目かの大きなため息を漏らしレシピを睨む。

 出来ない事は無いが…。

 

 「了解致しました師匠。今日の夕方までに用意いたしましょう」

 「うんうん、話の分かる弟子で助かるよ」

 「それはそれとしてこちらも用があるのですがね」

 「なんだい言ってご覧」

 「その話は私からしましょう」

 

 扉がゆっくりと開き、絶対零度の冷たさを纏った王が師匠を視界に捉える。

 

 「おや、また私が何かしたかい?」

 

 向けてられていないというのに威圧感で背筋が凍り付きそうだというのに、その向けられた本人は平然としてどれの事かなと思い当たる節が多すぎてどれだか分かっていない様子。

 

 「サーウェルから聞きました。私の鎧を切り裂いた――――を素材として提供したそうですね!」

 「あー、うん。あれは彼に必要な物だったからね」

 「何も言わずに回収していったと聞きましたが!!」

 

 怒声が響き、平然と受け流す応酬をBGMにサーウェルはタンポポコーヒーとスコーン、カスタードクリームをテーブルに置くと王の朝食作りに専念する。

 やはり師匠は厄介事の種だ。

 私の平穏な厨房を返してほしいのだが…。

 後ろで繰り広げられる喧騒に視線を向けるが止みそうもない。

 諦めてサーウェルは無心で朝食の準備を続ける。

 

 

 

 ……まさかつまみ食いをしにやって来たモードレッドも合流して喧騒がさらに大きくなったり、師匠のリクエストを簡単に請け負った事でこちらに矛先が向いたりとさらに厄介事が増えるとは思いもしなかった…。


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