二度の人生を得たら世界に怒られ英霊になりました…。 作:チェリオ
七月の投稿以来二か月ほど書けず、今月まで投稿無しとなり申し訳ありませんでした。
今月より毎月一話投稿に戻ります。
黒の陣営は窮地に立たされていた。
確保していた大聖杯は奪われ、本拠地であったミレニア城砦の一部が崩壊、そこに雪崩れ込んでくる赤のバーサーカーによる現出したサーヴァントの群れ。
目を覆いたくなる事実の前に嘆いている暇もなく、黒の陣営は両陣営の裏切者である第三陣営と手を組んで城砦を攻めて来るサーヴァントの撃退と大聖杯の奪還と言う二つの作戦を実行するのだった。
そして大聖杯を奪い格納した赤のアサシン“セミラミス”の宝具、
見事な装飾が施された塵一つ無い通路に火炎が走り抜ける。
生物が受ければ血液が沸騰し、一瞬で蒸発するほどの火力を持つ火炎は地面より伸びた複数の杭により受け止められ霧散した。
散った炎へ向かって二本の矢が放たれるが矢は目標物に当たる前に迎撃に放たれた一本の矢により弾け飛ぶ。
「返して貰おうか盗人ども」
「――断る。そしてここから先に進ませる訳にもいかない」
火炎の余熱も消え去り
ルーマニアの英雄であるヴラドは知名度補正と領土を得た事で、元々のステータスを大きく上回る力を得ている。
対するカルナは高い火力と技を持ち、単身で空を駆ける機動力を持っているが、魔力補充が現在はバーサーカーを優先している為に追加での補充を受けられない状態にある。
地上で斬り結び、決着の付けれなかった英雄二人。
出合ったのなら敵味方関係なくやる事は一つ。
視線がぶつかり合い、今にも火蓋が斬り落とされそうな間を嬉し気に笑みを浮かべた
無視された訳ではなく己が相手を見据えたヴラドの対応にアキレウスは不意打ちなどは行わず、元々狙っていたヴラドの後方に居る
「やはり私狙いですか」
読んで居たがその読みすら突破しようと迫るアキレウスに覚悟を決めて弓を仕舞い、槍に触れると流れるまま後方へと投げ飛ばす。
不死属性を持ち神性持ちでしか攻撃の通らない事はアキレウスを知るケイローンにより黒の陣営に知れ渡っており、そのためアキレウスの相手は自然に唯一神性持ちのケイローンが務める手筈になっている。
ゆえに地上でサーウェルと一緒に戦いがっていたが、こちらに振り分けられてしまった
「地上での再戦だよ!」
「弓兵に真正面から無策で突っ込むとは愚かな!!」
睨みながら力を籠めるアタランテは見逃さなかった。
何か含みがあるようなアストルフォの笑みを…。
警戒を強めた瞬間、アストルフォの背より何かが舞い上がった。
仕込みがあったかと忌々しそうに射角を挙げて飛翔物へ矢を射るが、飛翔物は天井へぶつかるや否や加速し自身に向かって突っ込んで来るではないか。
「アハハ、女の人だ――――解体するよ」
少女の容姿に似合わない程の殺気を放ちながら、目を爛々と輝かせたジャック・ザ・リッパーに歯ぎしりする。
歯軋りしたのは弓兵である自身がアサシンとライダーの二騎により接近戦を仕掛けられそうになっているからではなく、ジャックが自身が護りたがっている子供の容姿で迫る様子に少しとて躊躇いそうになったことにだ。
相手はアサシン。
そうでなくともサーヴァントであるからには子供の容姿だろうて容赦はしない。
後方へ距離を取りながらすかさず矢を放ちながら牽制を掛ける。
さすがに
四対三のサーヴァント戦。
アキレウスとケイローンも、ヴラドとカルナも互角の戦いを見せていた事から決着は早々にはつかない。
唯一と言って良いのがアタランテに襲い掛かった二人が有利というぐらいだ。
当初はアストルフォ単体で相手をする筈だったが、モードレッドに頼まれて一人大聖杯を頼まれたジャックが大聖杯強奪にかこつけて庭園に忍び込んでいたのが幸いした。
しかもジャックは渡されていた携帯電話より事情を聴いており、確認も取れた事で共同戦線に素直に参加したのは時間も限られた黒側にしてみれば大きい。
あとはジャックとアストルフォがアタランテを討ち取り、ヴラドに加勢するか先に進んで赤の
その筈だった…。
「―――ッ!!馬鹿な…」
地上では互角以上の戦いを繰り広げていたヴラドが押されているのだ。
それも一つの分野とかでなく、技の切れも腕力も速度もカルナの火力を抑えきれていた杭の力も比べるまでもなく落ちている。
信じられない事実に当の本人が一番驚きを隠せないでいる。
対してカルナは素で「調子が悪いなら出直すか?逃亡するなら追いはしない」と告げるものだから、王としての矜持があるヴラドは冷静さを欠いて斬りかかる。
さらに状況が悪化していくヴラドとカルナの戦いを庭園へと移ったダーニックが上の通路より見下ろしていた。
彼の領土ではなくセミラミスが支配する空中庭園では王としての能力が限定され、能力を発揮できていないヴラドは押されてついには膝をついてしまう。
その光景により眺めていただけのダーニックは口を開く。
「立ちなさいルーマニアの王よ。己が願望の為にもここで消え去りたくはないでしょう」
「ダーニック……、何故ここに?」
驚きを隠せないヴラドはダーニックに問うが問いの答えは返ってこない。
それどころかいつになく高圧的な態度が目立つ。
「我々は何としても大聖杯を取り戻し、どんな手を使ってでも我がユグドミレニアに勝利をもたらさねばならないのです。そう、どんな手を使ったとしても…ね」
「貴様…まさか私にあの宝具を使えと言っているのか?」
「それ以外に勝機があるとでも?」
「―――貴様ッ!!」
何をしようとしているのか察したヴラドが怒鳴るが、ダーニックは気にも止めていない様子。
「あれって何かヤバくない?」
「どうでも良いよ。それよりもこっちの方がヤバいよ」
ダーニックとヴラドの会話と雰囲気に危なげなものを誰もが感じ取り、口にしなかったことをアストルフォは口にした。
話しかけたジャックからは返答と一緒に蹴りを喰らわされる。
戦闘中にいらんことを言うな――なんて理由ではなく、隙を狙ったアタランテの一矢を回避させる為に蹴ったのだ。
さすがに吹っ飛ばすことは出来ないけど顔の角度を変えさせいて掠める程度で済ませることは可能であった。
右手をかざして高らかに命じる。
その命令は自身のサーヴァントが最も忌むべき行為。
死後に後世の者らが付け加えた物語により生まれた呪い。
自身の生き様や一族を侮蔑するような付け加えられた怪物を具現化させる宝具。
これを使えば殺すとまで脅されたが、ここで使わなければ敗北は必須。
「宝具
「ダーニック、貴様ぁ!!」
令呪によって強制的に起動した宝具によりヴラドの肉体は豹変する。
左胸から杭が飛び出、腕や爪や八重歯が伸び、筋肉量の増加。
目は赤く輝き、ぎょろりと飛び出る。
己が忌み嫌う吸血鬼に変化するのを何とか押し込めようと藻掻くヴラドの意に反して吸血鬼化が進む。
「私はぁ…私は吸血鬼などでは…吸血鬼などではないのだぁ…」
「第二の令呪をもって命ずる!大聖杯を手にするまで生き続けろ!!」
「―――ッ!!」
このままでは吸血鬼となり、英霊ヴラド三世の意志が掻き消えてしまう。
消え去る前に己にこのようなことを仕出かした愚者にヴラドは襲い掛かる。
突進しながらダーニックの腹部に槍を突き刺し、串刺しにして睨みを利かす。
「くぁ…」
「貴様の思い通りにはならぬ」
「重ねて第三の令呪をもって命ずる―――我が存在をその魂に刻み付けろぉ!!」
血を吐き出しながら最後の令呪を使ったダーニックは、ヴラドの後頭部を掴んで自らの首筋に押し当てる。
吸血鬼化して起こった強烈な喉の渇き。
それが鼻孔より体内へ行き渡る新鮮な血潮の香りにより鮮明に血液を欲せさせる。
踏みとどまっていたヴラドの意志は吸血鬼の欲求に呑み込まれ、血液を求めてダーニックの首筋に噛みつき血を啜った。
「これで良い!これで我が長き夢が―――成就する!!」
ダーニックが叫ぶと肉体が掻き消えヴラドと一体化する。
一つの身体に二つの意志が存在し、ヴラドは藻掻き暴れる。
様子を伺っていたサーヴァント達は呆気にとられた。
「乗っ取り!?そんな事が…」
「令呪の力か?」
「馬鹿な…あり得ん!!」
苦しんでいたヴラドは大きく跳躍して待機させていたホムンクルスの群れの中に降り立った。
このホムンクルス達は対サーヴァント戦を想定して連れて来たものではなく、広い庭園内を効率よく索敵して聖杯を見つけ出すためにつれてきたのだ。
そのホムンクルスの一人を捕まえると首筋に噛みつき、水音を立てて血液をむさぼり啜る。
飲み切ったホムンクルスを放り捨ていると次のホムンクルスへ噛みつく。
吸われて投げ捨てられたホムンクルスは立ち上がり、呻き声を漏らしながら周囲で無事なホムンクルスへと襲い掛かり血を啜る。
異様な光景が続き、ホムンクルスのすべてが吸血鬼ヴラドの眷属にされ、血を求める化け物へと変貌を遂げた。
満足そうに血を吸い終えたヴラドはサーヴァント達に向き直る。
「フハハハハ。さて、私の聖杯を返してくれ!!」
吸血鬼の力によって強化された杭が周囲に生える。
飛び退いた英霊達が貫こうと徐々に範囲が広がっていくが、何者かが振り払った一撃にて食い止められ、その者に怪訝な表情を浮かべた。
「…ルーラーか」
聖杯により呼び出されたマスターいらずのサーヴァント。
召喚される事事態が稀であり、召喚されたという事はその聖杯戦争は世界に歪みをもたらす可能性があるという。
その為の裁定者。
その為の中立のサーヴァント。
忌々しいルーラーの登場にヴラドを乗っ取ったダーニックは睨みつける。
ルーラーは見ただけで相手の真名を暴く“真名看破”、10キロ四方にも及ぶサーヴァントに対しての“知覚能力”などの能力が与えられ、その能力の中で一番厄介なのが参加しているサーヴァントに対して使用可能な令呪を二画ずつ保有している“神明裁決”がある。
これを使用すればヴラドに命令を下す事も、この場に居る全サーヴァントによる討伐も可能となる。
一度黒の陣営に訪れた事もあり、ルーラー…ジャンヌ・ダルクの性格は凡そ見当がついている。
彼女ならば必ず吸血鬼などという存在を許すはずがない。
「令呪をもって命ずる!!」
思っていた通り令呪を用いての束縛に吸血鬼化したヴラドの力で対抗する。
無理やり解除出来たがどうやら端っから予想はしていたジャンヌはあまり残念そうな表情はしていなかった。
「やはりだめですか……事情はおおむね把握しています。聖杯戦争の調律の為、一時的には貴方がたには協力体勢を敷いて頂きたいのです。彼を倒すまでは休戦を」
突然の裁定者からの提案にこの場に集うサーヴァント一同が動きを止める。
視線が向けられる中、ジャンヌは強い瞳を皆に向けて続ける。
「もしあの吸血鬼が、いえ、吸血鬼の眷属にされた者が一人でも外に出れば世界は彼らで溢れ、世界は吸血鬼により飲み込まれてしまいます。この吸血鬼達を外へ、そして聖杯の元へ辿り着かせる訳には行きません」
彼らは英霊だ。
殺人鬼であったジャックを除いた英霊達は事の重大さを受け止めており、英霊として語られた彼らの意思はそのような物を容認することは出来やしない。
全員が協力しようと大きく頷いた。
「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、この場に集う全サーヴァントに令呪をもって命じる。吸血鬼を打倒せよ!!」
令呪により力が全身を巡り、それぞれの意志が一つの目標へと向けられる。
最早英霊と呼べる存在ではなくなってしまった世界を破滅へと誘える怪物。
先に動いたのは吸血鬼側だった。
血を吸われたホムンクルス達が意思も持たぬ
囮だという事は誰の目にも明白。
案の定、眷属たちの頭上を跳び越えたヴラドは壁を足場に通り抜けようとしていた。
追うのは当然後者なのだが、囮だからとあの眷属の一匹たりとも逃がす訳にはいかない。
「アハハハハハハ!」
アタランテやケイローンが矢で射貫く前に、ジャックより放たれた投げナイフが眷属たちの脳天を貫く…否、頭蓋ごと頭部を吹き飛ばした。
令呪によるブーストにより受けた威力にご満悦そうに眷属の群れの中へと跳び込み、二刀のナイフで次々と人体らしき肉片が宙を舞い、臓物や血潮により壁が赤く染め上げられる。
ジャックが飛び出した事で眷属は任せたと言わんばかりに残りはヴラドへと攻撃を集中する。
アタランテが放った矢を回避しつつ通り抜けようとしたヴラドは死角より襲い掛かったケイローンの蹴りをまともに受けて壁に叩き込まれる。呻き声を漏らす暇も与えられずにケイローンの矢がヴラドを壁に固定し、アタランテの矢がさらに突き刺さる。
このままでは不味いと判断したヴラドは身体を霧状にして矢から逃れ、再度聖杯へ向かって進もうとするがそこにアストルフォが襲い掛かった。
脳裏にアストルフォの宝具の効果が過り、受け止めずに回避に専念。
躱し切ったと同時にアキレウスが神速で突っ込む。
至近距離で振るわれた槍によって身が削られ痛みがそこら中より響く。
が、それに構っている場合ではない。
アキレウスの穂先を素手で掴み、衝撃にて皮膚が吹き飛んで血管や肉が露出するもすぐに再生され元通りに修復される。
驚きを隠せないアキレウスを槍ごと振り上げて地面に叩きつけ、衝撃で舞い上がった土埃を煙幕代わりに利用してアーチャー達の射線から身を隠す。
弓兵にとっては良い手だったかも知れないが、カルナにしてみれば関係ない事であった。
槍先より放たれた炎が土煙ごとヴラドを焼く。
火達磨にされて金切り声を挙げながら現状を打開しようとジャンヌに向かって飛び掛る。
予想していなかったのか飛び掛られたジャンヌは手にしていた旗を両手で掴み、ヴラドの猛進を真正面から受け止めた。
炎が消え去り、焼きただれた皮膚が再構築され、血を啜ろうと開かれた大口より牙が覗く。
何とか押し返そうと両足を踏ん張り、両腕に力を籠める。
「――
背後よりアストルフォの槍がヴラドの腹部を貫いた。
痛みによる悲鳴を挙げながら両足が消滅したヴラドは床に転がり、これ幸いにとジャンヌが旗を振るって壁にと叩きつける。
壁は衝撃により大きな凹みを作り、衝撃を殺し切れなかったヴラドはバウンドするように地面へと激突。
この隙を逃すまいとアタランテとケイローンの矢が突き刺さり、再び霧状にして逃げるがその先にはアキレウスが待ち構えており、通り様に左腕を斬り落とされる。
勿論修復するだろうがこの状況でその時間すらも命取りになるのは必須。
回復を待たずに右腕の腕力だけで逃れようと宙へと舞う。
「―――詰みだ」
飛翔したカルナが槍を振るい、より一層強い火力で焼かれる。
さすがの吸血鬼もこの攻撃には耐え切れずに床に転がると呻くだけで身動き一つできない様だ。
止めを刺そうと槍を振り上げ、カルナの一撃によりヴラドは聖杯大戦より退場した………。
いや、する筈だった。
突然カルナ、アタランテ、アキレウスが苦しみ出し、その場に膝を付いたのだ。
急な事態にケイローンもジャンヌもアストルフォも戸惑い、その隙にヴラドは再び腕の力だけで飛翔する。
続いて生えた左腕も使って通路を突き進む。
「ちょ!どうするのこれ!?」
「追います!」
慌てるアストルフォにジャンヌが即座に答え、三人は残っている眷属をジャックに任せて後を追う。
通路内には侵入者用のトラップが設置されていたものの、サーヴァント相手には足止めにしかならず、三騎は負傷することなく突き進んでいた。
しかしながらヴラドに追い付くことは終ぞできなかった。
あの負傷具合でトラップが作動しているのにも関わらずだ。
嫌な予感がジャンヌとケイローンの脳裏に浮かぶ。
トラップは自分達だけでヴラドには作動させていないのではないか?それは誘い込むように…。
通路を抜けた先には部屋があり、開け放たれていた扉より一歩踏み込んだところで三騎とも足を止めた。
そこに居たのは神父の装いをした涼し気な笑みを浮かべた白髪の青年と、幾つもの剣が突き刺さり灰と化していながらもギリギリ原型を残しているヴラド三世が横たわっていた…。