二度の人生を得たら世界に怒られ英霊になりました…。   作:チェリオ

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 本日二話目の投稿。


第01話 「召喚された黒の魔術師」

 ――聖杯大戦。

 あらゆる願望を叶えることの出来る聖杯を巡って七人とマスターの元に、七騎のサーヴァントによって行われる聖杯戦争の亜種聖杯戦争。

 今まで聖杯戦争を模した聖杯戦争の亜種は幾度となく行われてきたが、この聖杯大戦はそれらとは大きく違っていた。

 亜種聖杯戦争のほとんどがサーヴァントを呼び出すも聖杯を手にすることの出来ないものばかり。この結果は当然で必然と言える。なにせ聖杯とは器と願いを叶える膨大な魔力あってこそ発現するのであって魔力だけ集めた所で意味はないのだ。

 

 ユグドミレニア一族という、様々な事情で魔術師の世界からはじき出された者らを吸収し、巨大化した一族―――否、魔術師の集合体が存在する。

 そこの当主は以前の聖杯戦争参加者で優勝こそ果たせなかったものの聖杯の元である大聖杯を奪取することに成功。それを用いて聖杯戦争を行おうというのだから魔術協会も聖堂教会も大慌てである。

 

 聖杯大戦は大聖杯の予備システムである【七騎のサーヴァントが同一勢力に統一された場合のみもう七騎を対抗するために召喚できる】と言うのを使ったもので、14騎ものサーヴァントを争わせるという。

 

 ユグドミレニアはその聖杯大戦を行うと宣言し、魔術の管理・隠匿・発展を使命とする魔術協会は対抗すべく優れた魔術師を集めた。そしてこの事態に聖杯戦争では監督役である聖堂教会も魔術協会に加担する動きを見せている。

 

 聖杯大戦の舞台はヨーロッパのルーマニア。

 ユグドミレニア一族の選抜された魔術師と、魔術協会から選りすぐられた魔術師、聖堂教会の神父と聖杯大戦に参加するマスターがルーマニアの地へと集まりつつあった…。

 

 日本でアサシンを召喚しようとしているユグドミレニアの魔術師ともう一人を除いて…。

 

 

 

 

 

 

 黒の陣営に所属している魔術師にロシェ・フレイン・ユグドミレニアという幼い少年が居る。

 彼は幼き頃より魔術師としての英才教育を受け、今では十三歳の身でゴーレムマスターと謳われるほどの天才魔術師だ。

 命を賭ける事になる聖杯戦争に挑む魔術師は大なり小なり悲願が存在する。

 今回の参加者で言えば一族の繁栄に特殊な魔術回路にて動かない足を治す事、人類の救済などなど人それぞれである。その中で彼、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアが聖杯に望むことは無い。

 

 ―――否、願いはあるにはあるがそれは聖杯に願う事ではなく、聖杯戦争に参加したことで叶う事。

 ロシェは両親の顔を知らない。いや、覚えていないのだ。

 生家であるフレイン家は代々人形工学で知られた一族で、生まれた子供の世話や教育をゴーレムに任せっきりにするという変わった教育方針をとっている。代々受け継がれる刻印の移植が可能となるまで魔術工房から出る事はなく、親とはっきりとした意識で対面したのは移植の時ぐらいだろう。

 そんな魔術師の中でも特殊な環境下で育ったロシェは人間に対して何ら興味を持たず、ゴーレムに対してのみ関心を向ける人物に育ってしまった。

 

 ゆえにロシェが望むのは自分より優れたゴーレムマスターであるサーヴァントの召喚。さらにはサーヴァントよりゴーレム技術を授かる事だ。

 

 莫大な資金に力を誇るユグドミレニア一族の長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアはその考え自体に何ら異論を持ち得なかった。寧ろ歓迎すべき事だった。確かに現在の魔術師の中ではゴーレムマスターとして右に出る者はいない。だが、ロシェのゴーレムでは腕の立つ魔術師に対して足止め程度にしかならない。もし相手が一騎当千のサーヴァントとなると足止めどころかそこいらの雑草を踏みつぶすのと何ら大差がないだろう。

 しかし、歴史という膨大な時の中で謳われるほどのゴーレムマスターの称号を持つサーヴァントが作った作品ならばどうだ?資金があり人手も魔力も足りている黒の陣営では幾らでも生産出来る。足止めどころか脅威になり得る可能性だってある。

 

 街灯も消えかかっている暗い夜道をロシェは息を切らしながら懸命に走る。

 質の良いカッターシャツが汗でびちょびちょに濡れて気持ち悪いがそんなことに構えるほど余裕はない。明るい茶色の癖っ毛を大きく揺らしながら足を動かし続ける。

 

 背後から駆け足で駆けてくるであろう足音が響き渡る。

 実際ロシェを追う形で三名の人物が走って距離を狭めていた。男女問わずその手にはハルバートや槍といった武器を手にしている。表情からは殺気や怒気などの感情は読み取れず、何の感情もなくただただロシェを見つめていた。

 

 

 ロシェは追われている。

 赤の陣営からではなく、黒の陣営によってだ。

 ダーニックはロシェが稀代のゴーレムマスターをサーヴァントとして召喚しようとしたことは喜ばしいと思った。だが、ロシェが呼ぼうとした人物だけは許容できなかった。

 幼い頃よりゴーレムに関する書物に目を通していたロシェはシェイクスピア作のアーサー王伝説に興味を持っていた。そこに登場する魔術師サーウェルは王専属の料理人であると同時に優れたゴーレムマスター。中でも円卓の騎士を模したゴーレムの性能は本人にも劣らないものだったという。

 それほどの高度なゴーレム技術を知りたいし学びたい。

 ダーニックもそこに関しては同意だが裏切りの騎士と称されている者を味方とするには問題が大きい。

 

 だからサーウェルではなくアヴィケブロンを召喚するように指示を出した。

 確かにアヴィケブロンも稀代のゴーレムマスター。知識も技術も優れているのは明白。なのだが昔から慣れ親しんだ書物に愛着もあってどうしても従いきれなかったのだ。ダーニックからは聖杯大戦を行う二か月前にゴーレムを生産体制を整える為にも召喚してくれと言われたが、召喚する前にロシェは資金を持ち出してユグドミレニアの拠点であるミレニア城砦を飛び出した。目指した先はサーウェルに関する資料を書き記した原本が置いてあるイギリスのウォルター・エリック邸。

 飛行機でイギリスへ飛び、エリック邸に近い安宿に身を置いた。そこから一週間かけてサーウェル関係の遺物を調べ、ようやく召喚まで漕ぎ着けたというのに追手が辿り着いたのだ。

 宿へと押し入って来たユグドミレニア一族で生産されたホムンクルス達。護身用に置いておいたゴーレムを暴れさせ何とかその場を逃げ果せることは出来た。

 だけどこのままでは確実に追い付かれる。

 

 宿から走り続けようやく目的地が見えて来た。

 

 「ゴーレム達、ボクより他の者を通すな!!」

 

 必死に叫んだ声に反応してこの近くに潜ませていたゴーレム達が起動し立ち上がる。

 真っ白な面を付けたような細身のゴーレムは尖った腕を振り回して、後より追って来たホムンクルスに斬りかかる。

 ホムンクルス三人に対してゴーレム四体。数の差で勝っているロシェのゴーレムが負ける事は無い。その後ろより迫っている者が居なければ…。

 

 目的地であるウォルター・エリック邸の扉に魔術を行使して鍵を開けて中へと飛び込む。

 鍵を閉める時間さえ惜しく感じて大慌てで展示物に目を通し、探している原本と呼ばれるサーウェルの資料を覆っているガラスケースを叩き割る。勿論子供の腕力でそう簡単に割れる己ではないが魔術を用いればその限りではない。

 原本を抱きしめると地下へと繋がる階段へ走り出す。

 

 「へぇー、まだ居たんだね。ほら退いた退いた」

 

 扉の向こうよりどこか抜けた声が聞こえた。

 追手が来ることは分かり切っていた。だから安宿にも身を潜める緊急退避場所や空き家などにもゴーレムを隠して、何処で会っても良いように準備を進めていたのだが、彼―――いや、アレには全くの無意味だった。

 

 黒の陣営に召喚されたライダー(騎乗兵)のサーヴァント。

 

 宿にも訪れたのだが、どうやら危害を加えるような戦い方は好まない様だ。

 戦闘も物足りないであろうゴーレムを相手に楽しみながらどこか手合わせをしているかのようだった。攻撃はゴーレムに対してのみでロシェが逃げ出すと魔獣に跨って空より追ってくる。極力怪我をさせないために体力を失わせて抵抗できないのを待つのだろう。

 

 今まで足止めを命じたゴーレムは悉く粉砕された。この屋敷前で戦っているゴーレムもすぐさま破壊される。大慌てで地下へと繋がる階段を駆け下りて中央に立つ。

 

 地下室には人型の木造の人形や発掘作業で収集した砂や使用したシャベルなどの道具、演劇での台本などが壁に沿う形で展示されている。以前三日前に訪れた際に召喚するならここでと警備員に見つからない様にゆっくりと日にちをずらしながら魔法陣を書き込んだのだ。

 幸いここには監視カメラなどなく、客も少ないので暇そうな警備員がたまに回るだけでやり易かった。

 

 ポケットにしまっていたナイフを取り出して指先を切り、傷口より滴る血を陣へと垂らす。

 ポタ、ポタと血が地面に落ちると魔術により隠されていた魔法陣が姿を現してうっすらと発光する。

 

 「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向ける色は“黒”。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

  閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

  繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻を破却する」

 

 目を瞑り意識を集中させながら召喚に必要な呪文を唱える。

 うっすらと一階の入り口付近より大きな物音が響いた。おそらく扉を破壊して内部に突入したのだろう。彼らの目的は召喚前のロシェを連れ戻す事。ここでサーヴァントを呼び出されると召喚前と言う条件としても連れ戻すにしても不味い。

 召喚によって発する魔力を感知してこちらに向かってくる足音が近づくがそのまま詠唱を続ける。

 

 「告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

  誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者。

  我は常世総ての悪を敷く者。

  汝三大の言霊を―――」

 「はいはい、そこまで」

 

 あと少しと言うところで眼前に現れたライダーから首筋にランスの先が向けられる。

 死ぬかもしれない状況にごくりと生唾を飲み込む。対するライダーは困ったように笑い、頬をポリポリと掻く。

 

 「ごめんね。マスターからの命令でさ。召喚する前に君を連れ戻すように言われているんだ。傷つけたい訳でもないしさ、大人しく捕まってもらえないかな?」

 

 ランスの先を下に向けた瞬間に詠唱を続けようかとも思ったが、サーヴァントの身体能力を考えると終える前に腕っぷしでねじ伏せられる。

 もはやサーウェルは諦めて、ミレニア城砦に戻るしか道は無い…。

 

 

 

 

 

 

 ………嫌だ…。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 ここまで来たんだ。意地でも召喚して見せる。

 諦めかけたロシェであったが意を決して口を開く。

 

 「汝三大の言霊を纏う七天!」

 「え、ちょっとさすがに止め――」

 

 詠唱を再開すると焦って止めようと動き出すライダー。

 三歩ほどしか離れていない距離で取り押さえるのは簡単だ。それだけ人間とサーヴァントには身体性能だけで差がある。

 しかし、ライダーは取り押さえられなかった。

 召喚も終えていない、ゴーレムも配置していないこの部屋にはロシェとライダー、あとはホムンクルスが三人しかいない。

 ロシェの背後で何かが動いたのだ。

 人の形をした何かが…。

 何か居たのかと意識を向けると仰向けで展示されていた木製の人形が上半身を起こしたのだ。

 理解し難い一瞬の出来事にライダーはほんの少しだがロシェの事を完全に意識より外してしまった。

 その一瞬、コンマ数秒あれば最後の一文を唱えるには充分すぎた。

 

 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 最後の詠唱を口にすると同時にロシェとライダーの間で風が発生する。

 思わず目が開けれずに瞼を下ろすとふわりと土の香りが鼻孔を擽った。土だけではなく草や花、木々の香りが広がる。

 

 「わきゃ!?」

 

 ライダーの悲鳴らしき声が漏れ、鈍い音が響いた。

 風が収まり、恐る恐る瞼を上げるとばさりと真紅のビロードマントを靡かせる騎士の背が瞳に映った。

 騎士の視線の先には「イタタタ…」と後頭部を軽くなでながら壁に大きなへこみをつくったライダーが座り込んでいる。

 

 禍々しい鱗のような物に覆われた漆黒の鎧。

 血に浸けたような真紅のビロードマント。 

 ライダーに向けて振ったであろう鉈のような短く分厚い剣。

 

 本に記された通りの人物にロシェは興奮を隠せないでいる。

 ライダーを警戒して剣を向けつつ、辺りを見渡した後にロシェを彼は優しくも温かい瞳を向けた。

 

 「主を裏切り、主を死に追いやった私を召喚した新たな主よ。

  我が剣は貴方の矛。

  我が魔術は貴方の力。

  我が肉体は貴方の盾。

  ここに不忠の騎士でありますが貴方様に忠誠を誓い、キャスター(魔術師)のクラスを持ってサーウェル参上仕りました。

  主よ。何なりとご命じくださいませ」

 

 とても大きく感じる背を前にしてロシェは安心感を覚える。

 これがロシェ・フレイン・ユグドミレニアとサーウェルの初の出会いであり、この物語の始まりである。


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