二度の人生を得たら世界に怒られ英霊になりました…。 作:チェリオ
黒の陣営の拠点、ミレニア城砦。
ユグドミレニア一族の拠点にしてこの度の聖杯大戦にて拠点としている古城。
周辺には魔術を用いたトラップや索敵網が引かれ、城内を生産されたホムンクルス達が巡回したり作業に従事していたりしている。
当主であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアは玉座に腰かけている己が召喚し得たサーヴァントに控える形で立って居た。
玉座に腰かけている黒の
三騎のサーヴァント達とそれぞれのマスターが立ち並ぶ。
降霊術と人体工学にて稀有な才能を持ち19歳の若さでダーニックの後継者とされる少女―――フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。
彼女は足の魔術回路が変質している為に歩くこと叶わず車椅子での移動となり、その車椅子のハンドルを握っているのは黒の
フィオレの弟で凝り固まった魔術師らしい考え方は無く、どちらかというと現実的な青年のカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。
純白のドレスを着こなした虚ろな瞳をした可憐な花嫁の姿をしている黒の
そして一人項垂れている黒の
「―――少ないな」
呟かれた一言にアストルフォは呻き声を漏らし、セレニケは冷たい視線を向ける。
そう、少ないのだ。
聖杯大戦は七騎対七騎のサーヴァントが陣営に分かれて殺し合う。
というのにここに居るのは半数強の四騎のみ。
黒の
ヴラド三世の言葉にダーニックは大きく頷き、セレニケは忌々しそうに鞭を振る。
「まったく…召喚前に捕えれなかったばかりか逃がしてしまうとは」
「うぅ~、ごめんよ。でも仕方がなかったんだよぉ」
現在黒の陣営のサーヴァントで合流していないのは
気配遮断を行えて奇襲を行えるアサシンが居ないのも痛いのだが、それ以上にキャスターが居ない事の方が問題だ。
元々の計画では魔力供給源であり戦力であるホムンクルス達同様にキャスターの技術を用いたゴーレムを大量生産し配備する予定だった。
対人戦闘であれば他の魔術師が制作したゴーレムや今あるホムンクルスでも構わないのだが、相手がサーヴァントとなると話は別だ。この城の全ホムンクルスを一騎にぶつけた所で鎧袖一触。時間稼ぎになるかも怪しいレベル。
だからこそ稀代のゴーレムマスターの技術を用いたゴーレムの生産を予定していたのに、それがすべてご破算だ。
ゴーレムの軍隊に二騎のサーヴァントが抜けたこの状態はとても芳しくない。
「してダーニックよ。黒の
「ハッ、それが未だに連絡が取れず一族の魔術師を送り込んで詳細を探ろうかと」
「……ふむ」
「そろそろセイバーがルーラーと接触する時間です」
全員の視線が飛ばした使い魔より送られてくる映像が映し出される中央に注がれる。
日も昇りきっていない明朝…。
草原のど真ん中に続いている道路には人っ子一人どころか走っている車一つ見当たらず、静寂だけが辺りを満たしていた。
つい数分前までは…。
激しくぶつかり合って生じた金属音が響き渡り、塗装された道路が削られ舞い散る。
透き通るような白い肌をぴったり張り付くように覆う黒と脚や腕を保護する金色の鎧を纏った赤の
薄い褐色肌に黒と白銀の鎧を着こなし、背には手にしている鎧と同色の鞘を背負っている黒の
目にも止まらぬ―――否、
そしてもう一人は紺色系のドレスと騎士甲冑を混ぜたような鎧を着用し、布地を巻きつけた旗を手にする女性……。
百年戦争で活躍したフランスの英雄で聖女。
今回ルーラーのクラスを持って呼び出された【オルレアンの聖処女】ジャンヌ・ダルク。
この場で黒の陣営と赤の陣営のサーヴァント同士が戦うというのはどちらのマスターからしても予想外の出来事であった。
なにせ赤のランサーは黒のセイバーを狙って来たのではなく、ルーラーを排除しようと現れたのだ。
サーヴァントの真名を看破できる【真名看破】と、参加している全ザーヴァント一騎に対し二画ずつ保有している令呪【神明裁決】の二つのクラススキルを聖杯より与えられ、十キロにも及ぶ範囲のサーヴァントに対する知覚能力、高い対魔力を保有している。
真名を知れるというのは聖杯戦争に於いて有利に立つということだ。
相手の特性を知ることは出来るし、喚び出された英霊によっては死んだ原因や何かしらの誓約、弱点を知り得ることが出来るのだ。
一般的なサーヴァントに比べ特権を得ている彼女を敵に回すのは、デメリットが大き過ぎて価値がない行為だ。無駄にサーヴァント同士の戦いが増える事も鑑みて勝てる保証も低くなっている。実力で押し負かす事が可能な者もいるだろうが敵に回すぐらいなら、中立を保たせ続けた方が得策である。
それなのに赤のランサーはルーラーの排除を行おうとしたのだ。
考えられる理由は幾つかあるが、まだ情報が少なくて判断がつきにくい。
が、ルーラーを知っての行動であるならそれは――――ルーラーが止めようとする聖杯戦争を破綻させようとしている可能性が高いか…。
何にせよ赤の陣営の計画は察知した黒の陣営の乱入にて潰えた。
しかし予定外だったのは黒の陣営にとっても同様である。
ルーラーを殺そうと襲って来たという事で赤のランサーは共通の敵となった為、ルーラーと共闘して赤のランサーを倒そうとゴルドは目論んでいた。が、ルーラーは両者が戦うというのなら裁定者としてこの戦いを見守ると不参加を表明した。
ゴルドは憤慨し焦りもしたがルーラーの言葉も一理ある。
赤のランサーが命を狙ってくるのであればルーラーは自身を護るために武力や権限を行使し、黒と赤のサーヴァント同士が戦うのであればそれは聖杯大戦で行われるサーヴァント同士の戦闘で手を出す道理がないのだ。
理解はすれど納得は出来ないといった表情でゴルドはただ戦いを見守る。
予期せぬ戦いとは言え剣と槍を交える両者にとっては都合が良い。
研ぎ澄まされた剣戟と桁外れの槍術が何度も交差し、周りを――空気を――互いを傷つけあう。
壮絶で恐ろしくも美しい殺し合いに薄っすらだが両者とも微笑んでいる。
それが英霊としての、戦士としての、彼ら自身の本質かどうかは分からない。
されど二人は見分けも付かぬほど薄っすらとだが楽し気に微笑む。
どんな形でさえこのような英雄―――強者と得物を交える度に血が沸騰したように騒ぎ心が躍る。
だがこれで終わりはしない。
黒のセイバーの斬撃は光を帯びて大地を切り裂きながら突き進む。
斬撃は赤のランサーの直前で灼熱の炎によって防がれる。
自身を護った炎と散っていく斬撃の輝きで視界を塞がれた隙を突いて黒のセイバーが一直線に突撃して斬りかかる。
突如現れた白銀の刃を金色の槍で受け止め、流しながら首を跳ねようと振るう。
首を逸らして回避するも矛先が頬を撫でて鮮血が流れる。そんな些細な傷など気にも留めずに振り抜いて無防備になった懐へ身体を滑り込ませる。
今度は下から上への斬り上げに対し、振り切った槍を振り戻すのは不可能と判断し、持ち手を滑らせることで左手で握り防御の体制を整えた。しかし黒のセイバーの一撃に対しては不十分であり、赤のランサーは勢いを殺せずに空中へと吹き飛ばされる。
この機を逃すまいと脚に力を込め、地面に小規模とは言えクレーターが出来上がるほど蹴り赤のランサーのもとへと跳び上がる。
まるで待ってましたと言わんばかりに槍を高々に掲げた赤のランサーの周りには赤く輝く灼熱の炎が複数現れ、槍の動きに合わせて火球の雨となり降り注ぐ。剣で守るが完全には防ぎきれず直撃を許してしまうがダメージはあるものの肉体には傷は
火球の直撃により地面へと叩き返された黒のセイバーは流れ弾で真っ赤に焼かれ、どろどろの溶岩のようになっていた地面に足を一瞬だけ取られてしまった。そこを上空より降下してきた赤のランサーの一振りが襲い掛かる。
慌てて振った剣と槍が激突して鈍い金属音を響かせる。
今度は黒のセイバーが吹き飛ばされ、大岩へとめり込んでしまった。
そこへ赤のランサーが突っ込み大岩の半分が砕け散り、もう半分は両者の得物により生じた斬撃により粉みじんに斬り刻まれた。
剣と槍を交わす両者は表情をピクリとも動かさず、その場で動きを止めたかのように拮抗し、力を籠め続けた。
刹那という時の中で繰り広げられ、永遠と繰り広げられそうなこの戦いは唐突に幕引きとなった。
どちらも気付いてはいる。
黒のセイバーの剣戟も赤のランサーの槍術もどちらも一撃一撃が必殺と呼べるようなものである。
並みのサーヴァントであればすでに満身創痍、もしくは英霊の座へと帰還を果たしているところだ。
なのに二騎とも無傷と言うのはお互いに並みではない防御力―――防御系の宝具を持っている他考えられない。
ジークフリートは竜の血を浴びて不死身となり、カルナは神々でさえ破壊は困難とされる鎧を纏っている。
これはまだ聖杯大戦の緒戦の初戦。
互いのマスターとしては手の内、特に真名に繋がりかねない宝具の使用は控えたいところ。
最大火力を誇る宝具をマスターにより封じられ、通常の攻撃では殺しきれないという手詰まり。
これ以上の戦いは無用と考えるのが妥当。
結局、両者はルーラーをその場に残したまま撤退し、赤と黒の陣営初の初戦が幕を下ろしたのである。
赤の陣営が拠点としているルーマニアにある聖堂教会の小さな教会。
この教会には聖堂教会より派遣された聖杯大戦監督役兼赤の陣営の
赤のセイバー組&キャスター組みより送られた情報は本来ならば同陣営のマスター達と情報共有すべきものなのだが、赤の陣営ではシロウだけが知ればそれで良くなっている。
――否、
魔術協会一級講師フィーンド・ヴォル・センベルン。
【
【
魔術師の中では一流と謳われる者達で、赤の陣営で
アサシンのおかげで今や単なる傀儡となり、曖昧で無意味な思想や会話に耽っている。
いずれは令呪を譲渡して貰う訳だがそれはまだ早い…。
なんにせよ四人はシロウの傀儡でサーヴァントを維持するだけの存在。
情報を知らせただけ無駄というもの。
資料を読み耽るシロウは頬を緩めて笑みを浮かべる。
黒の
拠点より離れて何をしているかと思えば、召喚するサーヴァントについてユグドミレニア当主と対立し、陣営に敵対してでも強行していたのだとは思いもよらなかった。
単に倒すよりも仲間に加えられたのは僥倖。
しかもサーウェル自身もマスターの無事を約束してくれるのなら協力を惜しまないという。
かの者のゴーレム技術を用いればこちらの兵力も上がり、事を有利に運べるのは間違いない。
嬉しい一方で扱い辛いのが難点だが…。
召喚してそれほど経って居ないというのにサーウェルとロシェの信頼関係は強固だと報告書にはあり、下手にロシェを傀儡にしようと動けば敵対されるのは間違いない。または他のマスターの現状を知られても同じ可能性が予想される。そのあたりは注意が必要か。
ため息を吐きながら進行状況を振り返る。
ジーン・ラムが傀儡にする直前にここを離れてしまい、獅子劫 界離が単騎で行動すると判断した以外は順調。
だが、気は緩められない。
何が起こるか分からないのが聖杯大戦だ。
己の夢を叶える為にも失敗は許されないのだから。
「随分疲れているようだな?」
不意に声をかけられ、振り返ると黒を基調としたドレスを着こなす妖艶な美女が居た。
自身が召喚したアサシン―――暴君でありながらも王としての高い能力に多くの素質を備えており、アッシリア帝国に君臨した女帝で【人類最古の毒殺者】セミラミス。
アサシンとして召喚されているものの
「この前のように膝枕してやろうか?」
「遠慮しておきます」
あの時は寝ている内にされたのであって自身の意志ではない。そもそもされるのは恥ずかしくて困ってしまうのだから控えて欲しい。
何が不服なのだと言わんばかりの表情に困り顔で返すしかないシロウは話題を逸らすべく何か話題がないかと思案する。
「そうだ―――
「どうと言われもな。あの鬱陶しい小娘なら一室与えて縛り付けているが。アレは本当に使えるのか?」
「使えますとも。あの膨大な魔力消費の手立ても思いつきましたし」
そう言って資料を渡すとシロウの倍以上の速度で読み、何度か頷きながら返して来た。
情報によれば、黒の陣営はホムンクルスを大量に作り出して魔力供給源にしているのだとか。ならこちらも似た方法を用いれば良い。
「魔術協会に魔術師の派遣を頼まないといけませんね」
「また傀儡が増えるな」
「ああ、それと彼女には―――」
「そう何度も言わずとも理解している。奴の名など出せばここが戦場になる。マスターとしてはその後の惨劇の方が許容できないのだろう」
「えぇ、彼女を解き放つには場所が必要ですからね」
使い辛いのか使い易いのか分からない彼女に対して苦笑いを浮かべ、セミラミスは何処か楽し気に微笑みを浮かべるのであった。