二度の人生を得たら世界に怒られ英霊になりました…。 作:チェリオ
本年もよろしくお願いいたします。
フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。
異質な魔術回路によって車椅子生活を送りながらもユグドミレニア一族内で最も才ある魔術師として有望視される少女。
実力だけでなく穏やかで思慮深く、凛とした性格もあって周りからの印象も良い。
だからこそか彼女はユグドミレニアの拠点“ミレニア城砦”より離れ、シギショアラへと訪れていた。
シギショアラは古き良き街並みを現代に残す観光地であるが、聖杯大戦中に観光する為だけにサーヴァントを連れて向かうなどありえない。彼女がこの地に訪れたのは黒のアサシンと交渉することが目的である。
まだ聖杯大戦が始まってからそう日も経ってないというのに黒の陣営は危機的状況に追いやられていた。
マスターの一人、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアが黒の陣営を離反。しかもサーヴァントを連れて赤の陣営へと鞍替えし、サーヴァント関係の情報を除いての情報流出&ゴーレム関連の技術提供している可能性が発生。戦力として考えていた稀代のゴーレムマスターによるゴーレムの大量生産が不可能となり、ジャック・ザ・リッパーを召喚しようと自身と相性が良い日本へ赴いたマスター“相良 豹馬”が遺体で発見されたりとすでに多くの戦力と二騎ものサーヴァントを喪失するという予想だにしなかった最悪の出だしとなってしまった…。
このままでは五騎対八騎という圧倒的不利のまま全面衝突してしまう。
そこで黒の陣営は未だどっちつかずのサーヴァント――黒のアサシンを交渉により引き込もうと画策したのだ。
しかしここでまた問題が発生してしまった。
黒のアサシンは人間の核である心臓を喰らい魔力を回復させる魂喰いをしながら日本からルーマニアへと渡り、派遣したユグドミレニアの魔術師も例外なく心臓を抉られ殺害された。
先にダーニックに伝えてあった真名がジャック・ザ・リッパーだったこともあり、こちらに害をなすような存在であるならば引き込むよりも対処しないといけなくなる。これ以上のサーヴァントの消失を防ぐためにシギショアラにはフィオレと黒のアーチャー“ケイローン”と弟のカウレスと黒のバーサーカー“フランケンシュタイン”の二組が送り込まれた。
安全を優先しつつも顔も分からない殺人鬼のサーヴァントを呼び寄せる為に自身を餌としながら夜の街を徘徊する。
数分置きに連絡を取り合い、情報を共有するのと同時に互いの無事を知らせ合う。
シギショアラでも何件も殺人事件を起こしており、街に人が少ないのは好都合。
人殺しが横行している夜の街を出歩くなんて警戒している警官か物見遊山の一般人。
その二択だと思っていたフィオレは自身の考えの浅さを呪いつつ対峙する男性に視線を向ける。
漆黒の鎧に真紅のビロードマントを羽織った騎士。
背後には見覚えのある裏切者、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアの姿もあった。
心の動揺をしっかりと押さえながら微笑みを浮かべて語り掛ける。
「久しぶりですねロシェ」
「フィオレ…」
「お知り合いのようですね」
「はい先生。フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。ユグドミレニアのマスターの一人です」
「…のようですね。ここに来た理由は凡そ見当は付きますが厄介なことになりましたね」
「やはりと言いますか同じ目的のようですが出会ってしまったからにはやるべき事は一つ」
膨れっ面のロシェの頭を軽く撫でてサーウェルは鉈のような剣を握り締めた。
戦闘態勢を取ろうとしていると遠くより破砕音や金属同士がぶつかる甲高い音が響いてきた。
どうやらカウレスも戦闘に入ってしまったらしい。
出来れば援護に向かいたいところだけれどもそうも言ってはいられない。背を向けた瞬間に斬り捨てられる可能性もあり得るのだから。
「戦う前に少し宜しいでしょうか?」
「――聞きましょう」
「戻りなさいロシェ。今戻るのであれば今回の件は不問に成すようにダーニックおじさまに掛け合いましょう。断るのであれば赤側の魔術師同様に我らユグドミレニアの地を踏み荒らした愚行の代償を払って貰います」
「一度裏切り情報を漏らした私達を許すと?あり得ませんね。黒のランサーはブラド三世とお聞きします。伝承通りだとするとかの者が裏切者を許すとは断じて思えませんし、黒を裏切り、赤を裏切るなどしたら信用は皆無でしょう。のこのこついて行ったところを処分。または囲んで令呪を奪って無理やりに従わせるかでしょう。そしてマスターに対する扱いはもっと苛烈になる恐れがあるのであれば、私は己が命に懸けても抗いましょう」
「それが裏切りの騎士の答えですか。ロシェも同意見なのですか?」
「当然です。ボクにとって先生こそがすべてなので、邪魔するのであれば誰であろうと従う気はありません」
「なら仕方がありませんね。アーチャー」
「―――ッ!?石壁よ!」
ケイローンが車椅子より手を放して瞬時に弓に手をかけるとサーウェルは跪いて地面に触れる。
すると自身を隠すように五枚ほどの石の壁が地面より生え、放たれた矢が三枚ほど砕いたが四枚目で防がれた。
防がれた事で背後の雰囲気が一気に変わり、寒気を感じるほどの鋭さが伝わってきた。
次の一矢には先の一撃とは異なったものとなるだろう。
フィオレの予想は的中し、石の壁を増やして防御を固めたというのにたった一矢によってすべてを貫いた。
石の壁は粉砕されてまわりに散らばり、居る筈のロシェとサーウェルの姿は忽然と消え去っていた。逃げ出したのかと脳裏を過ぎった瞬間、ケイローンにお姫様抱っこされてその場より離れる。サーヴァントによる急激な上昇により浮遊感を感じながら目の前の光景に息を呑む。
先ほどまで自分が座っていた車椅子に無数ともいえる槍が降り注いだのだ。
あと一秒でも遅れていたら自身が車椅子のように無残な姿を晒していただろう。
ゾッとする感情が押し寄せる中、ケイローンは優しく降ろしてから力強く弓を引いて矢を連射する。
矢が放たれた上空にはロシェを背負いながら跳躍したのであろうサーウェルがいた。
手を振るうたびに空中に散らばっている石飛礫が魚群のように動き矢を何とか食い止める。が、機関銃のように放たれる矢を完全に防ぎきる事は出来ずに数本がサーウェルを掠って傷を増やしていく。
着地して鉈のような剣を構えるとケイローンと睨み合う。
「これほどの弓兵に出会えるとは驚きです。私と違ってさぞ名のある英雄とお見受けします」
「こちらも驚いていますよ。まさかこうも防がれるとは思っていませんでしたので。さすがは名高き魔術師マーリンの弟子と言ったところでしょうか」
穏やかな笑みだというのに不敵に笑っているようにも取れるケイローンに安堵を覚えながらフィオレは見守る。
魔術師として優れていてもこのサーヴァント同士の戦いに参加することは出来ない。
ならばしっかりと見届けよう。
「しかしアーサー王伝説のサーウェルと言えば円卓に並ぶほどの近接戦闘主体の魔術師の筈。なのに貴方は武器を構えたとしても近づきもしない。体調でも悪いのかな?」
「さぁ、どうでしょう」
「いや、近接戦闘を恐れている」
ピクリと眉が動いた事をケイローンは見逃さず、「素直な方だ」とぽつりと漏らして困ったよな笑みを零す。
対してサーウェルは大きく息を吐き、剣を握り直す。
「押し潰せ―――
「宝具!?ですが近づけさせねば―――ッ何!」
大きく剣を振り上げ宝具を開放し突っ込んで来るサーウェルを迎撃しようと弓を構えるが、放つ間際に弓は大きく動いて斜め下へと向き、ちょうど放たれた矢は地面に直撃して土煙を立てる。
その土煙を突破して斬りかかってきた一撃が右腕を掠り、僅かながら鮮血を流させた。
「再度押し潰せ――」
「宝具の連続使用!?」
宝具を連続で使用するとなると大なり小なり魔力を消費する。
見た所単純な高威力の一撃というものであるが、こうも連続して使われると厄介である。
決してケイローンの宝具が負ける事は無い。寧ろ宝具の打ち合いとなれば負ける筈の無いほどの格差がある。だが魔力の消費もさることながらこんな初戦で知られるわけにはいかない。宝具の解放は真名に繋がる事が多く、真名が知られればサーヴァントによっては弱点を知られることになる。
ケイローンはどちらにも該当する。
だから使いたくない。使えない。
ここはケイローンが耐え切る事を切に願うばかりだ。
……そう思っていた。
「グライデン!」
二度目の宝具の一撃は振り向きざまの薙ぎ払い。
弓を置いて受け流そうとしたケイローンがバランスを崩したように跪いた。
剣先が首と重なり刃が迫る。が、ケイローンは咄嗟に後ろに倒れる事で避け切った。―――そして笑った。
「チッ、三度目の正直か!!グライデン!!」
「三度目はありませんよ!」
体勢を立て直しながらの振り下ろしを避け、左手で手首をつかんだケイローンは、右手で腹部に一撃を入れて流れるように後ろに投げ飛ばした。
背中から地面に叩きつけられたサーウェルは短い呻き声と口から血はを漏らして転がった。
「失礼、これがパンクラチオンです」
笑みを浮かべたままのケイローンの余裕のある態度と違ってサーウェルは口内に溜まった血を吐き出して、痛みで苦悶に歪む表情のまま何とか立ち上がろうと必死である。
ロシェが心配して駆け寄るがその行為は自身の首を絞めるに等しい。
大きなダメージを負った状態で守るべきマスターが横に居たのでは本来の力を発揮して闘う事は不可能。
「降伏をお勧めしますよ。これ以上貴方は戦えない。いえ、戦えても戦う事は出来ないでしょう」
「どういう…意味でしょう…」
「理解しているでしょうに白を切ると言うならあえて答えましょう。アーサー王伝説を読みましたが貴方の強みは円卓の騎士に並ぶほどの底上げする強化魔術にあった。しかし理由は解りませんが貴方はそれを使えないでいる。さらに先ほどの一手で素の実力を測りましたが万に一つも近接戦闘で勝つことは出来ない」
「はっきり言いなさる。事実だけに反論が出来ないですね」
「あと宝具の仕掛けも理解しました」
「仕掛け?仕掛けとはいったいどういうことですかアーチャー」
「アレは対象に掛かる重力の方向を任意で変更するというものです」
「あぁ…だからあの時」
言われて納得した。
放つ間際に地面に向けられた弓もケイローンがバランスを崩した際も予想だにしなかった重力による負荷に寄るもの。
よくよく思い返してみればあの鉈自体に何か特出した威力や能力を発揮したようには全く見られなかった。
「付け加えるならばこれならば仕掛けが解れば対応は容易い。なにせ刃先にしか重力の始点を設定できないのだから」
「せ、先生!」
「情けない声を出さないで下さい我が主――――
「この状況で―――ッ!!」
「アーチャー!!」
――斬りつけられた。
サーウェルに注意し過ぎていたとは言えまさか近くにもう
魔力の反応もなく突然現れた隻腕の騎士は建物の陰より跳び出してケイローンの左肩を切り裂いた。大怪我ではあるが戦闘不能になるようなものではない。歯を食いしばり剣を食い込ませた相手を睨み、後ろ蹴りを放って吹き飛ばす。
隻腕の騎士は顔色を変えることなく吹っ飛び、建物の壁をぶち破って行った。
「ようやく使えました。まったく大変ですよ。私が注意を引いて、僕が操り、儂がタイミングを見図る。面倒この上ない。じゃがこれしか戦える術は持っておらんのでな」
「失念していました。貴方は稀代のゴーレムマスターでもありましたね」
魔力を送ってケイローンに治癒をしながら振り返ると壁を破った隻腕の騎士は砕けた腹部を露わにしながら立ち上がった。
状況が一変した。
ケイローンは左肩をやられて弓は使えないし、近接戦でもハンデを抱える事になった。
肉体強化は出来ずとも土系の魔術を行使できるサーウェルに、痛みを一切感じずサーヴァントに傷を負わせれる武器を持ったゴーレムに囲まれている。
先ほどまで有利だったこちらが不利に陥り、フィオレも見守るだけでなくせめて援護を行おうと戦う覚悟を決める。
「さて、形勢は逆転しましたが我々はここいらで退かせて頂きましょう」
「逃げるのですか先生」
「一騎仕留める好機ではありますが勝機は逃しました。手負いの虎ほど怖いものはありません。私は撤退を進言致します」
「先生がそう仰るのでしたらボクは従いますよ」
「では参りましょう我が主」
そう言ってロシェを抱き抱え一目散に逃げだしたサーウェルを見送ったフィオレは大きく安堵の息を漏らした。
これが聖杯大戦。
これがサーヴァント同士の戦い。
今になって震え出した手をしっかりと押さえる。
抑えようとしても決して抑えれるものではないがそうしていないと恐怖で表情が歪みそうで怖かった。
ふわりと優しくケイローンの手が震える両手を包み、温かさが恐怖を和らげる。
「マスター」
「ありがとうアーチャー。情けないところをお見せしてしまいました」
「いえ、貴方は立派に役目を果たしていましたよ」
「本当にありがとう」
ようやく笑みを浮かべれたフィオレはこれ以上の戦闘は危険と判断し、カウレスに撤退の指示を出しながら合流地点に急ぐのであった…。