「大丈夫そう?」
イチハの部屋から出てすぐにレイナから声をかけられる。
「んー・・・ちょっと難しそうかな」
「まあ、それも仕方ない・・・か。あれだけ嫌がってたことを・・・・・・」
「・・・うん」
イチハの部屋へ視線を向けてから、一度意識的に大きく呼吸をしてから会議室へ向かった。
そこにはほんの少しではあるが重い空気が漂っていた。それもそうだ。クロトがエンプネイスに飲み込まれ、そいつに仲間をやられてしまったのだから。だが、それに飲み込まれるわけには行かない。イチハができないなら、副団長の私が纏めなくては。
「こんな空気でやりたくないかもしれないけど、今後の方針を・・・」
『その前に、イチハの様子だ。皆、気になっている』
マナガルムの言葉に、皆がほぼ同時に頷く。
「イチハは、かなり動揺してる。冷静を装ったりはしてるけど、とても皆の前で指揮できるような状態じゃないわ。やっぱり・・・」
「一番は、自分で仲間を殺してしまったこと・・・でしょうね」
ミルキがそっと、呟くように言う。しかし皆が聞くには十分で、先ほどよりも重い空気になってしまった。
「まあ、少しは放っておいてやろう。心の整理ってのも必要なんだ」
何かとイチハとの付き合いが長く、同年代で同性であるヴィルだからこそ、といえる意見だった。
「決めることはいっぱいある、先にそっちを片付けちゃいましょう」
と、私はイチハの代わりに指示を出していった。だが、彼のように順序良く、的確にすばやく、なんてできなかった。ほんの数回しかやっていないのだから仕方ないのかもしれないし、年齢だってイチハのほうが上だ。経験の差でできた溝はそう簡単には埋まらない。
――イチハの傷も、埋められないのかな・・・。
そう思いながらイチハの部屋へと向かったが、そこには、
イチハの姿はなかった。
~~~~~~~~~
月は隠れ、明かりもなく暗い夜。冷たくなってきた風が吹き付ける。一振りの剣だけを持って走る。
俺は、仲間を殺した。彼は臆病なところこそあったものの、仲間を思って動ける良い奴だった。常に注意を払って、どんな細かいところにも気付いていた。彼が持つその力を、俺は活かしてやらなければいけなかった。そのはずなのに、逆に殺してしまった。力だけでなく、その命さえも――。
「ッ!」
思わず立ち止まってしまう。
――あなたには・・・いつも・・・・・・
彼の最後の言葉が甦る。あの後に彼が何を言おうとしたのか、もう知ることはできない。
彼らはきっと「イチハは悪くない」と言うだろう。仲間を傷つけられ、殺された怒りで能力を使ってしまったのだからと。あの時すぐ動けなかった私たちが悪いと。だがそんなはずはない。俺がもっと周りを見てさえいれば。俺がもっと冷静でいられたならば。いや、いっそのこと――
――黒影剣士団を作らなければ。
そこで無理やりに思考をせき止める。これ以上考えると悪いほうにしか行かない。俺が決めたのは、最後にクロトを助け出すこと。皆を危険に晒さないために、俺一人で《地獄の陽炎》を終わらせること。そう考えたからばれない様にここまで来たのだ。いつの間にか強く握り締めていた手を開き、湖にある島へと再び向かう。自分への嫌悪と怒りを抱いて。
「イチハ・・・だけ?」
ヤタノから問われる。それに頷いて答える。ヤタノを見据え、話す。
「ヤタノ。これはもしかしたら、俺から最後の願い・・・いや、命令になるかもしれない。アメムラとヤサカにも伝えてほしい」
「・・・何を」
「多分、いや確実に、俺は今日で死ぬ。そのときは、黒影剣士団から優先的に一人ずつでも構わないからお前達を扱えるヤツを探せ」
ヤタノが何か言おうとするが、口を閉じる。それを了承と捉え、結界のすぐ近くに立つ。 一人通れるくらいの穴が開き、そこを全速力で駆ける。そのまま剣を抜き放ち、構える。靴に魔力を込めつつ剣にも溜める。前へ思い切り跳んで剣を突き出す。数秒ではあるが地面から離れる形になった俺は、エンプネイスの壁ともいえる群集を貫く。長距離突進技<メテオラッシュ>。一気にクロトを取り込んだエンプネイスに近づく。俺に気付いたヤツは腕状の触手を振るって攻撃してくる。勢いを乗せ、剣で防ぐ。
硬い手ごたえが肩まで伝わり、勢いを殺しきれずにかなりの距離を飛ばされる。すぐに立て直して仕掛ける。今までで一番鋭く、速い攻撃だった。しかし。
寸前で、極自然な流れで防がれる。
そして、そのまま反対側から攻撃が来る。既に防御することも、回避することも叶わない状態だった。奴の腕は刃のように鋭くなり、そのまま肩に食い込む。それでも止まることはなく、俺に激痛を与えながら身体を切り裂く。異様なものが身体を通り、消えたと思えば、今度はそこから下の感覚が無い。きっと、身体は分断され、下のほうは内臓さえ出ているだろう。
地面に落ち、身体を動かすことはできず、自分の近くに広がる赤黒い血を眺めながら、俺の意識は消えた。眠るのとは違い、どこかへ引っ張られるように――。