《崩壊》を完全に自分のものとして扱えるようになったことで、普段に比べて圧倒的な力を引き出せる様になった。しかし、それでも奴には敵わない。黒影剣士団ほぼ全員の連携をもってしても、致命的な一撃を加えることはできていない。
だが、致命的な一撃を加えていいのだろうか、という迷いもある。クロトが取り込まれている今、下手に攻撃して倒せば彼を殺してしまうかも知れない。当然限度はあるだろうが、許してくれると分かった今でも、殺すことに対して抵抗がある。なるべく殺さずに助け出したい。何か、何か手は――。
「主君!」
この場にないはずの声が響く。振り返ると、光の球が剣を経由して人の形をとるところだった。驚きのあまり《崩壊》を止めてしまうが、気にしている暇はないとすぐに忘れて問う。
「アメムラか!?他の二人は……」
「すぐに来ます。皆が「団長の力になってやれ」と」
思わず笑みを零すが、すぐに切り替えて聞く。
「クロトを助け出しつつ、アレを倒したいんだが、できるか?」
「人が取り込まれたこと自体が初めてなので分かりませんが、主君と皆ならば、きっと」
その瞳には強い光が宿っていた。皆と同じ、俺を信じている目。
頷き、レヴァンテインを鞘に戻し、空いた右手を差し出す。すぐにアメムラの身体は光になり、本来の姿である天叢雲剣として収まる。すぐにヤタノは八咫鏡として背中に、ヤサカは八尺瓊勾玉として両手首に位置する。あの時と同じ――いや、あのときよりも強く、暖かな力にあふれている。すぐにアメムラの声が頭の中で響く。
『今主君は、擬似的ではありますが力のあり方は神様と同じです。信仰が、皆が主君を信じる想いが、主君の力の源になっています。これまでのエンプネイスの倒し方は「有」で無理やり塞いで「無」の隙間を無くすというのに近いですが、今回は今言った信仰で得た力、これをあのエンプネイスに注いで「無」と「有」を選別しなくてはいけません。しかもそれを精密にすばやく』
無と有の選別。これは多分、鉄鉱石に例えられるのではないだろうか。ただ単に石と鉄がそれぞれであるなら分けるだけで済むが、実際はそう上手くはいかず、石の中に鉄が散らばっている。それを混ぜることなく、人の手で分けていく。難しいなんてものじゃないだろう。それを、もしかしたらそれより難易度の高いことを要求されているのではないだろうか。そう思った俺は、無意識に握り締める。
『僕達もいるんだから、助けることだけを考えて!』
『大丈夫。イチハならできる』
『そうです。主君は一人じゃないんです』
一人じゃない。この短い時間で、どれだけそれを実感し、ありがたく感じているか。一度脱力し、息を吐く。大きく吸って軽く止め、構える。
地面を蹴って距離を詰めていく。こちらに気付いた奴は、腕を触手に分解してこちらに伸ばしてくる。左手を後ろに伸ばした後、少し上のほうに向けながら真横に振る。それに引っ張られるように、八咫鏡が回転しながら飛んで行く。周りが刃のようになっていることで、通過したところから手前の触手は霧散していった。手のひらを向けながら逆へ振ると、縦に回転しながら飛んで行く。どこを飛ぶかはこちらの意思だが、回転の向きは手のひらで決めるようだ。背中に戻した後、さらに接近してから高く跳び上がり、斬り付ける。その一撃だけで怯み、動きを止める。今ならかなり核が狙いやすい。だがどこを狙えばいい?
『イチハ、ちょっと貸して!』
と一瞬だけヤサカに意識を取られる。ヤサカは一発だけ勾玉を飛ばした後にすぐ戻った。一体何をしたかったのか――とそこまで考えたところで分かった。あれは目印だ。あそこに剣を突き刺せということだろう。今は突き刺すことを、そして助けることを考えれば良い。他の事は彼女達がやってくれる。
見失わないうちにすばやく駆け抜け、思い切り突き刺す。短いはずだが、とてつもなく長い時間が流れ、奴の身体は光となって散り、クロトが力なく落ちた。
着地してすぐ彼の元へ駆け寄り、身体を起こす。幸いすぐに目を開き、安心する。
「イチハ……ごめん……」
「いいさ、別に。俺だって迷惑かけたんだ」
そういうと、そっと頭を振る。
「そういうことじゃないんだ……あれは……さっきのは、僕の能力が引き起こしたようなものなんだ」
さっきの、というのは恐らく飲み込まれたことだろう。だがあれがクロトの能力?確かに、検査のようなものもしていないし、彼が言ったことも無いのだ。それに俺の能力もあるので、有り得ないなんてことはない。それでもどこか納得できないでいる。それを知ってか知らずか、クロトは話を続ける。
「詳しいことは後で話すけど、僕の能力は、表すとすれば《虚無憑依》。虚無である彼らを自分の身体に憑依させられる……はずなんだけど、制御できない上に取り込まれる。そうなると、自分でいられない。今だって……ッ!?」
唐突に身体を仰け反らせる。すぐに右手で俺の胸元にある剣帯を掴む。苦しそうにしながらも、説明を続ける。
「飲み込まれると、自分の本心をさらけ出してしまう……。あの時も、誰かを殺したいっていう、僕が『深淵の暗殺者』って呼ばれてた頃の、もっとあやふやなものに突き動かされてたんだ……ごめん」
「……」
こういうときに、どんな言葉をかければいいか。俺にはそれがわからない。だが、ふと思い出したことがあった。あの時、二人だけでこっそりと交わした約束。
「……なら、俺と戦え。俺もお前も、罪を負った。あの時の約束だ」
「でも……うあっ!?」
「今はそれに身をゆだねてもいい!俺が助けてやる!」
軽く目を見開き、すぐに安心したかのような光を宿す。それはすぐにかき消され、それを感じる暇もなく吹き飛ばされる。
ゆらり、と身体を起こすクロト。その動き、雰囲気は、エンプネイスそのもののような気がした。
『もし僕が同じようなことをしたら、君の手で殺してほしいんだ。ただ、その時に、ただ殺すんじゃなくて、戦ってほしいなって』
『なら、こうしよう。俺も犯したくない罪はある。二人ともそれをやっちゃったら戦おう。殺される側だからって手を抜かれちゃ嫌だし。殺したほうは、自分のと、もう一方の罪を両方背負って生きる。それでいいんじゃないか?』
「……まさか、こんなところで揃っちまうなんてな」
ポツリと漏らす。すぐに切り替え、アメムラ達とマリカに叫ぶ。
「マリカ!お前はアメムラ達と親玉のところに行け!クロトは俺が引き受ける」
「……分かった。気をつけて」
立ち去る音。聞こえなくなってから、剣に手を掛けて、一気に抜き放つ。
高く澄んだ音が、雲が晴れ、月明かりが照らし始めた夜空に残響を残し、鳴り響く。
自分が死ぬつもりは無い。かといって、彼を殺すつもりも――いや、強いて言えば、「今の乗っ取られているクロト」を殺す。
少しでも力を抜けば自分が死に、気を抜けば彼が死ぬ。そんなギリギリの戦い。もしかしたら心のどこかで、皆の上に立つものとして、剣士として――もしかしたら、いつか呼ばれていた『死神の化身』として求めていたのかも知れない。
無意識に笑みがこぼれる。恐らく、それは限りなく獰猛なものだっただろう。
ふと、意味は分からないが、この場にピッタリとあう、そんな気がする言葉が出てきた。そして俺は、剣を構えながら、こう呟いた。
「これはお互いの命を懸けた、人と人の戦いだ。俺とお前、『漆黒の魔剣士』と『深淵の暗殺者』の……PvPだ」
次回<本当の対人戦>
約束を果たすため、俺は剣を交える。