カゲロウ・ソードワールド   作:壱ノ瀬 葉月

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 世界は、ある一瞬を通して繋がる。


第40話<帰還>

 翌日。俺たちは自動車なる乗り物で愛知県まで移動している。高速道路を利用して速く行っても4時間はかかるという距離を連れて行ってくれるのは水城のお父さんだ。手当してくれたことと言い、こうして正体のわからない俺の為に動いている二人――多分ついでに俺――を連れて行ってくれることと言い、感謝以外の感情が出ない。

 その4時間、途中で休憩をはさみながらではあるが二人からの質問に答えていた。なぜ黒い服を着ているのか、わざわざ背中に剣を背負っている理由、髪と左目の理由など様々だが、半分は俺に関することだった。最後のは説明のしようがないのだが、他は特に隠すこともなく答えた。黒が多いのは俺の魔力の属性と相性がいいから。背中に剣を背負っているのは、抜剣したときに腰に残る鞘が邪魔だから。当然納めにくくはなるが、承知の上でやっている。

 ところどころで見えたものの解説をしてもらったりもしていると、4時間はあっという間に過ぎていった。向かったのは熱田神宮ではなく、近くの図書館だった。天叢雲剣――こちらでは草薙剣と呼ばれているらしい――を祀っているのならば、少なからず文献があるだろうと睨んでのことらしい。本当は手伝いたいところだが、傷だらけである前にこちらの世界の文字に慣れていないので足手まといにしかならない。素直に二人の言葉に甘えることにし、水城のお父さんと待っている。

「さっきの話聞いてたんだけどね?なんか悩んでそうだよね、君」

 唐突にお父さんがそんなことを聞いてくる。どう答えるべきか戸惑っていると、苦笑してから続ける。

「無自覚だろうけど、ところどころで言い淀んでる感じがあってさ。本業は医者だけど、なんかそういうのもわかっちゃうんだよね。おじさんでよければ、話してごらんよ。力になれるかはわからないけど」

 そう言われ、すぐではなかったが、自然と本音がこぼれ出ていた。

「俺、思うんです。俺はこのまま、皆の為に戦っていていいのかなって」

「皆、っていうのは?」

「生きてる人……って言えればいいんですけど、今はまだ街の人です。役に立ちたいって思って依頼を受けるようになって、頼まれて今の組織作って。このまま過ごせばいいのかわかんないんです、正直」

 返ってきたのは、少しの無言と、「どうでもいいんじゃない?」と言う一言だった。

「人を守れるのって、本当に限られてるんだよ。見捨てなきゃいけない時だってあるし、間に合わない時もある。それに、心から全員を守りたいとは思ってないと思うんだよね。全員から好かれるわけじゃないように、全員を好きになるわけでもない。まずは、自分が好きな人を守れたら、もしかしたら後はどうでもいいんじゃない?」

 自分が好きな人を守る。その言葉は、今まで埋まらなかった穴を埋めるかのように、全身を駆け巡るかのような感覚を覚えた。けどそれは、気のせいじゃない。その言葉の他にもう一つ、何かが体に馴染む感覚があった。今までどこか他人のような感じがしていたものが、改めて自分のものになった、そんな感じ。

「お、ちょっと顔つき変わったじゃん」

 こちらを直接見ながら言うお父さん。医者だけどと言っていたが、もしかしたら医者だからこそ、こうした変化に敏感なのかもしれない。

 そんなことを話している数分、或いは数十分で戻ってきた二人は息を切らせていた。走ってきたのだろう彼らは、嬉しそうな悲しそうな顔をしていた。

「それっぽい文献を見つけた。借りてきてあるから読むぞ」

 読み上げられたその内容を要約すると、『ある一定の周期で、日没直前の数分間、この熱田神宮の3つ目の鳥居に異世界への扉が開く』ということだ。そしてその周期が来るのがちょうど明日だという。

 それが本当かどうか、そしてその先が元の世界へとつながっているかまではわからない。だが試す価値はあるはずだ。

 その日はそのまま旅館へと向かい、体を洗って寝ることになった。だが俺は、こっそりと抜け出して露台から月を眺めていた。この3日間、寝ていたという時間も含めれば6日間。これまで以上にあっという間に過ぎていった気がする。知らない世界に放り出されたが、偶然あの二人に見つけられ、介抱され、さらには俺が元の世界へ帰るための方法さえも見つけ出してくれた。水城のお父さんにも、迷いを聞いてもらって、それを断ち切ってもらった。

 ……どうにかして返せないだろうか、この恩を。

 

 

 しかし、その方法も物も思いつかずにその時間がすぐそこへと迫ってしまった。ならせめて、しっかりと口に出すべきだ。

 赤く染まり、紫へと変わりつつある空、鳥居の下で俺たちは向かい合う。俺よりも早く、旭が口にする。

「恩を返さなきゃ、とか思ってたんだろうけどさ、いらないぞ?そんなの」

「えっ……」

「無理矢理だってんならともかく、お互いに利点があって、自分の意志でやったんだからなくていいんだよ」

 ……二人には、もしかしたら水城のお父さんにもばれていたらしい。だとしても、これだけは言わなくてはならない。

「二人とも。俺を手伝ってくれてありがとう」

「……おう」

「どういたしまして」

 二人は笑みを浮かべ、俺も笑う。そこにお父さんが入ってくる。

「イチハくん。どんなことがあっても慌てちゃいけない。『しあわせは歩いてこない。だから歩いてゆくんだね。一日一歩、三日で三歩。三歩進んで、二歩さがる』三百六十五歩のマーチって歌の歌詞でね。ゆっくりと落ち着いて進んでいけばいいのさ」

「しあわせは歩いてこない……か」

 まさしくその通りだ。確かに俺は責任と罪悪感と、そういうものから強くいたいがためにここまでこうしてきたのかもしれない。でももしかしたら、最初から急ぐ必要はなかったのかもしれない。

 鳥居が妖しげな気配を出し始める。話は本当だったらしい。おそらく世界も繋がっているだろう。

「……それじゃ」

「ああ」

「あ、ちょっと待って」

 引き止められ、振り返ると右手を突き出した旭が立っていた。少しの間を開けてやりたいことを察し、そこに右手をぶつける。どちらともなく離し、少しだけ手を振る。そして俺はその二人の視線を背中に受けながら鳥居をくぐった――。

 

 

 視界が開けたとき、俺は空の上にいた。周りは黒く染まっているが、うっすらと違う色が見える。夜だ。だんだんと目が慣れてくる。この高さから見たことはないが、どうやら俺たちの拠点のほぼ真上らしい。安心したのも束の間、すぐに気を張る。金属音が幾度となく重なって聞こえ、すぐに翼を開いて減速する。光は拠点の正面を囲むようにして光っている。恐らくは戦闘だろう。

 

 ――来い。

 

 俺は、あの三人、いや、あの一振りへと届くように念じた。強く、より強く。




次回<英雄再臨>
 少年は、その強い覚悟を見せる。
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