カゲロウ・ソードワールド   作:壱ノ瀬 葉月

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 消えたと思われた《漆黒の魔剣士》は、さらなる力を持って、降り立つ。


第41話<英雄再臨>

 あちこちで剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。

 今日の暮れ方に突如として大人数の男達が襲ってきた。当然応戦してこの状況になっているのだが、こちらと相手の人数がかなり違う。ほぼ交代なしで戦っているこちらに対し、少し戦ったら後ろに下がり後退している相手。追おうとしても妨げられる。消耗は激しく、この後も戦えるとすれば三種ノ神器の三人とマナガルム。だがそれでは手が圧倒的に足りない。

 ふと三人が反応し、上を見上げる。それぞれが近くにいた団員に声をかけ、光球に姿を変えて上空へ向かう。

「どうやら要を一気に三つ失ったらしいな」

 一番厳つい男が攻撃を仕掛けながら声をかけてくる。攻撃を避け、その瞬間に背後から閃光が走る。

 マナガルムの遠距離装備。少量の魔力を圧縮して高速で撃ち出すものらしく、その威力は人の背ほどの岩を貫通するほどだ。ミルキが言っていた名前は『圧縮砲』。そのまますぎるのはどうかと思ったが、まだ仮だということだし、やたらとわかりづらいよりはいい。

 しかしその威力も直接当たらなければ無意味だ、そう思っている相手はそのまま前へ踏み込む。しかし、踏んだ瞬間に地面が崩れて姿勢を崩す。地中で炸裂させた魔力は周囲の地面を削って穴を作る。着弾したときにはわからなかったことを考えるとこの精密さでは外したとは思えない。だがそこに追撃を入れることはできなかった。体を疲労からくる痛みが襲い思ったように動けない。痛みに耐えているうちに姿勢を整えられ、飛ばされる。レイナが受け止めてくれるが、彼女もぎりぎりだ。他の皆も同じような状態で、ここを守り切るのは無理だろう。

 ――諦めちゃいけないのに。彼の帰ってくる場所を守らなきゃいけないのに。

 それでも心のどこかで抗うのをやめようと考えてしまっている。

 

 その時だった。

 

「な、なんだ……あれ」

 男達の誰かがそう零し、遅れてどよめきが走る。どうやらその視線の先は背後の空へ向けられているらしい。同じようにそちらを見る。そこには月と、翼のようなものをもつ人影があった。それはゆっくりと降り立ち、姿勢を整える。もしかしたら。そんな期待は、すぐに確信へ変わった。

 未だに逆光ではっきりとは見えないが、開かれた左目は淡く紫に光っている。右手には金色の剣を携え、全身を黒い外套で包んでいる。私達が待ち望んだ人。私達の上に立ちながらも支えてくれていた人。

 あちこちで「団長……」「団長だ……」という呟きが聞こえる。

 イチハ・リーゼリヴ・ノヴァ。黒影剣士団の団長にして、《漆黒の魔剣士》と呼ばれる魔法剣士。

 男達の息を呑む声が聞こえるが、それをかき消すほどの大声が響く。

「頭のご登場だ!全員でかかるぞぉ!」

 それを合図に彼のもとへ走り始める。

 ――駄目、逃げて。いくらイチハでもその数は無理よ。だから……。

 そんなことを思うが、彼は下がるどころかゆっくりと前へ歩き出し、姿がぼやけるほどに足を速め、紫の軌跡を残して一気に駆け抜ける。次にはっきりと見えたのは男達の後ろ、剣を振りぬいた姿勢だった。そしてその直線上、イチハが通ったであろう場所にいた男達の剣は折られ、何人かは出血さえしている。体を起こし、もう一度、今度は彼らの中へと突っ込む。

 間から見える彼の戦う姿は、その前よりも洗練されている。金色と紫の光の軌跡。翻る外套。舞い散る火花と、時々血も。その見た目からは、踊りの延長線にあるのではないかと思ってしまうほどに。

 しかし相手の数は多い。盾で防がれ動きが止まった一瞬で左腕をつかまれ、上体も拘束されてしまう。もう一人の男が回転する鋸のような道具を持ち出し、左腕へ当てる。すぐに火花が散り、どんどんと沈んでゆく。右手の剣を逆手持ちし背後の男を刺して拘束を解いた時にはすでに切り落とされてしまっていた。一度上へ跳び、男を踏み台にしてもう一度跳びあがって距離をとる。こちらに背中を向けているので顔は見えない。だが、いい顔はしていないだろう。

 切り落とした腕――正確には義手――を弄びながら、挑発するように言う。

「自慢の腕を二回も失っちまったなぁ、あんた。どうする?降参するか?」

 まだ万全とは言えないが、すぐにでも斬りかかりたい衝動に駆られる。イチハを馬鹿になんてさせない。そうするなら殺してやる、と。

 それを抑え込んだのは鼻で笑ったイチハの声だった。

「残念だが、その程度で諦めるほど軟じゃない。……俺の能力くらい知ってるだろう?俺の持つ能力は《崩壊》と《神化》。神化の字は神に化けると書く。……その意味、わかるか?」

 そういうと右手の剣を突き立て、手を放す。そのまま残った左腕をつかみ、引っ張り始める。固定していたところの皮膚が剥がれ、血が流れ始める。一体何を――そう思った瞬間に引きちぎれる。ほとんどが気でも狂ったか、そう思っただろう。だが、その後に起きたことがその認識を嫌にでも変えさせた。

 傷口から出た血は、管でもあるかのように空中を這いまわり、あるところに到達したところで引き返す。そして同時に光がその周りを包む。その形はまるで、大きく広げた腕だった。その光はだんだんと不透明度を増していく。

「神様ってのはこんなこともできるんだ。俺は信仰がないと、要するに信じてもらえてないとできないんだけどな」

 後ろを向き、笑顔を浮かべてこう言った。

「信じてくれてるのがお前たちだ」

 そしてすぐに前へ向き直る。穏やかになっていった声により一層の厳しさが宿る。

「だからこそ、俺の仲間を傷つけたことを許さない。俺の神様としての力よりも先に、皆は俺の仲間――家族だから」

 左手を強く握るような動きで光が払われる。白く綺麗な腕。間違いなく彼のものだ。

 その左手で突き立てていた剣、《幻想剣 天羽々斬》を、右手で背後から彼の愛剣、《光影魔剣 レヴァンテイン》を抜き放ち、構える。その気迫からか、男達のほとんどが後退る。

 かすかに、イチハの声が聞こえた。それはとても小さかったが、静まり返ったその場にはよく届いた。

「不本意でも漆黒の魔剣士の二つ名を持ち、黒影剣士団を率いる以上、ここで負けることは許されない……。……そうだろう?イチハ・リーゼリヴ・ノヴァ」

 二本の剣を構えなおし、姿勢を整える。

「さあ、俺の仲間を傷つけたこと、後悔してもらおうか」

 数人が逃げ出そうと走り出す。イチハの姿が消えたと思ったら、彼らの目の前へ刃を突き出していた。ぎりぎりで止まり尻餅をつく男達。彼らを睨みつけ、そのまま全体を見渡しながら言った。

「ここから逃げることは許さない。全員ここで罪を償え!」

 そこからはイチハの無双といっても良いほどだった。剣や斧を折り、人によっては腕や足を斬りつける。その様子を見てようやく気付いた。今まで彼が持っていた『人を斬ること』への抵抗がほとんどなくなっていることに。より洗練されていると思ったのも、抵抗感から鈍っていた速さや軌道がなくなっているからだ。一体なぜ――と観察しているうちに気づく。彼の目が赤く染まっている。しかも今までの赤と違う。今までは暗褐色だったが、今の彼の目は鮮紅色。しかも光るのではなく、そのものが変わっている。それにあわせてか、普段の髪より赤みが強い気もする。さっきはさらっと流していたもう一つの能力《崩壊》の影響だったはず。今までと違うということは完全に彼に馴染んだということなのだろうか。

 イチハのほうで何日経っていたのかはわからないが、私達からすると約9日。その短期間でこれだけ変わってしまった彼の場所へは、もう届くこともないと思える。――もしかしたら、最初から?私が近くにいるのは間違い?そんなことさえ思ってしまい、胸の奥が疼く。

 気づいた時には全員無力化していて、あの大男に切っ先を向けて何かを聞き出しているところだった。

「誰がこれを指示した?これだけの人数と装備、そう簡単に用意できないぞ?」

「誰が言うか……。言えるのはここにゃいないってことだけだ」

「じっくり聞き出すしかないか……?仕方ない」

 イチハがこちらを向こうとしたのか、目を離した瞬間、小さい影が男の背後へ回り短剣を突き刺した。貫通した傷からは血があふれる。

「そういうことも言っちゃいけないって言ったと思うんだけど?」

「ジャック……」

 短剣を引き抜き、軽い身のこなしで男だったものとイチハから距離をとる小さな影。月明かりに照らされる白髪と、今のイチハと同じ赤い目。ジャックだ。

 気づけば、まだ息があったはずの男たちも殺されている。

「おかえりイチハ。いろいろ変わったみたいだね」

「おかげさまでな。……で、何が目的だ?」

「彼女たちは大切でしょ?なら、それを傷つければ戻ってくるかと思って」

 その言葉を聞いて、一瞬でイチハの雰囲気が変わる。

「お前……!」

 斬りかかろうとする。しかし、ジャックが取り出した球から出た煙で足止めを食らい、晴れたときにはそこに姿はなかった。右手の剣を一度振り払い、背中の鞘に納め、左手の剣を地面に立てる。

 まだ雰囲気は厳しかったが、私は無意識のうちに一歩、また一歩とイチハのほうへ歩み寄っていた。気づいたのだろうイチハがこちらを振り返ろうとするが、力なく崩れる。すぐに走り、体を支える。少しの間目を閉じて大きく呼吸していたが、ゆっくりと目を開けてこちらを捉え微笑む。左手を伸ばして私の頬に触れる。冷えてはいたものの、義手と違ってしっかりとしたぬくもりを感じ、目を閉じそちらへ寄せる。少し撫でられてから肩に移る。私を支えにして自分の体を引き上げるようにするが、かなり辛そうだ。

「無理しなくていいよ?」

「……じゃあ、お願いしようかな」

 こちらに体を預け、首の後ろに右腕を回してくる。支えていた左腕と右腕で体を起こし、支えになりながらゆっくりと皆のほうへ行く。傷を押さえながら、皆もこちらへやってくる。

「皆……ただいま」

 そうイチハが口にすると、「おかえり、団長」「おかえりなさい団長!」と口々に出迎える。

「いなくなってしまってすまない。言いたいことはあるだろうし、こっちも聞きたいことがある。けど、今日は休んでほしい」

「「はい!」」

 それぞれが拠点へと入っていく。それを見届け、二人きりに近い状態になってから、イチハがこちらを見て言った。そして私は、それに対して返した。

「ただいま、マリカ」

「おかえり、イチハ」




次回<責任>
 後のことを考えた時、ある問題が起きた。
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