あれから二日がたった今日、全員が食堂に集まっている。イチハから指示があったからだ。
あの後イチハは部屋に戻って丸一日寝てしまっていた。あれだけの力を使ったのだから当然だと思うのだけど心配になって、食事やお風呂以外はずっと傍にいた気がする。彼が目を覚ました後に「皆を集めてくれ」と言われ、伝えまわって今に至る。
それぞれが好きなことを話していたが、イチハが食堂に入ってきた瞬間、すぐに静かになった。部屋に全員がいることを確認してから話し始める。
「皆、一昨日はお疲れ様。それと、迷惑かけてしまってすまない」
その言葉に全員が頭を振る。いない分の負担は感じても、それを口には出していなかった。全員が本当に不満がないとは思っていないが、その程度では言いたくないのだろう。それをわかってか、気遣うような顔を見せたもののすぐに消えて、次の言葉を紡ぐ。
「ありがとう。そしたら早速で悪いんだが、この後について話し合いたい。俺としては、まずジャックについて対応するのが最優先だと思うんだが、それに対して意見は?」
すっとある団員が手を挙げ、意見を述べる。
「最優先というのは賛成です。団長とジャックが遭遇してからは殺害件数はほぼゼロ、そしてジャックが団長を狙っているのは確実です。そこで、街に対してよりも団長の警護を厚くすることを提案します」
「いや、団長自身は自分で対応できる。いらないというわけじゃないが、やっぱり街に対して人を割くほうが、安心させることもできるはずだ」
と、一人を起点にしてそれぞれが一人ずつ意見を言っていく。一人目に賛成する者、二人目に賛成する者、第三第四の意見を出す者、そもそもジャックへの対応自体を後回しにしたほうがいいという意見を出す者様々で、それぞれの意見をイチハはしっかりと聞いているようだった。こうして全員が積極的に意見を出して議論するのも、彼の存在あってこそなのだろうか。と、ある程度したところでイチハが止め、意見をまとめる。皆はしっかりと意見を聞いて提案したり実行するし、イチハの指示も的確ですぐに対応できる。
私は知ってる。彼が皆の知らないところで必死に努力して、真剣に悩んでいるのを。何が皆の為になるか。どうすれば皆に納得して動いてもらえるか。彼自身は、本当はあの時の罪悪感から動いてるのかもしれない。でも、きっとそんなのは関係ない。引き受けたから、それ以上に自分がやりたいからやってる。多分、私にも、ここのほとんどにもできないほどに本気で。だからこそ――
――あの時は、自分の気持ちを抑えられなかった。
それはこの会議が終わった後のことだ。クロトがイチハのところに向かう。先に話しておいたので、クロトから話があるということは知っている。
「イチハ……ごめん。先に話していたら、君はあんな目に合わなかったかもしれない」
「……言っておくが、今謝ったって過去は消えない。過去を変えることもできない」
「分かってる。許してほしいとは思ってない」
「そうじゃない。これからを余計に頑張れってことだ。で、その内容を……」
「お前のせいか?」
話を聞いていた一人、ウィラが話に割り込む。その後ろを見た感じでは、止めようとしたのが何人かいるようだ。かなり苛立っている様子だ。なんとなく予想はつく。この事態を引き起こした原因の一つかもしれない奴が仲間にいるとは思わなかった、というところだろう。最初は私も思いかけたし、この場の聞こえていた誰もが思っただろう。そしてその予想は完全に当たった。クロトの襟をつかみ、吠えるように言う。
「お前が話してれば……お前がいなければ団長はあんな目に合わなかった!」
「……否定はできない」
「待て。気持ちはわかるが落ち着け。クロトだって悪気はないはずだ」
イチハがすぐ仲裁に入る。だが、恐らくその時にクロトを擁護する形になってしまったのが良くなかったのだろう。ウィラの怒りはイチハへ向いてしまった。
「団長も。そうやって余裕ぶってるのは自分が英雄だからか?俺たちがあんたに従うのは、才能と力があるから当然だってか?!」
「そんなことはない。俺は自分が英雄だなんて思ったことはない」
「どうだかな。神様の力とやらを持ってるんだ、苦労なんてしてないだろ。それなら余裕なのも納得だ」
その言葉で、私の中の何かが切れた。
ウィラとの距離を詰め、思い切り押し倒す。それだけではなく、首に手を当てて力を込め、呼吸を止めさせる。彼の苦労や悩みも、みんなの前では取り繕ってることも知らずに、彼を貶すような人はいらない。イチハを苦しませるような人はいらない。もう彼の手は汚させない。だから私が殺す。そんな思考に取りつかれる。
不意に右手首を掴まれ、力を込められる。その痛みで力が抜け、その瞬間に引き上げられたと思った直後に、左頬に衝撃が走り、数歩よろめく。イチハにぶたれた。そうわかったのは彼の冷たい目と、振り抜かれた右手を見てからだ。
「いいか、お前ら」
手を下ろし、全員を見まわして言い放つ。
「仲間同士で言い争ったり、競い合うのは構わない。訓練ならやりあったっていい。けど……仲間同士で『殺しあう』ことだけは絶対に許さないからな」
今まで、私たちに向けて放ったことのない気配に全員がたじろぐ。
「何か言いたいことがあれば伝えろ。それと、出ていきたければ出て行ったっていい。その代わり、次に会ったときは容赦しないってことを忘れるな」
一体何が、彼をあそこまで変えたのか。……もしかしたら、最初からそうだったのかもしれない。人を殺すことへの抵抗でそう見えなかっただけで、本当は最初からそうする気でいたのかもしれない。そして――今の彼は本気だ。本気の時、やると言ったことは絶対にやるし、できる。
「皆、部屋に戻れ。ウィラとクロトは残れ。……マリカも」
それぞれが食堂を出ていく。全体が重い雰囲気に包まれる。
「クロト。まず、何を話してなかったのか、それを聞かせてくれ」
「僕とジャックが、昔どういう関係だったのか。家族のことだからって黙ってたけど、今思えば君を狙った時点で話すべきだった」
「……それを言ったら、俺は単身で乗り込んでそこを狙われるかもしれない……か?」
その場にいる全員が頷く。苦笑を漏らしつつも落ち込むイチハ。
「言ってればそうなってただろうし、言わなくてもこうなってる。結果論だけど、そのあとどうするかだ。俺はお前を責める気はない。そのあとで見せてくれ」
「……ありがとう」
クロトの体から力が抜け、安心したような表情になる。その隣に歩み寄る人影があった。ウィラだ。
「悪い。ついカッとなっちまった。団長にも」
「いいさ。不満があるってわかっただけでも収穫だし、クロトに対しては俺を思うが故だろ?」
照れてか、苦笑を漏らすウィラ。
彼には不思議な、人を惹きつけるものがある。自分の失敗は素直に謝るし、人の失敗を責めることはない。その次に期待している。あの過去が関係していたとしても、それが彼の魅力であり、私が好きな一面であり、尊敬している所だ。けど、私は――。
イチハは、二人を部屋に返した後、私を見つめ、ゆっくりと歩み寄ってくる。私のしたことは、相当なことじゃない限りは何をされても仕方ないと思う。覚悟を決め、目を固く閉じる。しかし、痛みや苦しみが来ることはなかった。優しく、私の頬にぬくもりが触れる。恐る恐る目を開けると、右手を触れさせ、こちらを覗くイチハがいた。
「ごめん。痛かったよな」
動けなかった。なんで。どうしてイチハが謝るのか。きっかけはウィラだとしても、どう考えても私が悪い。イチハは止めようとしただけで、何も悪くない。ぶたれたのだってそうしなければ私が止まらないと考えたからじゃないのか。いくつも、何回も同じような言葉が駆け巡り、ある結論に至った。彼は――。
「他にも止め方はあったはずだ。けど、咄嗟にとったのはお前を傷つける方法だった。……最低だよな」
やっぱりそうだった。彼が人の失敗を責めないのは、関わった自分に原因がある、自分が取った行動に原因があると、そう考えてるからだ。だから一人で抑え込んだんだ。だから頼ろうとしなかったんだ。自分が悪いから。自分の責任だから。
――君は悪くないよ。何も悪くない。
そう言いたかったが、今の自分が言っていいものなのか迷い、結局言えなかった。
第43話<盲目の剣士>
噂となりつつある剣士が訪れた理由は……