俺が帰ってきてから約一ヶ月。状況は膠着していると言っていい。こちらが仕掛けられないのはある意味では当然なのだが、向こうが仕掛けてこないのは理解しづらい。とはいってもそれはありがたいという他にない。
あの時再生した左腕も馴染み、新しい服も仕上がり、体も前より動くようになった。明らかに実力が上がっているのを自分でも感じている。そうなった今でも、たまに皆に交じって訓練しているし、もちろん執務もやっている。ほとんどが前よりも格段に良くなっているのだが、マリカとの関係だけが変わっていない。むしろぎこちない頃に戻っている。
俺が無意識に距離を作っているのか、マリカが離れているのか、その両方なのか。少なくともあれが原因なのは確かだ。ウィラに飛び掛かって殺そうとしている勢いだった彼女を止めた。それは良いのだが、よりにもよって、女性を、しかも最愛の女性に対して力で止めるという最悪の手段を無意識にとっていた。あれは完全に俺のせいだ。俺のせいなのだが、どうやって謝ればいいのかわからない。他に聞いてみても「悪くない」と言われ謝らなくてもいいといわれる。そんな状態で一ヶ月。いい加減に謝らなくては、そう思っているところに来客があった。
伝えに来た団員の話では、左側に刀を持っている、盲目で中年風の男性だということだった。だが、俺が見た感じではその様子は一切ない。俺が来た瞬間にこちらの顔をしっかりと捉えるような目の動かし方をしたからだ。
「君が、イチハ・リーゼリヴ・ノヴァかな?」
「ええ。あなたは?」
男性はゆっくりと立ち上がり、はっきりとした声で名を告げる。
「私はカリア。こんなになっても旅を続ける、馬鹿者と言われてる男だよ」
自分の指で両目を指す。その目は白く濁り、光を写していなかった。
名前までは知らなかったが、盲目の旅人がいるという話は、最近になってだが聞いたことがある。曰く、中年のようだが実際はもっと若い旅人であると。曰く、刀一本で歩き回っていると。そしてその旅人は、近距離で傷をつけることは叶わないと。
「その気配、私の噂を知っているようだね」
こちらの心情を気配で読まれる。恐らく気配だけじゃない。服や地面とが擦れる音、呼吸音、そして心音も。もしかしたら匂いも使っているかもしれない。使える感覚をすべてつぎ込んでいると、そう思える。それだけの実力と技術を持つ人がなぜ……?
「疑問かな?内容は……多分、どうして私がここに来たか、だね?」
「はい。なぜ気配だけでそこまで読めるあなたが、わざわざここ――黒影剣士団に足を運んだのか気になってしまって」
「とても普通さ。一度消えたという君のことを知りたかった。私という旅人が持つ、純粋な興味。でも、来てよかったらしいね。"君たち二人"は同じような悩みを抱えてる」
君たち二人。その言葉に疑問を持ってふと後ろを見ると、マリカが少し離れた物陰から見ていた。もし彼女と俺を指しているのなら、マリカも謝り方がわからない、ということになる。だがそれは本当なのか?もしかしたら、もっと別の――。
「……そしたら、私がお互いを繋ぐ紐になろう。私とやりあってみる、そうすれば解決できるかも」
その瞬間動いたのはマリカだった。そそくさと戻り、剣を持って帰ってくる。そしてすぐに練習場へ案内する。
その様子を見つめ、後を追おうとすると後ろから声を掛けられる。
『いいのか、彼を止めなくて』
姿勢的にかなり見上げるな体勢。マナガルムだ。ここしばらくは出歩いていないせいなのか、最近の噂話には疎い。本人はまた出歩きたいらしいがミルキが調整中だということで許してない。
「大丈夫だろ。噂ではだけど、結構親切らしいし、実際お人好しなんだろうな」
感情はまだ理解できていないが、理由としては納得できるようになってきたマナガルムは、今までならもっと突っ込んできていただろうが、それ以上追及することなく『そうか』の一言で終わった。そうして俺たちも練習場へと向かった。
~~~~~~~~~
不思議なものだ。
ある時を境に《漆黒の魔剣士》の名を聞くようになり、ほんの少しの間死んだと騒がれたと思ったら帰ってきたという人物が、まさか少年だったとは。だが彼が纏う気配は年齢以上の苦労や経験を物語っていた。そして、その少年を支える少女もまた、彼には及ばないがそれなりのものを持っている。その二人が同じような些細な悩みを持っているというのは、年相応というべきか。
金属の擦れる音と、服の擦れる音が聞こえる。目の前の少女――マリカという子が抜剣したのだろう。それに合わせて私も刀を抜いて構える。少し速い呼吸が耳に入ってくる。
「よーい。……はじめ!」
合図が聞こえた瞬間、地面を蹴る音。そして目の前から風邪を斬る音。体を傾けながら刀を横に軽く振るう。すぐに戻し、また突く気配。弾き、躱す。雰囲気と気配で予測し、音でより確実にとらえる。
目が見えないから、と小馬鹿にしてくるものがいる。だが、強者と言われるもののほとんどは目だけでなく、気配からも読み取ることがある。私はただ、それを最大限引き出せるようになっただけだ。そして目の前にいる少女は目だけに頼っている。そんな彼女に後れは取らない。
大きく隙ができたように見せ、攻撃を誘導する。会心の攻撃だろうそれを避けた直後、がら空きの腹部に寸止めする。それを決め手として終了の合図が響く。刀を納めながら少女に言う。
「きっと、君が心配していることは起きない。それどころか彼がその心配をしているかもしれないよ?」
その言葉で少女の気配が少し明るいほうに変わる。
次は彼だ。歩いて、先ほどと同じ場所に立つ。剣を抜く音。呼吸は――無駄なものがない。彼はやはり戦い慣れているらしい。先ほど納めた刀をもう一度抜く。私が心を切り替えるのにすると決めている動作だ。面倒だと思ったことはない。
同じように合図が聞こえる。同じように地面を蹴る音。今度は右側から回り込むように。右側から風を斬る音がするので刀で防ぐ。すると彼は押し当てるようにしながら剣を引く。ギャリギャリ、とでも言い表せばいいのだろうか、あまり聞きたくない部類の音が響く。剣に引っかかるようにして持っていかれるが、すぐに攻撃は来ない――そう思った瞬間に脇腹に衝撃が走りけられたのだと悟る。
既に、耳や気配で動きを読んでいるのがばれているのだろう。彼は剣での攻撃を囮にして音を出すための手段として用い、格闘技を打ち込んできた。先ほどの戦いを見ていたにしても、一回でここまで完璧に仕上げてくるとは。
よろけたところに遠慮なく次の攻撃を仕掛けてくる。今度は刀で受け、力に逆らわずそちらへ跳んで距離をとる。追撃を入れようと間を詰め、間合いに入っただろうところで仕掛ける。彼の剣の軌道が変わり防がれる。すぐに切り替えるがそれも防がれる。明確な気を込められた下からの攻撃、恐らくは蹴り。咄嗟に刀で受けようとして焦ってしまうが、すでにそこにはなかったらしい。しまった――そう思った時には勝負はついていた。
予測ができなかった。つまりそれは、気配を消し、雰囲気も出していないということ。それら二つは、私の経験上思考している限りは出る。なら、彼は戦っている間は思考していないということになる。だがあの緻密な戦術を考え無しに繰り広げられるはずはない。なら可能性はもうひとつ。――固く心を閉ざしている。一体何が彼をそうしているのか。と気をそらしている間に二人が話していた。
「あの、イチハ……」
「ごめん。あの時、俺の止め方が悪かった」
「ううん、私が悪かったの。……ふふっ、本当に同じこと思ってたんだ」
「みたいだな」
仲直りできたらしい。であれば、よそ者の私はもういらないだろう。
「悪いね。こんな男の我が儘に付き合ってもらって」
「いえ、楽しかったです。今度があればお話聞かせてください」
普段は優しく、ほとんどのことをしっかりと受け止めている。こんな彼が、戦うときは心を閉ざしていると、いったい何人が気づいているのだろうか。もしかしたら誰も気づいていないのかもしれない。そんなことを思いながら、その場を後にした。
次回<探索へ>
疑念を晴らすため、少年は準備を進める。