風を切る音が目と鼻の先を過ぎ去る。直後、踏み込んだ動きで発生した力を腕に流し込む。
今戦っているのはマナガルム。彼も彼で強くなりたいという思いがあるらしく、俺が見ている。自分で完結させる普段と違い、教えるために癖を見抜かなくてはいけないので、そちらへの分へも集中力が持っていかれる。ということで木刀で相手してもらっているのだが、当たったら痛いじゃすまないだろう。そして、受ければ木刀が折れることも考えられる。攻撃を仕掛け、避ける。これを3分やっている――はずだ。というのも戦ってる間の体感時間がかなり遅いらしく、今までにも2分だと思っていたら40秒だった、みたいなことが多い。本当に3分なのか、もっと短いのかはわからないが、相手の癖を見抜いたうえで言語化できた俺は大きく距離をとって合図を出す。
「攻撃の動きが大きい。もっと……この辺からここ、で、次につなげるならこうとか、こうやって……」
結局言語化はできずにマナガルムの尻尾を掴んで、実際に動かしながらになってしまう。だが本人――見た目は狼だし、そもそもゴーレムが元なので人は明らかに不適切なのだが――はそのほうがよかったらしく、「できればその教え方のほうがいい」と言ってくれた。
そうやって、団員を少しずつ見ていき、そして少しずつ強くなっていった。今、あの時と同じことになったとしても俺無しで対処できるだろう。なら、二日程離れても問題ないだろう。そして周りも落ち着いている。今なら、前々から考えていたことができるはずだ。話しておいた数人に声をかけ、その考えたことを実行に移していった。
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「これでよし……と。」
最低限の着替えを袋に納める。これで準備は終わった。丁度部屋にイチハが入ってくる。あれからは前よりも仲が良くなっている。そのせいか、多少のことは言葉を交わさなくてもわかる。
荷物を持ってイチハについていく。まだ辺りが暗い拠点の外に出ると、まだ3人でやっていた頃に良くしてくれた人の1人が待っていた。その男の人は馬にまたがり、馬の後ろにはかなりの量の荷物が乗った荷台があった。イチハは軽くその上に飛び乗り、手を出してくる。荷物を渡して、同じように乗る。開いたところに座ってから、その荷台が動き出す。
「ありがとうございます、乗せてくれて」
「いいってもんよ。今までお世話になった分。まあ、今でも世話になっちまってるけどさ、俺より若いのに」
二人して苦笑を漏らす。元々は助けてくれた皆にお礼を、と思って始めたことだ。それが今では、お礼される側になっている。偶然出会った私達なのに、こんな関係を気付くとは、あの頃の私に話したとしても信じないだろう。それよりも、だ。
「これからどこ行くの?」
「あれ、言ってなかったっけ?……うん、言ってないな」
そういうとイチハはこちらをまっすぐ見て、今までとは違う、様々なものが混ざっているような笑みを浮かべて言った。
「俺達がこうなった――俺達の、始まりの場所」
いつの間にか日が明け、しばらく揺られ、赤に近い色に空が染まってきた頃。「この辺でいいか?」と男の人が荷馬車を止めた。先に荷物を持ってイチハが降り、乗るときのように手を差し出してくれる。それを支えにして私も降りる。
「悪いけど、帰りは自分達で頑張ってくれな」
「ここまで乗せてくれただけで十分です」
「そうかい。そっちも気を付けろよ!」
そういって、馬を走らせて去っていく男の人を見送る。ふと思ったことを聞いてみる。
「ねえ、ここまで飛んできても良かったんじゃないの?」
「最初は考えたんだけどな。場所を覚えてなかった」
場所がわからなかったらいくら飛んでもつくはずがない、ということだろう。素直に納得して、歩き始めたイチハについていく。
視界に入ってきたのは、見覚えのある廃墟群だった。私は声をかけていいのかわからずに、そのまま黙ってついていっていた。イチハが立ち止まったのは、石で囲われた、地下に続く階段の前。忘れるはずもない。この下に行ったところが、私とレイナが、イチハと出会った場所だ。イチハは一つ大きく呼吸してから、その階段を下っていく。薄暗いそこを、灯りを付けずに進んでいく。乾いた音が響く。無機質に並ぶ牢屋の一つに入り、片膝を立ててしゃがむ。通路と違って、ほとんどが黒で塗りつぶされていて、鉄の匂いが強い。
「ここに……いたんだよね、最初」
返ってきたのは沈黙。でも意識はこっちに向けられている。なんとなくそれを感じる。
「レイナと一緒にここにきて。いろんなことを聞いてもらって。私達が助け出して」
「そしたら二人が捕まっちまって、この村の人達を殺した。……俺が」
大きく息を吸って立ち上がる。
「後悔はしてないよ。ああしてなかったら、今こうやって一緒にいられなかったから」
そう言いながら私に向けたのは、今まで見たことないほど儚い笑顔だった。抱き締めてあげたい、と、一歩踏み込んだ瞬間に別のところから音が聞こえて、二人同時に意識が切り替わり、同じほうを警戒する。
「誰かいるの?」
と声がする。その声に反応したのはイチハだった。
「……お前、まさか」
「……君、ここにいた男の子……?」
イチハが武器をしまえ、というように動作をして、それに従う。駆け寄るようにして相手に近づく。あまり聞かない種類の嬉しさを含んだ声がイチハから聞こえる。
「やっぱりお前か。生きてたんだな」
「噂は聞いてたし、もしかしたらって思ってたんだ、私は」
イチハの後ろから覗き込むようにして相手を伺う。少し低めの、線の細い人が立っていた。私に気づくと笑顔で手を振り、男性とも女性ともとれる声で名乗った。
「私はシェナ。イチハの、昔の友人だよ」
次回<過去を、再び>
彼ではない視点からの、《もう一つの歴史》が明かされる。