旧き神話から新しき神話へ   作:うにゃりん

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詰め込みすぎた感は否めない。



第拾肆話 邂逅と別離

 

 

 

 

 

「よっ、来たぜ爺さん?」

 

「ようこそ、エルキア国王・空殿、女王・白殿」

 

 

 エルキアの国境付近、国境線の内側であるエルキア領土内にそびえ立つ壮厳な塔。エルキアの元王城を改築した、東部連合の『在エルキア大使館』。

 そこから現れたのは初老の白髪、狼のような獣耳に太い尾、袴姿の獣人種。

 入り口の階段を四人の高さまで下りて、深く頭を下げる。

 

 

「お初にお目にかかります、東部連合・在エルキア次席大使───初瀬いのです」

 

 

 かしこまった様子で自己紹介をするいの。全てを見透かすような眼で、こちらが言わんとしてた用件を先回りし、開かれた巨大な建物の扉の中へと一同を促す。

 空も話が早くて助かると、お互い目をぎらつかせながら、しかし表面上は友好的にその場をやり過ごす。

 

 空から見たいのの第一印象としては、ごく普通の獣人種。隠しきれず僅かに漏れる殺気を除けば、特別注意しておかねばならないほど身構える必要はない。白とアズリールも同じことを思ったようで、警戒を解いて扉へ進んだ。

 だがステフは、これから始まるであろうことを考えて、一瞬息を呑む。相手は獣人種。噂通り心が読めると主張するような周到さに、警戒しない方がどうかしてる。

 一向にその場から動こうとしないステフを見かねた空が頭にポンと手を乗せ、落ち着けと意識を引き戻させる。

 

 

「大丈夫だ、だからそんな心配すんなって」

 

「でも……ッ!」

 

「ほら早く行くぞ」

 

 

 ステフの抗議も虚しく、空は聞く耳を持たない様子でそのまま先に行ってしまった。だがかろうじてステフは気づけた。空の握り締めていた拳が僅かに震えていたことを。

 空だって緊張する心を抑えている。無論それは白も同じだろう。アズリールはさすがに違うだろうが、それでも皆普段のように振る舞うことで平常心を保とうとしてるのだ。ここで自分だけ取り乱すなんてみっともない真似はできない。

 そう思うと一瞬だけ口元が緩む。そして両手で頬を軽く叩くと、気持ちを引き締め空達を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中に入り、エントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。

 八十まであるボタンのうち六十を押して、エレベーターが上昇しだす。

 

 

「へっ!?な、なんですのこれ、床が動いてるんですのっ!?」

 

 

 驚いているステフ一人を無視して、いのが言う。

 

 

「しかし、出来ればお次からは正規の手続きを踏んで来ていただけますかな」

 

 

 指摘したのは、今朝のやり取りについて。

 図書館のベランダにいた空を眺めていたら突然、身振りで『今から行く』というアクロバットな方法でアポをとったこと。拒む理由もないので頷いたが、エルキアに対して過剰に敵対する者がいることを失念していた。事前通達が間に合わず、無礼な態度を取らせてしまうのは、獣人種側としても不本意だ。

 

 

「よく言いますわね。東部連合が正規の手続きに応じたことないじゃないですの!」

 

 

 そう皮肉げなステフの言葉がよほど意外だったのか、わかりやすく驚いた顔をするいの。だが思い当たる節があるため、反論する余地はないだろう。

 ステフの思考を読み、そこに嘘がないことを確認すると、ため息をついて額に手をやる。

 

 

「……申し訳ありません。おそらく下で勝手に処理されているのでしょう。論外の対応です、そのような礼に失した指示をした者、また関係者を洗い出し厳格に処罰致します。どうかご容赦を」

 

「大国が聞いて呆れるにゃ〜、まあ所詮は雑種(イヌ)だにゃ」

 

 

 怒りと恥に満ちた表情で謝罪を見せる。どうやら本当に知らなかったらしいが、それをわざわざ拾い上げて皮肉るアズリールに、いのが僅かに眼光を鋭くする。

 

 

「なんだったかにゃ〜空ちゃん達の本にあった言葉……あっそうそう、『目くそ鼻くそを笑う』ってにゃ♪」

 

「言い得て妙、全く同感ですな。ならば空に漂って本に埋もれているだけの骨董品は、さしずめ耳くそですかな?」

 

「にゃは、せいぜい足りない知能で、獣らしく地に這いつくばったまま無意味に見下してればいいにゃ」

 

「はっはっは、流石はハゲザルとつるんでる欠陥兵器は言うことが違いますなぁ」

 

「にゃはは〜」

 

「はっはっは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アズリール、言い過ぎだ」

 

「ッ!?……ご、ごめんにゃ」

 

 

 お互い全く笑顔を崩さず、ピリピリと音すらたてそうだったエレベーターの空気が、空の一言でさらに重苦しいものへと変わる。

 誰にも何も言わせないと、自分ではない何かが言葉を紡ぐ。

 主からの命令とあって、アズリールはすぐさま口を閉じる。いや、たとえ十の盟約による拘束力がなかったとしても従っただろう。アズリールを見て、憎悪にも似た視線を彼女へぶつける。

 この言葉の意味も、発した理由も空自身わからない。だが何故か許しておけないと思ってしまった。苛立ちが、空を襲っていた。

 

 

「にぃ、平気……?」

 

「っ……すまん、気にしないでくれ」

 

 

 六十階へ到着し、空はいち早くエレベーターから抜けようと歩き出した。目の前にあるのは、客間と思しき広間。

 その足取りは半ば重く感じるが、それも気にならない。白が心配そうに見つめていたが、その横を通り過ぎる。

 呼びかけようと手を伸ばすも、その手は空を切り、結果的に見送るだけとなってしまった。

 その伸ばした手を自身に引き寄せる。空の背中は凄く震えていて、酷く怯えていて。

 あんな姿を、いつか見たことがあった。

 

 

「にぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、初瀬いづなをお呼びしますので、少々お待ちください」

 

 

 一礼して奥へ去っていくいのを見送る。

 きょろきょろと部屋を見渡す。大理石や、一目で希少資源とわかるものまで作られた部屋。革のソファーに、中にはスプリングまで。

 だが空が探してたのは、そんなものではない。

 

 

「空ちゃん、さっきはごめんにゃ」

 

「よせって。俺が悪いんだ、無理に止めることなかったのに」

 

「ん〜ところで、どうやって獣人種と連絡取ったのか、聞いていいにゃ?」

 

「……アズリール、そこはむしろ察してくれよ」

 

「にゃっ、やっぱりうちが悪いのかにゃ!?」

 

 

 空は理解した。

 アズリールは天翼種としてなら別格で、文句なしに優秀。だが従者としては、どこか抜けてる部分がふとした瞬間にぼろを出してしまうと。

 

 

「………ほれ」

 

 

 一言だけ呟いてから唇に人差し指をあてて、ケータイを取り出す。光学ズームに更に高解像度化アプリまでかませ、限界拡大で録画した動画。映っていたのは、かろうじて老人だとわかる輪郭のみ。

 つまり空に見えていたのは、自分を見ているらしき人影にすぎない。全てわかってるふうを装って接触したのは、つまるところただのブラフ。

 興味深そうに動画に食い入り、考えこむアズリール。そこへ空と白から更なる疑問が追い打ちをかける。

 

 

「……にぃ、あれ」

 

「ああ、わかってる」

 

「……空ちゃん、“アレ”を知ってるにゃ?」

 

 

 アズリールが指差した先には、テレビ。

 そう、まさしく空が探していたもの。空達が知るものとは形がだいぶ違うが、どう見てもテレビだった。

 自分の持つ知識と先王の書籍からでは確証がなかったが、これで裏付けも取れた。

 よほど気になったのか、質問するか悩んでる様子のアズリールに、不敵な笑みを送って。

 

 

「あとで話す。獣人種は耳がいい。どうせ聞かれてるだろうし……なぁ爺さん?」

 

「……お待たせ致しました。東部連合・在エルキア大使───初瀬いづな、でございます」

 

 

 ガチャリとドアを開けて戻ってくる。

 いのに紹介され、扉をくぐって現れたのは、黒目黒髪のボブヘアーにフェネックのように大きく長い獣耳と尻尾。そして大きなリボンを腰につけた和服の少女。いや、どう見ても年齢一桁台の幼女がいた。

 

 

「か───」

 

 『キング・クリムゾンッ!』

 

 

 

「……ぷにぷに……ふわふわ……さわさわ……ふふふふふ……」

 

 

 立場を忘れて可愛いと思わずステフがこぼすより早く。

 ステフはもちろん、アズリールや空でさえ呆気にとられて、一瞬反応が遅れてしまう。

 

 

「……白ー、ちょっと落ち着けー」

 

 

 一体いつ移動したのか、白はとっくに少女の頭、尻尾を的確に撫で回していた。

 半ば諦めたようにため息をつく空を尻目に、上機嫌になっていく白へ、獣人種の少女───いづながコロコロと可愛らしい声で応じた。

 

 

「なに気安くさわってやがる、です」

 

「……うん?」

 

「……かわい、さ……まいなす……五十、ポイン」

 

「おー、よしよし」

 

 

 各々につぶやいて、白がずさっと距離を取る。涙目なのを慰めていると、間髪入れずに。

 

 

「なに勝手にやめてんだ、です。はやく続けろや、です」

 

 

 撫でられたい猫のように、目を閉じ気味に、首を差し出すいづな。

 そもそもこの世界では、他人の嫌がることは出来ないのだ。つまり撫でることが出来た時点で、それはいづなが許可していたということになる。

 仕草と表情が不一致だが、早々に理解する空。

 

 

「……あー。語尾に“です”ってつければ丁寧語になるわけじゃないぞ」

 

「……っ!?そーなのか、ですっ!?」

 

「……お気になさらず。孫はまだ人類語が苦手で。それと────おいゴラ、こっちが礼儀正しくしてりゃチョーシくれてんじゃねぇぞクソが。なにカワイイ孫を薄汚ねぇ手でさわってんだハゲザル、死なすゾ────と言われる行動は控えていただきたい」

 

「爺さん、おまえもおまえで少し落ち着け……」

 

「はて、何のことか理解しかねますな」

 

 

 礼儀正しい笑顔を再び保ついのに、空が半眼でこぼす。

 許可を得たということもあってかより一層撫で回す白に、いづなも気持ち良さそうに口元を緩ませる。そんな二人の微笑ましいやり取りは、見てる分には和むのでむしろ推奨したいくらいなのだが、いのの怒りを隠すような表情が止めさせろと訴えてくる。

 もちろん、取り繕う様子すらないあの豹変っぷりを見て、白が気付いていないわけがない。ここが外交の場だとわかっていて、それでも撫で回すことを選んだのだ。

 

 机を挟んだ対面に、空といのが座る。そこでようやく場の空気に流されていたステフとアズリールが我に返り、慌てて空の隣に座る。

 

 

「じゃあ、そろそろ始めてもいいか?」

 

「……そう思うならあれを止めてもらえますか」

 

 

 再びこめかみを引きつらせるいの。やはりあのまま放置しておくわけにもいかないかと、諦めて空が折れる。

 白を呼び戻すと、不服そうにしながら席に着いた。対面側にも、恍惚の表情で天井を眺めるいづなが既にいた。

 

 

「……では改めて()()()()の要件、伺っても宜しいですかな?」

 

 

 いい加減、笑顔を保つのも限界を来しつつあるいの。もういっそ何もかも爽やかに忘れて叩きだしてやろうか考えていた、瞬間。不覚にも背筋に悪寒が走るのを感じる。

 

 ふっと一息ついて、眼光を鋭くさせた空。そこに一瞬前までの、ふざけた、おちゃらけた男はいなかった。

 そこにいたのは、底知れない熱を瞳に宿した、だが固く心を閉ざした紛れも無い───『一種族の王』だった。

 

 

「俺の要件は単純だ───初瀬いの」

 

 

 そう、空が憂い顔を浮かべて、真剣な眼差しで言う。

 

 

「俺らの領土、返してもらおうか」

 

「……空殿、“元”領土の間違いですぞ。それは対国家ゲームで東部連合に挑むという解釈で、よろしいのですかな?」

 

 

 いのが返答すると、わかりやすく肩をすくめる空。そこから見て取れるのは、呆れ、嘲笑、落胆の顔。

 

 

「なら言い直すぞ。()()()()()、そのために勝負に応じろ」

 

 

 空が意味深に笑って言う言葉に、いのはただ無表情に徹する以外になかった。

 獣人種を人類種が助ける?我が物顔で見下して、何様のつもりなのだろうか。

 額に手を当てて、何かに堪えるように声を絞り出すいの。

 

 

「おいサル。ふざけに来たならマジで帰───」

 

「爺さん、立場わかってないのはあんたの方だぜ?なんせこのままじゃ東部連合は────破滅する」

 

 

 ぴくり、と。空には充分すぎる反応を示すいの。その目は真っ直ぐ空を見据える。

 そう言う空の瞳孔、心音、血流音に至るまで、その一切が目の前の男は、確実な確信を持ってそう言ってると告げていた。

 だが何故、どうして。考えれば考えるほど疑問に蝕まれる。

 

 

「わかんないよなあ。なんせあんたらは、嘘を見抜けるだけで、心は読めないんだから」

 

 

 その言葉でいのも、呆けていたいづなすらも顔色を変え、目を見開く。

 まさか先王なのか。唯一、記憶を消さずに東部連合がゲームを行い、大陸領土を奪った相手。

 だが奴には誰にも伝えないことを条件とした、心を読めないことも明かしていない。

 

 いや、違う。問題はそこではない。

 いのの思考がそこに行き着くのを待っていたように、空が不敵に笑って言う。

 

 

「そう、『生涯誰にも伝えない』という先王の盟約に、死後までは含まれない。俺らは知っているぞ。思考も、特性も、行うゲームの内容すらもな」

 

 

 いのは平静を取り繕う中、血の気が引いていくのを感じた。

 この男が今述べたことの真偽は調べればわかることだが、違うのだ。重要なのはわざわざそれを馬鹿正直に話してきたこと。そして初めに告げた、「助けてやる」の一言。

 さぁ、いよいよ本題にと、空。

 

 

「あんたらは俺の記憶を消したい。俺らは領土が欲しい。けどそれじゃ、どうしても釣り合いがとれない。

 仮にここで俺が他国にこの情報を売ると脅しても、あんたらは知らぬ存ぜぬで逃げることもできる」

 

 

 だからと、いのの思考を先回りするように、獲物を追い詰めるように、付け加えて。

 

 

「そちらに賭けてもらうのは、『大陸にある東部連合の全て』。それに対してこちらが提供する賭け金は、人類種の全て────『()()()()』だ」

 

 

 そう、空が口にした瞬間。空の目の前に、光で出来たように輝く光るコマが出現した。

 それは神に挑むための条件である全十六個のコマの一つ。全種族制覇に必要な、『人類種(イマニティ)のコマ』。

 その場の誰も、長い時を生きるアズリールでさえ目にしたことのない、『キング』のコマだった。

 

 当然、『種のコマ』を賭けて行われたゲームの前例は、ただの一度としてない。

 種の全権利、種の全てを賭けるということは即ち、万に一つも負ければ待っているのは、滅亡の二文字。

 

 

「しょ、正気───ふごっ!?」

 

 

 ようやく事態を理解したらしいステフが、正気ですの、と叫ぼうとするのを、すかさずアズリールが口を塞いで押さえつける。

 

 

「言っただろ、助けてやるって。逃げるなよ?獣人種」

 

 

 これは、どういうことだろうか。

 必勝のゲームを有する東部連合に主導権を握り、勝負を強要するこの状況は。

 だが完全に的を射てる発言の数々はこちらに意見する余裕すら与えなかった。

 結果的に追い詰めているのに、空達が言うのは一貫して『助けてやる』のみ。舐められたものだ。

 

 

「よろしいのですかな。挑まれたのはこちら。その上で種のコマなど賭けて、破滅するのは───エルキア(人類種)なのでは?」

 

 

 辛うじて平静を取り戻し、内心の焦りと怒り揺るがぬ事実で応戦する。

 

 

「爺さん、俺がどうやってあんたと図書館から意思疎通を行ったか。本当に思考が読めるなら素直に驚くべきだったんだよ。

 俺らがこの世界の人類じゃないってことに、さ」

 

 

 かつての世界において、二八〇を超えるゲームにおいて無敗を飾り、都市伝説とまでなったゲーマー。

 その無数の噂の中にある一節。

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()と。

 

 反射的にそれが嘘であることを、いのは断じようとした。

 だが空の如何なる動作、音にも、嘘を示す反応はない。

 

 

「ま、こんなゲーム、あんたの独断で応じられると思ってないから。本国に確認でも取って、勝負の日程を改めて知らせてくれ。

 言うまでもなく人類種全員に観戦権がある。あとこっちは四人で挑む」

 

「ハゲザルのくせに……ケンカふっかけてきやがった、です?」

 

 

 対面に座り傍観してたいづなが、鋭い目で睨む。

 その目にこもっていたのは、何かを背負い『敵』を見定めるもの。臨戦態勢のケモノの目。

 

 

「ケンカ?ただのゲームだよ。それと……ちゃんと名前で呼ぼうな?」

 

 

 ぶわっと、威圧的な目に身震いするいづな。

 明確な“殺気”は、小さな獣人種の少女を黙らせるには充分すぎた。

 

 

「っ……空、負けねぇぞ、です」

 

 

 歯噛みしながら、絞り出すように言ったいづなに、表情を柔らかくする空。

 空が立ち上がり、倣うように全員があわてて続く。

 ひらひらと手を振って立ち去る兄妹の後を追うように、口を塞いだまま暴れるステフを持ち上げたアズリールが続く。

 

 

「────」

 

 

 去り際にいのの耳元で何かを囁く空。

 客間を出た四人を、初瀬いのと初瀬いづなはただ見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な、なんてことをしてくれたんですのよぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 城に戻るや否や、そう叫ぶステフに耳を塞ぐ空。

 

 

「あ、あなた、自分が何をしたかわかってるんですの!?負けたらどう責任を───」

 

「責任?負けたら終わりだ。責任も何もないだろ」

 

 

 ステフはただ、ゾッとうすら寒いモノが背筋に走った。今度こそ言葉を失う。

 恐怖すら覚え、逃げたくすらなる泣きそうな顔でステフが零す。

 

 

「ひ、人の、人の命を、なんだと思ってるんですの……」

 

 

 だが今までと明確に違う、闘志とはまた別の何かを目に宿した空が笑う。

 

 

「落ち着けよステフ……()()()()()()()()?」

 

 

 その一言に、ステフの疑惑は確信に変わる。

 この男、いやこの兄妹は、ただ遊んでいるだけ。人類種も東部連合も本当は眼中にすらない。

 この世界自体がただのゲームだと思ってる。

 

 

「……空ちゃんは、頭が柔らかすぎるにゃ」

 

「この世界の連中の頭が固いんだよ」

 

 

 今も昔もな、と付け加えようとしてやめる。

 無視して話を進める三人に、ステフは自分がおかしいと錯覚すら覚える。

 ひとしきり話して満足したのか、ふらふらと視線を戻し曖昧に答える。

 

 

「ステフ、真面目に答えるなら、誰も死なねえよ。言ったろ、ゲームだって───」

 

「にぃ……ッ!?」

 

 

 突如生気が抜けたように、床に倒れ込む空。

 いち早く反応した白が空の体を起こすと、気づく。他の者ではわからないだろう、小さな変化。普段に比べて目の下のクマが濃いことを。

 

 

「……にぃ、最後に寝たの……いつ?」

 

 

 恐る恐る尋ねる。

 その答えはおそらく、自分の予想した通り。

 間違っていてほしい、そうでないでほしい、だってもしそうなら自分は───

 

 

「あー……たしかマイホームにいた時、ステフに叩き起されたのが最後だ」

 

 

 ああ、()()()()

 何日か徹夜してるとはわかっていたが、これほどまでとは。

 ステフとアズリールが驚愕で固まる中、唯一白が言葉を絞り出す。

 

 

「……にぃ……寝て、て……」

 

「……いや、今のうちにやれることはやっておきたい」

 

「……大丈、夫……急がなくても、すぐには、来ない。だから……」

 

「……そう、だな……じゃあ休んで待ってればいいか」

 

 

 本当ならばまた図書館の本を読みふけっていたい所だが。

 白がここまで切羽詰まったような顔をしているのに、その言葉を無下に扱うわけにはいかないだろう。

 そうして空は安らかに寝息を立て始めた。

 

 空の言葉の意味を理解できたのは、白のみ。

 白は思う、このままでいいのか。

 頭を横に振ると、目を閉じて決意を固める。震えそうな体を奮い立たせ、泣きそうな顔を拭って発する。

 

 

「……アズリール……頼み、聞いて……」

 

 

 

 

 

 それから数日後、ほどなくしてエルキア中に様々な噂が、どこからか立ち所に広まった。

 曰く、国王が『人類種のコマ』を賭けたと。

 曰く、国王こそ他国の間者ではないかと。

 

 曰く、国王が突然“シロ”なる正体不明の人物を呼び続け茫然自失になったと。

 

 

 

 

 




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