シリアスが上手く書けない。
書き始めは順調なのに途中から迷走しだして、最終的には一周まわって「あれ悪くない…?」とか妄言吐いちゃうくらいに書けない。
まぶたが重い。
寝たまま泣いていたのか、酷く乾いた目が開くことを拒否するように重い。
いや、果たしてそれは乾いてるせいだろうか。
想像したくもない、考えたくもない
まぶたを開いて瞳に映る光景を確認しろと、現実から目を背けるなと、頭の中でそう訴えているように感じた。
白が消えた。
城内の誰に問うても、その存在を知る者はいなかった。白を証明する根拠が、なにもない。
考えられる可能性は三つ。
『なんらかの力が白の“存在”をこの世から消した』か。
『自分が、ついに“狂った”』か。
『あるいははじめから狂っていて、“今正気に戻った”』か。
そのどれが正解なのか、きっとわかっている。この状況は、何処か似ていた。
どうしてあの時、倒れてしまったのか。もしあの時そうしていなければ、何かが変わっていたかもしれないのに。
白が消えてしまった原因が、もしかしたら自分に対する免罪符だとしたら、戦わないといけないという強迫観念に押し潰されそうだったからだとしたら。
そうだとしたら、空はあの時の自分の発言を、想いをしっかりと白に言えなかった自分自身を、一生恨む事になるだろう。
どうして、あの時。
『───、寝てて』
この手を伸ばせなかったんだろう。
『……そう、だな……じゃあ、今日は回復に専念するか』
あの日の事を、今も夢に見る。
大切な人を一瞬にして奪ったあの日を、忘れたことなんて一度たりともない。
ズキリと、瞳が痛む。
まただ。
また俺は。
約束したんだ、もう二度と離さないと。
誓ったんだ、自分が守ると。
また間に合わないのか。
また失ってしまうのか。
俺は、あいつを……白を……しろ、を……?
あ……れ………?
……俺が……まもりたかった、のは……
白?それとも………“シュヴィ”……?
────────────────
「……どう、ですの?」
王の寝室の扉の前で、ステフがアズリールに尋ねる。
だがアズリールもまた、ため息をついて頭を振る。
「なにも。うちの入室も拒まれて、取り付く島もない状態だにゃ」
「まだ、荒れてるん、ですの?」
「にゃあ……“シロ”ってひとしきり叫んだら、あとはもう知っての通り……そっちはどうにゃ?」
「手当り次第に聞いてみましたわ。けど、みな答えは同じで───」
「シロとかいうのに心当たりはない、とにゃ」
再度ため息をつく。
状況そのものがまるで意味不明だったが、それ以上に
不意に熱くなったり、高圧的な態度をとることは何度かあった。だがここまで感情的な行動は、出会ってから一度も見たことがない。
扉越しにも伝わる叫び声。床や壁に物がぶつかる音。
現実を、自分を、全てを受け入れられない少年の悲鳴が部屋から響く。
ステフは何も言えない。
人類種三百万の命運と選択を委ねられた導き手。祖父である前国王の意思を背負っている空に、下手な声掛けはできない。
どんな荒唐無稽な行動も、全て人類を思っての行動だとわかってるからこそ、怖いのだ。空の心が完全に折れ、失ってしまうことが。
アズリールは何も言わない。
ずっと探し続けた《答》。それを気づかせてくれた空には、主従関係であること以前に感謝の気持ちがある。空が困っているなら助けたい、手伝いたいと思うが、今の自分は無力だ。
天翼種である故に、人類種の心の機微を理解しきれるほどの複雑な感情を有していない。わかりきったことなのに、今はそれが酷くもどかしい。
「ど、どうすればいいんですのよっ!」
「……整理して考えてみるにゃ」
アズリールが自分を落ち着かせるように言う。
順当に考えれば、空の記憶が書き換えられたことになる。つまり、空が負けたことを意味する。
人類種の全権利を賭けた、東部連合との勝負を控えたこのタイミングで、空が行動不能になることをもっとも望んでいるのは、他ならぬ東部連合だろう。
正式な勝負の前に、秘密裏に挑んだ。それが自然ではある。
だが、東部連合に仕掛けられた勝負なら、受ける理由が思いつかない。
『十の盟約』その五、ゲーム内容は挑まれたほうが決定権を有する。
そこには当然、“ゲームを受けるか否か”も含まれるわけで。この状況を作り出すだけの賭けが成立したとは考え難い。
「……な、なんとかならないんですのっ!?ソラ、このままじゃもたないですわよっ」
扉の向こうから聞こえる声は、ステフを叫ばせるに足るものだった。
空の精神が崩壊一歩手前にあるのは明白。あるいは、もうとっくに壊れているのかもしれない。
黙って待ち続けるしかないステフとアズリールは扉の外で立ち尽くす。
数分ほどしただろうか。空の声が途切れる。
「空ちゃん。そのままでいいから聞いてくれにゃ」
もう無理だ。限界だ。
自分に言い聞かせるように、アズリールは腹をくくる。
本来なら交わされた盟約内容をつきとめ、それを無効化すべく動くべきだろう。
だがそんな悠長なことをしていたら、その前に空が壊れる。これ以上、本当に無意味で無価値な生物に成り下がってしまうのだけは避けなければならない。
「うちと【盟約に誓って】ゲームして、負けてもらえるかにゃ?」
「それって……」
「“シロに関する全ての記憶の封印”を要求するにゃ」
いつもの穏やかな気持ち笑みの片鱗すらない、切羽詰まった顔のアズリールに、ステフは目を剥く。
のらりくらりとしていて普段から何を考えているのかわからないアズリールだが、ことこの時に限ってはその心の内が痛いほどよくわかった。
「………」
返事は、ない。
それが答えを出せないでいるのか、聞こえないほど追い詰められているのか、アズリールにはわからない。
少しでも選択をミスすれば、取り返しのつかないことになる。
これではダメだったかと、別の策を考えようとしたその時。扉の下からすーっと、薄い板が差し出される。
空の所有するタブレットPC。立ち上がっているのは、将棋アプリ。負けようと思えば、確実に負けることが出来るゲーム。
「……【
「ありがとにゃ、空ちゃん……【
────────────────
色々な記憶が、頭の中を行き来する。駆け巡り、その脳が揺さぶられる感覚がする。
何もかもがグチャグチャに、かき混ぜられていくような感覚が襲う。
過去の映像が何度も何度も再生され、巻き戻され、繰り返し脳裏に表れる。
呼吸は乱れ、大量の汗が出る。
冷たい何かが肺を縛っているような感覚。
息が苦しくて、目元が霞んでいく。気付けば、部屋は荒れていた。
置かれていたテーブルは倒れ、積み上げられた本が辺り全体に散らばっている。
頭に上っていた血が一気に冷え込んでいった。
冷静になった思考が、心が、問いかける。
───気が済んだか?
ああ、済むわけがないだろう。
声が、出ない。
言葉を失うというのは、こんな時に使うのかもしれない。乾いた笑みだけが、溢れる。
ここに来て。
この
俺は一体何をした?
今まで散々、何をしてきた?
勝つためと、白のためと言い訳して。わかった気になって。白の気持ちなど何一つ理解しないで。
初めから白のことなんて見ていなくて。
白の手を離さないことで、離してしまったシュヴィを繋ぎ止めた気になっていた。
自分の瞳に映る白ではなくシュヴィを見ていて、そこに白はいない。
自分の中にいた白という存在が消えていく。それが途轍もなく怖かった。
久しぶりに感じた、『独り』という感覚。
いつからか、白と一緒にいる事が当たり前になってきていた。
かつての記憶と遜色ない程に、大切なものへとなりつつあった。
ようやく自分は変われて、前を向けているんだと、そう感じていた。
───もう十分だろ?
ああ、十分だとも、クソ野郎。
思考がそうじゃないと、そう言っているようで。
それは紛い物で、勘違いだと、そう示唆されているようで。
白を失ってしまうことではなく、同じ事を繰り返すのが怖かった。そんな自分を心底軽蔑する。
もしアズリールとの勝負に負ければ、白のことは忘れられる。白がいなければ、もう過去に縋ることもなくなるだろう。
白のことを忘れれば、楽になるのだろうか。
シュヴィを思い出して、辛くなるんだ。シュヴィと重ねてしまうくらいだ。白なんてむしろいない方が、そう思考が語る。
『ぽんっ』
タブレットから音がする。純粋な、規定通りの将棋。ここで金を取らせれば、それだけで負ける。
たったそれだけで、あっさりと負けて、全てが封じられる。白と過ごした、記憶の全てが。
───お前が愛したのは、シュヴィだろ?
ああそうさ。俺が必要としていたのは白じゃない。白が大切だった理由も、守りたかった理由も、全部白とは関係ない。
そうだ、この手を取れ。そうすれば俺は───
『にぃ……しろ、ひとりにしないで』
聞こえてきたもう一つの幻聴に伸ばした手を止める空。困ったような、泣きそうな、心配そうにこちらを見つめる顔が思い浮かぶ。
「できるわけ、ねぇだろ……」
幻影の輪郭が歪む。空が手を払うと霞のように消えた。代わりに溢れるのは、白と過ごした思い出。
今まで支えてくれたこと。今まで助けてくれたこと。今まで側にい続けてくれたこと。どうして、忘れていたのだろう。
違うだろ。そこにいたのは、シュヴィじゃない。俺はいったいどこ見ている。
逃げてんじゃねえ。
眼をそらすな。
ちゃんと向き合え。
白は兄妹で。家族で。かけがえのない存在。それ以上に理由なんて、いらない。前を向こうとしなくたっていい。惨めでも、みっともなくても、白がいてくれれば、それでいい。
白の記憶が、言葉が、脳裏をよぎった。
同時に空は、考えるより先に手が動いていた。
────────────────
ゆっくりと扉が開かれる。
扉の前で、タブレットPCを通してゲームを行っていたアズリールとステフは視線を上げた。
中から現れた人影は、苦しそうな顔で胸を押さえ、息を切らし身体中から汗が溢れていた。
何故勝つのかと聞きたかったアズリールも、それを見て言葉を失う。だがその姿は紛れもなく空だった。
「あ、えっと……ソ、ソラ……大丈夫、ですの?」
「ああ……白は、いる……」
震えるような声を絞り出すステフに、弱々しく頷く空。
どうにかしようと無理矢理出した提案。それが拒まれた今、もはやアズリールに言えることはない。
俯き黙り込むアズリールをよそに、だが空は口を開く。
「アズ、リール……この部屋……魔法の、反応……」
「……調べてみるにゃ」
「ひ、なん……ですのっ」
アズリールが羽を広げ、その瞳を大きく見開く。
魔法を一切感知出来ないはずの空やステフも、地に伏せそうになる圧力が生じる。
頭上の光輪が激しく回転し、部屋が揺れるような錯覚すら引き起こす。
アズリールは部屋の一角を指さす。認識を阻害する力場が展開されているらしく、それを感知できても認識は不可能だと言う。
「考えろ……この状況は、俺がするつもりだったことだろ……」
まさか自分が味わうことになるとは、さすがに予想外だったが。
実際空が取り乱したのは、個人的な理由からであり、過去のトラウマが呼び起こされたことが原因だ。
だが白は違う。
勝つために必要なこととはいえ、なんてことをさせようとしていたのか。
白ならばすぐに気づいてくれる。そんな身勝手な願望を押し付けて、本当に周りが見えてなかったらしい。
「白は、どうした……白なら、“俺ならどうした”と考えた」
だが今ならわかる。
もう白を見ているようで何も見てなかった、あの時とは違う。
空の脈拍が、思考が、壁にかかる時計の動きを止めるまでに加速していく。
そして気づく。
小さな箱に入った、漢数字の刻まれた、表と裏で白と黒のコマ。
一方別の箱には、エルフ数字の刻まれた、同じようなコマ。
その全てが空の中で一本の糸に繋がる。ルールは、おそらく───
「記憶か存在をコマに分割して、奪い合うゲーム、か……」
空の呟きに反応したのはアズリール、そして一拍の間を置いてステフ。
「え、でも空ちゃん……」
「そんなルール、しょ、正気ですのッ!?」
そう、空の推測が正しければ、疑う余地なく狂気の沙汰なゲーム。
空が【参】と刻まれたコマを手に、見えていないだけでそこにある盤を睨む。
コレはおそらく、存在ないし記憶を三十二個に分割した奪い合いオセロ。
今も見えず、認識出来ない対局。途中経過も、開始すら知らないその盤上。
白がわざと負け、そして兄に勝ってもらおうと打っただろう手。
その全てを読み切り、たった三手で逆転する。
白にしか出来ないと、勝手に決めつけていた。自分の分野ではないと、白ならばやってくれると、そう思っていた。
白が空に出来ると信じて託したのに、自分が白を信じないでどうする。
そして空が手を振り下ろすと、認識出来なかったオセロ盤が姿を現し、パタパタと黒い盤上を白く染めていく。
すると虚空から何かが勝手に黒いコマを置く。
空は【弐】と書かれたコマを手に取る。
躊躇うことなく指した空の二手目によって、さらに裏返ったコマが盤面の過半近くを一気に白く染めあげる。
ぼんやりと、対戦相手と白の姿が見え始めることに、アズリールもステフも目を見開く。空は力が抜けて倒れそうになるのを必死に堪える。
空のケータイから、そして人類種、アズリールの記憶から消えた白が仕組んだゲーム。
そこから読み取れる、残された三つのコマの意味。
【参】───ゲームに勝つ方法。
【弐】───兄に対する絶対的信頼。
そして【壱】は───
「……俺、個人の全て……」
これらが、白という人物を構成する、己自身以上の要素の正体。
なぜそう言い切れるのか、答えは簡単だ。
それはかつて、自分が求めたものなのだから。
求めて、手を伸ばして、一度はそこに届いて、そして失ったもの。
二度と手に入らないと勝手に諦め、受け入れることに怯えて失望した。きっとそれは白も同じ。そう確信してる。
白く染まりつつある盤面に、ゆらゆらと不安そうに、黒いコマが置かれる。
「……さぁ、白……」
そしてそれを待ってますいたように。
「……帰って、来い───っ!」
タイトルでシュヴィが登場すると思ったそこの貴方、期待させて申し訳ない。
感想待ってます!