いい加減この二ヶ月毎更新をどうにかしたいのに、忙しくてどうにもならない悲しみ。
遠い日の記憶が呼び起こされる。
それは三歳の時。
少女は新しい父とやらと、その連れ子である自分より七つ上の『少年』に出会った。
大人達の会話に、的確に相づちをうち、年の割に少し大人びた表情を浮かべる少年。
だが皆が少女に向けるものを、誰に対しても同じように向けるその少年に。
即ち、虚ろで無機質な表情を仮面で隠した少年に。
少女は長らく閉ざしていた口を、開いた。
「……ほん、と……“空っぽ”……」
『
一瞬。ほんの一瞬だが今にも泣きそうな、涙をこらえる表情をしたと思えば、何かを確かめるように沈黙して。
少女は生まれて初めて見る“色”が少年の顔に宿ったのを覚えている。
その色に込められた意味を、当時の彼女には理解出来ようもなかったが。
少年は、『空』は言った。
「なぁ、ゲームできるか?」
どうして。
この時もっとちゃんと考えて答えなかったのか。
この質問の答えが違ったのなら、何もかもが大きく異なっていたかもしれないのに。
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白にとって、空はどういう存在か。
周囲から畏怖され、現実から拒絶され、親にすら半ば見捨てられた白を空は否定しなかった。
何を考えてるのかわからないと言われる白を、理解しようとした。
天才と称し、頭の出来が違うと諦めるだけの者と違い、追いつこうと、そして追い抜こうと努力した。
白にとって、それらは全て堪らなく嬉しかった。
空のことを想うと、何かがこみ上げ胸が熱くなるのを感じたが、それが何かを白は知らない。だがここにいていいのだと、認められたことを理解するだけで、自然と笑みがこぼれる。
空を信用している、信頼している。傍にいるだけで安心できる。ずっと一緒にいて、それだけは決して変わらないだろう。
白の一番の理解者。
それが空だ。
一方で空にとって、白はどういう存在だろうか。
白の空に対する気持ちは揺るがないが、空の白に対する気持ちは?
信用しているだろう。
信頼もきっとしているだろう。
だがそれで満たされてるようにはとても思えない。
空は時折、ズレて世界を見る。遠くを眺め、手を伸ばすかのように、届かない景色を想う。触れるだけで壊れてしまいそうな、苦しそうな表情を浮かべる。
その儚げな瞳には何も映らない。
現実も。
白でさえも。
二人揃って
白がミスしたら兄が取り返す。
兄がミスしたら白がカバーする。
ずっとそうして戦ってきたはずなのに、今じゃそれがどこか懐かしく感じる。
獣人種に会いに行った日兄が暫くもう寝てないと聞いた瞬間、胸が張り裂けそうだった。
徹夜続きなことではない。兄に無茶をさせてしまってる不甲斐ない自分が、情けなかった。
いのの耳元で囁いた言葉も、アズリールとのゲーム展開も、テトに言ったリクという単語も。
何も、知らなかった。何も、分かっていなかった。兄はわかっているのに、白だけはわからなかった。
兄は核心をつく質問をすると、取り繕ったように「なんでもない、大丈夫だ」と笑って誤魔化す。白を心配してあえて言わないでいるのだろうが、そのことが白には酷くもどかしかった。
おそらく、兄は知っている。
元の世界にいた頃、白はこんな世界があることすら知らなかった。それは兄も同じかもしれないが、白が知り得ない情報源がどこかにあったのは確かだ。その内容がこの世界のものと気づいた時は正直驚いたが、特別疑問は感じなかった。
なぜ知っているのかまではわからない。テトと何らかの連絡手段によって繋がっていたかもしれないし、白と出会う前のことをたまに口に出していたので、そこで何かあったかもしれない。
だが兄がそれを言う気がないというのに、無理矢理聞きだすのは良くない、きっと話してくれる。そう思っていた。
それは自分たちが兄妹だから?
共に戦うパートナーだから?
自惚れもいい所だ。
結局自分は、逃げていただけじゃないか。
ずっと願望を押し付けていただけで、そんなものを信頼などと呼んで満足感に浸っていた自分は、どれほど醜い姿だったろうか。
この世界に来てからというもの、兄に頼りっぱなしだ。本来自分の役割である分野もほとんど兄にやらせてしまっている。
そうすれば負けることは無い。二人でいれば、絶対に勝てるから。
だから甘えてきた。兄もそれを許容していた。最後に自分から前に出たのは、国王選定戦の時だろう。いや、それだって勝てたのはほとんど兄のおかげだ。
兄は凄い。兄は強い。本人はそんなことないと否定するが、白の先を行くのは常に兄だ。
今回だって兄に任せてしまえば、事が上手く運ぶだろう。それはとても心地よいものだから。
だって、失敗するのは怖い。兄が離れてしまうのではないかと思うから。
わかってる、兄がそんなことするはずないと。だがそもそも兄は一人でも十分勝てる。ミスをすると、自分が余計なことをしたと感じてしまう。それに加えてあの目だ。時折見せる、白を見ていないあの目が、自分を必要としていないように思えて怖い。
「……だから……何も、しない……の?」
喉の奥が震える。胃袋が締め上げられる感触。肌が粟立つような身震いが全身に伝染し、立ち尽くす白の息が鋭く荒くなる。
馬鹿なこと考えていると、自分でもそう思っている。
自分の思考が、脳が、積み重なるように問いを投げ、答えを出すことを求めてくる。
───余計なことじゃないか?
───また兄に迷惑をかけるのか?
───さっきも言ったろう。兄に任せればいいではないか?
ああ、そうだろう。正論だ。何も間違っていない。
だけど、それがどうだと言う。
誰がやるべきとか、どっちの方が上手くやれるとか、そんなもの
自分だけ楽できるなんて許せない。もう守られるだけでいたくない。辛い時、自分が傍にいることを理解して欲しくて。
我儘だろうか。傲慢だろうか。
危ない橋だとはわかっている。けれど、その危ない橋を一人で渡れないようなら、きっといつまで経っても後悔だらけの人生になりそうで。
やらなくちゃいけないんだと、このままでいるのだけは絶対に嫌だと、そう思う。
全てが終わったら、兄は自分を叱るだろうか。無茶しすぎだと、優しく諭すだろうか。
けどもし自分の意図を理解してくれるなら。
「“よく頑張った”って……褒めて、くれるかな」
そして願わくば、これからも自分を頼って欲しい。
もう頼りっぱなしでいたくない。自分が足でまといになりたくない。白にも背負わせて欲しい。
二人揃って
そしたら────
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────『十二日・夕』
それは、獣人種と別れた後、空が寝て暫く経った王座の間。
「来た、ね……」
「……いきなり呼び出したのはそっちでしょうに。それで?私もまだあまり状況が掴めてないのだけど」
そう言うのは、アズリールに連れてこられたクラミー。
そして隣には同じように連れてこられた、森精種らしい長い耳が髪から覗く、森精種の少女。
「……説明は、する。だから……ゲーム、しよ?」
────『十二日・夜』
「獣人種を相手に種のコマを賭けてゲーム……狂ってる」
「……それで?」
「ええ、ゲームは受けさせてもらうわ。もちろん、こっちが挑む形で構わない」
予定通りに事が運んで安堵する白。それでは早速、とゲーム内容を提示し説明すると、アズリールは首を横に振る。
「白ちゃん、さすがにそんな大掛かりなのはうちでも難しいにゃ」
申し訳なさそうに、そして少し恥じるように言う。だがそれも予想済みだったのか、クラミーの隣にいる森精種の少女を一瞥して白。
「……あの森精種と……一緒に、なら?」
「……天翼種と、合作ですかぁ?丁重にお断りするのですよ〜」
「奇遇だにゃ。うちだって真っ平御免にゃ〜♪」
「じゃあ……ゲーム、しなくて、いいの?」
そう、にべもなく返す白に、だがクラミーが森精種の少女に言う。
「……協力してくれるって言ったわよね」
「もちろんなのですよーでもこの悪魔と合作は……うぅ……わかったのですよぅ」
────『十三日・朝』
アズリールの具象化しりとりの『核』を手に、森精種の少女がこぼす。
「こんな精霊回廊を壊すようなぁ、爆弾的精霊の使い方、頭おかしいのですよぉ」
「精霊回廊の原潮流を汲み上げてるだけのものを爆弾と誤認しちゃう雑魚には、ちょっと難しすぎたかにゃぁ」
「……ほんとに、仲悪いんだ」
「ねぇ、ちょっといい?」
喧嘩する二人に呆れていると、クラミーから声がかけられる。
「ゲームするのは貴方だけなの?あの男は?」
クラミーが言う男とは、空のことだろう。
空は現在ベッドの上で眠っている。クラミーはそれが納得いかなかった。
そもそも、ゲーム以前に会話などの進行役は空で、白は率先して前に出てくるようなタイプではない。
その白がわざわざ呼びつけ、あまつさえクラミー達を相手取ろうとしている。おそらく形式的には
それはまるで、
国王選定戦のチェスで一時は白を追い詰めたというのに、舐められたものだ。
だがもちろん、白がそんなことを考えてるはずもない。舐めてかかったら危険な相手であることなんて、先の戦いで嫌という程思い知らされた。
白が戦おうとする理由はもっと別のもの。
「………わた……さない」
「……何?」
「……にぃの……記憶は、誰にも……わたさない」
白にすら教えてくれない、兄が持つ知識、思い、想い。それらの詰まった記憶。
それはいけない。それを渡してしまうことだけは、絶対にしたくない。
それを一番最初に聞くのは、白だ。
────『十三日・昼』
「……じゃあ、ルールの確認」
テーブルを挟んで椅子に座って向かい合うクラミーと、自分の背後のステフ、アズリール。そしてクラミーの背後の森精種の少女に白が言う。
・ゲームは『自分を構成する概念』を、三十二個に分割した“オセロ”。
・コマには番号が刻まれ、一に近いほど重要。
・重要度の設定は、ゲームの魔法に従い、自分自身の深層心理における優先順位に反映。どのコマが何を司るか自分でもわからない。
・勝者は自分の全てを取り戻し、敗者は一切戻らない。
・パス権はない。
・物理的な“継続不可能”は、代打ち。
・勝者は相手に二つ要求できるものとする。
「……どうする?」
顔色一つ変えず、淡々と言う白に、一同の視線が集まる。
正気とは思えないゲームを設定した白。
その少女を前に、何とか平静を保ってクラミーは思考する。
一見すると対等なルール。故にこそ、クラミーはそれを疑うしかない。
真っ先に思い浮かぶのは、代打ちを化すルール。設定した意図は理解できるが、ならばなぜ空を起こさないのか。
何かルールに抜け穴を用意してるのか。あるいは、とクラミーが相方の少女に視線を向ける。だが少女は首を横に振り、不可能と断ずる。
ゲームの術式を編んだ森精種の少女本人が、ゲームに仕込みをすることは出来なかったと言う。逆にアズリールが仕込みを行うのもあり得ないと。
「……いいわ」
ならば、と。クラミーと森精種の少女が手を軽く上に翳す。
それに倣うように、ステフとアズリール。
そして眠っている空の手に自分の手を伸ばし、重ね。いつも通り、二人でと主張するように、白。
「【
────────────────
視界が明るい。感覚が徐々に戻っていく。
急な光に目を擦れば、そこにはよく見知った存在が。空の顔が映っている。
ゲームは終了し、無事に勝つことができた。
そう理解するのに、時間はいらなかった。
空は疲れ切った、それでいて嬉しそうな表情を浮かべている。だがそれもつかの間、すぐさま口元が歪む。
───きっと、心配かけたな。
兄の為を思っていたはずなのに、結局は自分の自己満足。そんな身勝手な行動で兄を振り回してしまった。
白自身の力でゲームを進め、兄の手を借りて勝てた。
だが、そこに達成感も歓喜も無い。
近づく空を感じ、そしてこちらに迫る距離まで来た空を見ると、白は何処か心の中で安堵した。
これから叱られるのは明白だ。それがどれほどつらい言葉でも、ちゃんとまた向き合うことができるんだと、そう思った。
だが───
「ごめん、ごめんよ……白……っ!」
空は自分を責めるようそう言いながら、優しく白を抱きしめた。
「……え?」
白は一瞬、自分が今何をされてるのか。何を言われてるのか分からなかった。
顔の横には、嗚咽を漏らす空。
謝罪を重ねるにつれて抱きしめる力が、だんだんと強くなっていく。
「俺がしっかりしていれば……もっと早く気づいてれば……」
なんで。
全部白がやったことなのに。
なのにどうして、にぃが責任を感じてる。
「ま、待って……にぃ……怒って、ないの?」
空のことを突き放すように離れさせる。
白に無理矢理振り払われて驚くも、空は優しく白の頭を撫でながら、儚げな笑みを浮かべる。
「本来なら俺がやらなきゃいけない事だったのに、ごめんな」
空のその言葉に、白はただ呆然とするしかなかった。
どうして、にぃが謝る。
勝手に行動したのは白なのに。
非があるのは白で、にぃは何も悪くないのに。
───悪いのは全部、白なのに。
兄のかける言葉一つ一つが、先送りにしてきたツケを払わされてるように感じる。
言葉を紡ぐ度に、その思いは強くなる。
「もっと白のこと、ちゃんと見ていたら……」
違う。そうじゃないんだ。
白が言って欲しいのは、そんな言葉じゃなくて。
もう、限界だった。今の不甲斐ない自分を肯定されることが。誰よりも頑張ってる空を、他ならぬ空自身が否定してしまうことが。
それは自分のこれまでしてきたことが不必要で、無価値だったと理解させるかのように。
白の想いの全てを、認めてくれていないように感じた。
「白……本当に……」
───パァンッ!!
部屋全体が静まり返り、乾いた音が響き渡る。
その場にいた誰もが信じられないものを見るかのような目で、音のした方を注視する。
そこには手を振り抜き、怒りに震える体を荒い呼吸で押さえつけ、彼女自身の激情を体現した刺すような目線を空に向ける白の姿が。
「……馬鹿に、しないで」
目からとめどなく涙を流しながら白は叫ぶ。
「白の、にぃを想う……気持ちをッ!馬鹿にしないでッ!!」
空は目を見開き、そんなふうにいきなり言い放った白を見た。
ずっと、この想いは打ち明けないつもりだった。言わなくとも分かってるはずだと、勝手に決めつけていた。
それは出会ってからこれまでで初めて、白が表した明確な拒絶だった。
「……全部、にぃの所為……?白は、にぃが悪いなんて、思ってないっ……!」
ずっと隠していた、空への想い。兄妹なのだからと、一歩下がって見ていたあの頃。
けれど、兄妹ならきっと、その想いを打ち明けるべきだったのだと、今になって思う。
「……にぃ、白はいつまで、
「っ……」
空のその言い方は、まるで。
自分がいなければ白は何も出来ない、と。そう言っているみたいで。
白に頼らず自分で何とかしようとすることこそが、まさに白の弱さを言外に語っていた。
ここにきて空は漸く、自分がしてきた事の意味を思い知った。
白のことが心配だった。ただそれだけの理由で放っていた言葉全てが、今までずっと白を追い詰めていた。
そんな素振りは全く感じられなくて。
気づかなかった自分に、怒りを感じる。
白のことを見ていなかったという自覚はある。もう目を逸らさないと自分に誓った。
それなのにまだ、
きっと白だけじゃない。ステフとアズリールにも迷惑をかけた。仲間であるはずなのに、白が消えた時、ずっと空の為に行動していたのに、そんな彼女らの存在を、空は蔑ろにしていたのだ。
「……ごめん」
依然変わらない言葉が、無意識に口から出る。
これが、この謝罪の一言が、白を傷付ける。そう分かってるはずなのに、空はただ謝ることしか出来ない。
「謝ら、ないでって……言ってるでしょッ!!」
感情が爆発する。
穏やかで、理性的な白が。これまで怒ったりすることがなかったわけではないが、それでも感情的になって枷が外れることは一度もなかった白の心の内が晒される。
行き場のない悲しみが、胸を引き裂かんばかりに膨れ上がっていく。
「なんで、そうやって一人で抱え込むの……」
何が言いたいのか分からない。
何を言ってるのか分からない。
悲しいのか、苦しいのか、悔しいのか、哀しいのか、怒りたいのか。そんな簡単な問いにさえ答えられない。
こんなつもりは無かった。
白の行動が原因でこうなるかもしれないことも理解してた、はずなのに。
いや、きっとまだ慢心していたのだろう。
そんなことあるはずないと自分に言い聞かせて、自分に都合のいい結果が得られると思いたかっただけだ。
あぁ、どうして、白はこんなにも────
弱いのだろう。
原作との相違点。
空と白の関係
原作:相互依存。
今作:共依存。
空→白
原作:憧れ。
今作:過保護。
白→空
原作:親愛。
今作:劣等感。
だいたい合ってるはず。
感想待ってます!