想像以上に書くのに時間かかって、ほんとすいません。
失踪だけは絶対にしないつもりなんで、長い目で温かく見守ってくれると有難いです。
夕刻────エルキア王城・大広間。
国王選定の最終戦が終わったその場所にいる少女を、つめかけた観衆が広間を囲むように埋めて、覗いていた。
少女の名は、クラミー・ツェル。
葬式のような黒いベールに黒い服、何処か死人を思わせる無気力な表情で腕を組む、長い黒髪の少女。
「さてこの者、クラミー・ツェルが選定の戦いを最後まで勝ち抜いたわけであるが……彼女に挑む者はもうおらぬか?」
高官らしき衣装に身を包んだ老人が問いかけると、それだけで広間がざわつく。
だが、そこに彼女へ挑もうと意気込む声はなかった。
それもそのはず。
ここまで全戦全勝している彼女に今更勝てる者など、もはやいるはずもない。
「では、前国王の遺言に従いクラミー・ツェルを、エルキア新国王として戴冠させる。異議のあるものは申し立てよ、さもなくば沈黙をもって之を」
「異議ありッ!!」
老人の言葉を遮り響き渡った声に、広間がざわつき、視線が一斉に声の方へと向けられる。
執事服とドレスに身を包んだ二人組は、観客を掻き分けてずけずけと前に出てきた。
その男───空は周囲の視線など気に止めない様子で、クラミーと対峙する。
そして少女───白はスマホを構えて、辺りをキョロキョロと見回す。
しかし依然としてクラミーは、変わらず無表情を貫く。
「自分が負けたからといって、今度は使用人を送り込んでくるなんて。ここは子連れで遊びに来ていい場所じゃないわよステファニー・ドーラ」
クラミーの言葉にハッとなり、後から付いてきたステフの存在に気付く観客達。
ステフは押し黙り、俯いてしまう。
「ええっとクラミー・ツェルつったか。
あん?
「あら、喧嘩売ってるつもり?」
「おいおい冗談キツイぜ。んなもん相手にすらならねぇよ」
「……どういう意味かしら」
「話聞いてなかったか? あんたじゃ力不足って言ってんだよ。脳みそだけじゃなくて耳まで腐ってるのかな?」
空気の読めない発言、いや挑発に、クラミーの瞳がわずかに揺れる。
なんだこの失礼な男は。そう言わんばかりに空を睨みつける。
そのこみ上げてくる苛立ちを、今はただ抑えるだけだった。
まだ何もできてない。
やっとここまで来れたのに、何も終わっていないのに、全てを台無しにできない。
フンッと鼻で笑い一蹴されるが、クラミーはギリギリで踏みとどまる。
「まぁいいわ。それで、勝負するの?」
「うっわいいのかよ。冗談で言ったつもりなのに」
「……御託はいいから早く決めて」
「もしかして怒った?すまんすまん、ここまで沸点が低いと思わなかったんでな」
一発くらい殴ってもバチは当たらないのでは?
脳裏によぎる思考、だがそれこそ空の狙いだろう。
ここで冷静さを欠けば、取り繕った表情も観客の評価も失う。ようは、主導権を握られてしまう。
そう、それがわかってるからクラミーは動かない。いや、動けないのだ。
普通に聞いてれば、何気ないただの言い合い。だがその裏にある真意に、ステフを含め観客達は気づかない。
クラミーが下手に出ると、それを見越した空が先に仕掛けた。
「全く話にならんぜ。そんなんだから魔法を使ってもあんな低レベルなイカサマしかできないんだよ」
『イカサマ?』 『いや今魔法って……』
再びざわざわと観客達が困惑した表情になり、ついに恐怖を伴ったものに変わる。
先程まで強気だったクラミーも面食らったように、その場で固まってしまう。
空は何となく重苦しい空気だなと苦笑いしつつ、周囲を見渡して白に確認を取った。
「白、いたか?」
「一人……」
ボソボソと何かを話し合う兄妹。
その様子を見て、クラミーは眉を顰めた。
空達の世界の水準で十五世紀初頭レベルの人類種にとって、スマホはおろかまともな電子機器などほとんどない。
スマホを覗き込みこちらを伺うように見る空達は得体の知れない何かに見える。
クラミーは、僅かに寒気が走るのを感じた。
ベールで隠れ一層感情を感じられない顔に、奇妙な威圧感を纏って空に歩み寄る。
「私が魔法を使ったとでも言いたいわけ?」
「イカサマって部分は否定しないのね。まぁその話は、そこの協力者に直接聞く方が早いと思うぜ」
空は周りに言い聞かせるよう大袈裟に振る舞うと、にやりと笑ってある一点へと視線を移す。
白はそんな空に合わせて、空が見た方向を指差した。
その先には顔を隠すようにフードを深く被った女性と、二人に指示されて先回りしてきたステフ。
「し、失礼致しますわ」
飛び出す、二つの耳。ファンタジーの世界でよく見る───エルフのように、長い耳。
『こ、こいつ森精種じゃねぇか!』 『おいおい…じゃあホントにあいつの言う通り……』
ざわつく広間。クラミーは気にする様子もなく、沈黙すること数秒。
そして無表情のまま、目を閉じて言う。
「なるほど、適当な森精種と結託して、わたしを人類種の敵に仕立て上げようってわけね」
「へー……そういうことにしたいなら一つアドバイス。普通そんなんされりゃ誰だってキレるんだからよ……あんた、さすがに抑えすぎだ」
「───っ!」
空の忠告にハッとなって、苦虫を噛み潰したような顔になる。
今度こそ本当に怒りが爆発したのか、それとも抑えたり隠したりする気もないのか。殺気に近いものを纏った鋭い目で。
空は疲れたのかため息をついて。
「はぁ……で、結局どうすんのさ」
「……もちろんゲームなら受けてあげるわ。さっさと出て行ったら?森精種の協力者さん。
そして、イカサマなど介入する余地のない、実力を証明するのに最適なゲームで勝負しましょう」
「『十の盟約』その五、ゲーム内容は挑まれたほうが決定権を有する。
まあ、どうしてここでポーカーを辞退したのかはあえて追及しないでやるよ」
クラミーの視線、提案を想定通りとばかりに、空はヘラヘラと笑って返す。
「勝負は場所を変えましょう。準備ができたら呼びに行くわ」
────────────────
実力を証明するのに最適なゲームとやらを、家から持ってくるというクラミー。
しばらく待っているよう言うと、そのまま城を去った。
一方、空達も城の中庭で夕日を浴びて待つことにしていた。
するとキョロキョロと。周囲に誰もいないのを確認して、ステフが満を持した様子で、空に問う。
「じゃ、じゃあ私、魔法を使われてたんですの!?」
「……おま、声、でけぇ」
何のために場所を移したのかわかっていない様子のステフ。
だが、自分が負けたイカサマの真実を、ようやく知らされたのだ。
ましてソレが魔法にようるイカサマだったと知れば、気持ちはわからなくもない。
「イカサマしてるのは確実だ。酒場であいつを見たが、手札の揃え方が明らかに作為的だった。俺も白もすぐ気づいた」
「……しろが、きづいた」
「細かいな妹よ……それ言ったら方法気づいたのは俺だぞ」
「むぅ……」
「はっ、さてはその異世界の道具、魔法を検出できるんですのね。あの森精種、一体どんな魔法を?」
どんな魔法を使われたのか。
期待の眼差しで解答を待つステフに、しかし返された答えは。
「さぁ?サッパリだ」
というあまりに期待外れの解答だった。
あっけにとられ絶句するステフを他所に、空は淡々と答える。
「『記憶改竄』とか『伏せ札書き換え』だったら証明しようもない。やれば“必敗”、万に一つも勝ち目もない」
「だから、ソレを避けた」
「……え?」
「いいか、出来る限り簡単に説明するぞ。
まず、この総当たりの国王選定。これが欠陥だらけだ。
他国が人類種の誰かを国王にしてやると抱き込めば、勝負に介入することが可能。
しかも相手は魔法を感知出来ない人類種、勝つのは容易い。これで傀儡王の誕生。あとは国を好きにできる。
誰でも思いつく簡単な方法だ。オーケー?」
「え、ええ……理解しましたわ」
聞いてくうちに段々顔色が悪くなっていく。それだけ事の重大さに今まで気づいていなかった証拠だろう。
もし空達がいなかったら。その先を考えてしまい、全身が硬直してゾッとする。
「さて、森精種はそうして傀儡人形の王を作ろうとしてるわけだが……その程度の発想に思い至るのが、まさか森精種だけと思ってないよな?」
「そ、それは……」
「他の国も同じ事を考えたはずだ。実行したかはさておき、可能性は高い。
それを逆手に取って、俺もその一人だと思わせればいい」
再び絶句させられるステフ。白は興味ないのかケータイを手で遊ばせ、空が悪戯気に笑う。
「人類が持ってるはずのない装置を持ちまるでそれが森精種の魔法を破ったように見せた相手に、分かりやすい魔法使えばその瞬間不正を暴かれて失格のリスクを抱え込む」
「じゃ、じゃあイカサマなしの対等な勝負に持ち込めるということですのね!」
「えっ、いやおま……マジかよ」
「……にぃ、これ、ステフ」
「あぁ……一瞬忘れてた」
「な、なんですのよ、その哀れみの目はっ!」
突然の兄妹の態度の急変。肩透かしとばかりに、顔を見上げて表情はどこか上の空。元々興味なさげな白だけでなく、空すらも呆れ返っている。
「いやなんだ、人は見た目によらないなって」
「それ、にぃが……いうの?」
「ははっそれもそうか。てかステフだしな」
「なっ、なんでなじられるんですの!?」
「他の国が介入してくることは想定の範囲内なんだよ。つまり俺みたいな奴が現れることまで織り込み済みと考えるのが自然だろ」
敵が森精種だというなら、この状況でも有利に運べるイカサマを用意してるだろう。最も上手く魔法を使える種族、森精種。
ならば魔法を検出する技術がある他国との勝負を想定に入れ、より複雑で、暴くことの出来ないイカサマ魔法を仕込んだゲームがあるはず。恐らくソレを取りに行ったと考えられる。
だが、その言葉にステフは表情を曇らせた。
「そ、そんな……それじゃ余計事態は悪化してるじゃないですの」
「あのな、生粋のただの人間である俺らには、『記憶改竄』とか『視覚閲覧』みたいな直接干渉する単純な魔法こそが最大の脅威なんだよ。でもあいつらはそれらが使えない」
つまり表面上は対等に見えるゲーム。だが実際には自分達が圧倒的有利な仕込みをしているゲーム。
しかも察知されない、つまり相手に直接は干渉しないゲームということ。
確かに絶対的に有利なイカサマは仕込むだろう。
だがステフが仕掛けられたポーカーのような『必勝』の手ではなくなる。
そのゲームを持ち出させる為のブラフ。その為のケータイ。
今のところ、全て上手く行っているはずだ。
「それでも、こっちが圧倒的不利には変わらないじゃないですの」
「いや、原理的に勝てないゲームじゃない。なら」
「『 』に、敗北の二文字は……ない。……ん」
白が何かに反応して振り向く。
近づいてくる人影。それがクラミーだと気づくのにかなり時間を要してしまった。
「……やべぇな、今の会話聞かれてねぇだろうな」
白にしか聞こえない声で呟く空に、白が頷く。
表情は崩さず、大丈夫と言いたげに。
そして一行はその場を後にした。
────────────────
「単刀直入に聞くわ。あなた達、何処の間者?」
想像以上に思い通りに事が運んでいる事実に、内心胸を撫で下ろす空。しかし態度には出さず、ヘラヘラと応じる。
「あ、はい、実は俺達某国の───って答えるとでも思ってんのか?馬鹿じゃねぇの?」
「この国は渡さないわ」
「だろうな。森精種どもに渡すつもりなんだろ」
「……違う。誰にも渡さない。人類種の国は、人類種のものよ」
「ふーん?」
「森精種の力を借りるのは、人類の生存圏の確保のため。
その為にどれだけ複雑な契約を交わしたかあなたには想像もつかないでしょうけど……最低限必要な領土を確保したら森精種とは手を切るわ」
『うーわ……』
ベール越しにも伝わる自信に満ちた瞳で空を睨む。
毅然と言い放つクラミーに内心頭を抱えたくなるのを、如何に空といえど堪えきれなかった。
本心からの苦笑をこぼして、クラミーの出方を伺う。
「……あなた達が何処の国の間者であろうと、私に勝つのは不可能よ?」
「へぇ、大した自信だな」
「ただの事実よ。世界最大国『エルヴン・ガルド』 森精種が有する魔法はどの種族にも破れやしない。正面からやり合えば必敗、例外はないわ」
ふむ。確かにあんなデタラメ種族と戦ったら負け以外ありえない。ただしそれは、
この女、一番重要な事を黙殺している。
互いに強くなる眼光。しかし厳しい視線を和らげ、クラミーは空の目を見て言う。
「あなたに人類種として、この国を、人類種を思う気持ちが残っているなら、間者なんてやめて勝負を降りて欲しい。けして森精種達の傀儡になんてさせないと誓うわ」
「……」
空の無言を肯定と受け取ったのか。黒いベールで隠れた表情に悔しそうな色を覗かせて、もはや懇願するように述べていく。
「魔法も使えない、感知すらできないのが私達、人類種。
この世界で生き残るには、大国の庇護下で生存権利を手に入れて、その後はあらゆる勝負を破棄し一切を閉ざす。これしかないの、わかるでしょう?」
十の盟約に従うなら、ゲーム内容は挑まれた方に決定権がある。
確かに最強種族の力を借りて一定の領土を手に入れ、全ての勝負を断って鎖国する。効率的で有効な戦略だ。
何も得ない代わりに何も失わない。悪くない手段だろう。
だがその考えは間違っている。そうじゃない。それじゃダメなんだ。
空の懸念が確信へと変わる。すると、心の奥底から沸き立った
表情には出さないでいるものの、内心焦る空は必死に抑え込む。
そして胸に手を当て、いつも通りに確認。
大丈夫、今回はちゃんとかかっている。今は我慢するべきだ、ここで言い合っても何か解決するわけでもない。
こんなものは一般論だし、ステフだって思ってることだ。
ため息一つ、ふぅと落ち着いたのもつかの間。
カチリと音が鳴る幻聴がした。
おいおい今さらなに真面目ぶってんだ。お前らしくもねぇ。
『───うるせぇ。いい加減引っ込んでろ』
生きづらいだろ、いつまでそうするつもりだよ。
『───…………』
…………ビキ、と。
空の中で何かが音を立てて動く。
それは僅かな緩みだったが、今の空にはそれだけでもう充分だった。
「────気に入らねぇ」
────────────────
「────気に入らねぇ」
どこまでも無機質な目をして、深いため息を吐く空。その姿にクラミーやステフはもちろん、白ですら動揺する。
これは本当に空? 今自分の隣に座っているのは、普段一緒にいる自分の兄なの?
自分を問いただしたくなるほど、今の空から滲み出る圧力は凄まじいものだった。
「気に入らねぇ。お前も、お前のその考えも、何一つ気に入らねぇ」
「に、にぃ……?」
淡々と答える空。名前を呼ぶ白だが、空は反応すらしない。
やはりここにいるのは、明らかに自分が知る『
その異様な雰囲気。いや、違う。自分は知っている。それは初めて会った頃の、空だ。
「そもそも
お前ら、人類を舐めんじゃねぇ。行くぞ、白」
「……ぇ……あっ……」
馬車が到着したことで、話を切り上げる空。白も混乱しながらその後ろに付いて行く。
途中から訳が分からず呆然としてたステフも、ハッとなり意識を戻すと空達を追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ空」
「……馬鹿にしてるのはどっちよ」
────────────────
「にぃ……だいじょう、ぶ……?」
「ん?何が?」
「……なんでも、ない」
内心胸を撫で下ろす白。そして普段の調子で話を続ける。
だが空は、先ほどからずっと焦りしか感じていなかった。
『こんなんじゃ……もっと……』
目を閉じてイメージする。
頭を冷やせ、心を封じろ、想いを閉ざせ。
───ガチリ、と。
重い音をたてて『鍵』を掛ける。これで出来上がりだ。
いつも通りの、求められる通りの、偽り通りの、鋼の心の、空の完成だ。
ゆっくりと目を開けると、白に笑いかける。
「うっし、こっからが正念場だ。やるぞ、白」
「了解。任せ、ろ?」
「なぜ疑問形。そこは普通に任せてでいいんだよ」
遅れてステフが追いついてくる。こけそうな、いや実際に転ぶ姿に苦笑を浮かべる。ふと空は、視界に写ったクラミーのいた城の広間へ続く道をを一瞥する。
大丈夫、今のところ全て上手くできている。なにも問題ない。心配に思うこともないはず。
言い聞かせるように、無理矢理自分を落ち着かせる。
白へ視線を戻す。そしてうなずく白を連れて、歩き出す。
歯車は既に狂い始めていた。
感想待ってます!