いやランキングの力ってすごいですね、UAとお気に入りが数日で一気に伸びて唖然としましたよ。
広間に戻った一同。
目にしたのは、ずっと待っていたのだろうか、広間を埋め尽くす大観衆。
玉座の前に立てられているのは、一対の椅子。そしてだだっ広く用意されていたのは
「チェス盤……?」
戸惑いを隠せない空。
森精種のイカサマを仕込んだゲーム。様々なゲームの可能性を考慮したが、チェスは想定外だった。
予想の斜め上を行かれたことに懸念を拭えずにいる。
だがその光景に、嫌でも思い出してしまう。
この世界 チェス盤 ゲーム
自分の運命を変えた、全ての始まりの記憶。
どれだけ悔やもうとも、どうにもならない過去。
『なぁ、シュヴィ……俺、やっぱ未練たらたらだよ……ははっ』
脳裏をよぎるのは、ただただ無数の後悔ばかり。
押し潰されそうな罪悪感と、だがそれ以上の最大の後悔に気付く。
自分でも呆れ返り、あまりのカッコ悪さに笑いすらこぼれる。
考えても仕方のない、だがそれでも忘れ去ることはできなかった。
そんな空の気を知ってか知らずか、クラミーは向かいの椅子に座ると、感情のない声で説明する。
「そうよ、でもこれはただのチェスじゃない。『コマが意識を持っている』チェスよ。
命じればコマは動く。ただ命じれば命じたままに」
「……なるほど、そう来たか。どうする、白」
厄介なゲームを持ち出された。と空は内心、想定しうるイカサマの内容に思いめぐらせ舌打ちする。
普通のチェスなら、白は確実に勝てる。
だがそれはあくまで普通のチェスであれば、だ。
しかも相手は何らかの魔法を仕込み、イカサマをするのふ間違いない。
「……大丈夫、チェスなら……まけない……」
言いながら強気に前へ進み出る白。その視線は常に相手であるクラミーを見据えている。
だがその前に、と空が確認する。
「なあ、これ途中で交代してもいいよな?
悪いがこっちは二人で一人のプレイヤーなんだわ。それに、そっちが一方的に熟知してるゲームのようだしな。内部の隅々まで、だろ?」
ケータイを手で弄びながら言う空。その意図をはかるように、クラミーは空の目を覗き込む。
しばらくして何も読めなかったことに警戒したのか。
ふんっと鼻で笑い、吐き捨てるように言う。
「どうぞご自由に」
「にぃ、しろが、負ける、と……?」
「白、熱くなりすぎ。普通のチェスならお前が負けるなんて万に一つもない」
「……ん」
当然だとばかりに頷く白。
それは空の、心からの本心だった。負けるわけがない。
だがこれは普通じゃない。それはクラミーが言ってる以上に。
「忘れるな。俺らは二人で一人、二人で『 』だ」
「……ごめん、なさい。気を、つける……」
「よっし!俺がイカサマを看破して打開策を練るまで、勝ち抜けてくれ」
そう言って白の頭を撫で、耳元で囁く。
こくりと頷く白、ゆっくり勝負の場についた。
幼い白には若干低い椅子、その上にちょこんと座る。
「話は終わった?でははじめましょう。先手はそちらで結構」
「……」
明らかな挑発に、一瞬眉をひそめる。
チェスを『マルバツゲームと変わらない』と言ってのける白に、それは勝ちを譲ると言っているに等しかった。
何故なら、チェスは原理的に互いが最善手を打ち続ければ“先手必勝”だからだ。
後手に回った場合、相手の最低一度のミスを前提ではじめて“引き分け”だ。
「d2、d4へ」
わずかに機嫌を損ねた白の言葉で、勝負は始まった。
手で動かすものではなく、声で指示を出してコマが勝手に動くチェス盤。
ルールに従い、初手に限りポーンは二マス前へ進む。
だがクラミーは言った。『コマが意思を持っている』と。
ただ勝手に動くというわけではあるまい。
空の思考を他所に、クラミーは静かに呟く。
「g7、“前へ”」
言われた瞬間、指名されたポーンが。
「「「はぁ!?」」」
「これは“意思を持ったコマ”、そう言ったでしょ?」
声を上げる空と、どよめく観衆。
クラミーは薄く笑みを浮かべて、軽く挑発するよう語る。
「コマはプレイヤーの『カリスマ』、『指揮力』、『指導力』、『王としての資質』に反映されて動く。王者を決めるのに相応しいゲームだと思わない?」
「……ちっ」
「ナイト、c3へ」
舌打ちする空。だが慌てることなく淡々と、冷静にプレイを続ける白。
一度ゲームに入り込んだ白に挑発のたぐいは通用しない。
忘れてはいけない。兄の補助があったとはいえ、白の圧倒的な集中力は、神さえ破ったと。
そして事実。
反則的なコマ運びを続けるクラミーに対して、動揺すること無く。
また一切危なげなくコマ運びを続け、そして。
「クイーン、h5、チェック」
「うそ……」
そう呟いたのは、空の横で勝負を見守っていたステフ。
だがそれは城内の誰もが抱いていた感想だろう。
予測不能に近いコマ運びをするクラミーを、いったいどうすれば追い詰めはじめすら出来るのか。
騒然とする広間の中。
神がかりな采配で、常識破りのコマの動きに対応する白。
これぞ明鏡止水と言わんばかりに、人間離れした冷静さ。
「す、すごい……ルール無視に近い動きをしているクラミーを圧倒してますわよ」
「ああ」
しかし空もまた、冷静に状況を見ていた。
そしてあることを危惧して、表情は徐々に険しいものへと変わっていく。
おかしい。いや、ありえない。
白が常に優位に立った状態でゲームが進むのは想定内だ。むしろ理想的とも言える立ち回りだろう。
ステフの言葉を借りるなら、ルール無視に近い動きを圧倒している。
文面だけ見ると、如何に白が強いかを代弁している。
だが実際には少し違う。
ルールを無視した動きができるならば、本来追い詰められるはずなのはこちらであり。
またこちらが攻めようものなら対応してすぐにでも回避が可能で。
イカサマが露見するリスクを考えても、あまりにも不自然で異常な光景。
このチェスが開始してから。
そして白が最初にチェックをしたこの瞬間まで。
クラミーが優勢になったことはただの一度もない。
単純な技量というわけでもなく、まるでそうなるよう自分から仕向けているように。
「f2、f4へ」
そしてその危惧はすぐに現実となる。
次の行動へのために指示した白のコマが、動かない。
「……ぇ」
「……なるほど」
ここに来て初めて、白の表情に戸惑いが浮かぶ。
同じく戸惑うステフらとは対照的に、予想が的中したことに舌打ちする空。
つまり、このチェスの鍵。
カリスマがあればコマがルール無視で動くこと、ではなく。
その逆、“カリスマが不足すればコマが動かない”ことにこそあるのだ。
コマが現実の兵士だとすれば、通常まず使えない戦略。
「捨てゴマは使えない、ってことか……」
大局のために、喜んで死ぬ兵士は
徹底した指揮系、命令系、または狂気に等しい士気があって初めて可能な戦術だ。
白は爪を噛み、初めての長考に入る。
そう、捨てゴマを封じられると、戦術が大幅に限られてくるのだ。
だが薄く笑うクラミーの兵士達は、一糸乱れることなく動き続けていく。
優勢にあった白が追い詰められはじめるのに、そう時間はかからなかった。
戦況は一気に悪化。
士気が落ちたコマは更に言うことを聞かなくなり、白はイラつきを募らせはじめる。
指揮官のイラつきは兵士達に伝播し、悪循環となる。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「っ……白!」
空が気づいた時には既に遅く。
本人も自覚したようで、もはや白に勝ちの目は、消えた。
妹の頭に手を置き、慰める。
うつむいた妹の目は、長く白い髪に隠れて見えない。
薄っすら涙が浮かんでるだろうことは窺えた。
「…………にぃ……ごめん、なさい」
「……」
一見すればただのチェス。
だが正確には、コマは意思を持ち、自分自身で考え動く。
それは実際の戦争等となんら変わりはない。
紛れもなく、
妹にその指揮を任せ。
死ねと命じさせ。
勝つために心を殺させ。
その度に無慈悲に突き放させ。
たかがゲーム、そう切り捨てるのは簡単だろう。けど。
『こいつに、こんな選択させて………何してんだ、
もう二度としないと誓ったのに。
何があっても、守ると約束したのに。
『いつまで同じ過ちを繰り返せば気がすむんだ』
「……白、交代だ」
「………まけた……よ……ごめん……なさ…い」
「大丈夫、まだ負けてねぇ。きつい役割押し付けてごめんな」
ぐしぐしと、前髪に隠れて見えない妹の目をこすって、涙を拭う空。
うつむいた頭から表情は窺えないが、まだ凹んでるのはわかる。
促されるままに椅子から身を引こうとする妹を、だが空が止める。
「泣き虫ね。勝負は途中で投げ出すお子様と、ここから巻き返せると思ってる能天気な兄。
確かにあなた達にも王の資質はあるみたい。愚王の資質だけ「おいクラミー」ど……っ?」
クラミーの言葉を無視するように、一心に見つめる。
突然名前を呼ばれて驚いたクラミー。
だがそれ以上に、空から感じる、底しれぬ不気味さに冷や汗を浮かべた。
この冷えた目つきと、威圧感。それはここへ来るまでに感じた、空からの殺気。
「覚悟は出来てんだろうな。うちの妹を泣かせた代償、高くつくぞ」
「……いい加減見栄を張るのはよしたらどう。それとも、この状況でまだ勝つ気でいると?」
「悪いが、負け戦は俺の専売特許だ。この程度の状況、今までに比べれば屁でもねぇ」
そうだ、思い出せ。
弱くて、逃げてばかりの、常に敗者だった過去を。
薄汚れて、カッコ悪くて、みっともなくて。それでも、勝利のために貪欲な心を。
条件なら全て揃ってる。
懸念すべきことも、ここなら気にする必要もない。
大丈夫、感覚ならさっき確かめたはずだ。
そして空は目を閉じ、胸に手を置くこと数秒。
すーっと息を吸い込こむ。
「お前らいい加減にしろッ!」
隣に座っていた妹はもとより。
城内広間にいた全ての人間の耳を塞がせ、壁も震わせるような声で叫ぶ。
「敵の策略で仲間が数名やられたってのに、なんだそのざまは。敵が攻めてるのに、ただぼーっとして指示を待つだけ。そのくせ指示しても不満がありゃ御免こうむるだと?何様のつもりだ」
空の言葉と、有無を言わさぬその威圧感にたじろぐ兵士達。
その表情に浮かべたのは───疑問、呆れ、そして後悔。
唖然とする一同を前に、だが空はなおも語気を荒らげて続ける。
「お前らもわかってるはずだ。いい加減認めろ、俺らに希望なんか残っちゃいねーんだ」
気付いてはいた。だが認めれば心が折れる“事実”に兵士達は頭を垂れる。
それぞれが沈痛な表情を浮かべる中「だから」と。
「そう、自分達の手で“創る”しかない。
その為に戦え。
理由はなんだっていい。家族のため、愛する者のため。もしくは、亡き同胞達のため」
そこまで聞くとハッと顔を上げる兵士達。
戦うと、確かにそう言った空を、そこにいた全ての視線が注視する。
空は自嘲気味に薄く笑って。
「敗北を怖がるな。死を恐れるな。手にするのはたった一つの勝利だ。
もし成し遂げて勝利出来れば、俺ら、最ッ高〜にカッコよく生きたって、胸張って死ねると思わねぇか?」
かつて自分に課し、シュヴィと決め、仲間と誓ったルール。
今のこの状況なら、この言葉を贈るべきであろう。
「『
意図なく死ぬことはもはや許さん。意味なく泥を啜って生きて、だが意義あってカッコよくくたばる。上等じゃねぇか!この
圧巻の演説に、なおも城内は静まり返る。
だがチェスの盤面からは。
『ウォオオオオオオオオオオオオ!!』
と雄叫びが響き渡った。
そしてすかさず、ポーンに指示を出す。
「ポーン7番隊へ通達!前線より敵が侵攻中!待ち構えれば膠着、その間に側面よりやられるぞ。『速攻をかけて背後を取れ!』先手を撃てぇっ!」
するとその叫びに呼応するように。
ポーンが二マス前進、そして敵のポーンの背後を取り、砕いた。
「なっ……そんな馬鹿な!?」
「騎兵2番隊!ポーン7番隊が開けた活路を無駄にするな!道を切り開いた“勇者”達を何としても守れぇ!」
狼狽するクラミー。その言葉はこの場にいた観衆の総意を代弁していた。
そして相手の手番を待たずすかさず、さらに告げる。
「それからそこの王と女王!つまり俺らだがテメェらさっさと前線へ行け!」
チェスの定石ではありえない指示に、観客はおろか、白まで目を見開く。
いや、そもそもだ。
「ちょ、ちょっと待って!私の手番よ!」
抗議するクラミー。
そもそもコマは動いている。
つまりそこに不正はなく、命令は受理されているということだ。
クラミーの声が届いてないのか、空は特に気にする様子もない。
大仰な手振りまで交えて、堂に入った演技でなおも叫ぶ。
「気を抜くでない!戦局は常に動いている、特に相手が動揺してる今しかチャンスはないと思え!」
「っ……ポーン5番!敵ナイトを打ち砕きなさい!」
対抗して大急ぎで指示を飛ばすクラミー。
彼女に命令されたポーンが、自軍のナイトに襲いかかる。
空は妹を片手で抱き、椅子から立ち上がる。腕を振るって叫ぶ。
「誉れ高き騎士達よ、女王が認め我が授けた騎士の称号は雑兵にやられる程度のものか!女王の名、またその称号に懸けてここで勝手に死ぬことは許さん!敵は雑兵、背後を取るしか能がない!反転し後退、戦線を維持し活路は貴様の剣と盾で切り拓け!」
すると襲いかかってきたはずのポーンが、ナイトを取るどころか、その直前で逆に砕け散る。
「「はあああああぁ!?」」
クラミーにとどまらず、ステフをはじめ、城内の誰もがそう叫ぶ。
しかしその声さえ届かない。
本当に戦場に身を置いているように、空はなおも叫ぶ。
「よくぞ堪えた、よくぞ持ち堪えた、誇り高き騎士よ!それでこそ民の剣よ!ポーン3番隊!今こそ好機、敵ビショップを討ち取れ!」
勝ちを確信して、詰みにかかるだけとなり叫ぶ空の指示に、忠実に従いコマは動く。
だがビショップの手前で。
ポーンが黒く染まる。
「「「……なっ!?」」」
観客が驚愕の声を上げる。それはもう見慣れた光景だった。
だが、ここへ来てその光景に白が加わった。
その現象を明確な想定外だと悟らせてしまう顔色に、クラミーは薄く暗い笑みを浮かべる。
だが───
「なるほど、さしずめ『洗脳魔法』とでも言ったところか?
気にする必要はない、そのまま攻め入れ!」
いつもと変わらぬ、ヘラヘラとした笑みの空。
白と違い特に焦る様子もなく指揮を続ける。
「ふん、わかってるのにまだ勝つ気でいるなんて。負け惜しみのつもり?」
「お前こそ勘違いしてないか?今更洗脳ごときで止まる兵士達じゃない。それに洗脳が聞かないやつが一人───いや、正確には二人だが───そこにいるの忘れてないだろうな」
なにを、と疑心暗鬼になるクラミー。
そして疑問は動揺に変わり、焦りとなる。
敵の洗脳を顧みず、一心に王へと迫るコマが一人。
「まさか、
くっ、ポーン部隊、防壁を築け!!」
王と女王は、空と白自身。プレイヤー本人に直接干渉できないため、相手の魔法を気にする必要がない。
クラミーの指示でポーンが王を守ろうと動くも、時すでに遅く。
他の兵士達が開いた活路を駆け抜け、敵王を討ち取る女王の動きを止めれる者は、そこにはいなかった。
「遅い!これで、“チェックメイト”だ!」
───パリンっと。
砕け散った黒いキングが崩れていく。
その光景を、城内の誰もが、クラミーでさえ呆然と眺める。勝負は一瞬だった。
勝利し、椅子を立つ空と白。
盛大なため息ひとつ。
白と軽くハイタッチを交わして、空は遠い目をする。
かつての自分たちの世界を。
遥か遠くに見るように目を細める。
「こと争い、殺し合うことにかけちゃ、あんたらよりよほど熟練者なのよ。それがゲームで留まる。良い世界だよなぁ、ここ……」
「こ、この勝負
感想待ってます!