「ゼナ様、御無事でなによりで御座います。しかしこのマ・クベ、大任を果たせなかったこと遺憾で御座います」
そう言うマ・クベ大佐は悔しさを顔に出しながら謝罪を口にする。
マ・クベは救出した脱出ポットにゼナとミネバが乗っていたと知ると思わず座っていた椅子から立ち上がり自分の望みが叶わぬと知って崩れ落ちるように椅子に座った。
しかし自分の仕事を投げ出す事などマ・クベはそのプライドゆえに出来なかった。任務は失敗、しかし撤退してくる自軍兵士をできるだけ多く収容して帰還することが今自分がしなくてはいけない責務だと認識する、それすら出来ないのならばキシリアは自分を切り捨てるだろう。しかしキシリア様の信頼を取り戻す方法は無いものか・・・・・・そう考えているとある方法に気がついたのだ。
あのシャアですら取りのがし続ける連邦の木馬を仕留める事ができればキシリア様の信任を取り戻す事が出来るのではないのかと。
ならばこの手柄を自分の物にするためミハエル達は邪魔だな、そう思ったマ・クベはゼナ達を送り届けさせればいいと考え付いたのだ。
「しかし自分にはまだやるべき責務がありますゆえ、一度ゼナ様方にはグラナダまで帰還してもらいます」
「そうですか、ではマ・クベ指令が送ってくださるのですか?」
「そうしたいのですが自分にはまだやるべき事がありますゆえ、シーマ中佐の部隊を護衛として就けさせてもらいます」
「わかりました、マ・クベ指令お助けいただいて本当にありがとうございました。そしてシーマ中佐、護衛のほどよろしくお願いします」
「はっ、お任せください」
シーマの後ろに控えるミハエルも同意を示すように敬礼を行った。
そうしてミハエル達はマ・クベ艦隊を離れ、一路月面都市グラナダに帰還して行った。そしてこれが宇宙世紀12月25日の事であった。
宇宙世紀0079 12月29日、連邦によってコンペイトウと呼ばれるソロモンにおいて星一号作戦が発令された。一部の資料で発令日を12月14日とし、ソロモン攻略戦からの一連の作戦行動を星一号作戦と呼んでいるものもあるが、これは誤りである。誤った日付がどこから出てきたものかは不明であるものの、ソロモン攻略戦後の作戦行動について立案、或いは承認がなされたのが12月14日だったのかもしれない。
星一号作戦の名称は、各艦隊がそれぞれに定められたコースを取って、攻撃目標の星へ進行することより付けられた。しかし、作戦発令の段階では星がどこなのかは明示されず、発令から8時間後に作戦総司令官であるレビル大将によって示されることとなっていた。これは、オデッサ作戦の際、あまりにも機密が漏洩したため、事前に公国側が防衛の態勢を取ったことで作戦完了までの時間が予定外に長引いてしまったことによる。星がグラナダなのか、ア・バオア・クーなのか、それとも公国本国であるのか、知っていたのは総司令もレビル大将だけであった。
これに対してギレン・ザビ総帥は、ア・バオア・クーを陥とす戦力が連邦側にないと推測していたようだ。連邦側は公国本国を直接強襲するコースを取ると考え、その予想コース上にソーラ・レイ・システムの軸線を合わせることとした。これを以て連邦艦隊一挙に殲滅するという目論見であった。
グラナダ攻略の可能性について、ギレン総帥は不思議なほど言及していない。
ただ、彼が仮に連邦側がア・バオア・クーへ進行したとしても、手持ちの艦隊戦力で殲滅できると考えていたのは確実だ。もし、連邦側がグラナダを攻略して、後にア・バオア・クーへ至ろうとするなら、いっそう戦力を消耗させることができる。しかも、このグラナダを預かるのは彼が戦争終結後、最大の政敵となると目している、妹であるキシリア・ザビ少将である。連邦側のみならず、彼女の突撃機動軍の戦力を減じておくことは、自質的に軍政下にある公国にあっては、相対的にその政治力を低下させることにほかならない。
戦争とは政治の一形態にすぎない、それは外交面に限ったものではない。内部に向けての政治的行動としても機能する。
レビル大将の連邦軍主力艦隊はア・バオア・クーに対するライン上に終結しつつあった。レビル大将はソロモン占領後の12月26日、第一連合艦隊を率いて到着。29日に出向している。ただし、艦艇の整備、編成のため、ソロモンを全艦艇が同時に出ることはできず、順次出港する形をとっていた。
連邦軍の艦隊はソロモンを出港後、大きく分けて3つの方向より公国のあるL2方面へ進軍した。それらが、このライン上で合流するのである。レビル大将はここにおいて星を示した。ア・バオア・クーを抜き、公国へ進行すると。
しかしこの時の連邦側の動きは不可解だった。すなわち、出撃してきた連邦軍艦隊が第3戦闘ライン上で集結するためには、それぞれの艦が減速せねばならず。これは推進剤の浪費ではないかという、至極もっともな見方である。
この不可解な艦隊行動は幾つかの理由が重なった結果である。
一つが戦略的理由である。公国軍に星を悟られないという目的のためには、戦力を分散して進み、中間地点で集結する必要があった。分散したまま作戦域に到達した場合、大戦力の一点への同時投入という戦略上の鉄則を破ることになるのだ。
二つ目は艦隊を再編するためであった。ソロモン攻略戦のわずか数日後にこのような作戦を行ったため、遅れて作戦域に到達する艦艇が存在したためである。ソロモンで編成を行うことはできなかったのかという疑問も生じよう。しかし、連邦軍にはこの方策を採用できない理由があったのだ。ソロモンで再編を行えば、作戦の実施は確実に遅れる。そのわずかな遅れが、艦隊の移動距離を増やすという事態を招くのだ。
このことを理解するにはソロモン制圧時、この要塞の位置した場所を知らねばならない。12月25日、ソロモンは月との最短地点にあった。ソロモンは月の裏側より左方向のL5に、公国は月の裏側のL2を周回するハロ軌道上に存在する。この機会を逃せば次第にソロモンと公国の距離は開き、移動に要する推進剤の問題を解決しなくてはならない。
反対に再びソロモンが月と接近するまで待つならば公国側に防御の防御を進める時間を与えることになる。
三つ目は、公国とア・バオア・クーの軌道の問題である。公国を構成するコロニー群とア・バオア・クーは、ソロモンより見て、月面付近まで近づく直立した軌道を描いている。周期はおよそ11日弱。12月30日の時点では、公国のコロニー群は連邦軍艦隊より見て、月とア・バオア・クーを挟んで奥の地点にあった。予定では連邦軍は、あと3日、第3戦闘ライン上で待機し、その間に艦隊の再編を行い、進行を開始することになっていたという。この時、公国本土は月から最も遠い場所に位置し、ア・バオア・クーは月の最接近地点へ来ることになる。すなわち、月面のグラナダ、宇宙要塞ア・バオア・クーは、ともに公国本土への障壁足ることができない。ア・バオア・クーを抜く、とは、これを突破するという意味ではなく、スキップするという意味であった。
これらが連邦軍の不可解な行動の理由であっる。
集結を急ぐこの艦隊に、12月30日20時20分、グワジン級大型戦艦〈グレート・デギン〉がレーザー通信による接触を行った。グレート・デギンには公国公王デギン・ザビが乗っており、彼は自らレビル大将と和平交渉を行おうとした。
この少し前、連邦軍の目標がア・バオア・クーであるとギレン・ザビ総帥は判断。ソーラ・レイ・システムをゲル・ドルバ照準に合わせ、使用することで、連邦軍艦隊のおよそ3分の1は壊滅できる。彼は予定を繰り上げ、21時05分にソーラ・レイ・システムを使用することとし、軸線上の艦艇に退避を命じた。
21時5分、発射されたソーラ・レイの輝きは宇宙を駆け抜けた。史上最大のレーザー砲へ改造されたマハル・コロニーは連邦軍主力艦隊に対して月の影の部分より現れるやいなや、直径6㎞に及ぼうとしている輝きを放ったのである。レーザー光はグラナダ上空を掠めるようにして一直線に走り、ギレン・ザビ総帥の思惑通り、連邦軍総戦力の3分の1を焼き払った。この時直撃を受けたのはレビル大将麾下の第1大隊であり、レビル大将は戦死、この時連邦軍に接近していたグレート・デギン及び数隻の公国軍艦艇は巻き込まれてしまい、デギン・ザビ公王もまた戦死してしまった。
この時残された連邦軍戦力は――戦艦×18隻、巡洋艦×98隻、突撃挺×110隻、輸送艦×84隻、MS×4800機、宇宙戦闘機×900機。輸送艦は改コロンブス級を中心としてMS母艦としても運用していた。このような情報も存在する。
戦力のおよそ3分の1を失ったものの、翌31日00時00分、連邦軍首脳部は星一号作戦の強行を決定した。先にも記したように、連邦軍はこの地点で数日を待ち、ア・バオア・クーとグラナダをやりすごすことで、月からの最遠地点に位置した公国へ進行する作戦であったともいわれる。しかし、ここで公国に防御を固める猶予を与えることは得策でないと判断され、即時侵攻が決定されたのである。これは前線において非常に無謀な命令であった。
連邦軍を迎え撃つべく、ア・バオア・クーに配備された公国軍の戦力は――戦艦×4隻、空母×2隻、巡洋艦×41隻、突撃挺×46隻、MS×3600機、宇宙戦闘機×830隻、という情報が存在する。
この防衛には試作機や実験機などや旧型機も動員されていた。まさに公国の威信を賭け、総力を集結してこの要塞の防衛に臨んだのである。この戦域に投入された艦挺数は稼働可能な全艦艇の70%近いとさえいわれる。
もっとも、戦力を構成する質の部分では首を傾けざるを得ない。数こそ多数であったが、公国は開戦からのおよそ1年の間に熟練兵の多くを失っていたのである。
こうして後に一年戦争といわれる長いようで短かった戦争の最後の戦い、ア・バオア・クー攻防戦が始まった。