ダンジョン冒険者はロクでなし   作:とぅりりりり

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別サイト様にて連載しているオリジナルをこちらでも投稿させていただきます。更新はかなり遅めの予定です。


プロローグ:キゼルドゥグクの洞
出会いは突然に


 ダンジョンはいつだって残酷だ。

 そして、魔物や罠なんかよりも恐ろしいのは()()の際限なき欲望だ。

「はあっ、はぁ――」

 後の体力なんて一切考慮せずとにかく走る。

 このダンジョンは植物系の魔物が出る比較的低難易度のダンジョンだ。壁や地面のいたるところに蔦が伸びており、時折樹木や花といったものも見られる。いつだって明るく、不気味なほどに咲き誇るそれらはこの万年照りのダンジョンを彩っている。

 ――こんなことになるんだったらもっと道具を持ち込むべきだった。

 自分の認識不足に苛立ちながら駆ける。この階層に誰か、誰もいいから人はいないのかと気配を探る。

 ――いた!

 頭の中で地図を思い出して迷いなく角を曲がり、人のいるであろう小部屋へと駆け込んだ。

 

 

 僕はこの時、運命に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――子供の頃の憧れを今でも覚えているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン。元々は地下牢などを意味する言葉だったらしい。

 

 今では各地に存在する地下迷宮等をそう呼び、冒険者がダンジョンに潜っては魔物を倒したり、宝物を収集して売り捌く。そんなふうに冒険者はある種の職業として定着した。

 魔物をいくら狩ってもしばらく時間をおけば再び出現する。しかしダンジョンの外へと出ることはない魔物たち。そんな魔物へと挑み失われし技術の結晶ともいうべき幻想級のアイテムを求め、冒険者たちは命を賭ける。

 宝箱の中身は常に変化し、レア物を当てたら装備するもよし。売って次の探索に備えるもよし。そして難易度の高いダンジョンへと挑んでは挫折する。

 現状、冒険者は飽和状態。夢を抱いて飛び込む人間が後を絶たない。それと同じくらい死者も出る。そもそも死んだのかわからない人間がいる。つまり、一人でダンジョンに挑む馬鹿だ。

 

 それがソロ冒険者。またの名を寂しい根暗野郎。

 

 味方がいないため死亡しても誰も看取ってくれないし動けなくなっても助けてくれない。常に危険が隣り合わせのダンジョンで単独行動は大変危険である。それでも、単独行動――ソロ冒険者も一定数存在する。

 理由としてはパーティやギルドで行動する場合、分け前の配分や冒険者を雇う金、維持費がかかる。人数だけ多く、たいして稼げないギルドは自然消滅することもあるのだ。また、ギルド間での抗争や内部分裂、引き抜きや横領などのドロドロした揉め事もギルドにはあるし、野良パーティだと分け前で揉めやすい。

 ソロの利点を挙げるとすれば分け前が独り占め、フットワークが軽いため別ダンジョンのある町や地域への移動が楽というところだろう。

 まあ、普通は危険すぎてパーティメンバーを募集するかギルドに入るべきなんだろうが。

 

 そんなソロが大変な危険極まりない行為だとわかった上でダンジョンでソロ活動をしているのが俺、レブルス・クラージュである。

 

 髪はよく辛気臭いと言われる黒。それを手入れもしないものだからボサボサになり果て、冒険者支援の受付嬢に苦言を呈されるほどである。瞳は量産型ヘーゼル――つまり淡褐色だ。

 特別珍しくもない赤と黒のジャケットに早く動けるという触れ込みの冒険者がよく履くブーツ。当然武器である双剣も安物でどこにでもいる冒険者だ。

 現在19歳とそこそこいい歳に差し掛かり、一人でダンジョンに潜っているのには理由がある。

 若いうちから「俺、冒険者になる!」と夢に瞳を煌めかせ、両親もダンジョンに潜る冒険者だったことから激しい反対もなく、14歳でダンジョンデビューを果たした。もちろんそのときはギルドに所属していた。が、わけあって現在はソロだ。そして俺は悟ったのだ。他人と一緒に行動するものじゃないんだと。

 

 そんなわけでいつもどおり十分な安全対策を取ってダンジョンを進んでいく。といってもまだ入って2層ほどしか潜ってない。

 ここのダンジョンは『キゼルドゥグクの洞』という名称で比較的難易度の低いダンジョンだが植物系の素材が入手しやすく自給自足が容易で中級者もよく足を運ぶ。なにより地形が一定のダンジョンなのだ。

 ダンジョンにも種類があり、難易度も大幅に変わってくる。例えば入るたびに地形の変化する不定形ダンジョン。これはマッピングがほぼ無意味となる。1回目にマッピングした地図を2回目の探索で参考にしてもまるっきり地形が変化していたり罠や部屋の配置が変化していたりだ。上級者向けと言えるだろう。

 かといって今いる一定の地形のダンジョンが全て簡単というわけでもない。一定のダンジョンでも難易度が高いダンジョンは凶悪な魔物や即死級の罠にかかればあっという間に全滅する。まあ、要はどこでも安全ではないということは確かだ。

 キゼルドゥグクの洞は植物というか緑が多い地形のマップで、壁には蔦が絡みつき、道中にも木が生えていたり、花が季節を無視して咲き誇っている。常に、昼だろうが夜だろうが地下のはずなのになぜか明るく、光源がどこなのかもわからない。薬草収集やここで狩れるプラントディアという鹿のような魔物の素材を狙って俺は多くて毎日、少なくても週に3回は潜っている。牡のプラントディアの角と牝のプラントディアの毛皮がそこそこいい値で売れる。ソロで狩るには余裕のある魔物だ。数も多く市場での需要も高い。

 

 

 が、当然需要が高く狩りやすければ人も多く、面倒な輩もいるもので……

 

 

 いわゆるダンジョンの小部屋で薬草を収集していると聞こえてくる複数の足音。ここは地図さえあれば行き止まりだとわかるので薬草目当てか初心者の休憩狙いしかないと思うのだが、どうもおかしい。一つ、やたら早い足音が聞こえる。それを追いかけるように4人ほどが迫ってきてる。足音からしてゴブリンではない。ほぼ間違いなく人間だ。

 

 そう、その足音たちはすぐに俺の視界に映ることになる。

 

 小部屋に飛び込んできたのは小柄な人影、緑色のフード付きケープで顔は見えない――と思ったらすぐにこちらを振り向いてフードが外れる。

 その人物はおそらく10人中10人が美少女と答えるであろう愛らしい顔立ちをしていた。サラサラの金髪。パッチリと大きく、透き通るような青い瞳。色白でとても冒険者と思えないその容姿だが服装は露出がほとんどない。むしろガチガチに固めてボディラインすらわからないがどちらかといえば軽装に分類するのでシーフ・スカウト系の人間だろう。ざっと背丈は155cm前後だろうか。

「き、君! 助けてくれ! 小汚い暴漢に――」

「もう逃がさねぇぞ!」

 助けを求める声を遮ったのは息を切らして部屋になだれ込んでくる。数は4。装備から見て初心者と中級者の間くらいだろうか。全員20代後半にさしかかりそうな歳に見える。冒険者には年齢制限などないのでこれくらいの歳で初心者もいるだろうが……ちょっとどうなんだろう。

 メンバーを推察するに前衛戦士の斧持ち。剣士が二人に攻撃系魔法使いが一人……。

 なんというか、偏ってる。

「この部屋は行き止ま――」

 リーダー格の男がようやく俺の姿を確認して声を詰まらせる。

「ふんっ! この僕が無意味に逃げたとでも? さあそこの君! 僕を助けてくれるよな? もちろん即答してくれるだろう? 何、ちゃんと謝礼は――」

 

 

「あ、俺そういうのいいんでお好きにどうぞ」

 

 めんどうだし帰ろ。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ダンジョンに法は適用されない。

 ダンジョンは無法地帯であり、何が起こっても自己責任なのだ。

 当然暗黙の了解というものはある。が、これはマナーの範囲だ。ルールではない。絶対遵守すべきものはない。もちろん、マナーを守れないものは白い目で見られ、仕事も減る。それ相応のリスクがある。しかしそれは自分がそれでも構わないと思ってしまえば何も影響はない。

 

 だから俺がここで少女が野郎に犯されようと知ったことではないし自衛できない少女の自己責任である。

 

 

「ぎゃああああああああああああああ」

 

 

 うるせぇ。

 少女の声はあまり甲高いものではないが大声を出されるとうるさい。というか少女にしては落ち着いた声というかキンキンした声ではないのでもしかしたら年齢はそこそこいっているのかもしれない。ただしちらりと様子を見てみるが小柄である上に非常に愛らしい顔立ちなので美人というより美少女だ。もしかしたら俺の知ってる女の中では一番かわいいかもしれない。

 なぜ叫んでいるかというと今まさに少女を男二人が押さえつけているからだ。

 

「そこの君!! 助けてくれよ! なんだよ! 可憐な僕がこんな大ピンチだっていうのに!!」

 

 やかましい。

 しかも上から目線が腹立つ。無視するに限る。

 

「ああああああ無視しないでくれ!! 頼む!」

 

 次通りかかる人間に頼め。

 

「ねえ!! せめてなにか言ってくれえええええええええ」

「うるさい小娘だな!」

「さっさと剥いちまえ」

 

 今日はこれからどうしようか。

 もう少し収集するのもアリだが今日はダンジョンに入ったのが14の刻だったので今頃外は17の刻くらいだろうか。

 時計があったら便利なんだろうと思うがあんなもの、貴族の道具だし、時刻を知らせる鐘があれば事足りる。まあダンジョンの中では陽が見えないので時間の感覚がずれると出た時に真夜中だったりするのでそういうときに時計とかあるとありがたいんだろうな――

 

 

「聞けって言ってんだろそこの君ィ!」

 

 

 小部屋から出ようと少女や男たちに背を向けていると咄嗟に危険を感じ取って右手で剣を引き抜き飛来物を弾く。

 それは投擲用のナイフで殺傷力はそこまで高くない、のだが今当たっていたら脳天に突き刺さっていた。

「……」

「……」

 俺がリーダー格の男がじっと視線を向ける。首を横に振って俺じゃないと無言で訴えるリーダー格の男。まあ、そうだろうな。

 とすると――

 

「聞けよ! この僕を置いていくなんて君は愚か者か!!」

 いつの間にか押さえつけていたはずの剣士たちをすり抜け俺のそばにまで接近してくる少女。

「逃げられるなら自分でお願いします。俺は平和主義なんです」

「平和主義なら暴漢に襲われそうな僕を助けるべきじゃないのか!?」

「いやだってそういうのは自己責任だろ……」

 というかあれだけ正確にナイフ投げができるなら余裕なんじゃ。

「僕は生粋のスカウトだぞ!! 人間複数相手の想定なんてしているはずないだろう!!」

「ソロなら自衛は当然」

「魔物ならどうにかなる!! 人間は殺さないようにするのが特に無理だ! オーケーわかる!?」

「あの……」

「いや別に襲ってきたなら殺せばいいだろ。互いに自己責任。問題なし。それとも何? 非殺生主義? それマジで言ってる?」

「はぁー? あんな醜い豚男なんて殺すことに抵抗はない。が、僕は戦闘能力、技能、魔法がほぼ皆無だ!! 多人数相手なんて無理だと判断して君に助けを求めているんじゃないか!!」

「あのー……」

「俺に助けを求めるとか言われても俺はお前なんて知らないしそもそも報酬もらったってやらねぇよ。次通りかかるやつにでも助けを求めろ」

「次っていつだよ!! この階層に君しか気配がなかったから駆け込んだっていうのに!!」

「知るか!! 自分で蒔いた種だろ。自己解決しろ」

 

「あの!!」

 

 さっきから会話に入ろうとしていた魔法使いらしき男が割って入る。

「えっと、で、助けるんですか?」

「助けないです」

「じゃあこの子襲ってもいいですか?」

「どうぞ」

 実に茶番である。が、これも暗黙の了解というやつだ。

 剣を抜いたままだったので敵意がないことを示そうとし――

 

 突如腕を掴んだ少女が魔法使いの腹に俺の剣を、まるで俺が刺したかのように突き立てた。

 

「わー! さすが正義の味方!! やっぱり助けてくれるんだね!!」

「は、ちょ、待」

「こいつ! よくもハンスを!!」

 リーダー格の男が激高して襲いかかってくる。斧の動きは遅い、が当たればダメージは大きいだろう。それだけの威力を寸でのところでかわし、どうにか誤解をとこうとリーダー格の男に声をかける。

「待って俺じゃない!!」

「てめぇその手に持ってる剣と血で誤魔化せると思うなよ!!」

 そう、俺が持っている剣にはハンスとやらの血がべったりとついている。そしてハンスとやらは地面に蹲り、一応生きてはいるがしばらく行動できないだろう。

 罪悪感は別にない。でも誤解されて敵認定されたことがめんどう極まりない。

「くそっ!!」

 斧使いが前線で暴れると剣士二人は前に出れない。本当にバランスの悪いパーティだがこちらとしては都合がいい。

 斧使いの背後に回り込み、剣の柄で後頭部を思いっきり殴る。すると体の防具はしっかりしていたが頭部の防具がないためとてもありがたい。

 残った二人の剣士もそんなに重装備ではないため気絶を狙える。

 もう一方、まだ抜いていなかった片割れを抜き、双剣を剣士二人に見せつける。

「俺は敵対したくないんですけど」

「剣構えてハンスとヨツンを攻撃しといてよく言うぜ!!」

 突進してくる剣士は突きを狙ったらしいが、その割には速さがさほどない。武器と攻撃方法間違えてる気がする。突きを左での剣でいなし、右手で思いっきり腹部を殴りつける。剣士の一人はあっさりと気絶し、残った剣士は震えて動こうとしない。

「……どうする?」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 土下座されてしまった。どうやら初心者パーティだったらしく、少女を見て魔が差したとのこと。

 気絶したやつらをどうにか地上に運ぶつもりらしいが三人は無理だろう。助ける義理もないが。非常に気まずい中部小部屋を立ち去る。

 そして、腹立たしいことにこの全ての元凶である少女がにんまりとこちらを見てくる。

「強いねぇ。もしかしてずっとソロなのかい?」

「お前に関係ないだろ」

「えー? 謝礼はきちんと払うって言ったじゃないか。ほら」

 そう言って差し出されたのはなぜか使用感バリバリの財布2つ。あと片方に血がついてる。

「……おい、まさか」

「さっきの暴漢たちの財布だけど」

「ふざけんなよ!! ちょっと返してくる!!」

「やめときなって。彼らもまたダンジョンの洗礼を受けたんだ。そういうのはよくない」

「お前がそもそもの元凶だろうが!!」

「そう……僕ってこんなにも美しく可憐だから……性別問わずいつでも魅了してしまう……罪作りってやつだな……」

「そうか、自覚あるんだな。一生表出るな」

 まあ正直な話、小柄で一見スカウト系の美少女だから男がつい魔が差してしまうのもわからなくない。が、致命的なまでに性格がゴミだ。

「まあこんな出会いもなにかの縁。僕はミシェルだ! 特別に呼び捨てする権利をあげよう」

「おう、その権利ミミックにでも食わせるよ」

 

 

 

 そう、俺はこの時こいつを始末しておくべきだった。

 まさかこいつと関わったせいで俺の冒険者人生が大きく変動することになるなんて、思ってもみなかったのだから。

 

 

 

 

 


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