ダンジョン冒険者はロクでなし   作:とぅりりりり

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4階層:湖底にて初戦

 オルヴァーリオの湖底は水棲魔物が多く、足元がジメジメしている。たまにその階層ごと水で浸かっていることもあるらしく、若干の不安はあった。足がもつれる危険があるからだ。

 しかし、心配は今のところ杞憂だったらしい。足元はジメジメしているがぐにゅぐにゅと不安定な足場はしていない。

 水の匂いが強く、じめじめとした空間はどこか寒いと涼しいの間を行き来している。見渡してみるとひび割れた鱗らしきものがところどころにあり、綺麗な水場というより少し薄汚れた湖底という感じだ。

 1層目に入るとき、丁度出て行くパーティとすれ違った。一人怪我をして背負われていたが死に至るほどではなさそうだ。

 ダンジョンから出るには来た道を戻るか、ダンジョンの入口へと戻る上級魔法や高級なアイテムを使う必要がある。あとは最奥などに行くというのもあるがそれは割愛しよう。当然、俺たちのような冒険者には手が届くものではない。

 だから、行きだけでなく、帰りも考慮して進むのが基本なのだ。

 長期でダンジョンにこもる場合は食料や水などの物資もかさばるし事前に計画を立てるべきことであり、なんとなくノリで、なんてやらかしたら死者多数で生存者が2人だけだったギルドだってある。

 オルヴァーリオの湖底は最下層が40層で最下層に到達することができれば中級者パーティでも実力がついた方だろう。ただ、二人で挑むには10層程度までが限度だと思われる。

「7層を目指すことが目的だからできるだけ戦闘は避けるようにはするよ」

 そうミシェルは呟き、すっと目を細める。

 必要以上にやかましいやつだと思っていたが、さすがにこのダンジョンでは真剣になるらしい。

 技能は特別な力というわけではない。当然、女神の施しのようなものは特別だが、鍵開けや索敵は努力で積み重ねたものだ。魔力などは使わないため、静かにダンジョン内の音と息遣いだけが聞こえる。

「この階層の敵はそんなにいないな。遠回りしなくても次の階層にいけるよ」

 そう呟いてあらかじめ用意しておいたのだろう。このダンジョンの地図帳を取り出す。一定マップのダンジョンは近隣の町で突破者が提供したダンジョンデータを編集し、小冊子のようにまとめたものが売られている。それを確認して、ミシェルはこちらに声をかけた。

「念のため武器は準備しておいてくれ。このまま行けば敵と接触することはないだろうが万が一もある。……ってなんだ? その変なものを見るような目は」

「……お前、いつもそれくらいの方がいいと思う」

 先ほどまでの様子が凛とした美人に見えるのだが、中身を思い出して何度目かの頭を抱えたくなるような気持ちに陥る。どっちが素なんだこいつは。

 ミシェルは首をかしげながら先へと進む。俺も武器を一応確認してそのあとについていく。

 ぴちょん、と水の滴る音がやけに心地よい。ミシェルのしっかりとした警戒と索敵により不思議なほど前に進むのが恐ろしくない。技能が高いから、とかいうものではなく、こいつなら信じて進んでもいいと思える安心感があった。

「んー……」

 ふと、ミシェルが手で俺の歩みを制する。

「ちょいと待ちたまえ」

 そう言ってミシェルが近くにあった小石を一つ拾い上げ、数メートル先の床にそれを投げつけた。それと連動するように足元が崩れ、泥の沼が出現した。それほど大きくはないが、ハマるとしばらく動けなくなりそうだ。

「うん、大丈夫。そこ飛び越えられるな?」

「ああ」

 ミシェルはふわりと飛んで沼を飛び越える。俺も軽く跳んでそれに続く。しかし、ここに来たことはないがキゼルドゥグクの洞よりも罠が高度に隠されているようだ。やはり、自分一人では厳しい場所だろう。

 また、ミシェルも一人でここを進んでいくのは極めて難しいだろう。この階層は魔物と遭遇しなくても進めそうだが、どこかで必ず戦闘になるのは間違いない。最低二人いれば互いにフォローできる。もちろん、パーティが多ければ戦略も広がるし出来ることも増える。が、それぞれにメリットデメリットはあるため難しいところだ。

 警戒しつつ進んでいくと階層を移動する魔法陣へとたどり着く。この魔法陣で階層を行き来できるのだが、現在もこの仕組みは分かっておらず、研究されているという。

 魔法陣に乗ると起動音のような鈍い音が響き、一瞬のうちに視界に映る景色が変化する。といっても、1階層から2階層だと大きな変化はさほどない。せいぜい壁や通路の配置が違うくらいだ。

「…………うん、ごめん、戦う準備よろしく」

「近くか?」

「いや、次の階層への魔法陣近くに2……いや3体……恐らくサファギンだな」

 サファギン。実物は一度しか見たことがないが半魚人というか歩く魚のような魔物だ。

「いけるだろ?」

「多分な」

 自信満々に蹴散らせるとは言えない。サファギンの相手は1度あるかないかくらいなのだ。この双剣も通るかわからない。

「おいおい、違うだろレブルス」

「は?」

「君なら余裕だろ?」

「何を根拠に言ってるか知らねぇが……」

 

「できるよ、君は。この僕が見込んだんだ」

 

 そう真剣に返され、言葉が出てこない。なぜここまで自分を持ち上げるのか理解できないし、自分の力量も誤解してしまいそうになる。

「さて、そう遠くない。さっさと済ませてしまおう」

 ミシェルの言うとおり、魔法陣まではそう時間はかからなかった。が、その目の前にサファギンが視線をせわしなく移動させている。2体は銛を手にしており、1体は手になにか爪のような武器をはめているようだ。

 

「それじゃあ――いくぞっ! 交戦開始(エンゲージ)だ!!」

 

 まずミシェルのナイフ投擲がサファギンの肩に突き刺さり、3体とも困惑する。その混乱に乗じて、俺の右の剣がナイフを刺されたサファギンの胴体を真っ二つにかっさばく。剣技の一つである魚斬りを使用し、通常の斬撃よりも魚系魔物に大ダメージを与え、まず1体目があえなく絶命した。

 そのまま流れに乗るように左の剣で襲い来る2体目のサファギンの銛を受け止め、右の剣で胸辺りを突き刺した。

 おぞましいサファギンの悲鳴をかき消すように受け止めていた左の剣で銛をなぎ払い、そのままサファギンの首を切り落とす。

 爪装備のサファギンが背後でなにか喚き散らしながら遅いかかかってくるが、銛よりリーチが短いからであろう。俺のリーチに入った瞬間、二刀魚斬りで一瞬のうちに切り刻み、あっさりと戦闘終了となった。

 多少魔力は消費したものの無傷で終えられたし、マジックポーションもあるので問題はなさそうだ。

「うんうん、やっぱり余裕じゃないか。期待通り」

「……久しぶりだな。こうやってちゃんと戦ったの」

 ずっとか弱い魔物であるプラントディアを素材になる部分を傷つけないよう一撃で倒していた。戦闘らしい戦闘なんて、あそこでは長らくしていないというのにいざサファギンと対峙してみればあのときのように体は動いてくれた。

 もう、俺には立ち向かえる強さなんてないと思っていたのに。

「君は自分を過小評価している。君は十分強いほうだよ」

「俺より強いやつなんていくらでもいる」

「なんで上を見るのかは知らないが、僕からしてみればそうやって自分を下げるような考えは良くないと思うぞ」

 そう言いながらサファギンの鱗をミシェルが手際よく剥ぎ取っていく。先ほど投げたナイフも回収しつつ、サファギンの3体分の死体をまじまじと見てどこが素材として有用か確認しているようだ。サファギンの素材部位は鱗やヒレなどだが、下級サファギンの鱗は綺麗なものがあまり多くない。売買の過程で安く取引されることも多いと聞く。ミシェルは綺麗な鱗だけを数枚取り、素材袋に入れて立ち上がった。

「ヒレは破損してるからだめだね。とりあえず進もうか」

 すぐそばにあった魔法陣へと進み、先へ先へと進んでいく。

 

 言葉にしないが、心のどこかで俺はこう感じていた。

 

 ――楽しい、と。

 

 そうやって思えるだけ、どれだけ幸せなことか。

 昔描いた理想が今こいつといるだけで叶うかもしれない。

 じっと見ていたせいかミシェルは不意に振り向いてにやにやと笑う。

「なんだい? もう僕と正式に組む気になったのかい? 案外チョロいじゃないか」

「今の余計な一言でその気が失せた」

 こいつどうして黙っていられないんだろう。

 ミシェルは確かに優秀だ。優秀であればあるほど余計にわからなくなる。

 俺に特別な才などない。ミシェルと違って俺は本当に普通の冒険者だ。冒険者も上を見ればたくさんいて、到底俺はそこに混じることのできない人間である。

 だから、甘言にあっさり乗って裏切られた時のことを考えて踏み切れない。

 自分でも根暗だな、面倒なやつだという自覚はある。しかし、期待すればするほど裏切られたときの絶望は大きい。

「強情だなー。何が君をそうさせるんだ」

「昔ちょっと揉めただけだ」

「揉めたって、ギルド? 君ずっとソロじゃないのか」

「俺、昔は別の地域のギルドにいたんだよ」

 今では遠い昔のことのように思うがせいぜい3年くらい前までのことだ。すっかりソロとしての活動が馴染んだが昔はこれでも集団行動はできていた。

「それでもうギルドは懲り懲りって?」

「まあな」

「ふーん……そっかぁ」

「なんだよ」

 何かを考えるようにミシェルは意味ありげな呟きを漏らす。こいつの真意は相変わらず読めない。

 そういえば自分の話なんて、他人に話すのはいつぶりだろう。

「一応ありきたりなセリフとしては『僕は君が苦手なやつらとは違う』とだけ言っておくよ」

「お決まりすぎて信用できる要素が一切ないな」

「だよねー。僕もそれ思った。気が合うと思わない?」

「お前のその強引な流し方は嫌いじゃないけど好きではない」

 楽しい。馬鹿みたいな話ができることが。

 久しく忘れていた何かを思い出す程度には楽しかった。

「あ、笑った」

 ミシェルに指摘されて自分の表情が緩んでいたことに気づく。笑っていたことに気づかないのも驚いたがそもそも自分は笑えたことに驚いた。

「なんか、お前がいると調子狂うな」

「君もうちょっと笑えよ。そっちのほうが僕はいいと思う」

「じゃあお前はもっと口数減らしたほうがいいよ」

 まるで友達みたいな会話にまた笑みが浮かぶ。

 

 ――それでも、俺はこいつのことを信用しきれない。

 


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