それから、2度ほどサファギンとの交戦はあったものの、特に問題なく6階層にたどり着いた。
6階層も先ほどまでと対して代わり映えしないような場所で、道が入り組んでいるのがわかる。
が、6階層に降り立った瞬間、ミシェルが顔色を変える。
「……この気配はまさか」
ミシェルは真剣ではあったものの、先ほどまで余裕がわずかに浮かんでいた。が、今は余裕がそげ落ち、張り詰めた緊張感と苦笑いでこちらを見る。
気配に疎い俺にもわかる重圧。だがそれがなにかまではわからない。少し生臭いような気もするが自分の感知能力だとこれが限界だ。
「ちょっとまずいかもしれない……。僕も予想してなかった大物がいる」
「大物?」
「レイクラブ」
――レイクラブ。オルヴァーリオの湖底では稀に出現する魔物で、このダンジョンで恐らく中ボスに相当する強さを誇る強敵だ。難易度の高いダンジョンではそれこそ雑魚敵として出現するがこのダンジョンを訪れるメインの冒険者の実力では相当苦労する。まず強固な殻。斬撃が通りにくいことから剣士の敵だ。バブルブレスを放ち、距離をとっても攻撃され、戦いづらいとのこと。あくまで魔物図鑑からの引用だがミシェルが顔色を変えるのだから事実に相違ないはず。
「レイクラブか……レブルスは双剣だし避けるに越したことはないか」
「なんだ……お前のことだからてっきり挑めとか言い出すのかと思ったぜ」
少し安心する。斬撃が通りにくい敵と戦うなんて今の二人パーティでは自殺行為に近い。
「僕は君の力量を見て言ってるから。レイクラブは確かにここでは珍しいし硬いから強敵扱いされるけどメンバーさえ揃ってればそんなに問題はないさ。今回は君が双剣使いだから攻撃が通らないし、僕も基本使うとしても短剣だから……」
「避けて進むってことでいいんだな?」
「そうだね。挑戦は大事だけど勇敢と蛮勇は違うから」
そう言いながら地図を見てルートを考えるミシェル。地図をなぞって最適解を導き出しているようだ。
「……レイクラブ以外の魔物の反応がない……そうか、あいつらのせいか。だからレイクラブが沸いたんだろうな」
先程の二人組が根こそぎ魔物を狩ったせいでレイクラブが出現するまでになったとの予想だがもしやあの二人はそれが狙いだったのではないだろうか。が、こちらとしては本当にいい迷惑で、余計な手間が増えるだけだ。
顔を上げ、何かを聞き取るように目をつぶるミシェル。すると、忌々しげに舌打ちして左の通路の方へと歩みを進めた。
「どうかしたのか」
「今移動魔法陣で下から移動してきたやつがいる。数は6人。そいつらがもし魔法陣前で戦闘でもしだしたら――!!」
ミシェルが半ば駆け足でダンジョンを進んでいく。途中、罠らしいものはなかったのが幸運で、スムーズに進んむことができたが――
右の曲がり角の向こうから轟音が聞こえる。ミシェルは舌打ちして様子を伺うように通路の先を隠れて見る。俺も顔を出し過ぎないように通路奥の様子を見ると、6人パーティが巨大な蟹と戦闘していた。蟹はほぼ間違いなくレイクラブ。赤紫色の堅い殻は剣や矢を弾き、慌てふためくパーティを鋏でなぎ払っている。至近距離でもないのに生臭さが漂っており、つい鼻を覆う。
しかも都合悪く、魔法陣へ向かうための通路を塞いでいる。
「あのメンツじゃ勝てるわけないだろっ。バカかあいつら……!」
パーティメンバーは剣士が1人、ヒーラーが1人、シーフが1人、槍使いが1人とボウガン使いが1人、そしてなんとトドメは弓使い。
後衛魔法もいなければ重量武器もいない。甲殻系には相性が悪いパーティだった。
先程の二人なら恐らく相手ができた。が、俺が気絶させた上にこことは階層が離れている。期待はできない。
「……っ」
「……助けに入るか?」
「…………ダメだ、そんなことしたらあいつら僕らに押し付けて逃げる」
それは確かにありえる話だ。中には強敵と遭遇し、別のパーティにその相手を擦り付ける嫌がらせ行為をする冒険者だっている。もちろん、故意じゃない場合も存在するが、誰だって命は惜しい。が、このままだと俺たちが進めない。
ほどよく逃げてレイクラブがここから離れてくれるのを待つべきだが……パーティは逃げない。
「……ああくそっ……」
苛立たしげに舌打ちしてミシェルは接近戦用のナイフを握り締める。
俺も双剣の柄を握るが通るかどうか怪しいあの殻を持つ相手に挑むのは無謀さよりも恐怖が勝ってしまう。
自分たちの行動を決めかねていると、ボウガン使いが態勢を崩し、レイクラブに補足される。その瞬間、パーティのメンバーは何を思ったのだろうか。ボウガン使いを置いてこちらとは違う通路を使ってレイクラブからの逃走を計った。
レイクラブはボウガン使いを鋏部分で捕らえ、持ち上げる。レイクラブの口が開かれ、捕まったボウガン使いは暴れるも敵いはしなかった。
ボウガン使いの口が動き、悲しげな声で呟く。
「たす、け――」
音が消え、俺は無意識のうちに駆ける。ボウガン使いを掴んでいた腕の関節部分、殻よりもまだ柔らかい部位を狙って斬りつけた。
腕が切り落とされ、レイクラブの耳障りな絶叫が響く。
「逃げるなら早く行けっ!!」
呆然と俺を見るボウガン使いの少年か少女かわからない幼い顔。俺の声ではっとしたのか、慌てて逃げていった。
ま、援護なんて期待してないし、どのみちあいつでは攻撃が通らなかっただろう。
「あーくそ……俺もバカだ……」
ダンジョンでのできごとは自己責任。良いも悪いも自分の責任になる。
人助けなんてしても、返ってくるものはなにもない。それでも、俺は助けてしまった。自分がこれから死ぬかも知れないというのに。
「ああ、うん、バカだよ。でも僕もバカになってやろう」
ミシェルは呆れつつもポーチから先ほどとは違うナイフを取り出す。雷の細工が施されているそのナイフはただのナイフには見えない。バチバチとミシェルの魔力に反応して電撃を纏うナイフ。雷がレイクラブの弱点だとしたら有効だろうが殻に阻まれることを考えると過度な期待はできない。
「仕方ないから僕も本気で戦ってあげるが、期待はするなよ?」
「ないよりマシだ」
今、ここにバカ二人がまさに命の危機に晒されている。
が、なぜか二人共どこか楽しげな表情を浮かべていた。
レイクラブのほかの腕を切り落とそうとするが既に右腕の一つを切られたからか関節を狙われないように警戒した動きをされ、有利に運べないでいた。
ミシェルのナイフも雷属性ナイフで気を引いてダメージを与えるが殻のせいであまり通らず、元々戦闘がそれほど向いていないためかほとんど効果はないように見えた。
ナイフの効果を発揮するために魔力を消費しているためかミシェルの表情がやや曇る。
やはり、殻をどうにかしないと二人だけでは倒せない。逃げるという選択肢もあるが――
「逃げるか!?」
あえてミシェルに選択肢を投げかける。が、ミシェルは逆に問い返してきた。
「はぁ? 君その表情で言う!?」
「言わねぇ!!」
両者の瞳に映った互いの顔は窮地だというのに楽しげである。
逃げないなんて馬鹿ななことを選んだ二人は出会ってすぐにこの気持ちを共有した。
「なあ、失敗したら共倒れする策がある!!」
「なにそれ。成功率は?」
「5割!」
「上等!! 失敗したらそれこそ死ぬ気で逃げる?」
「逃げる前に多分俺は死ぬ!」
「じゃあとっととやれ!」
甲殻系や鎧など硬い敵へ有効な技能、防具破壊。成功すれば相手の防具や殻を破壊することのできるものだが、刃物による成功の難易度が高く練度が高くても失敗することも多い。失敗の代償は武器破損。この戦闘では使えなくなる。
だからこれは賭けだ。
左の剣を握り締め、レイクラブに駆け寄る。レイクラブも反応して鋏を振り下ろすが避けることは容易で、その鋏を足場にして跳んだ。
本体の脆い部分。一瞬で見極め、的確にそこを突けば――
全ての動きがまるで止まったかのように遅く見える。
そして、感覚を研ぎ澄ませ、殻の脆い部分を突き刺した。
ガキンッと殻の硬さに負けた剣が真ん中で折れ、剣先が宙を舞う。
「レブルス――!!」
「もう一度!!」
まだ、終わっていない。
右剣で今度こそと突き刺し、ひび割れるような音と共にレイクラブの殻が剥がれる。
「うらぁっ!」
追撃とばかりに折れた左剣と右剣を内部の柔らかい部分へ突き刺し追い打ちで剣がよく突き刺さるように蹴りで柄を蹴った。
レイクラブが暴れだし、跳んで攻撃範囲から逃れる。
あとは、仕上げだ。
「この僕に決めさせるなんてほんっと、いい度胸してるよ!!」
ミシェルが暴れるレイクラブを躱し、先ほど俺が露にした部分へ跳んで雷ナイフを突き刺した。
「くたばりやがれっ!! 『サンダーソーン』!!」
ナイフが言葉を発したとたん、今までとは比べ物にならない電撃を内部へ流し込み、しばらく暴れたレイクラブは感電死してその場に倒れた。
「……」
「……」
恐る恐る二人して剣とナイフを抜いてレイクラブが完全に死んだかどうかを確認する。
「大丈夫、だよな?」
「……大丈夫、なはず……」
「ということは……」
「僕たち大勝利」
淡々と事実確認をし、感情が追いつかないがとりあえずミシェルに手を向けられ、ハイタッチをして喜びを分かち合う。
「レイクラブの素材かー……結構取れるしなによりミソがいい値で売れるんだよなー!」
ミシェルが楽しそうに解体作業に勤しむ。俺も一応手伝うがレイクラブのような大型を解体したことがないのであまり役には立たなかった。
レイクラブの大鋏が二つとレイクラブのミソ。それらを回収し、一応折れた双剣の刃も拾って戦後処理が終わった。
「いやー、なんとかなったなんとかなった。やっぱり、僕が見込んだだけはあるね」
「こんな無茶は滅多にしないぞ」
「というか、人助けするんだね? 僕は助けてくれなかったのに」
「あれはお前がうざいから悪い」
「なんでさー!」と文句を言うミシェルを無視し、魔法陣を確認する。レイクラブが近くで暴れてもなんら損傷はしていない。
「目的の7階層……」
「ああ、7階層はね、魔物の出ない休憩地点なんだ」
そう言って、ミシェルが先に魔法陣に乗る。俺もそれに続いて階下へと移動すると先ほどよりも少し暗い場所へと降り立った。
「こっちだよ」
そう導かれ、薄暗くも青い光の方へと進み――
青い世界に包まれた。