青く輝く水晶に囲まれた美しい地底湖が目の前に広がっていた。
地面まではっきりと見える透き通った水。所々に生えた水晶が青白く輝き、地底湖を幻想的に演出している。聞こえるのは水の音だけで静かで安らぐ空間だ。
水晶は大きく地面から伸びているものもあれば、自然で形成されたとすれば奇跡的な花のような形をした水晶もある。
「ここは休憩地点だからほとんどの冒険者が手を出さない地帯なんだ。ありのまま、美しい姿を保っているから他よりも神秘的で魔力も澄んでいる」
軽く水晶に触れるだけで瑞々しい魔力が弾けて宙に溶けていく。
恐らくこの階層が休憩地点になっているのはこの水晶のおかげもあるのだろう。これだけ澄んだ魔力が漂っているから魔物も沸かない。先程のマナーの悪いやつがここにきていたら乱暴にへし折っていたかもしれないと思うとぞっとする。
――本当に、美しい光景だと思った。
一朝一夕では形成されないこの美しい空間。それを見れたことを心からうれしく思う。
「美しいだろう? 僕も初めてここに来たとき心から思ったよ。世界にはこんなにも美しい景色やものがたくさんあるって」
そう地底湖を見つめるミシェルの横顔はかつての自分を彷彿させた。純粋に普段は見られない未知の光景に焦がれ、追い求める子供のような、そんな目。
その横顔がとても綺麗だと思った。邪気のない、心からの願いはとても脆く儚い。だからこそ価値があり、叶えてやりたいとも思う。
幼い頃、何も知らない自分は両親にダンジョンの話をねだった。永遠に花舞う丘、赤い水で満たされた洞窟、氷でできた城、桜満ちる迷宮。そんな幻想的な話を何度も聞いて、いつからか自分もそんな景色を見たいと思った。子供ながらに単純で、けど誰でも一度は思う憧れ。あの頃は誰でもギルドに入り、パーティを組んで宝を求めて美しいダンジョンを踏破する。そう、疑いなく思っていたものだ。
いつからだろうか。そんなことすら、すっかり忘れてしまっていた。
現実的なことを考えれば生きていく上で金銭を考えるのは当然で、夢ばかり見ていられなくなった。だからただ『冒険したい』という子供じみた願いは冒険者にもそれ以外にも笑われる夢物語。
「僕は、宝物や強さよりもこの歓びを分かち合う友が欲しい。仲間が欲しい」
そう儚げに呟いて、ミシェルは俺に手を差し出す。
ミシェルもまた、俺と同じ夢を抱いていた。
不思議とミシェルを振り払えなかったのはきっとこの、自分と同じものを願っているからだったのだろう。探せばいるけれど、叶えることは難しい冒険の同志。
「僕の夢、一緒に叶えてくれないかな」
それは俺がかつて望んだ子供じみた願い。そして、ミシェルにとっても願いはしても叶えられなかったであろう願い。
『仲間と一緒にたくさんのダンジョンを巡りたい』
現実は厳しく、俺たちを蝕む。
ギルドを組めば金銭的問題や仲間同士の揉め事が日常茶飯事。
死が当然のように隣り合わせの生活を続ける者は少ない昨今、ミシェルの夢は無謀極まりなく、言ってしまえば理想が高い。
でも、俺は、それでもいいと思ってしまった。
昔描いた夢を、もう一度見られる気がしたから。
「俺が、できる限りのことならな」
そう返し、ミシェルの小さい手を握る。握り返された手は強く握ってしまえば折れてしまいそうで、一人であんな夢を成し遂げられるとは到底思えない。
また俺は間違えるかもしれない。それでも、ミシェルのその顔を見てしまえば、騙されても構わないと思ってしまった。
――きっとこれが正真正銘最後のチャンス。
だから、俺はこいつの馬鹿げた夢物語を支えてやろう。俺も所詮馬鹿なのだから。
「ああ! これからよろしく頼むよ、レブルス!」
満面の笑みを浮かべるミシェルは青白い光に照らされ、この上なく幸せそうだった。
この約束をきっと俺は一生忘れないだろう。
――蒼き地底湖で交わした俺のたった一人の相棒との約束を。
魔物の出ない地底湖で休憩を取り、消費した魔力を回復したりなどして帰る準備をする。小腹がすいたが戻って食事をしたほうが早いだろう。そう考え、携帯食料は口にせず水分補給はしっかりと行う。
帰りは恐らくレイクラブ相当のものは出ないと思うのでできるだけ戦闘を避けたい。なんせ、片方剣が折れてしまっているのだから。先程の二人組と遭遇でもしたら敗北は必至だ。
「あいつら帰ってるといいんだけどなー」
「どうだかな……」
俺としても会いたくはないのだが何か目的があったっぽいし。ミシェルがうまく気配を探って避けてくれればありがたいんだが。
大きく伸びをするミシェルを見てやっぱりこいつ顔はすごくかわいいなとしみじみ思う。黙ってれば好みなんだが黙ってくれないから好みにはならない。
というか、なんともいえない違和感あるからそういう目では見れないしな……。
きっと世の男にそれを言ったら殺されかねないのだが事実ミシェルに男としてのなにかが反応しないのだ。こう、すごく、顔はいい。顔はいいんだけど。
「さーて、帰ったらギルドのことも考えないとなぁ」
そう軽く伸びをしながら呟くミシェル。そうだ、ギルドを設立するつもりだとすれば現状では人数が足りない。確かギルドを設立するには最低6人が必要だったはず。
……集まるだろうか? いや、こいつの顔だし希望者は多く来るはず。その中からまともなやつを選ぶのは骨が折れそうだ。
「ギルドメンバーを集めるなら俺も何かするか?」
「んーまあ、そうだね。一応最初の選別は僕がするけど君も一緒に考えてくれるとありがたいかな」
ギルドのことは真剣に考えているのか、ふざけた様子なくミシェルは答える。
「僕もギルドに関してはそこまで詳しくないけどこれから色々協会で学ぶつもりだし……まあ、言いだしっぺだからな」
「……すごいな」
「何が?」
心底不思議そうに振り返ったミシェルに苦笑しながら告げた。
「いや、お前のこと女のくせに生意気でうざいやつだと思ってたけど考えを改めるよ」
これからのことを真摯に考え、率先して学ぼうとしている姿は尊敬できる。ふざけた様子もない。これが素なのではないかと思うほど自然で、ふざけているのは一種の仮面なのかもしれない。
すると、なぜかミシェルが信じられないものを見るような目でこちらを見つめる。というか、明らかに顔が引きつっている。
そして、地を這うような低い声でミシェルは言った。
「えっと……僕、#男__・__#だぞ……?」
「……………………は?」
一瞬、何を言っているのかわからず絶句する。頭の天辺からつま先までミシェルをよく見て、改めて可愛らしい美少女だという感想しか出てこない。
――男?
昨日から今日までの出来事が脳内に蘇る。
『……ああ、なんだ。てっきり、ようやくレブルスも女見つけたのかと思ったらそいつか』
『あら、ミシェル? あの子も相変わらずだけど……周りも飽きないわねぇ』
思えばこいつのことを詳しく知っている奴らは性別を言及してねぇ!!
そういえばさっきの二人組の片方も男だった。あれか、もしかしてそういうタイプだったのかこいつ!
「まさか……僕のこと女だとずっと勘違いしていたのか!?」
その、まるで天使が具現したかのような愛らしい顔を歪ませてミシェルは仰け反る。
その仕草すらもまるで少女のようなのにもうそんなことはどうでもよく、今目の前にいるそれが男という事実に混乱して視界が回りそうになった。
そりゃ反応するわけない! 男に欲情するはずもない! 俺は正常だった! 安心すると同時にどうしようもない怒りもこみ上げてきた。
信じられないものを見るような目で俺を見るミシェルに言うことは一つ。
「そのツラで男ってわかるわけないだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
訂正。やっぱりこいつと関わりたくない。