いたくないっ!   作:かつたけい

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第十一章 遥か、はるか

     1

「はるかの、遥かな力が、神の雷となり正義の鉄槌を下す!」

 

 

 魔法女子はるかの、両手にはめたグローブが、彼女のまとう魔道着と同じダークシルバーの鈍い輝きに包まれた。

 

 自らの手に宿るオーラのゆらめきを、じっと見つめていたかと思うと、たん、と不意に地を蹴っていた。

 蹴ったその瞬間には、駆け抜けていた。

 四つの、影の中を。

 

 ばりばり空気をつんざく雷鳴のような轟音、そして爆風。

 四人の魔法女子、ほのか、あおい、ひかり、しずか、は、その圧倒的な攻撃力の前に成す術なく、巨人の手にすくい上げられるかのように軽々吹き飛ばされていた。

 

 どさりどさり、と受け身すらも取れず地面に落ちた。

 

 激痛に呻きながらも、なんとか起き上がろうとする彼女たちであったが、ままならず、ただその顔を歪めるばかりであった。

 

 はるかはその様子を見ながら、端整な顔に苦笑を浮かべた。

 薄灰色の髪の毛の、前髪に人差し指をくるくる巻きつけながら、

 

「弱いなあ。いくら正義は勝つものとはいえ、こうも悪がだらしないんじゃなあ。物語が盛り上がらないじゃないか」

 

 不満げにぼやいた。

 

「な、なに、勝手なこと、ぬかしてんだ、てめえ……」

 

 青髪の魔法女子、あおいの、震える声。

 ぎりぎりと歯を食いしばりながら、地に、片膝に、手をつき、よろめきながら、必死の形相で立ち上がった。

 

 ほのか、ひかり、しずかも続く。

 なんとか立ち上がった四人であるが、みな、はあはあ息を切らせ、膝はがくがくぶるぶる生まれたばかりの鹿のようで、放っておいても倒れてしまいそうであった。

 

「私、たちは……」

 

 ほのかは、肩を大きく上下させながら、気力を振り絞り意識をたもち、きっ、とはるかの笑顔を睨み付けた。

 

「てめえ、なんかに……」

 

 あおいが、やはりはるかを睨み付けながら、ぎりと歯をきしらせた。

 

「ぜえーーったいにっ!」

 

 ひかりが、両手の握り拳で天を突き、続いてはるかへと突き出した。逆境下で気合を入れる時にいつもとるポーズである。

 

「負けない!」

 

 しずかが、静かに闘志を爆発させた。

 

「うっしゃああ、いくぞみんなあ! 四人の絆パワーで、一気に決めるぜえ!」

 

 あおいが腕を突き上げ絶叫すると、他の三人は、こくりと頷いた。

 

 

「母なる静かな大地よ……その静寂を、いま、破れ!」

 

 

 しずかは、普段のおとなしくはかない態度から信じられないくらいの、大きな叫び声をあげた。

 黄金色のオーラが右拳を包み込むと、その拳を、屈みながら足元へと打ち付けた。

 

 地が揺れた。

 重低音の唸りを上げて、ぐらぐらと、激しく。

 

 打ち付けた箇所から、まるで稲妻のような亀裂が走り出す。地が裂け、その裂け目から、凄まじいエネルギーが間欠泉のように噴き上がった。

 

 

「この風に、光よ、輝けえ!」

 

 

 ひかりが、タクトを振るうようにすっと左右の腕を振り上げた。

 

 きらきら光る粒子が、ふわり風に舞って、しずかが生じさせた地からのエネルギーへと溶け込んだ。

 融合し、触れば弾かれそうな、明らかな質量を持ったエネルギーは、うねり、風を起こし、砂塵とともに、あおいとほのか、二人の魔法女子を宙へ舞い上げていた。

 

 

「この、胸にたぎる激流とっ!」

 

 

 上空で、あおいの全身が光り輝いた。

 

 ぶん、と振るう両手から放たれた青い光が、ほのかの全身を包み込んだ。

 

 輝く、ほのかの身体。

 落ち始める、ほのかの身体。

 自由落下ではない。身体から赤い粒子が噴き出したかと思うと、一瞬にして、目で追えないほどの凄まじい速度へと達していた。

 

 

「胸の奥で、ほのかに燃えているからこそ、絶対に消すことの出来ない、この炎でっ!」

 

 

 ジェット機を超える速度で急降下しながら、ほのかは、魔装具を装着した右手を振り上げて、叫んだ。

 

 黄、緑、青、赤、四匹の龍が、まとわりつくように周囲をぐるぐる這うようにうねる。

 

 ほのかは一匹の、長い長い、巨大な龍になっていた。

 

 

「エレメンタルエクスプロージョン!」

 

 

 魔法女子四人の、魂の絶叫に、龍が大きな口を開け、咆哮した。

 

 なにをする気だ、と、驚きと興味に立ち尽くしている、魔法女子はるかの頭上へと、それは落ちたのである。

 

 すべてが白い光の中に溶け、

 わずかに遅れて、

 

 

 どどおおおおおおおん、

 

 

 鼓膜どころか脳味噌すらぐちゃぐちゃにされそうなほどの、凄まじい轟音。

 爆風に、光の粒子が激しく噴き上がり、雲を焼いた。

 

 ごご、ご、と低く唸る振動。それは、やがて小さくなり、

 視界が少しずつはっきりしてくると、

 そこは、それまで立っていた荒れた平原ではなく、巨大隕石いや小惑星が激突したかのように、大きく半球状にえぐられた、広大な地面であった。

 

 ほのかたちの超必殺合体技、エレメンタルエクスプロージョンの破壊力である。

 

「や、やったんか?」

 

 うつ伏せに倒れていたあおいは、顔を上げ、四つん這いになり、よろめきながらなんとか立ち上がった。

 

 すぐ近くで、ほのかが、ぜいぜい息を切らせ立ち上がりながら、

 

「て……手応えは、ありました」

 

 息を吸うのも苦しそうな、痛みや疲労に歪んだ顔。

 四人の合体技とはいえ、超高速落下で実際の攻撃を放ったほのかが、一番消耗が激しいのは当然だろう。

 

 ただ、彼女の表情から読み取れるのは、苦痛よりはむしろ不安であった。

 

 爆煙、砂塵が晴れ、さらに視界がはっきりしてくる。

 

「く」

 

 あおいが呻いた。

 

「そんな……」

 

 ほのかの目が、驚愕に、大きく見開かれていた。

 少し離れた場所に立っている、しずか、ひかりも、ほのか同様に驚愕の……いやそれどころか恐怖感、絶望感さえ、その顔には浮かんでいた。

 

 当然だろう。

 四大精霊大爆発により、周囲のすべてが燃え、溶け、吹き飛んだのだ。そこまでの、攻撃を放ったのだ。だというのに、爆発ですり鉢状になった地の中心に、ダークシルバーの魔道着、はるかが平然と、薄笑いさえ浮かべ、立っているのだから。

 

 く、

 かぼそく呼気を漏らすと、ほのかは指先を震わせた。

 

 はるかは、ゆっくりと、ほのかへと近づいていく。

 

「いい加減に、してくれないかなあ」

 

 顔に浮かんだ薄笑いは、余裕を示すものというよりは、苦笑いのようであった。目元や眉が、自分の感情をどう持っていけばいいのかなんとも困ったような、そんな複雑な表情を作っていた。

 

 だが、その揺れる感情の方向性が定まるまで、さしたる時間はかからなかった。

 

「なに、手を抜いてるのかなあ。 ……バカにしてんのかああああ!」

 

 怒りの絶叫が、地を、空気を、激震させた。

 

 ぼふっ、という鈍い音とともに、ほのかの身体が後ろへ吹っ飛んでいた。

 はるかの膝蹴りを、腹部に受けたのだ。

 

 激痛に顔を歪めながらも、なんとか意識を保ち、とっ、と足をついて踏ん張り勢い殺すほのかであったが、そのすぐ眼前に、瞬時に距離を詰めた、はるかの顔があった。

 

 ごぎん、となにかが砕けるような鈍い嫌な音とともに、ほのかの身体は、高く宙へ飛んでいた。

 はるかの強烈なアッパーカットが、炸裂したのである。

 

 だというのに、既にはるかは、ほのかよりもさらに上空へと舞い上がっていた。そして、組んだ両手をハンマーのようにして振り下ろし、ほのかの背中を叩き潰した。

 

 ひとたまりすらあろうはずなく、ほのかは受け身も取れず地に激突し、地を砕きつつ小さくバウンドした。

 

 頭上から無数の光弾が、雨あられと降り注ぐ。光、爆煙、巻き上がる砂塵に、ほのかの姿は完全に見えなくなった。

 それでもさらに容赦なく上空から光弾が注ぎ続けられた。

 

 はるかの、あまりの圧倒的な戦闘力に、しずか、あおい、ひかり、三人の魔法女子は動くことを忘れて、小さく口を開いて立ち尽くすことしか知らなかった。

 

 青髪の魔法女子、あおいが、なにかを感じたように目を見開くと、同時に腕を軽く上げて身構えた。

 その本能的な勘は素晴らしいものであるが、ただ、この場においてはまるで意味をなすものではなかった。

 

 巻き起こる爆煙砂塵の中から、はるかが、目にも止まらぬ速さで飛び出したかと思うと、圧倒的パワーの回し蹴りを放って、あおいをガード体制のまま真横へと吹き飛ばしたのである。

 

 ごうと唸りをあげて飛ぶ、あおいの身体であったが、次の瞬間、その身体は慣性の法則を完全に無視して、真下へ。巨大なハンマーで叩かれた巨大な杭のように、足先から肩まで、地面へと突き刺さっていた。

 あおいの頭部へと、はるかが真上から踵を振り下ろしたのである。

 

 タフなあおいもさすがにたまらず、地面から顔だけを出した状態で、すっかりぐったりとなってしまった。

 

「あおいちゃん!」

 

 しずかの叫び声。

 だが、声の発せられたその地点に、既にしずかの姿はなかった。

 

 何故ならば、発したその言葉が終わらぬうちに、顔面を殴り付けられ、音速を遥かに上回る速度で吹き飛ばされていたからである。

 

 落ち、倒れ、ごろごろ転がるしずかに、ひかりが駆け寄ろうとするが、寄れなかった。後ろから襟首をぐいと掴まれ持ち上げられ、地面に叩き付けられていたから。顔面を、激しく。

 

 ひかりは、恐ろしい力で強制的に起こされると、今度は後頭部を押さえられ、再び地へと叩き付けられた。

 

 二回、三回、何度も顔面を打ち付けられて、地面がえぐれて亀裂が走った。

 

 はるかは立ち上がり、意識朦朧としているひかりの髪の毛を掴み引き起こすと、掴んだまま腕を振るってポイと投げ捨てた。

 

 どさり、頭から落ちたひかりは、ぐっと呻くとそのまま気を失った。

 

「どいつもこいつもさあ。そんなカス!みたく弱いくせに、なんで本気を出さない? あたしはさあ、舐められるのが一番ムカムカすんだよね! 格下のくせに! こんな世界に、せっかく、わざわざ、このあたしが、降りてきてやったってのにさあ!」

 

 イラつきを爆発させ、獣のように吠えるはるかであったが、

 次に爆発したのは、彼女自身であった。

 

 どおん、という爆音、顔に疑問符を浮かべる暇もなく、はるかの身体は吹き飛んでいた。

 

 爆音の中から、ほのかの叫び声、

 

「だったら(てん)(きゆう)(かい)へ帰れええ!」

 

 ほのかが、自らの全身を爆発させながら、はるかへと体当たりしたのである。

 

 はるかは、不意をつかれながらも、とん、とんと地につま先をつき、飛ばされる勢いを殺した。

 しかし、その瞬間、がつっ、という音とともに、顔がのけぞっていた。

 頬に、ほのかの拳が炸裂したのである。

 

「あなたなんか、誰も呼んでないっ!」

 

 よろけるはるかの顔に、さらに左、右、左と、炎に包まれた拳が打ち込まれていく。

 

「勝手な正義を、押し付けるなああ!」

 

 かつてない力を込めた、ほのか渾身の一撃であったが、だがそれは、はるかの手のひらに、受け止められていた。

 

 はるかは、受けた拳をそっと握ると、ゆっくりと、ぎりぎりと、力を込めていった。

 

 痛みに顔を歪めながら、ほのかは、はるかを睨み付けた。

 

「信じて、いたのに。……はるかちゃんが、転校、してきて、すぐ仲良くなって、変身して、五番目の、魔法女子、一緒に世界を守るんだ、って、信じていたのに」

「度し難いバカだな、本当に。こんな世界、守るに値しないだろう。だけど、天生中的には存在させておかねばならない。ならば、守るに値する世界に作り変えてやるしかないだろう」

「それがっ! それが勝手な正義だというんです!」

「勝手な正義? (あたし)のいうことが正義に決まっているだろう。じゃあ正義にはむかう方が……」

 

 口を動かしながら、はるかはふと、視線を自分の胸元へと向けた。

 

 ダークシルバーの魔道着が、腹から胸にかけて、焦げ、破れ、穴が空いていた。

 ぴくり、と肩を震わせると、左手の甲で口元を拭い、その甲へと目をやった。

 血がついていた。

 

 はるかは、ほのかの手を払うように離すと、一歩下がり、口の端を釣り上げながら、ふっと呼気を漏らした。

 軽く、頭を下げた。

 

「これまでの失礼を詫びよう。魔法女子ほのか。ようやく本気を出してくれたようで、嬉しいよ」

 

 ほのかは、ぜいぜいと息を切らせながら、なにをわけの分からないことをいっているんだとでもいいたげな、いぶかしげな表情を、その顔に浮かべた。

 

 はるかは、続ける。

 

「それと、さっきの発言を訂正しよう。舐められるのが一番ムカムカする、といったこと。もっと我慢ならないことがあったよ」

 

 はるかは、ただ微笑み続けているだけ。

 しかし、明らかにその微笑みの質が変わっていた。

 

 ほのかの身体に、ぞくり鳥肌が立っていた。

 

「それは、この身体が傷つけられること。ええと……つまり、覚悟している、ってことでいいんだよね? あたしを傷つけたってことはさあ。……ねえ!」

 

 はるかの顔が、一瞬にして、狂気憎悪に満ちたものになっていた。なったというよりは、開放したというのが正しいだろうか。そして、一歩、踏み出した。

 

 無意識に、じりと一歩引くほのかであったが、その瞬間、顔面がどおんと爆発した。はるかが瞬時に距離を詰めて、頬へと拳を叩き込んだのだ。

 

 惑星をも砕くような重たい一撃であったが、だというのに、ほのかの身体は飛ばされることなく、同じ位置に存在していた。何故ならば、打ち込まれた瞬間、はるかに胸ぐらを掴まれて、引き寄せられていたからである。

 

 次の一撃がほのかを襲った。今度は膝である。

 はるかの膝が、腹にめり込んでいた。

 

 あまりの激痛、嘔吐感に、ほのかの顔が醜く歪んだ。

 ふらりと崩折れた。

 

 いや、崩折れ膝を付く寸前、髪の毛を掴まれて、ぐいと張り付けされるように持ち上げられていた。

 ほのかの身体は、そのまま地面へと叩き付けられた。

 

 はるかは身を屈め片膝を付くと、ほのかの顔面を鷲掴みにして、再び地面に叩き付けた。怒りと喜悦のないまぜになった表情で、何度も、何度も、何度も。

 

 立ち上がりながら、ほのかの髪の毛を掴んで引っ張り起こすと、すっかりぼろぼろになって意識朦朧としているその顔へと、拳を叩き込んだ。

 二発、三発、と容赦なく叩き込んだ。

 

 ぺしり、

 

 ほのかが、朦朧としながらも頬を叩き返していた。

 

 が、次の瞬間、ほのかの鼻っ柱を、突き出されるはるかの拳がぶち抜いていた。

 

 よろけるほのかの腹部に、はるかの膝が再びめり込んでいた。

 激痛と、こみ上げる気持ち悪さとに、ほのかは顔を歪めて前かがみになる。

 

 その背中に、はるかの両拳がハンマーのように打ち下ろされて、ほのかの身体は地に崩れた。

 

 はるかの攻撃は終わらない。

 倒れているほのかの背中を、何度も何度も踏み付ける。

 

 どおん、どおん、と、その都度、大地震のように地面が激しく振動する。

 ほのかの身体の半分以上が、地面にめり込んでいた。

 

「飽きた」

 

 はるか、不意につまらなさそうな顔になって、ぼそり。

 

 地面に陥没しているほのかの魔道着を掴んで引っ張り起こすと、その身体を、紙くずか木ぎれかのように宙へ軽々高々と放り投げていた。

 

 空高くに浮くほのかの身体であるが、いつ追い越したのか、それよりも遥かに高く、はるかの身体はあった。

 

 はるかは、口を開く。

 

「汝に贄を与える。存分に血を吸うがいい、デスアックス。契約者は、我、はるかなり!」

 

 宙を舞うはるかの右手に、幼児の身体ほどもある巨大な、黒い斧が握られていた。

 

 すぐ眼前には、すっかり意識をなくしている、ほのかの身体。

 はるかは微笑みをたたえたまま、巨大な斧の柄を改めて両手で握り直すと大きく振りかぶり、そして、振り下ろした。

 

 

 

 映像画面が切り替わる。

 オレンジ背景の、シルエット画へと。

 からみあう、二つの黒い影。

 影の一つが、両手にした巨大な武器のようなものを、振り下ろした。

 もう一つの影が、真っ二つに分かれていた。

 

 

 

 通常の映像画面に戻る。

 たん、と、空から舞い降りて軽々と着地したのは、ダークシルバーの魔道着、魔法女子はるか。

 

 続いて、どさりとなにかが地面に落ちた。

 それは赤毛の魔法女子、ほのかであった。

 

 落ちた痛みも感じないのか、ほのかは意識混濁といった様子で、薄目で天を見上げていた。

 ごぼり、と口から大量の血を吹き出した。

 

 どさり、少し手前に、また、なにかが落ちた。

 ぼやけた映像から、ゆっくりと手前にフォーカスが合うと、それは、

 ふんわり赤いスカートからすらり伸びた、女性の足であった。

 

 再び、ほのかの顔にフォーカスが合う。

 

「まも、れなか、った、ごめん……ごめん、みんな」

 

 ごぼごぼと血を吐き続けながら、ほのかは、小さく口を動かし、かすかな、かすれるような、声を出した。

 どこを見ているのか、まったく焦点の合わない視線で。

 

 やがて口の動きがとまり、

 ゆっくりと、まぶたが閉じる。

 ほのかの視界は、完全に真っ暗になった。

 

 

 

 真っ黒な画面。

 無言無音の音無し状態。

 

 画面中央で、つまり、遠くで、なにかが小さく光った。

 

 人の……女性の声が、静寂を破った。

 

「勇気。……君に、あるかな?」

 

 

 

 ぱっ、と画面が明るくなり、軽快な音楽が流れ、

 ほのか、あおい、ひかり、しずか、の四人が踊る3DCGによるエンディングが始まった。

 

 笑顔楽しげで始まって、

 星を見上げてちょっと寂しげに終わると、

 

 続いて、次回予告。

 

 予告については、その音声だけを抜き出して紹介しよう。

 何故ならば今回は、回想シーンや、顔面アップなどばかりで、次回の話を想像出来るような要素が完全に排除された予告だからである。

 

 

 

 ひかり「えーーーっ、こ、これどうなっちゃうのお!」

 

 しずか「来週までのお楽しみ」

 

 ひかり「待ちきれないよお。というか、お楽しみとかいう状況では、ないような……」

 

 あおい「だよなあ。しっかしハードな展開やなあ、ほんまにい。このあと半からの『ひぽぬらぴたん』と、雰囲気違いすぎますやろ」

 

 しずか「な、なぜ関西弁」

 

 ひかり「というわけでっ、次回、魔法女子ほのか、第八話」

 

 三人「『勇気』」

 

 しずか「みんな、みてねー」

 

 ひかり「チャンネルそのままで、『ひぽぬらぴたん』もよろしくー」

 

 あおい「いいよ別に変えちゃっても。あんな変なアニメ」

 

 しずか「しーっ! しーっ! スポンサー一緒! スポンサー一緒!」

 

 あおい「え、ええーーっ! ひひ、ひぷぱらぽんもヨロシクう!」

 

 ひかり「いえてないし」

 

     2

 居間で、

 山田レンドル定夫は、

 提供紹介が映っている大型テレビの画面を見ながら、

 身体をガタガタと震わせていた。

 

 心と肉体、あまりのガタガタ相乗作用に、黒縁眼鏡がずり下がるどころかずり上がっていく。

 これはトゲリンオリジナルの妖術であったはずだが、いつの間にか定夫も会得していたようである。

 

 そんなどうでもいいことよりも、

 

「なんなんだ、この、終わり方は……」

 

 一体、なんなんだ、この展開は。

 どうなってしまったんだ。

 ほのかは、どうなってしまったんだ。

 つうか、助かるのか? あれで……

 

 まさか五番目の魔法女子であるはるかと、あそこまで壮絶な殺し合いをするとは。

 

 しかも負けるとは。

 

 どう捉えればいいんだ、この状況を。

 どう持っていけばいいんだ、おれの、気持ちを。感情を。

 

「そそ、そうでしっ」

 

 定夫はソファから立ち上がり、慌てたように居間を出ると、何故だか四足でドタバタ這うように階段を上って、自室へ。

 

 パソコンをスリープ解除させ、ごちゃんねるインターネット掲示板を開いた。

 

     3

 245

 20××/07/07/18:36 ID:766659 名前:ホのルる

 

 いいのかよ、これ。

 

 

 

 246

 20××/07/07/18:36 ID:825439 名前:陳大使

 

 両断、されてたよな。間違いなく。

 

 

 

 258

 20××/07/07/18:38 ID:285493 名前:くまさわ

 >>246

 されてた。ぼかしてたけど。

 

 

 

 263

 20××/07/07/18:39 ID:825439 名前:陳大使

 

 いや、ぼかしてないも同じだろ。

 

 

 

 264

 20××/07/07/18:39 ID:766659 名前:ホのルる

 

 次どうなるのか、予告もまったくちっともワカランかった。

 

 

 

 269

 20××/07/07/18:40 ID:252687 名前:へろへろ

 

 わざとだよな。予告。まくしたてるような声優のしゃべくりでごまかして、内容が想像つくような映像は、いっさい見せなかったからな。

 

 

 

 271

 20××/07/07/18:40 ID:196473 名前:しずる感

 

 アメアニの謎のシルエットは、敵キャラであるハルビンだったわけだけど、今度の水曜発売のアメアニに、またシルエット出んじゃねえの。

 

 

 

 276

 20××/07/07/18:42 ID:395658 名前:ちむちむ

 

 来週のサブタイトル「勇気」って、もしかしてスピンオフのユウキが本伝に出るのかな。

 

 

 

 282

 20××/07/07/18:44 ID:195468 名前:しじまるくん

 次からいきなり主役じゃねえの。ゆうき。

 

 

 

 288

 20××/07/07/18:45 ID:269575 名前:遠藤健一

 >>282

 だとすると、最後の、暗闇の声がそれってことだろ。でもエンディングのキャスト紹介で、ゆうきとも、謎の声とも、なかったよな。

 

 

 

 296

 20××/07/07/18:47 ID:567589 名前:さだきよ先生

 >>288

 なるほど。話の冒頭で、女子生徒らの会話シーンがあったけど、あの中に、その声優がいるってことだな。

 

 

 

 300

 20××/07/07/18:48 ID:945682 名前:女教授

 

 あの会話シーン、かなりうざったかった。

 キャスト紹介の時に想像されるのをごまかすために、ムリクリ冒頭のシーンを作った気がする。

 

 

 

 310

 20××/07/07/18:51 ID:156865 名前:ぽこみち

 >>300

 そうだな。まあ、あの謎の声は、考えるまでもなく七森七未だけどな。

 

 

 

 318

 20××/07/07/18:53 ID:568579 名前:びんはる

 >>310

 だな。女生徒C、と今回は出ていたが、それだけのために、ななもっタンを使うわけなし。

 

 

 

 322

 20××/07/07/18:54 ID:567589 名前:さだきよ先生

 

 ななもっタン、ゆうきの声にピッタソ。

 

 

 

 324

 20××/07/07/18:55 ID:528567 名前:じゅぴてる

 

 1クールを折り返したばかりで、もう主役交代かよ。

 

 

 

 333

 20××/07/07/18:57 ID:945682 名前:てる

 >>324

 まあ、死んだしな。

 

 

 

 339

 20××/07/07/18:59 ID:132325 名前:きゅあふり

 

 いや、なんかあんだって。こんなにも早くに、タイトルにもなってる主人公が死んで、タイトルと違う名前のキャラが主役になるわけないだろ。

 

 

 

 349

 20××/07/07/19:01 ID:854632 名前:ぷっち

 

 ダン○インの後の、ビ○バインの例があるだろが。

 

 

 

 359

 20××/07/07/19:03 ID:132325 名前:きゅあふり

 >>349

 知らんザマショ。

 

 

 

 364

 20××/07/07/19:05 ID:356895 名前:角ふ市

 

 そもそも死んでねえって。死ぬんなら、最後のシーンはなんなんだよ。視界が狭くなって、真っ暗になって、謎の声が聞こえて、って、ホノタソの体験だろ?

 

 

 

 372

 20××/07/07/19:07 ID:952382 名前:しがにー

 >>364

 そう思わせとくこと、つまり生きてるはずとリスナーに思わせるところが、ラストへの伏線になってくわけよ。ラストで意外な場所でホノタソの白骨死体か見つかって、ああ、あのことごとくのピンチから護ってくれていたのは、タソの霊だったんだ。って、ジーンとくる終わり方になるわけだ。

 

 

 

 386

 20××/07/07/19:10 ID:956852 名前:らすかる先生

 >>372

 それはない。つうか、死んでない。

 そもそも、「リスナー」ではない。

 

 

 

 388

 20××/07/07/19:10 ID:525536 名前:さだやす

 

 死んでないだろ。第二期の制作が決まってるのに。まだ7話が終わったばかりだぞ。

 

 

 

 396

 20××/07/07/19:11 ID:365687 名前:はむさら

 >>388

 じゃあ第二期は、タイトルが違うんだよ。順繰りで4期までやんじゃないの。死んで一人ずつ減ってく。

 

 

 

 403

 20××/07/07/19:14 ID:965781 名前:たそもえ

 >>396

 「魔法女子あおい あと三人」「ふたりは魔法女子」「最後の魔法女子ひかり うえ~ん」

 

 

 

 405

 20××/07/07/19:15 ID:483156 名前:しど

 

 おれも死んでる派だなあ。きっとホノタソは、魂になって、残りの3人をパワーアップさせるんだよ。で、合体技で今度こそハルビンを倒す。

 

 

 

 407

 20××/07/07/19:17 ID:675213 名前:ますおくん

 

 ハルビン仲間になんじゃないの?

 

 

 

 412

 20××/07/07/19:19 ID:457632 名前:スネークモンキー

 >>407

 無理だろおおお。仮に誰かに操られていた設定にしようとも無理だろ。主人公の胴体を真っ二つにぶった切って殺してるんだぞ。

 

 

 

 414

 20××/07/07/19:20 ID:825436 名前:さだむ

 

 つうかさあ、いいのか、これ。放送しちゃって。衝撃的すぎるぞ。

 

 

 

 416

 20××/07/07/19:22 675213 名前:ますおくん

 

 ビデオ録画の時代とはいえ、18時からテ○東でやるアニメでやる内容じゃあないよな。

 

 

 

 420

 20××/07/07/19:23 ID:945682 名前:吉田ぶりふ

 

 そうだよな、子供もたくさん見ているんだぞ。

 

 

 

 422

 20××/07/07/19:25 ID:625699 名前:えひむ男爵

 

 俺の妹、ショックで泣いてたよ。

 

 

 

 428

 20××/07/07/19:28 675213 名前:だしまきたま

 >>422

 かわいいな、その妹。くれ。

 

 

 

 436

 20××/07/07/19:31 ID:625699 名前:えひむ男爵

 >>428

 43才だが、いいのか?

 

 

 

 443

 20××/07/07/19:35 ID:124578 名前:ごーまだむ

 

 しかしすげーものを生で見てしまったなあ。

 クレーム殺到して再放送出来ないアニメになりそうだから、第二期、なくなるんじゃない?

 

 

 

 449

 20××/07/07/19:37 ID:834216 名前:やすはる

 

 クレームは必至だろうな。

 ほとぼりさめたころに、タイトル変更してパート2開始かな。

 

 

 

 457

 20××/07/07/19:39 684562 名前:ずっちゃまくん

 

 格闘魔女ほのか。とか。

 

 

 

 466

 20××/07/07/19:43 ID:284132 名前:インド

 >>457

 なくはないタイトルだな。魔法といいながらも本○ひろし顔負けの、殴る蹴る砕くの格闘アニメだからな。とはいえ、今日の話ほど凄まじいのは見たことないな。

 

 

 

 470

 20××/07/07/19:44 ID:468549 名前:ずししのすし

 

 ほのかさえかろうじて生きてれば、結局のところ劇中では誰も殺してないんだしハルビン仲間になれるよね。

 

 

 

 477

 20××/07/07/19:47 ID:795798 名前:まっすー

 >>470

 なんないだろ。最近はきっちり数やフォーマットを合わせることが、別に主流ではない。子供三人の中に、一人大学生が混じってたりとか、当たり前だからな。

 

 

 

 485

 20××/07/07/19:50 ID:525362 名前:もにぷに

 

 もし当初から仲間になるはずだったんなら、五人だし、はるか、ひかり、ほのか、「はひふへほ」で合わせたんじゃないかな。ふうか、とか。

 

 

 

 493

 20××/07/07/19:52 ID:365687 名前:はむさら

 >>485

 女で、へで始まる名前なんか無理だろ。

 

 

 

 502

 20××/07/07/19:54 ID:251346 名前:あおもりじん

 >>493

 へ○るがいるだろが!

 

 

 

 510

 20××/07/07/19:58 ID:365687 名前:はむさら

 >>502

 そんな古い声優知らねえよ。

 

 

 

 511

 20××/07/07/19:58 ID:525362 名前:もにぷに

 >>502

 ほのかのほのかなフォーマットに合わせるのが難しいぞ、それは。

 

 

 

 513

 20××/07/07/19:58 ID:457521 名前:ほーぷろもーど

 

 外人キャラでヘーコックとか、いいんじゃない? 「ヘーコックの怒り爆熱ヘーコック」、とか叫んで、いきなり後ろを向いてブーッとかます。

 

 

 

 520

 20××/07/07/20:00 ID:628596 名前:ソドム

 

 いねえよ、そんな外人。つうか、主人公死んだのにふざけたこと言ってんじゃねえよ。

 

 

 

 

「死んでないっ!」

 

 山田定夫は大声で叫びながら、脂肪まみれのぶっとい指でキーボードをガチャガチャガチャガチャ叩いた。

 送信!

 

 

 

 

 530

 20××/07/07/20:03 ID:854861 名前:レンドル

 

 両断などされていない。あれはトリック。マネキンの足だ。もしくは勝利を確信したハルビンの、思い上がりからの幻覚。ほのかは絶対にこの絶体絶命の危機から見事復活を果たし、そして、勝利するのだァァァァ! ほのかウイン!

 

 

 

 

「ふーーーっ」

 

 書き込みを送信すると、背もたれに背を預け、長い太いちょっと臭いため息を吐いた。

 二十秒ほどおいて、掲示板の表示を更新する。

 

 

 

 

 541

 20××/07/07/20:06 ID:795798 名前:まっすー

 >>530

 でも予告に、ほのかの声優、出てなかったじゃんか。つまり、よーするに、そーゆうことだろ。

 

 

 

 

「いいっ、イチオチはむかうなあああ!」

 

 定夫は立ち上がり、右腕振り上げ怒鳴った。

 

「イチイチはむかうなあ!」

 言い直した。他に誰もいないのに。

 再びぶっとい指でキーボードをカタカタ。

 

 

 

 550

 20××/07/07/20:09 ID:854861 名前:レンドル

 >>541

 そのキャスティングから次週を推測させる作り手の思惑にハマっていることに何故気づかんっ! 状況からの先読み理論ではなくアニオタの勘を働かせろ! どう考えても、ほのかパワーアップ復活の布石だろうがハァ!

 

 

 

「ふーーーーっ」

 

 書き込みを送信すると、長い太いちょっと臭いため息を吐いた。

 

「しかし……」

 

 ぎぎぎい、っと背もたれに背中を預ける。

 バキリと凄い音がして、背もたれの支えが折れて、後ろにひっくり返って、後頭部を床に強打した。

 

「びちゅびかちゅううううん」

 

 あまりの激痛に、頭を押さえて妙な呻きを発したきり、しばらく身動きの取れない定夫であった。

 

 痛みがおさまると、這うようにベッドへと上って、ごろり寝転がった。

 

「くそ、また椅子を壊してしまった。もっと頑丈なのじゃないとダメだな」

 

 ダイエットするつもりは毛頭ないようである。

 

「しかし本当に、なんだかドエライ展開になってしまったなあ」

 

 ほのかのことである。

 どう持っていくつもりなのだろう。

 

 実は異世界古代の科学者が、とかおれたちが考えた設定を生かすつもりなのだろうか。設定資料は渡してあるのだから、あり得ない話じゃないよな。

 そのための布石となる話が、今回ということなのだろうか。

 

 でも、どうするつもりなのだろうか。

 どう展開させていくにしても、まずは、ほのかがどうやって助かるのか。あんなことになってしまって。

 

 緊急用に下半身が別に作ってあって、そっちとパイルダーオンするとか。

 

 上半身だけでなんとか根性でハルビン倒して、そっちの下半身を奪っちゃうとか。

 

 でもそんな遊星からの物体みたいなことが出来るくらいなら、分断された自分の下半身と再び合体すればいいだけだよな。

 

 いやいや……つうか分断されてなどいないっ!

 視聴者をただ驚かせたいだけの演出で、なーんだそうだったのかハハハというカラクリが、きっとあるに違いない。

 

 ふと、携帯電話にメールの着信があるのに気付いた。

 表示させる。

 

 

 「レンさん、みた? ほのかが死んじゃったよおおお! やだああああああ!」

 

 

 敦子殿からであった。番組が終わって、すぐに送信されたものだ。

 定夫は、ぱぱっと指を乱れ打ち、

 

 

「死んでぬい!」

 

 

 返信した。

 ふーっ。

 ん?

 打ち直し、

 

 

「死んでない!」

 

 

 もう一回送った。

 

 そうだ、ほのかは死んでなんかいない。

 胴体両断なんかされていない。

 と、思う。

 思いたい。

 思いたいけど……

 

 ただ、

 不謹慎かも知れないが、胸のうちを誰にいうわけでもないので、ちょっと自分の気持ちに素直になってみると、定夫は、ちょっとわくわくもしていた。

 魔法女子ほのかという物語が、これからどんな展開を迎えるのか。

 

 ピンチ、というかピンチを通り過ぎてもう結果が出てしまったかのような状況に陥ったほのかが、どうなっていくのか。奇跡の大逆転があるのか。それともまた別の、予想しない展開が待っているのか。

 

 好きなキャラを襲った悲劇を純粋に悲しんでいる敦子殿と違って、間違いなく、少なからず、期待にわくわくしていたのである。

 

     4

 夜の、沢花家。

 まあ家の中でのことなので、昼でも夜でもどっちでもいいのだが。

 

 沢花祐一は、居間でテレビを観ている。

 クイズ番組だ。

 

 いつも観ている番組ではない。

 たまたま興味をひかれる問題が出たところから、チャンネル変えるのも面倒だしそのまま惰性で、というだけだ。

 

 のめり込んでいるわけでもないが、さりとてつまらない退屈だと感じているわけでもなく、テレビというアイテムを有効活用してのんびりを地味に堪能していた。

 

 とまあ、どちらかといえば楽しいくつろぎタイムであったわけだが、だがそれも、あの音が聞こえるまでだった。

 

 

 とん、

 とん、

 

 

 階段を降りてくる元気ない足音が耳に入った瞬間、祐一は本能的にげんなりとした表情になっていた。

 

 はーあがっくし、といった雰囲気に満ちたため息が聞こえてきたことで、本能に間違いなかったことを確信した祐一は、顔に浮かぶげんなり感をさらに強めた。

 

 さあ、くるぞ。

 あいつが。

 

 3

 2

 1

 

 カチャリ。

 すうーーっ、と妹の敦子が、居間に入ってきた。

 

 生気を完全になくした、青ざめた顔で。

 よろりよろりとした、幽霊やゾンビといった、そんな足取りで。

 

 テーブルと、祐一の膝との間に、強引に足を割り込ませて、狭いところをぐいぐいぐいぐい強引に通り抜けようとする敦子。テーブルの反対側なら、スペースたっぷりだというのに。

 

 なんとか通り抜けたかと思うと、くるり踵を返して、また隙間に強行侵入してきた。

 

「はーあ」

 

 肩を落とし、ため息を吐きながら、ぐいぐいぐいぐい強引に、祐一の膝にごつごつごつごつ強引に、通り抜けた。

 

 飽きずにまだ繰り返すつもりなのか、くるん、と身体を回転させる敦子。足をもつれさせて、後ろによろけて壁にズガンと後頭部を強打。

 

「うぎい」

 

 敦子は、ひざまずき、呻き声を絞り出しながら後頭部をおさえた。

 

 兄、祐一は、視界の片隅にそんな妹を捉えつつも、テレビから目をそらさなかった。

 少なくとも、「大丈夫か?」などとは、絶対にいいたくなかった。絶対に声を掛けたくなかった。

 

 演技に決まっている。

 なにかあったのか、と尋ねて欲しいだけだ。

 「なんにもないよお」などととぼけてくるだけなんだから。

 

 なにも構わないでいても、「辛いよお」などと独り言が始まるのだろうが、そっちのがまだましだ。構ってアピールモードになった敦子とは、接したくない。あまりに鬱陶しいから。

 

 兄のそんな気持ちを知ってか知らずか、壁に頭を強打した痛みに呻いていた敦子であるが、涙目で後頭部をおさえたまま立ち上がると、また、よろりよろりと歩き始めた。

 

 祐一は、ふんと小さく鼻を鳴らす。

 さして痛くもないくせに。最近、演技で涙を流せるようになってきたからって、よくやるんだよ。

 暇なら自分の部屋でアニメでも観てろよ。

 

「辛い。辛いよう」

 

 ほら出た、独り言。

 

 祐一は、小さく舌打ちした。

 敦子は、床にけつまづいて転びそうになるが、咄嗟に片足を出して持ち直すと、ふらふら歩きを再開する。

 歩きながら、ちらりとこちらへ視線を向ける。

 

 その、察してアピールやめろよ! 察してっから絶対に話し掛けたくないんだよ!

 腹立つなあ、本当に。「なにがあったんだ?」なんて、聞かないからな。絶対に聞かないぞ。

 ほんと鬱陶しいな、このオタク女は。

 

「そ、そうだあっ! めかまじょだって、新アイテムのハイパーキーで、マジックジェネレーターをフルスロットル始動させてパワーアップしたじゃないか!」

 

 また、なんだかわけの分からないことをいい出したよ。

 なんだよ、メカマジョって。つうか、お前の脳味噌だろ、フルスロットル迷惑全開なのは。

 

 そんな怪訝そうな迷惑そうな、祐一の露骨な表情にもてんでお構いなし、敦子は彼のすぐそばに立つと、叫びながら両腕を高く振り上げた。

 

「ワン ツー ワンツースリーフォー! じゃじゃじゃじゃじゃーーん」

 

 両腕をすっと下げて、両の拳を祐一の眼前数ミリのとこにまで突き出した。

 プチリ、と祐一の脳の血管が切れ掛かる。

 

「ハイパーキー! マジックジェネレーター始動フルスロットル!」

 

 右の二の腕に、鍵を差し込んで回すような仕草、腕と身体をぶるんっと震わせた。

 

「新変身シーンはあ、この捻った瞬間の、ぶうんって高く低く震えるアクセル全開な感じがミソなの」

「ミソでもなんでもいい。出てけえ!」

 

 ついに、切れた。

 うおおお叫びながら、ソファから立ち上がるや否や敦子の脳天に空手チョップ。ぐらりよろけた彼女の胸に、水平チョップを連打。

 スエットの布地をがっしと掴み、ソファ目掛けてブレーンバスターで叩き付けると、ううーんとのびてる彼女に容赦なくパワーボムで追撃。

 

 ダンゴムシのように丸まっている妹の身体を、そのままゴロンゴロンと転がして、部屋から追い出しドアを閉めた。

 

「ふーっ」

 

 虚しい勝利に、虚しいため息。

 どうせ三十秒もしないうちに、何事もなかったようにまた戻ってくるのだから。

 

 

 さすがクイズ番組好きというべきか、その予想、大正解であった。

 

     5

 湯気のもうもうけむる中、沢花敦子は湯船の中で横たわるように身体を浅くして、鼻のすぐ下までお湯に浸かっていた。

 珍しく、眼鏡を外した敦子である。お風呂なので当然だが。

 

 ふと思い出したように、右手を後頭部にあて、なでた。

 

「いやあ、さっきはまいったなあ。壁にゴツンと思い切りぶつけちゃったからな。もう痛みはないけど心配だあ」

 

 兄に魂全力のブレーンバスターをかけられていたことの方が、よほど心配事な気もするが。

 

「ふいーーーっ」

 

 どんどん浅い角度になって沈んでいく上半身を、いったん起こすと、浴槽の縁に肘をかけて、長い息を吐いた。

 

 気持ちは、だいぶ落ち着いた。

 お風呂に入り、湯船に浸かったことで。

 

 つい先ほどまでは、本当に酷い状態だったのだから。

 あたふた狼狽してレンさんたちにメールを送ったかと思うと、今度はどんより鬱のような状態になってしまって。

 まだ、悲しみが癒えたわけではないが。

 

 なんの話かというと、つい先ほどまで観ていた今週の「魔法女子ほのか」のことだ。

 

 早い話が、主人公が胴体両断されて殺されてしまったのだ。

 巨大な斧で、スパッと。兄貴のブレーンバスターと同じくらい、躊躇なく容赦なく。

 

 シルエットなので、両断されたという確証はないが、ほぼ間違いないだろう。

 

 アニメには約束事というものがあり、もし「シルエットを使った視聴者に対してのトリックで、実はピンピンしてましたあ」では、それこそルール違反というものだ。

 

 つまり、普通に考えて主人公のほのかが真っ二つにされたことに間違いない。

 つまり、普通に考えてほのかは助かりっこない。

 

「あたしが、変なことばかり考えていたからかなあ」

 

 ほのかが、無残な最後を遂げることになったのは。

 

 変なこと、とは、次のようなものである。

 ほのかの声、元祖は敦子であるが、テレビアニメ化にあたり()()(ゆい)()に変更されている。大人気アニメ「はにゅかみっ!」の主人公で有名な、人気声優だ。

 敦子としては、自分の持ちキャラを取られてしまったという、相当に悔しい思いがあった。

 その思いが、無意識のうちに怨念になっていたのではないか、ということだ。

 

「でも……」

 

 那久さんの演技を素晴らしく思い、尊敬し、勉強しようと思っていたことも間違いのない自分の気持ち。

 だから別に、わたしが呪ってこうなったわけではない……はず。

 

 だいたい、もしもそんな能力があるくらいなら、持ちキャラを死なせて仕事奪ってやれとか、そんなセコセコしたことじゃなくて、那久さん本人に呪いが行くのが当然ではないか。

 

 だから、わたしはなんにもしてない。

 変なパワーなんか発していない。

 無実、そう、無実だ。

 

「とはいうもののなあ……」

 

 後味がよくないのも確かだ。

 ほのかの一ファンとしても、

 ほのかの初代声優を務めた身としても。

 こんなことを考えていて、なにがどうなるものでもないけれど。

 

 わたし自身の気持ちは、それはそれとして置いといて、この先、一体どうなるのだろうか。

 ほのかは。

 

 残った最後のパワーをあおいたちに分けて、自らは朽ち果てて、とか、せいぜいその程度の結末しか考えつかない。……あんな倒され方では。

 

 そうなったら、もう、出てこないのかなあ、ほのか。

 だって、どう考えても、助かりっこないものな。

 

 それとも、なにかあるのか。カラクリが。

 死んだのは影武者だった、とか。

 

「いやいやいや、だとしたらその影武者こそが物語の主人公であって、そのキャラの死んだ重みに変わりはないでしょう」

 

 武士道戦隊チャンバラファイブで、殿の正体が殿の影武者だったけど、それと同じだ。

 

 でも……

 死んじゃった、と決め付けて勝手に悲しい気持ちになっていたけど、考えてみれば生きている可能性だって充分にあるんだよな。

 

 作品タイトル、「魔法女子ほのか」だぞ。

 

 それと、さっき観た話の最後、「勇気あるかな?」って、ほのかへの問いかけだものな。あの、七森さんの声。

 

 でも、でも、それじゃあ、どうやって助かるんだろう。助かるとして、どうやって。

 

 もともと魔法っぽい魔法がばんばん出ているアニメならば、魔法で肉体が戻るのかなという期待も出来るけど、ほとんど殴る蹴るの火力アップにしか使ってないからなあ。

 でも、なら、どうやって……

 ほのかは……

 

「ダメだ。あたし程度の頭では、思い付かない」

 

 考えども考えども、納得いく筋書きは浮かばなかった。

 

 ルプフェルならば天才頭脳でさらり解決の方程式を導き出してしまうのかも知れないが。いや、ダメか、「あたしの勝利の方程式があ」と、自滅するのがルプフェルのお約束だからな。

 

 などといつまでも考え続けていたものだから、敦子はすっかり長湯になってのぼせてしまった。

 

 ぐええ、と呻きながら浴室を出た。

 

 身体をバスタオルで拭きながら、ふと洗面鏡を見ると、元気のない自分の顔が映っている。

 

 眼鏡をかけていないので、ちょっとぼやけた敦子が鏡の中。

 そんなぼやぼやとした自分を見ているうちに、なんだか情けない気持ちになってきた。

 

 プロ声優を目指しているくせに、と。

 

 自分が関わったキャラに感情移入することはよいが、割り切ることが出来なければだめだろう。

 いちいち落ち込んでいたら、周囲に迷惑がかかるというものだ。

 

 沢花敦子、お前は、なにを目指しているんだ。

 こんなことで、いいのか。

 情けない。

 情けないぞ、敦子っ。

 このバカッ。

 

 鏡に映る自分へ、拳を突き出しコツと当てた。

 すーっと息を吸う。

 吐いて、吐き切って、もう一回吸った。

 

 強がり、にっと笑みを浮かべてみせた。

 

 そうだ。

 笑顔。

 その笑顔だ、敦子っ。

 

「元気出すぞおお!」

 

 敦子は大声で叫び、右腕をぶんと振り上げた。

 

「磁界制御! マジックジェネレーターフルスロットル始動! ワンツースリーフォー! って、なんで『めかまじょ』なんだああああ!」

 

 まあ、まほのの次にお気に入りのアニメだからであろう。

 変身シーンのノリが最高なので、このようになにかにつけて真似して元気をもらってしまうのだ。

 

「ほのかも意外と、メカになって復活したりして」

 

 ……それどころか、「めかまじょ」とコラボ企画して、それで助かったりとか。黄明神博士が、変な機械を取り付けちゃうとか。

 

 ありえないか。

 スピンオフの「魔法女子ゆうき」とは、わけが違うからな。

 

 制作会社も、放映のキー局も違うし。

 

 でも、もし実現したら、どんな変身になるんだろうか。

 ちょっと、やってみようかな。

 誰もいないし。恥ずかしくない。

 

「トル ティーグ ローグ、古代に埋められし精霊たちよ、ここへ集えっ! 魔道ジェネレーター、フルスロットルで発動っ! 混ぜただけやーん! って、なんでなんで関西弁? あたしはめかまじょナンバーフォーの、(みや)(もと)()(なえ)かああああ。でも、でも、おかげでえ、ちょっとだけ辛さが紛れたあああ! よおし、キラキラスパイラルでも歌って、もっともっとお、ぶうっ飛ばすぞおおおおっ! キラキラキラキラキラキラキラキラ…」

「風邪ひくから! バカやる前にパンツの一枚でも履きなさい!」

 

 いつの間にかドア開け立っていた母に、怒鳴られる敦子であった。

 

     6

「というわけで、お風呂あがりにいつまでも素っ裸でいて、風邪をひいてしまいました」

 

 へくちんっ。

 くしゃみとともに、ずるんと勢いよく鼻水が出た。

 

「ティ、ティッシュ、ほら」

「ず、ずびばせん」

 

 敦子は慌てたように定夫から一枚受け取り、ずびむと勢いよくかんだ。

 

 ここはおなじみ、山田レンドル定夫の家である。

 メンバーもおなじみ、定夫、トゲリン、八王子、敦子殿。

 

「プロ声優になることを志す者として、情けない限りです。風邪対策をおろそかにしていたことも、この身体の弱さも、発端となったメンタルの弱さも」

 

 はーあ、などと脱力のため息を吐いていると、また、ずるんと濃いのが垂れて、慌てて定夫からティッシュを受け取った。

 

「おれも、なんか鼻がむずむずしてきた。風邪ひいたのかな」

 

 定夫は鼻をおさえようとするが、その瞬間、どおっ、となにか垂れて、口へと伝った。

 指で拭ってみたところ、それは鼻水ではなく、

 

「レ、レンさんっ、すっごい鼻血が出てるっ!」

「ちち、違うしっ、鼻血じゃないしっ。そう、鼻水っ、なんかっ、赤い鼻水が出たあ!」

 

 風呂あがりにずっと全裸でいたという敦子の話に興奮したと思われたくなくて、必死にごまかそうとするレンドル定夫なのであった。

 実際問題、鼻血の原因は百パーセントそれであったが。

 

「ふがあ!」

 

 大慌てで、ティシュを尖らせて鼻にねじ込む定夫。

 

 鼻水や鼻血の話をいつまで続けていても仕方ないので、そろそろ進めることにしよう。

 今日四人が集まったのは、「ほのかは、どうなったのか」を論じるためである。

 あと数日で次の話が放映されるわけであるが、四人とも、それまでとても待ちきれなかったので。

 

 事実を知るためには放映まで待つしか選択肢はないが、みんなと語り合うことによって、各々の心に納得が見つかればよいのである。

 次回放映まで乗り切るための、パワーを充電することさえ出来ればよいのである。

 

 パワーといっても、元気活力といった前向きなものではなく、狂わぬための精神防壁を維持するためのパワーだが。

 

 彼らは現在、例の「ほのかの胴体両断シーン」と、その前後部分を繰り返し繰り返し観ていた。

 そこからなにかを見出そう、と。

 それを語り合って、よい予測を導き出して、みんなで元気を出そう、と。

 

 しかし、

 

「やはり、映像だけからの判断は不可能なのであろうか」

 

 何回目かの視聴で、トゲリンが不意にネチョネチョ声でぼやき、ため息を吐いた。

 

「そうだね。まあ、そうとしか考えられないように、映像を作って見せているからねえ」

 

 そのようなことは理解した上での、それでもなにか発見出来ることがあるかも知れない、という今日の集まりだったわけだが、

 

 結局、

 なにも分からなかった。

 シルエットから想像出来ることがおそらく事実なのだろう、ということくらいしか。

 

 なお、この件、こうして騒いでいるのは定夫たちだけではない。

 全国のオタたちの間で、騒動になっていた。

 

 大人気テレビアニメの主人公が、ストーリー半ばにしてあっさり胴体を両断されたのである。当然というものだろう。

 

 ネットニュースや情報ワイドによれば、夕方に放映している大手キー局の全国区アニメとあって、視聴者からの猛烈な抗議が殺到したらしい。

 

 また、ほのかファンによる、助命嘆願運動もあちこちで起きているということだ。

 定夫たちには、そうした運動に参加するつもりは毛頭なかったが。

 

 来週の話など、とっくに完成しているわけで、運動を起こしてなにが変わるはずもないからだ。

 第二期への要望というなら、分からなくはないが。

 

 事実を捻じ曲げようということでなく、ただ次回放映までの間に、少しでも安息を得たいだけなのだ。定夫たちは。

 

 結局、トゲリンのいう通り映像からはなにも分からなかったが。

 

 結局、もう出尽くしている話を、いたずらに繰り返すことしか、心を慰める術がなかった。

 

 ほのかは主人公である、だから死ぬはずがない。

 ラストで誰かがほのかに語り掛けているのに、死ぬはずがない。

 魔法使いなんだ、なんとかなる。

 主役交代なら、アメアニにシルエットが乗るはずだ。

 多分、だから、ほのかは死んでいない、もしくは復活する。

 

 と。

 果たして、どうなるのであろうか。

 惚笛ほのかの、生命は。

 

 判明するまで、あと数日。

 次の木曜日、午後六時。

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