目立ちたくないので転生特典は魔力ゼロでお願いしますっ!   作:ヒタク

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七話 さらば私の平穏ライフ……っ!

「ご、ごめんなさい!」

 

 部屋へ入ったメアリーが扉を閉めた後、すぐに口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

「あらあら」

 

 そんなメアリーの言葉をいつものように優しく受け止めるシスター。

 

「ちょっと椅子に座って待っていなさい」

 

「え、あ、うん」

 

(あ、あれ……? 怒ってないのかな……?)

 

 シスターの言葉に面食らってしまったメアリーだったが、ひとまず言われたとおりに机の前に置かれた椅子へ座った。

 皆が食事をする際に使う長い机に一人ぽつんと座っている。

 孤児院の近くには民家はほとんどなく、皆寝静まっているためか、光源は長机の上に置かれた魔道具であるマジック・ランプのみ。

 

(い、いたたまれないんですけど……!)

 

 気分はまるで処刑台に送られる罪人の気持ち。大袈裟かもしれないが、メアリーは本気でそんなことを考えていた。

 

「――これでもお飲みなさいな」

 

 そんな折、シスターが何か飲み物が入った器を持ってきた。

 メアリーの隣に座り、器をメアリーの前に置く。

 その飲み物は暖かそうな湯気が立ち上り、ほのかに甘い香りがこちらへ漂ってくる。

 白いその飲み物は――

 

「ホットミルク?」

 

「……? あら? この飲み物はツェスト・ガーラよ? 何か似た飲み物でもあったのかしら?」

 

「あ、あはは。ソ、ソウデスヨネー」

 

 冷や汗を流しながら、慌てるように飲み物に口をつけるメアリー。

 ほのかに優しい香りが鼻をくすぐり、少しだけ時間が経ったのか、飲みやすい温度にまで下がったそれは、口の中に入った瞬間、落ち着く味とでもいうべきひどく懐かしさを感じる味を広げさせた。そして、真理であった時には感じたことのないようなほのかな甘さがアクセントとなり、ひどくおいしく感じられる。そう、その飲み物は――

 

(……ってやっぱり、ホットミルクじゃん! 名前だけ違うって面倒にもほどがあるって! ……あれ?)

 

 食べ物の名前に理不尽な怒りを覚えるが、同時にあることに思い至る。

 

(この飲み物って甘い……?)

 

「良かった。気に入ったみたいね」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべながら、シスターがメアリーを見ていた。

 そんなシスターの様子に気が付かないぐらいにはメアリーは衝撃を受けていた。

 

(甘い食べ物っていつぶりに食べたんだろう……?)

 

 メアリーの心を占めるのはその思考だった。

 真理であった時。その時は飽食の国と呼ばれる日本に住んでいたぐらいだ。甘い食べ物の筆頭であるお菓子などはしょっちゅう食べていた。

 むしろ、食べ過ぎに注意しなければならないぐらいには食べていた。

 しかし、メアリーは違う。

 

 調味料と言えば、真理であった時には見たことがないような大きな粒である岩塩に、ワインからそのまま作ったような酢ぐらい。甘い食べ物といったら年に一、二回出てくるフルーツのみだった。

 当然のことながら、メアリーが今しがた飲んだホットミルク――ツェスト・ガーラなどという名前は分かりづらいので認めたくないメアリーだった――など口にしたことなどない。

 何せ、甘いものというのは総じて高いのだ。孤児院は生活に余裕がない。それも、先ほどエドガーとエレナの会話を聞いた後では今まで思っていたよりも更に余裕などないらしいのだ。

 

「こ、これ……、た、高いんじゃ……」

 

「……そうね。ちょっとだけ、ね」

 

 メアリーの言葉に少しだけ苦笑いを浮かべながら、シスターが言った。

 そして、その言葉を聞き、思わず口から器をどかそうとするメアリーに対し、シスターが続けた。

 

「でも、それは貴女へのお祝いなのよ。だから、遠慮なんかしないでお飲みなさいな」

 

「う……」

 

 垣根なしの優しさからの言葉。

 それは本当にシスターの心からの言葉なのだろう。

 しかし、一方で現実問題として、孤児院の経営が苦しいのは確かなはず。

 

(……でも、一応、本当かどうか確かめてみた方がいい、かな)

 

 エドガーとエレナが嘘を言っているとは思わない。

 しかし、もしかすると経営が苦しいというのは大袈裟な言葉なのかもしれない。

 

「シスター。聞きたいことがあるの」

 

「何かしら?」

 

「…………孤児院って経営が苦しいの?」

 

「そ、それは……」

 

 メアリーの言葉にひどく動揺するシスター。

 しかし、一つため息をつくとメアリーの方を向いた。

 

「そうね。確かに前よりも苦しくはなったわ」

 

「や、やっぱりそうなんだ……」

 

「でもね」

 

「うん?」

 

 シスターはその言葉を言った後、メアリーを優しく抱きしめた。

 

「貴女が心配するようなことなんて何もないのよ」

 

 そう言うとメアリーの頭をゆっくりと撫でるシスター。

 

「確かに前よりもお金がもらえなくなってしまったから、少しは生活が厳しくなるかもしれないわ。でも、大丈夫よ。実は孤児院を出た貴方達の先輩がお金を送ってくれているのよ」

 

 だから、貴女が王城へ行っても私達は大丈夫よ、とシスターは続けた。

 シスターはエドガーやエレナ達よりも上の人達が冒険者や他の職業に就いて国で活躍しているとも続けた。

 しかし、それらの言葉を聞いてもメアリーはシスターの言葉が本当であるとは思えなかった。

 

(そっか、私に心配をかけまいとしているんだ……)

 

 メアリーは明日王城へ行く。

 そして、シスターの言葉が正しければ、その王城で暮らしていくことになるのだろう。

 つまりは――孤児院にはもう戻らなくなる。

 だからこそ、孤児院のことを心配することがないように優しい嘘をついてくれているのだ、ということにメアリーは気づいた。

 

(あはは。さっきエドガーとエレナの会話聞いたから、冒険者とかになっている人達も大変な思いをしているんだろうな……)

 

 階段下で聞いた話を思い出すメアリー。

 孤児院の子供やシスターは孤児院にいる時はもちろんのこと、出てからも苦労をしている。そして、それは貴族が原因らしい。

 つまり、メアリーが明日以降に出会うことになる人達だ。

 

(よしっ。決めた)

 

「あら。もう大丈夫かしらね」

 

 メアリーの顔を改めて見たシスターが言う。

 

「うん。もう、大丈夫」

 

「それは良かったわ。……さあ、明日は早いのだから、もうお休みなさいな」

 

 シスターの言葉を受け、メアリーは部屋を出た。

 そして、その場でメアリーは拳を握った。

 

(明日、王城へ行って王様に直接孤児院の経営をどうにかしてください、援助をしてくださいって言うんだ!)

 

 必ず何とかなるかは分からない。しかし、やってみる価値はあるとメアリーは考えた。

 

(くぅ……、王様に意見を言うなんて、絶対に目立つよね……!)

 

 しかし、決心したのだ、とメアリーは思い直す。

 

(さらば私の平穏ライフ……っ! …………一時的に!)

 

 どうも最後までいまいち締まらないメアリーだった。

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