南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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プロローグ
プロローグ


 海が騒がしい。

 天候も波も激しくない。ただ、砲声のやかましさが空気を震わせる。

 

「清霜!」

 

 制止の色を帯びた叫びが聞こえる。それを振り切るように一つの影が躍り出た。

 戦場である。今、この場所では艦艇同士の砲撃戦が繰り広げられていた。

 

 ただ、艦艇と言っても――それは本来あるべき形を成していなかった。

 

 片や少女の姿をしており、片や怪物じみた風貌をしている。前者を艦娘、後者を深海棲艦という。

 飛び出した人影――清霜と呼ばれたのは艦娘である。水上を駆ける小柄な身体つき、小さな砲塔と大きな魚雷発射菅は、彼女が駆逐艦の艦娘であることを示していた。

 

「こんな敵、私だって――!」

 

 勇ましい顔つきで小型の深海棲艦目掛けて突っ込んでいく。

 駆逐艦は主砲の火力・射程が貧弱だが、その分機動性に優れている。敵の懐に飛び込んでインファイトに持っていくというスタイルは間違っていなかった。

 深海棲艦は口を大きく開き、その中に仕込まれた砲口を清霜に向ける。だが、清霜はそのとき既に深海棲艦に主砲の照準を合わせていた。

 

「くらえ――!」

 

 躊躇わず主砲を放つ。眼前の深海棲艦は直撃を受けて吹き飛んだ。

 

「やった、どうだっ!」

 

 喜色満面の笑みを浮かべる清霜だったが、すぐさまそこに鋭い声が投げかけられた。

 

「どけ!」

 

 清霜を押しのけるようにして、険しい眼差しの少女が前に出る。

 

 駆逐艦・磯風。

 

 かつて艦艇だった頃、かの大戦で様々な武功を打ち立てた駆逐艦屈指の武勲艦。その名を得た艦娘が向かう先には、隙だらけになった清霜を狙う重巡クラスの深海棲艦の姿があった。

 磯風に文句を言おうとした清霜も、すぐに敵の姿を捉えた。

 

 敵が中口径主砲を二人に差し向けるのと同時に、磯風の艤装に備え付けられた魚雷発射管が音を鳴らした。

 同時に磯風は大きく身を動かす。敵を前に棒立ちでいることほど危険なことはない。常に動き、相手の意識を乱す。それが艦娘の接近戦における常道だった。

 敵の意識は、清霜・磯風・磯風の発射した魚雷に分散された。どこに意識を向けるかという迷いが、敵の動きを鈍らせる。

 

「その迷いが命取りだ」

 

 磯風の呟きと同時に、深海棲艦の足元が爆発した。

 魚雷が直撃したのである。

 

「既に魚雷を一発先行して発射しておいた。真っ先に魚雷へと意識を向けていれば気づけただろうに」

 

 言いながらも、磯風は油断なく周囲を警戒していた。

 清霜も辺りに残敵がいないかと視線を巡らせる。

 

『大丈夫です。他の敵はすべて掃討しました』

 

 通信機から女性の声が聞こえた。清霜や磯風が属する艦隊の旗艦――軽巡洋艦の艦娘・大淀の声だ。

 二人が視線を転じると、少し離れたところに大淀の姿が見える。更に彼女の背後には、正規空母の艦娘である雲龍と、その護衛である駆逐艦の艦娘・時津風の姿があった。

 そして、そのすぐ隣には彼女たちの母艦である小型船があった。船の甲板には清霜たちとそう変わらないであろう年頃の少女の姿が見える。

 

『清霜、磯風』

 

 通信機越しに少女の声が聞こえた。

 

「司令官! ねえ、どうだった清霜の戦いぶり!」

『……独断専行で単身突撃したのは、褒められたものではないわ』

 

 元気溌剌とした清霜とは対照的に、司令官と呼ばれた少女の声は静かなものだった。

『敵を倒した途端油断した点もマイナス。C判定と言わざるを得ない』

 

「えーっ!」

 

 清霜は全身で不満をアピールした。C判定というのは、戦闘後に指揮官が戦闘員につける評価のランクで、下から二番目のものになる。

 

「当然だ。動きに無駄も多いし、動くべきときに棒立ちでは話にならんぞ」

 

 横から磯風にも指摘されて、清霜は「うぐぐ」と歯ぎしりをした。

 生来、負けん気が強い性格なのである。

 

『一応言っておくけど、磯風はB判定』

「……なぜだ、康奈司令。敵もきっちり仕留めたし油断もしていない。マイナス要素はないだろう。A判定以上が妥当では?」

『独断専行で突っ込んだという点が大きなマイナスよ。艦隊戦は喧嘩じゃない。旗艦と連絡可能なら旗艦の立てた方針・指示に従いなさい。大淀は敵の撃破よりあの船の護衛を優先すると言っていたでしょう』

 

 康奈が指し示したのは、海上で所在なさげに漂う小舟だった。

 母艦で移動中、深海棲艦たちが小舟目掛けて突き進んでいることに気づいた。それが戦闘のきっかけだったのである。

 

『詳しい反省会は後でやるから。……早く戻ってきなさい』

 

 最後だけ、言葉が柔らかくなった。それに気づいたのか気づいていないのか、清霜と磯風の表情から緊張がなくなる。

 

「はーい」

「了解した」

 

 二人は、康奈や大淀が待つ母艦に向かって主機を動かす。

 

 時は二〇一四年・秋。

 人類・艦娘と深海棲艦の間に起きた大規模な戦闘の傷跡が、まだ十分に癒えていない頃のことだった。

 

 

 

「……所属不明の漂流船ですか」

 

 ソロモン諸島の首都・ホニアラ市にある日本大使館。

 そこに努める長崎大使は、康奈からの報告書に目を通して眉根を寄せた。

 ホニアラ市に向かう途中で遭遇した深海棲艦が狙っていた小舟。そこに乗員らしい乗員の姿はなく、どこから来た船なのか、どこに向かっていたのかがさっぱり分からなかった。

 ただ――全身に酷い火傷の跡がある男が、一人寝室で倒れていた。

 

「男性の意識は戻っていません。現在は大淀たちに頼んでホニアラ市の病院に入院させるよう手続きを進めています」

「分かりました。いろいろ気になるところですが、男性の意識が戻るまではどうにもならないですね」

「はい。……男性についてはお任せしても良いでしょうか」

「ええ。ソロモン政府と相談して決めていくことになるでしょうが、ひとまずこちらで預かりましょう」

「助かります」

 

 康奈は頭を下げると「ところで」と話を切り替えた。

 漂流船の件は予期せぬアクシデントで、康奈がここまで来たのは別の用件があったからだ。

 

「渾作戦について、既に大本営から連絡は?」

「来ています。ソロモン政府との事前交渉は既に済ませていますが、今回は反応が芳しくありません」

「無理もありません。AL/MI作戦の顛末やその後の『お家騒動』のことを考えれば」

 

 康奈の言葉に応じるかのように、長崎大使は重いため息をついた。

 AL/MI作戦というのは、今年の夏に行われた深海棲艦に対する大規模作戦である。主導したのは日本だが、日本が対深海棲艦戦力を派遣している周辺諸国もこれに協力していた。ソロモン諸島もその一つだ。

 

 作戦の目標は、深海棲艦に奪われていたAL/MI海域の制海権掌握。かなりの苦戦を強いられたものの、この目標はどうにか達成できた。ただ、AL/MI海域に大規模な戦力を投入した隙を突かれて、各地を深海棲艦に襲撃されるというアクシデントが発生した。

 

 少なくない犠牲が出た。作戦を主導していた海上幕僚長は責任を取る形で退任。更にその後釜を巡って主導権争いが発生した。収束したのはついこの間のことで、そこから更に現在進行形で組織の再編が進んでいる。より効率的に深海棲艦へ対処できるようにするための再編ではあるが、傍から見れば日本の能力・内情がひどく不安定に映る。

 

「幸い先の戦いでソロモン諸島はほとんど犠牲者を出しませんでした。日本の能力に疑念を持っていたとしても、それ以上の悪感情は持っていない――と私は見ています」

「交渉の余地はあるということでしょうか?」

「はい。前回のような大々的な支援は難しいかもしれませんが」

「そこまではせずとも良いと思います。作戦概要を聞いた限りでは、AL/MI作戦と比べると小規模な作戦のようなので」

 

 そう言いつつ、康奈の表情は晴れない。

 AL/MI作戦後に再編された日本の対深海棲艦用組織――その真価が問われる作戦になる。

 各国もこの作戦には注目している。作戦の結果次第では、日本の立場はこれまでよりも圧倒的に苦しいものになるだろう。

 

「ソロモン政府との本交渉は明日からになります。今日はゆっくりお休みになってください」

「ありがとうございます。……では、また明日。午前一〇時に伺います」

 

 姿勢よくお辞儀をして出ていく康奈を見送り、長崎大使は深いため息をついた。

 通常の執務に戻ってしばらくしたところで、再びドアがノックされる。

 

「さっき、ここに来る途中であの嬢ちゃんと会ったよ」

 

 入って来たのはソロモン諸島の老練な船乗り・ウィリアムだった。

 ソロモン政府にコネを持っており、深海棲艦との戦いでは何度か支援をしてくれたこともある老人である。

 あのお嬢ちゃん――というのは康奈のことだろう。ウィリアムも彼女とは顔見知りだ。

 

「しっかりと提督をやっているようだ。……あの若さを思うと、少し居たたまれなくなるが」

「替われるなら替わってあげたいと思うこともあります。しかし、提督になるためには適性が不可欠。適性がなければどうにもなりません。……先代も、苦しい決断だったと思います」

 

 康奈が提督になったのはつい最近のことだ。

 

 元々彼女は、自分の過去のことも思い出せない孤児だった。

 それをショートランド泊地の提督が拾って、保護者として面倒を見ていた。

 ただ、その提督は諸事情あって提督を続けることが困難になった。

 その後を継いだのが、高い提督適性を持つ康奈である。

 

「我々には我々にしかできないことがある。それで支えてやるしかあるまい」

「ソロモン政府内の動向はいかがでしょう」

「半々といったところか。日本よりもイギリスを頼るべきだという意見も出てきている。正直、勢いもそれなりにある」

「……どちらに転ぶかは、次の作戦次第といったところですか」

「今回の交渉は、適当な落としどころを見つける形になるだろうな」

 

 生まれ変わった日本とショートランド泊地。

 その真価を、ソロモン政府は注意深く見定めようとしている。

 

 康奈は――ショートランド泊地は、崖っぷちに立たされているも同然の状態だった。

 

 

 

 ホニアラ市から少し離れた海岸。

 そこから一人の艦娘が海目掛けて砲撃を放った。

 主砲から放たれた砲弾は、遠距離にあった的に直撃する。

 

「……よしっ」

 

 ガッツポーズを取ったその艦娘は清霜だった。

 市街から離れた場所で、砲撃訓練をしているのだった。

 

「相変わらず訓練熱心ね」

 

 そんな清霜のところに、長い前髪の少女がやって来た。

 夕雲型の艦娘――清霜の姉妹艦・早霜だ。

 

「早霜姉様! どうかしたの?」

「こちらに着いてからすぐに飛び出していったから、少し心配したのよ……」

「あー、ゴメンゴメン。別に不貞腐れてるとかそういうのじゃないわ」

「清霜は不貞腐れたりする子じゃないでしょう。ただ、純粋なところがあるから落ち込んでないかと思って」

 

 早霜に指摘されて、清霜は「あはは……」と力ない笑みを浮かべた。

 ホニアラ市に来る途中で行われた反省会で、清霜は先の戦闘に関して康奈・大淀からいくつかの注意を受けている。

 その場ではじっと堪えるように聞いていた清霜だったが、母艦がホニアラ市に着いた途端飛び出してしまったのだ。

 

「私、まだまだ弱いなって思って。司令官や大淀さんが言ってたことは全部もっともだと思ったし――全然駄目だなあ、って」

「命令違反は確かに駄目なことね。……私も、急に敵に突っ込んでいった清霜を見て肝を冷やしたもの」

「ううっ、ごめんなさい……」

「でも、その勇気は見習いたいと思ってるわ」

 

 早霜の言葉に、清霜は「ありがと」とお礼を言った。

 

 二人はAL/MI作戦後にショートランド泊地に着任した。

 それから今日に至るまで、ほとんどが訓練の日。

 泊地を離れたのは、今回が初めてで――あの戦闘は清霜たちの初陣だった。

 

「お世辞とかじゃないわ。私は怖くてほとんど動けなかった。敵に向かわず船の方に行けって言われて……安心してしまったもの」

 

 艦娘は深海棲艦と戦うことを使命としている。

 にもかかわらず、敵と戦うことに恐れを抱いてしまった。そのことを早霜は悔やんでいるようだった。

 

「私は……ただ無我夢中だったなあ。敵を倒して、戦果を挙げて、それで――」

「――戦艦になる、か」

 

 新たな声がした。

 黒髪を腰元まで伸ばした鋭い相貌の少女。磯風だ。

 

「……悪い?」

 

 清霜は口を尖らせて磯風と相対した。

 磯風は清霜たちと同時期に泊地へ着任した艦娘の一人である。

 ただ、元の艦艇が駆逐艦屈指の武勲艦だったということもあってか、彼女は清霜たち同期の艦娘と比べ出色の存在だった。

 清霜にとっては、同期であると同時に越えるべき壁でもあった。

 

「艦種を変更するケースはあるが駆逐艦が戦艦になったという話は聞いたことがない」

「前例がないなら自分が最初の一人になればいい!」

「口にするのは容易いが、そう簡単にできるとは思えんな。……それに、駆逐艦には駆逐艦だからこそできるということもある。戦艦を目指したいというお前の心情は、私には理解しがたい」

 

 言って、磯風は清霜が撃ち抜いた的目掛けて主砲を構えた。

 大きく息を吸い込み、吐き出すのと同時に砲撃を放つ。

 放たれた砲弾は、寸分違わず的のあった場所を貫いた。

 

「お前は基礎ができているのに意識の集中に時間がかかり過ぎている。考えて動くことを覚えろ。すぐに思考を切り替えられるようになれ。いたずらに砲撃訓練をしてもあまり意味はない」

 

 艤装を解除し、磯風は踵を返す。

 清霜は悔しそうにその背中を見送った。

 

「……射撃精度なら負けてないわよ。清霜だってちゃんと当てられたんだから」

「ううん。……私はかなり時間かけて集中してようやく当てただけ。実戦であんな時間をかけてたら、動いてる相手には当てられない」

 

 立ち去る磯風の背中に向けて、清霜は手を伸ばし握り締めた。

 

「絶対私は磯風より強くなって――戦艦になるんだ」

 

 それは、夢見がちな少女の言葉にしては、どこか悲壮感が漂っていて。

 側にいた早霜は、妹が何を見ているのか分からなくなるような不安を抱いた。

 

 

 

 母艦の自室に戻り、康奈はベッドの上で横になった。

 ソロモン政府との交渉を前にして、何をしておくべきか再考する。

 しかし、結局何をすればいいのか分からないままだった。

 

 政府相手との交渉なんてやったことはない。

 こちらの要求をあくまで押し通すスタンスの方がいいのか。それとも妥協点を探るべきか。探る場合、譲れないラインはどこか。

 そんなことを考えていると――次第に頭が痛くなってくるのを感じた。

 

 ……嗚呼、この感覚は、駄目だ。

 

 康奈がこの感覚を味わうのは初めてではない。

 ここ最近、何度も経験している。

 気分がとにかく落ち着かなくなる。頭痛を皮切りに、苛立ち、落ち込みを繰り返すようになる。

 この状態になると眠気が消し飛んで、まったく眠れなくなる。

 

 ……薬。

 

 康奈はふらつきながら引き出しから錠剤を取り出す。泊地にいる医者に処方してもらった精神安定剤だ。それを一気に飲み干す。

 即効性のある薬ではない。ただ、薬を飲んだという事実のおかげで安堵感は得られた。

 

 康奈がベッドで深呼吸を繰り返していると、扉をノックする音が聞こえた。

 表情に生気が戻る。艦娘の前でこんな姿を見せるわけにはいかないという自制心が働いた。

 

「……誰?」

「大淀です」

「入って」

「失礼します」

 

 書類を持って入室した大淀は、康奈の疲弊した顔を見て息を呑んだ。

 取り繕うとしても、内側から滲み出る疲労感はそう簡単に誤魔化せるものではない。

 

「お休みのところすみません。明日のソロモン政府との会談に向けて、重要そうなポイントをまとめておきました」

「ありがとう。助かるわ」

 

 大淀から書類を受け取ってパラパラと見ると、無駄なく重要なポイントが分かりやすく整理・整頓されていた。

 彼女は先代の頃から泊地の事務方を務めていた。こういう仕事は得手とするところである。

 何かと経験が不足している康奈は、提督として着任してからの短い期間、既に随分と彼女に助けられてきた。

 

「お疲れのようですね。……もう少し私たちが提督の負担を減らして差し上げられたら良いのですが」

「気にしなくていいよ。皆はよくやってくれてる。……問題があるのは私だから」

 

 康奈は頭を振る。

 泊地の艦娘たちは自分の役目をよく理解し、一生懸命働いている。それに対し自分は半人前だ――そういうコンプレックスは、着任してからずっと胸の内にあった。

 

「そういえば、清霜はどうしてるかな。急に飛び出していったみたいだけど」

 

 大淀を相手にしているとき、康奈の口調は普段よりも砕けたものになる。

 先代の提督に引き取られ、その頃からある程度親しくしていた。だから一対一のときは素が出る。

 

「落ち込んだりしているわけではないと思います。あの子は良くも悪くも真っ直ぐなところがありますから……今頃は、汚名返上するための特訓をしているんじゃないでしょうか」

「あの真っ直ぐさは羨ましいな。……危うい感じもするけど」

「……提督。一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「清霜のこと?」

 

 大淀は頷いた。

 

「清霜だけでなく磯風にも言えることですが……先ほどの戦闘、私は清霜はD判定、磯風はC判定が妥当と思っていました。艦隊行動を乱すというのは、それぐらい大きなマイナスになると思うのですが」

「大淀は厳しいわね」

「……私は、あの子にあまり無茶をして欲しくないんです」

 

 大淀は悔しさを噛み締めるように言った。

 その表情を見て、康奈は軽巡洋艦・大淀と駆逐艦・清霜の過去を思い出した。

 二人はかつての大戦末期、とある作戦に参加した。結果的に作戦は成功したが――清霜は、その最中に沈むことになったという。

 

「ごめん。訂正する。大淀は厳しいんじゃなくて――優しいのね」

「甘いと思われるかもしれません。ただ、あの子たちには無茶をすることが決して良いことではないと、自覚して欲しいんです」

「思わないよ。私も皆に無茶をして欲しくないと思ってる。……ただ、あの子たちが敵に向かっていったタイミングが、かなり絶妙に思えてしまったの。敵を倒すことを目的とするなら、味方への被害を抑えるという意味でなら、あのタイミングはベストだった。大淀はどう思う?」

「……否定は、しません」

 

 方針に反する行いは決して褒められたものではない。ただ、違う方針だったとしたら――二人の動きは見るべきものがあった。

 

「艦娘としての初陣でああいう動きができたのは、きっと二人が持つ天性の直感とかそういったものなんじゃないかと思う。まだ見極められてはいないけど……そういった直感というのは決して馬鹿にできない。だから二人には、今の自分をあまり否定し過ぎて欲しくなかった。それがあの判定にした理由よ」

「提督は、二人に期待されているのですね」

「……期待する、なんて偉そうなことを言えるほど私は大した人間じゃないよ」

 

 陰りのある笑みを浮かべながら康奈は言った。

 

「私もあの子たちもまだまだ未熟――これから、いくつもの壁を乗り越えて戦っていかないといけない。すべては、これから――」

 

 その言葉に強い自戒の念を感じながら、大淀は何も言えなかった。

 清霜たちと同様、康奈にも無茶をして欲しくない。ただ、提督である彼女には頑張ってもらわなければならない。そうでないと艦娘は立ち行かなくなってしまう。

 

 灯りのない夜の海を行くような心細さを覚えながら、大淀は部屋を後にした。

 

 

 

 二〇一四年・秋。

 AL/MI作戦で痛手を受けた日本が反撃の狼煙を上げる――ほんの少し前のことである。


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